楽しめる方は是非!
吾輩は竜である。名前は相変わらずない。
ある日のことである。
吾輩は自らの脇腹の傷を舌でぺろぺろと舐めつつ、治り具合の確認をしていた。
あの研究だか拷問だか分からぬ行為のせいで、最近は体のあちこちが忙しいのだ。塞がった傷を確認する暇も無かった。
そこへ――ドシッドシッと、どうにも品のない足音が森の奥から響いてきた。
む? なんだなんだ。
鼻をひくつかせてみると、金臭さと上質な肉の混ざった匂い。
この世にそんな妙な調和があってたまるものかと思うが、実際そうなのだから仕方がない。
視界に飛び込んできたのは、なんとも険しい、いや、危ない顔をしたヒトの雄である。
老人のような、そうでもないような、しかし目だけはギラギラした厄介な代物が近づいてくる。
なんだ、吾輩に用か?
魔女殿は家から出てこない。男は美味そうではないか。
それならば――
食べてしまおう。
よく考えたまえ、諸君。
目の前をうろうろする栄養価の高そうな肉塊を放置せよという方が無理な相談である。
吾輩は口を開け、ぺろりと無抵抗の餌を呑みこみ、そして舌で巻き付けていたベルトやら器具やらをぺっぺっと吐き出す。
うむ、やはりよい味わいである。古臭い匂いだが健康的な肉で噛み応えも抜群、なかなかの逸品である。
さあ、よく噛んで――いただきます。
……と、その瞬間である。
口内に激痛が走った。
なにごとかと思えば男が鉄片か何かで吾輩の口の中を裂いたらしい。
痛い。
だが、血の味はなかなか悪くない。
吾輩が思わず口を開くと、上半身だけになったその男が、べしゃりと地面へ飛び出した。
そしてその片手には、吾輩の肉片――どうやら口内の一部らしい――が握られている。
それを確認して、男は大笑いを始めた。
死にかけた顔で、血まみれで、内臓まで見えているくせに大笑いである。
……イカれている。
恐ろしくイカれている。
しかし自分の体を餌に竜を傷つけるとは、細やかだが実に見事な抵抗であった。
吾輩が追撃せんとしたら、その時ようやく魔女殿が現れて吾輩を制した。
うむ、止めるのはもう仕方ないが、吾輩は傷をつけられた上で空腹である。
傷を癒す分食べ物くらい欲しいのだが……と恨めしげに見つめていると、魔女殿は困った顔でため息をつき、家から肉を持ってきてくれた。
よしよし。鉄臭さをこれで洗い流すとしよう。
さて、貰った肉を噛んでいた吾輩は、ふと口内に奇妙な違和感を覚えた。
なんだこれは、傷が……塞がっていく?
しかも異様な速さで。痛みもなく。
視線を落とすと、上半身だけの男が血まみれのまま笑って魔法をこちらへ向けている。
腸だの肺だの謎の管だの、いろいろ飛び出しているのに、である。
よくまぁそんな状態で笑っていられるものだ。とんだキチガイである。
血溜まりを凍らせて近づいた魔女殿がその男の頭をコツンと叩いた。
すると男はケタケタ笑いながら魔法を自分に向けた。
するとどうだ。
ぐにゃあ……もこもこ……べちゃ……
皮膚が閉じ、肉が盛り上がり、骨が伸び、臓器があった場所へ戻っていく。
服の中へ器用にぽんぽん臓器を押し込みながら、まるで「散らかった部屋の片付けでもしているのだ」と言いたげな顔をしている。
――きっしょ。
これにはさすがの吾輩もドン引きである。
体が生える様など見たことがない。
見たくもなかった。
吾輩は思わず森へ逃げ込んだ。
いや、仕方ない。
あんなおぞましい光景を見せられたら竜だって逃げるのである。
ただでさえ研究だなんだと辛い日々である。
あれ以上の負荷は精神衛生上よろしくない。
こうして吾輩は再び森の奥へと隠れたのだが……
あの男の笑い声が耳に残っており、しばらく気味の悪さが取れなかったのである。
川のせせらぎでも聞きに行くしかあるまい。
何やらあの子が鳴く声と、何やら金属が落ちる音が聞こえた。
嫌な予感がして外へ出ると、案の定――あの子の口から “知った顔” が転がり出た。
「あー……やっぱり、あんたか」
上半身しかない。
血まみれで内臓が地面にこぼれているのに、相変わらずのギラついた目で呵々大笑している。
あの子の口の中から切り取った肉片を拾い上げ、
それをうっとり眺めているあたり、本当に救いようがない。
こいつは街の医者をやってるエルフ――実際のとこはイカレジジイ。
元は王都の高位医師で、人の死以外を大体治せる腕を持つくせに、「研究材料が増えん!」と怒鳴って田舎へ逃げてきた変人だ。
礼儀正しいし、初対面だけなら名医に見える。
だが興味があるものを前にすると、平然と他人の体を切り刻むような輩で、未知のモンスターとなればなおさらだ。
竜の噂を聞きつけて、興奮して私の家へ押しかけてきたわけだ。
――で、その結果が今これである。
「庭を血溜まりにしてんじゃないの……」
ため息と共に、私は男の頭を軽く小突いた。
ようやくこちらに気づいたらしく、
「おお、すまんすまん。久しぶりだな!」と笑いながら体を修復し始める。
治療魔法――しかも自分に向けるのは高位の技術だ。
皮膚が閉じ、肉が盛り上がり、骨と臓器が戻っていく様は、
何度見ても慣れるものではない。
その間に私は、こちらを見つめるあの子へ肉を運ぶ。
もぐもぐと口を動かして、ようやく落ち着いた――と思ったら。
竜は、明らかに引いていた。
そりゃそうだ。
切れても、欠けても、飛び出しても、笑いながら治る老人など見れば、
竜でなくても距離を取りたくなる。
そして――やはりというべきか。
あの子は森へ逃げ出した。
私は男を睨む。
「……また断りもなくやってきて迷惑起こしたわね、あんた」
「いやぁ、興味が勝ってしまってな!竜のサンプルは久しぶりだ」と本人は満面の笑み。
相変わらずの変人だ、と私は肩を落とす。
竜が怖がるのは仕方ない。
むしろ私でも逃げたいほどなのだから。
と言うことでイカれた爺さんです。
この作品年寄りばっかり強いしイかれてるのバランス悪いですね、でもこういうの楽しい…
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