吾輩は竜である   作:金欠綱渡り

3 / 24
魔女の強さを決めてなかったのでどうしようと思いつつ、ある程度は強い方がロマンだなと思ってます。
読んでくださってありがとうございます。是非楽しんでください。


3話 成長

吾輩は竜である。名前はまだ無い。

 

朝日が差し込む折、吾輩はふと背中のあたりに痒みを覚えた。竜というものは鱗を持つゆえ、時折むずむずとするのである。そこで何の気なしに、窮屈になってきた小屋の柱へ鱗をこすりつけてみた。

 

――ばきり。

 

やや大げさではあったが、吾輩の感覚では確かにそう聞こえた。

次いで、がらがら、どしん、と耳障りな音が続き、気が付けば小屋全体がゆっくりと、しかし容赦なく崩れ落ちていった。

 

 

木片のひとつが運悪く吾輩の翼膜をかすめ、ちいさな裂け目を残していった。痛いというほどでもないが、ひどく情けない。お気に入りであった小屋は瓦礫と化し、おまけに怪我までするとは、まったく踏んだり蹴ったりである。

 

魔女殿がやってきて、瓦礫に埋もれてピィピィ鳴く吾輩をしばらく眺めておったが、やがて肩をひとつ落とした。

どうやら再建は諦めたらしい。その代わりに、泉のような清らかな水を引いた飲み場と、木陰に草を山のように積んだ寝床をこしらえてくれた。

なるほど、いっそこちらのほうが竜には向いているのかもしれん。

 

吾輩はうつらうつらと横になり、思った。

 

とはいえ――腹が減った。

怪我を癒すには栄養がいる。それなのにあれ以来何も口にしていない。

 

すると魔女殿がふらりと姿を見せ、無言のまま兎をぽんと放り投げていった。

毛がむしられ、実に食べやすい。吾輩はありがたくいただいたが、しかしその一匹くらいで満腹になるはずもない。

むしろ空きっ腹の虫は勢いづき、怒涛のごとく暴れ始めた。

 

さて、何を食べようか。

 

悩むまでもなかった。

吾輩の首の届くところに、実に都合よく柔らかい肉があるではないか。

 

――と、そこで吾輩は一応思いとどまった。

 

「しかし、どうなのか」

 

一瞬の逡巡の後、腹の虫に突き動かされ吾輩はそろりと魔女殿へ頭を伸ばした。

 

その瞬間である。

 

ひやり、と。

鼻先に小さな霜がぱっと生み出され、吾輩は思わず顔を引っ込めた。

 

口をもごもごとさせた魔女殿は、やれやれと言わんばかりに家のほうへ引っ込んでいった。

 

吾輩は鼻先をぺろりと舐めながら、静かに思った。

「どうにも、この家では魔女の方が強いらしい」と。

 

---

 

吾輩は竜である。依然として名前はない。

 

小屋が崩れて以来、吾輩は新たな寝床――木陰の草山――で暮らしている。

最初こそ「鹿や猪の寝床ではあるまいか」と怪しんでおったが、この草山というやつ、なかなかどうして悪くない。

寝返りを打つたび、ほどよくふわりと沈み、背の鱗の隙間にちょうどよく風が通るのである。

 

ただし一点、誤算があった。

 

やたら虫が多いのである。

 

とくに朝方、むずむずと背中が痒くなる。

鱗の間をちょろちょろと走り回る小さな黒い輩が、どうにも気に入らん。

 

吾輩はしばしば唸りながら寝返りを打ち、尻尾を振り払う。

そのたび草山がぶふっと舞い上がり、虫どもが右往左往する。

竜も人生、いや竜生、楽ではない。

 

 

魔女殿はといえば、相も変わらず吾輩の炎にご執心である。

何か言いたげに口をもごもごと動かすが、言葉というより呪文の切れ端か、独り言の蒸気のようなものが漏れるだけであった。

 

朝・昼・夕と決まった時間になると、狩りの獲物をぽすんと放り投げ、それを吾輩が食べているあいだ、口や喉をちょいちょいとつついたり、鼻をくすぐったりしていた。

どうにも好奇心旺盛な魔女である。

 

そんな折のことだ。

 

吾輩は水飲み場の前でふと違和感を覚えた。

水面に映る吾輩の姿が、どうにも“以前より大きい”のである。

 

胸の鱗は広がり、翼にはわずかに厚みが増し、尾の先は前より太く見える。

成長期というやつだろうか。竜は大きくなる生き物だが、ここ最近の伸びはなかなかのものである。

 

ふむ……と吾輩は思った。

 

吾輩は無駄に体が大きく、鼻息ひとつでも木の葉を舞わせるのだ。

この調子で大きくなれば、寝床どころか森のほうが悲鳴を上げるかもしれぬ。

 

視線を動かすと、魔女殿が木陰からこちらをちらりと覗いていた。

そして、ほんのわずかに目を細め、口をもご、と動かした。

 

その表情は、恐怖でも困惑でもない。

どちらかといえば――

 

「ああ、また大きくなったのね」と言いたげな、落ち着いたものであった。

 

吾輩は少し胸を張った。

 

竜というものは、大きくなるほど環境に収まりづらくなる。

だが魔女は、不思議とそれを受け入れておるようだった。

 

 

---

 

吾輩は竜である。やはり名前はない。

 

ある時のことである。

うつらうつらと寝ていると、尻尾のほうがどうにもむずむずする。

虫でも這っておるのかと思い、軽く払ってみたが、少しするとまたむずむずが始まる。

 

むう、と首をもたげて目を開けると――

こちらを覗き込む魔女殿と、ばっちり目が合った。

 

魔女殿は吾輩の尻尾の先っちょ――あの鋭いところから、何やら液体めいたものを小瓶に詰めておるらしい。

痛くもないので、まあよかろうと再び目を閉じていたところ、ぽすぽすと口元に兎が何匹か投げ込まれた。

 

「ほう、これは気が利く」

 

などと思いながら、吾輩はそれをもごもごと食み、再び眠りへ沈んだ。

 

 

それからしばらく、魔女殿は家に籠りきりになった。

何やら忙しげではあるが、吾輩としては特に気にする理由もない。

ほどよく空を飛び、ほどよく狩りに出、竜らしい日々を送っていた。

 

ある日、ちょうど鹿を生きたまま咥え、えっちらおっちら持ち帰ってきたところである。

まるで待ち構えていたかのように、魔女殿が家からひょっこり現れた。

 

「おや、なんだろうか」

 

と吾輩が逃げようとする鹿を押さえつけていると、魔女殿は懐から何やらきらきら光るものを取り出し、吾輩のほうへぽいと放った。

 

それは鹿の足もとに落ちるや、ぴんと乾いた音を立てて割れた。

次の瞬間――

 

むわり、と吾輩の尻尾の匂いがあたり一面に撒き散らされたのである。

 

「おや?」

 

と吾輩が不思議そうに匂いを嗅いでいると、

鹿が突然びくんと悶え、どさりと倒れた。

 

どうやら魔女、吾輩の尻尾から採ったあの何かで、面白いものをこしらえたらしい。

 

吾輩は鹿の死骸を前にしばし考えた。

 

「ふむ……これは食べられるのだろうか?」

 

匂いがついただけで、特に変わらなかった。美味である。

 

 




読破お疲れ様でした。感想評価お願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。