こよみさんは勝たせてくれない:意地悪だけど甘やかしてくる幼馴染ちゃん   作:maricaみかん

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1話 オムライスの誘惑

「ねえ、はると君。朝だよ。まだ起きないなら、耳元にふーってしてあげようか?」

 

 そんな風にささやかれながら、僕は優しく揺すられる。

 言葉に理解が追いついて、ちょっとだけ目が覚めた。耳元に息なんて吹きかけられたら、かなりぞわぞわしそうだ。なら、起きなくちゃね。

 

 目を開いて声の方を向くと、優しい笑顔に出迎えられる。

 彼女は、隣に住んでいる幼馴染。秋雨(あきさめ)こよみという。慈しむような瞳に、ちょっとだけ落ち着く。とても穏やかな顔で、僕を見ていた。

 

「はると君、起きた? とろけた目をしちゃってー。相変わらず、ねぼすけさんだよねー」

「ありがとう、こよみさん。今日も起こしてくれたんだね。スッキリ目覚められたよ」

 

 僕がお礼を言うと、こよみはニヤニヤと笑い出した。口元を緩めて、からかうような目を向けてくる。

 

「あーあ、あと5分早く起きれば、私のエプロン姿が見られたのにねー。残念だった?」

 

 楽しそうな声で、目元を細めている。口のところに手を当てて、笑みを隠せない姿で。

 

 こよみのエプロン姿は、確かにかわいらしいのだろう。

 長くてふわふわした栗色の髪に、パッチリして輝く目。肌はどこまでも透き通っていて、もはや非の打ち所なんてない。

 顔に関して、こよみ以上の存在に出会うことはきっとないはず。

 

 ただ、それだけで収まらないのがこよみだ。僕の悔しがる顔が見たいがために、エプロンの話題を出してきたのだから。

 外見の力を、全力で武器として活用している。牙よりも遥かに鋭く、僕を切り裂こうとしてくる。

 

 そう。こよみは猛獣なのだ。僕という獲物をもてあそぶことに全力を注ぐ、百獣の王。

 

 だから僕は、一度深呼吸をしてから返事をする。決してこよみに負けないために、じっと目を合わせて。

 

「こよみさんになら、きっと似合ったんだろうね。でも、大丈夫。起こしてくれただけで、十分だから」

「ほんと? はると君の大好きな、ポニーテールにもしていたんだけどなー?」

 

 首を傾げながら、半笑いで告げてくる。いたずらっ子の姿が、そこにはあった。

 ちくしょう。ポニーテールエプロンなんて、絶対似合うやつじゃないか。こよみのことだから、実際に着ていたのだろう。

 

 わざわざ僕をからかうためだけに、好みの衣装を着てくるんだ。だからいつも、こよみに振り回されてしまう。

 僕はただ、コマのように回るだけ。こよみに遊ばれ尽くす、お気に入りのおもちゃなんだ。

 

 いや、待て。これは利用できる。僕を追い詰めるための手段がアダとなったな、こよみ。

 僕はじっと目を見つめて、反撃に出る。

 

「わざわざ僕のために着てくれたんだ。ありがとう、こよみさん」

「あっ……。こ、こほん。見られなくて、残念だったねー?」

 

 目をそらして、頬を染めている。やった。一矢報いてやったんだ。

 

 満足感もつかの間、こよみは僕の耳元に近づいてくる。

 そっと頬に触れられて、耳に吐息が届いてしまう。甘い香りまでしてくる。

 

 こよみはそのまま、ポショポショとささやいてくる。

 

「はると君が喜んでくれるのなら、放課後にまた着てあげるね。あなただけに、見せてあげるんだよ」

 

 とろけるような声に、心を突き刺される感覚があった。好みの姿を、僕のためだけに。つばを飲み込んでしまう。

 だ、ダメだ。いくらポニーテールエプロンだからって、誘惑に負けちゃ。

 そんな理性を、体が勝手に振り切っていった。

 

「み、見たいです……」

「やっぱり、残念だったんだー? はると君ってば、可愛いねー」

 

 笑みを深めて、こよみは僕を見ている。完全に、僕の負けだ。震えてしまっているのが分かる。こよみの手のひらで、ただ踊っていただけ。なんて情けないんだ、僕は。

 

 こよみはそのまま、ずっと笑顔で見つめてくる。目をそらしそうになって、歯を食いしばって耐えた。

 

 今のままだと、マウントポジションで連打を受けるだけ。もう、逃げるしかない。

 

「そ、それより。今日もご飯を作ってくれたんだよね? いったい、何かな?」

「逃げちゃうんだ? でも、良いよ。好物のオムライスを、しっかりと味わってねー」

 

 こよみはそっと離れていく。ひとまず、助かったみたいだ。

 

「そうなの? ありがとう。いつも楽しみだけど、今日はもっと楽しみだよ」

「はると君のために、頑張って作ったんだからね。楽しみでしょ?」

 

 目の前でふわりと微笑むこよみに、うっかり見とれそうだった。頬を噛んで、なんとか耐えた。

 

 僕たちは、食事のために二階から降りてリビングまで歩いていく。

 すると、良い匂いがただよってきた。卵とバターの香りが、混ざり合っている。つばを飲み込んでしまいそうなくらいだ。

 

 席について待っていると、こよみは隣の席に両方のオムライスを置いていく。

 ふわとろオムライスという感じで、かなり美味しそうだ。僕は目が離せない。

 

 僕の真横で席についたこよみは、スプーンを取ってオムライスをすくう。そして、こちらにスプーンを近づけてきた。

 両手で差し出されたスプーンを前に、僕は情けなく口を開ける。

 

「ほら、あーん。なんてね。……食べさせてほしかったら、言うことがあるよね?」

 

 いやらしい笑みで、こよみはスプーンを遠ざけていく。唇を釣り上げて、僕を見ている。

 くそっ、こよみの作ったオムライスが僕の大好物だと知っていて、じらしてくるんだ。なんてやつだ。

 

 僕はまるで人参を目の前にぶら下げられた馬だ。哀れに頼み込むことしかできない。

 

 いや、本当か? ここでまた負けるのか? いや、少しくらい反撃してみせる。そうだ。褒め殺してやるんだ!

