こよみさんは勝たせてくれない:意地悪だけど甘やかしてくる幼馴染ちゃん   作:maricaみかん

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7話 大問ひとつを解けるかな?

 こよみに、次のテストで勝ったらキスしても良いと言われた。その言葉が、頭を何度もぐるぐるしている。

 今のこよみは、少し色っぽい顔をしている気がする。気のせいだろうか。キスという言葉を、意識しすぎているのだろうか。

 

 つい、僕はこよみの唇を見てしまう。きれいな薄紅色で、とても柔らかそう。

 いやいや、キスのことを考えすぎちゃダメだ。平常心。平常心だぞ、僕。

 

「キ、キス……?」

「はると君、怖かったりする? 嫌なら、別のものでも良いよ?」

 

 ニヤニヤしながら、そんな事を言ってくる。僕を、からかっているのだろうか。猛獣らしく、遊ぶつもりで強い攻撃をしているのだろうか。

 いや、まさかね。こよみは、キスをおもちゃに使うような人じゃない。ちゃんと、真剣なはずだ。

 だから、僕だって真剣に答えないといけない。嫌なのか、どうなのか。怖いのか、違うのか。

 

「い、嫌っていうか……。その……」

「私は、はると君なら良いと思っているんだけどな? ヘタレなはると君には、怖いかな?」

 

 試すように、こちらを見ている。

 こよみだって、勇気を出して言ってくれたのだろう。だったら、僕だって応えないと。

 とはいえ、キスとなると緊張しちゃうんだけど。今でも、声が震えているくらいだし。

 

 たぶん、僕が勝つ可能性は低い。こよみも、分かって言っているとは思う。

 それでも、キスという言葉をどうしても意識してしまう。本当に柔らかいのかなとか、してしまったら顔を見られるだろうかとか。

 

 でも、やるだけだ。こよみだって真剣なんだ。僕だけ逃げてたまるか。

 

「わ、分かったよ……。ほんとに勝っちゃっても、知らないからね」

「ふふっ、全力で頑張ってね。はると君が良い点数を取れたら、ご両親だって喜ぶでしょ?」

 

 そう言って、優しく微笑んでいる。やっぱり、こよみは僕のことを考えてくれているみたいだ。

 だったら、本気で勉強しないとね。こよみの気持ちに、全力で返してみせる。

 

「そ、そうだね……。なら、頑張るよ……」

「ところで、私が勉強を教えてあげよっか? それなら、勝つ可能性は上がるよね」

「お、お願い……」

「なーんだ。やっぱり、はると君もキスがしたいんだねー。ふーん。へー」

 

 口元に手を当てて、こよみはニンマリとしている。明らかに、からかわれている。

 本気で僕のことを考えてくれている面と、僕をおもちゃと見ている面が同居している。まさに、女は役者を体現しているというか。

 でも、ここで負けるだけの僕じゃない。本番で勝つためにも、しっかりと優位を取ってやる。

 

「隠し味の時に、ヒントが無くてダメだったから……。そこは、認めないと……」

「はると君ってば、素直じゃないなー。でも、別に良いよ。しっかり、教えてあげるね」

 

 キスに興味がないと言えば嘘になるけれど、僕はそのために頑張るわけじゃない。こよみが本気で向き合ってくるのなら、僕も本気で返したいんだ。単純なことだよ。

 だからこそ、僕はすぐに席についた。1点でも、点数をあげられるように。

 こよみは僕の隣に座って、参考書と青いノートを取り出していた。

 

「じゃあ、どの教科から教えようか。はると君、どれが良い?」

「なら、数学でお願い。それが、一番時間がかかりそうだし」

「分かった。じゃあ、この大問を解いてね。最後まで正解していたら、ハグしてあげるよ?」

 

 参考書を指さしながら、こよみは大胆な提案をしてくる。

 キスほどじゃないけれど、かなり強い手だ。僕の耳は、真っ赤じゃないだろうか。

 

「ハ、ハグ……」

「ふふっ、もう緊張しちゃって。そんな調子なら、本番も集中できないんじゃないのー?」

「も、もう。僕だって、やる時にはやるんだからね」

「期待して良いのかな、はると君? いつもみたいに、私に負けちゃう?」

 

 僕の目を、こよみはじっと見ている。負けたくない。いつも思っていることだけれど、いつもと違う気持ちだと感じた。

 今の僕は、こよみに期待されているんだ。なら、応えたい。それは、間違いなく僕の本心。

 

 そうだ。こよみに恩返しできるチャンスなんだ。やってやる。やってやるぞ。

 

