楽しんでいただければ幸いです。
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村での生活にも、どうにか馴染んできた頃のことである。あの吾輩を最初に拾った賊が、村を襲ったのであった。炎は我が通ってきた木垣を丸ごと焼き尽くし、あの穴をくぐった通り道も、跡形もなくなってしまった。
賊は家に押し入り、下女を、子供を、細君を、最後に主人を――順番も何もかもお構いなしに殺し、金品を漁って、やがて当然のように成果物を持ち去っていった。
我が家であった場所の惨状を確認した後、我輩はまず向かいのネル君の家へ足を運んだ。ところが、そこにはもはや家というものはなく、黒焦げの瓦礫と炭と灰が残るばかりであった。家族の愛を説いてくれたネル君の姿は、何処にも見当たらなかった。小さな宝石のような友は、この世から忽然と消えてしまったのだろう。
隣家のレオン君の家も訪ねた。こちらも家の大部分は焼け焦げていたが、奇妙なことに、レオン君はまだそこに留まっていた。かつての主人であった狩人の死体に寄り添い、動くことなくじっと座している。炎に焼かれ、恐怖に包まれた瓦礫の中で、失われた秩序を守ろうとでもするかのように、微動だにしなかった。
我輩はその姿を見て、ただ黙って立ち尽くすしかなかった。夜になると大嵐が吹きすさび、村は賊の手にかかったまま、風と雨の中に置かれたようであった。
村が襲われ、我輩の住んでいた家も焼け落ちてからというもの、腹は常に空いていた。肉をくれていた下女はもういない。いや、いたとしても、かつて食べさせてもらえなかった貴重な肉を、灰まみれの瓦礫の間から少しずつ口に運ぶしか方法はなかったのである。吾輩はこっそり噛みしめながら生き延びる日々を過ごした。
村が襲われてしばらく経った頃、吾輩は草むらの中でウトウトしていた。いや、居眠りしているという自覚すらなかった。ただ、脚に傷を負ったためか、体は重く、意識はふわりふわりと漂っていた。
そのとき、冷たい風の気配が鼻先をかすめ、薄暗い光の中で細い影が近づいてきた。見ると、長い杖を携えた魔女であった。魔女は静かに吾輩を抱き上げ、傷ついた脚を確かめ、低く呟きながら、どこかへ連れて行った。
我輩の視界はぼんやりしていたが、分かったことがあった。先ほどのレオン君は、魔女の手によって狩人と共に墓へ運ばれ、静かに埋葬されたのである。忠実な友の姿が土の中に沈む様子を、かすかに感覚の端で捉えた。
やがて吾輩の意識は霧のように薄れた。暖かい布に包まれ、いつの間にか魔女の家へ運び込まれたらしい。目を覚ましたときには、見慣れぬ炉の火の香と薬草の匂いが鼻をくすぐっていた。
こうして吾輩は、再び人間とは異なる存在の助けによって、生をつなぐことになったのである。
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吾輩は竜である。名前はまだ無い。
魔女は動けぬ我輩に食事を与えた。うさぎの肉や、食べると苦くなる草を煮込んだ料理である。口に入れると、時に美味しいと思い、時に不味いと顔をしかめた。我輩はそれを噛みしめ、少しずつ体を回復させた。
日ごとに傷は癒えていった。
ある時、魔女が不思議そうに首を傾げる事があった。どうやら我輩が炎を吐かないかららしい。鼻先をくすぐられたり、喉の下を小突かれたり、意味の分からぬ呪文をむにゃむにゃと唱えられた。そのたび、吾輩はぼんやりと眠りそうになりながらも、魔女の観察眼の鋭さを感じたものだ。
傷が完治すると、食欲が増した。魔女が用意する物だけでは満たされぬので、森へ出かけ、鹿を狩ることも覚えた。獲物を咥えて魔女の家まで戻り、骨と肉の香りを嗅ぎながら嚙みしめるたび、体が少しずつ大きくなっていることを実感した。翼を広げると、以前より空間を多く占めるようになっていた。魔女の棚が気になった時、覗き込めるようになった。すると家から追い出され屋根と焚き火がある小屋に寝床を変えられてしまった。
魔女は食事中も興味深そうに我輩を観察した。目の端で吾輩の動きを追い、時折、手のひらで鱗を軽く撫で、口元に微笑を浮かべた。炎を吐けるか試すために鼻先をつつき、喉の奥を小突き、まだ炎が出ないと首をかしげる。吾輩はくすぐったくて、何度かくしゃみをしたが、炎はまだ出なかった。
時間さえあれば魔女は呪文をむにゃむにゃ唱えながら、我輩の成長を確かめるようにゆっくり動いた。手を差し伸べ、翼の端を指で軽く弾き、吾輩の反応を楽しんでいたようであった。
こうして吾輩は、森と魔女の家を行き来しながら、少しずつ大きく、強くなっていった。狩りで得た力と、魔女の手による世話の両方で成長していく自分を、魔女は静かに見守り続けていた。
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まだ子どもであるゆえ、世間に対しては比較的おとなしく接していたのだが、身体だけは日に日に大きくなっていった。するとどうなるかというと、狩れる獲物が増え、ついでに周囲は吾輩を「危険なやつ」扱いして逃走を選ぶようになった。
まったく世の中というものは、成長する者に厳しい。
さて、ある日のことである。
吾輩は鹿を一頭仕留め、魔女の家へと帰っていた。ところが背後で妙な気配がした。振り返ると、五つほどの影がじわじわと吾輩を追ってきていた。
オークなる下等な輩である。
どれもこれも顔が似たり寄ったりで、鼻をつまんで逃げ出したくなるような酸っぱい臭気を纏っていた。しかも粗末な武器を握りしめ、いかにも「鹿を奪って食おう」という卑しき構えをしておった。
吾輩は思った。
「これは面倒になるやもしれぬ」
そして次に思った。
「しかしあの臭さ、近寄られるのはまっぴらごめんである」
そこで吾輩は鹿を放り捨て、尻尾をぶんと振り払った。
鹿に気を取られた先頭の一匹が木の根元に叩きつけられ、二発目で二匹目が空を舞い、三匹目は吾輩が首を振った拍子にぽきりと折れた。
なかなか見事な手応えであった。
残るは二匹。
そのうち一匹が、転がり込むように吾輩の口先まで迫ってきた。
噛めば殺せた。しかし――。
吾輩は竜であるが、味覚は案外繊細である。
あの湿った皮膚、油のまじった汗、そして何より例の酸っぱい臭気。どう考えても食欲が湧かぬ。ゆえに吾輩は少しばかり逡巡した。
その刹那である。
オークの頭が――ぱん、と爆ぜた。
目の前での突然の破裂であった。
熱い飛沫が鼻先にかかり、吾輩は思わず目をしばたいた。
家の前には魔女が立っていた。
詠唱のひとつもなく、ただ片手を向けただけである。そのくせ結果は上々で、残りのオークは転げるように森へ逃げていった。
しかし吾輩の問題はここからであった。
運悪く、爆ぜたオークの肉片が口に入ってしまったのだ。
噛むまでもない。
舌が即座に拒絶し、腐敗と酸味が入り混じった地獄の味が口内を支配した。
吾輩が舌をべろんと出して苦悶していると、魔女は小さく肩を揺らし、どうやら笑っているらしかった。悪魔である。
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