 

「お願い、こよみさん……。こよみさんのご飯を、食べたいよ……。高級レストランより、ずっと……」

「もう一声、かな。私が作ったんだから、権利は私にありまーす!」

 

 渾身のおねだりも、こよみの前ではあっけなく打ち砕かれていく。

 どこまでも楽しそうに、ただ僕を見ているだけ。こよみめ。僕がこよみのオムライスに魅了されていると知っていて、こんな仕打ちをしてくるのだから。

 

 食卓の中では、こよみが法だ。僕は、こよみ政権に屈するしかない哀れな子羊なんだ。

 

 もう、プライドも何もかも捨て去るしかない。こよみに通じるように、僕のすべてを込めるしかないんだ。

 きっと、僕の顔は真っ赤なはず。だが、言うしかない。

 

 僕はこよみに向き合って、全力で告げる。

 

「こよみさんのご飯が、世界で一番好きです……!」

 

 甲高い声が出てしまった。どう考えても、情けない姿。

 こよみはさぞ笑っているだろうと思いきや、口のあたりをもごもごしている。ちょっと顔も赤い。もしかして。

 

 そう期待を持つ僕を、こよみは柔らかな表情で見つめてくる。少しうるんだ瞳に、吸い寄せられそうになった。

 

「そこまで言ってくれるんだ……。ふふっ、ありがとう。作って良かったよ。じゃあ、口を開けて?」

 

 さっきまでと違う柔らかい笑顔で、スプーンを差し出してくる。

 口に届くまでの時間が、一分ほどにすら思える。その長さの果てに、こよみのスプーンは僕の口に届いた。

 

 ようやく、待ちわびた瞬間が訪れた。

 口の中に入った瞬間、卵がふわりとほどけていく。バターとケチャップの香り、そしてわずかな甘さが口全体に広がっていった。

 これが、僕の心をつかんで離さないこよみのオムライス。屈辱にまみれようとも、食べたかったもの。その満足感に、舌と心が満たされていく。

 

 嬉しそうな顔をして、こよみは僕にスプーンを運び続ける。食べ終えた僕を見て、満足げに自分の分を食べ始めた。

 

「うん、良い感じかな。はると君も、美味しかったでしょ?」

 

 そっと微笑みながら、言われる。当然、うなずく。こういうところが、敵わないと思わされてしまう。自分で作った料理を、先に食べさせてくれるのだから。

 

 感心しながら待っていると、食べ終えたこよみは自分の鞄から包みをふたつ取り出した。そのまま、堂々と掲げていく。まるで楽しくて仕方ないというように、満面の笑みで。

 

「はると君のお弁当箱はー、私が持ってまーす! 昼休みのはると君は、どんなおねだりを見せてくれるのかな?」

 

 ワクワクを隠しきれないという様子で、僕のことを見ている。目が輝いているとでも言えば良いのだろうか。

 

 こ、こよみのやつ……。

 たった今、僕は屈辱を乗り越えたばかりだというのに。また試練を課してくるのか。

 神様ですら、こんなに理不尽じゃないだろ!

 

 もはや僕は、こよみという大災害が過ぎ去っていくことを祈ることしかできない。

 ただの小市民というのは、こんなに無力なんだな……。

 

 いや、待て。次は学校なんだ。お弁当ということは、みんなに見られる危険性もある。それこそが、逆転の糸口だ。攻めすぎたな、こよみ!

 

「学校でも、あーんしてくれたりする?」

「人前でする度胸はあるのかな、はると君?」

 

 こよみは余裕の笑みを浮かべている。僕の反撃なんて、効いていないかのように。

 だったら、もっと追撃するだけだ。僕も手痛いけれど、クロスカウンターを決めてやるぞ!

 

 少しだけ笑顔を浮かべて、僕はこよみに言葉を叩きつける。

 

「こよみさんとなら、恋人みたいに思われるのは嬉しいくらいだよ」

「へ、へぇ……。はると君ってば、私のことが大好きなんだね?」

 

 少し目をそらされた。良い感じだ。

 後は、トドメだけ。やってやる。やってやるぞ。覚悟しろ、こよみ。

 

「だから、お願いだよ。ね、こよみさん」

「良いよ、はると君。それなら、みんなの前でおねだりも平気だよね? 嬉しいんだもんね? はるとくんの可愛いおねだり、また見たいなー」

 

 そう、罠にかかった獲物を見るような笑顔で告げられた。声も弾んでいて、狙い通りだと分かってしまう。

 あまりにも完璧なカウンターを決められてしまった。これが、こよみマジック。あまりにも強い、こよみの技。もはや、万事休すか。

 

 ちくしょう。こよみには勝てなかった。一撃耐えられたと思ったら、返しの刃で一刀両断された気分だ。僕はただ、うなだれるだけ。

 

 いや、まだだ。なんとかして、昼休みまでに勝つ手段を見つけてみせる。こよみに、僕を認めさせてやるんだ。昼休みを、楽しみにしていることだね。そうだろ、こよみ。

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