 気合いと、ちょっとだけの反骨心。それを瞳に混ぜて、僕はこよみを見つめた。

 

「そっちこそ、負けた時に逃げないでね。僕は、勝ってみせるよ」

「じゃあ、まずは今のはると君を見せてもらおうかな」

 

 こよみがうながすのに合わせて、僕は問題を見ながらペンを動かす。当たり前だけど、かっこ1は明らかに簡単だ。たぶん、手癖で解けると思う。

 でも、油断はしない。しっかりと検算をしながら、正解と確信できる答えを出す。

 

 かっこ2も順調に解いて、かっこ3。こよみが、僕の肩辺りから問題を覗き込んでくるのが分かった。

 花のような甘い香りを感じて、ついこよみの方に目を向けてしまう。そして、唇も。

 テストで勝てたら、こよみと。そんな考えに釣られるまま、しばらくじっと見ていたのを自覚した。首を振って、振り払う。

 

 一度深呼吸をして、もう一度問題に向き合う。甘い香りはまだ続いていたけれど、今度こそ迷うものか。

 かっこ3も解いて、続いてかっこ4。ひとまず答えは出したけど、まるで手応えはなかった。

 

 時計を見ると、大問1個にかけられる時間くらいだった。これ以上粘っても、悪あがきだ。こよみに、問題を提出する。

 すぐに丸をつけられていって、結果が出る。こよみは、目を細めてこちらを見ていた。

 

「かっこ4は、不正解だね。解説、聞きたい?」

 

 やっぱり、そうか。拳を握ってしまう。だけど、今の僕を受け入れないと。こよみに勝つためには、手を尽くさないといけない。

 そうだ。全身全霊を。勝つべきこよみの手を借りてでも、やらなくちゃ。

 僕に必要なのは、プライドじゃない。そんなもの、ドブに捨ててしまえ。たとえ地面にはいつくばろうと、それは僕の負けじゃない。

 

 本当の負けは、こよみの期待に応えられないことだけ。それ以外は、全部小さなことなんだ。

 

「お、お願い……」

「まあ、誘導通りなんだけどね。x²+2x+1をtとおけば、後はtの2次式でしょ? 範囲にだけ気をつければ、正解だったんだよね」

「な、なるほど……。いつもやっていることで、解けたんだ……」

「まあ、かっこ3までは正解できたみたいだし、頭くらいはなでてあげるよ。ほら、こっちに来て?」

 

 そう言って、こよみはそっと微笑む。僕は、こよみに頭を差し出した。まるで、ご褒美をねだる犬のように。

 

 こよみは、まずは僕の頭に手を置く。それから、ゆっくり小さく手を動かしていった。

 頭の奥まで染み渡るような心地よさが、僕を満たしていく。

 

 でも、これで満足しちゃダメだ。全力で、勝つためにすべてをかける。そこから、僕は始まるんだから。

 

「えらいよ、はると君。普段からちゃんと勉強してるって、よく分かるよ。頑張っているんだね」

「こよみさんほどじゃ、ないけど……」

「私は首席入学だよ? そんなに簡単には、抜かせないかな」

 

 これまで、こよみは当たり前のようにテストで1位を取り続けてきた。そんなこよみに釣り合う僕になるためにも、難題に挑んでみせる。

 もしかしたら、陸上のエース選手にいきなり勝つような話なのかもしれない。だからって、やる前に白旗を上げるわけがない。

 

 僕は、こよみの期待にだけは応えたいんだ。だから、こよみに強く宣言した。少しだけ、震えながら。きっと、武者震いだ。

 

「でも、僕は勝つよ。こよみさんに負けたままじゃ、終わらせないから」

「うん。はると君なら、きっと良い点数を取れるよ。私は、信じているからね」

「もし勝てたら、その時は……」

 

 何が言いたいのかも分からないまま、言葉が出てきた。こよみは、そっと僕の唇に人差し指を当てる。頭から手が離れた名残惜しさと、わずかな照れくささがあった。

 

「ダメ、だよ? そういうことは、勝ってから言うものだよ」

「そうだね……。じゃあ、勝たないとね……」

「頑張ってね、はると君。手は抜かないけど、協力はするからね」

「もちろんだよ、こよみさん」

 

 僕は、勝つ。仮に勝てないとしても、努力が足りなかったと後悔することだけはしたくない。

 そんな気持ちが伝わったのか、こよみはふわりと笑った。

 

 さあ、やるぞ。僕は、自分の限界に挑んでみせる。

 

「じゃあ、明日は私の家でね。しっかり、勉強していってね?」

 

 いつもと違う環境だけど、しっかりとものにしてみせるからね。

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