――実に不運である。
吾輩が炎を吐けることが魔女殿にバレてしまった。
別に“吐けない”と伝えた覚えはない。
やらなかっただけである。うむ、そうである。
……なのに。
魔女殿は、吾輩の口を半ば強引にこじ開けた。
木の棒を突っ込まれ、金属の器具をあてがわれ、光る棒で喉の奥を覗かれ、ついには針のような器具で喉をつつかれる。
ひっ、と情けない声が出てしまったのは不本意である。
竜の威厳がどれほど削れたことか。
魔女殿は何やら満足そうに頷いている。
吾輩の不満など露ほども気にしていない様子であった。
……しかし、このまま大人しくされるのも癪だ。
吾輩は口をぱたんと閉じ、顔をそむけ、体をひねり、
「これ以上は絶対に嫌だ」という意思を全身で示した。
口を触られるのはごめんだ。
針を突っ込まれるのもごめんだ。
「ちょっとだけ火出して」と言わんばかりにカウントされるのもごめんだ。
吾輩は尾を地面に叩きつけ、
ばさっと翼を広げて威嚇し、
口の端から熱い息を漏らして抗議した。
魔女殿はというと――気にした様子もない。
こちらの抗議をまるで“駄々”扱いである。
誇り高き竜に向かって、なんたる態度か。
吾輩はさらに抵抗した。
頭を振り、口を閉じ、床に伏せて、前脚で器具を払いのけ……。
一歩も引かぬ、と心に決めたその瞬間。
背中に冷気がすっと流れ込んだ。
魔女殿の霜魔法で、吾輩の背筋が一瞬で冷えた。
ぞわりと寒気が走り、思わず“ヒィン……”と鳴いてしまった。
これである。
これをやられると、どうしても体が固まってしまう。
どうにも……悔しい。
完全に手のひらの上で転がされている気がする。
そして結局、吾輩は――
口を無理やり開かされ、器具を突っ込まれ、
喉を調べられ、観察され、
魔女殿に好き勝手研究される羽目になった。
惨めである。実に惨めである。
……だが、霜の魔法は本当に冷たいので反抗する気力が削がれてしまう。
あれはずるい。魔女殿の本気を見た後だと尚更逆らえぬようになってしまったのだ。やむを得ま………待て、逃げてしまえば良いのでは?
ここは吾輩の寝床だ。
本来なら最も落ち着けるはずの場所で、
研究されるなど理不尽極まりない。
もう耐えられん。
吾輩は尻尾で器具を叩き落とし、
そのまま後ろへ跳ね退き、翼を広げて森へ飛び出した。
草が鳴り、枝がしなり、鳥たちが逃げる。
吾輩はひたすら奥へ奥へと飛んだ。
——だが。
着地し振り返ったら、魔女殿はすぐ後ろにいた。
思わず飛び上がり、木々の上を滑るように逃げる。
森の外れ、小川のそば、倒木の陰、岩の裂け目……
隠れられそうな場所を転々とした。
沼地にも飛び込み、泥だらけになって引っかき回した。
なのに。
どこへ行っても、魔女殿はいつの間にかそこに立っていた。
気配も足跡もなく、
まるで森の影から湧いて出るかのようである。
吾輩は焦り、必死に逃げ回った。
風に乗って飛び、
山の斜面を転がり下り、
草原を突っ切り、
湿地を跳ね回る。
——だが結局。
逃げても逃げても追いつかれる。
ついに吾輩は足を止めた。
肩を落とし、うなだれ、敗北を認めるしかなかった。
重い足取りで寝床へ戻ると、
散らかった器具がそのまま残っていた。
魔女殿は背後から淡々と歩くだけ。
まるで最初から吾輩が逃げ切れぬと知っていたように。
吾輩は観念して伏せた。
抵抗する気力など、もう残っていない。
魔女殿は器具を拾い上げ、
当然のように再び研究の準備に取りかかる。
風が吹き抜け、吾輩の惨めさだけがその場に取り残された。
ようやく、ようやく終わった。
魔女殿が器具をまとめ、記録の札を閉じ、手をはたいたのを見て——
吾輩は全身の力が抜けた。体のあちこちが変にこわばっている。
喉はひりつき、翼はだるく、心は……ぐったりである。
寝床の出口まで歩きながら、何度も後ろを振り返った。
もう追ってこないかと確認するためではない。
ただ、あの器具がもう動かぬと分かって、ようやく安心してきたのだ。
森の空気を吸い込んだ瞬間、胸の奥がふっと軽くなる。
ひんやりとした風が鱗を撫で、湿った土の匂いが鼻をくすぐった。
やはり外はいい。広い空はいい。
どれだけ寒かろうが寝床で研究されるより百倍ましである。
吾輩は翼を広げ、一度大きく羽ばたいた。
体から重りが外れたかのように軽く、森の上へすっと浮かび上がる。
下では木々がざわめき、葉が揺れる。
森そのものが「戻ってきたか」と迎えてくれるようで、心が和らいだ。
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