羽田空港を発った白哉と総太郎は、2時間近く掛けて新居に到着した。
数多くの住宅が混在するその場所で、その家は他の家よりも圧倒的に大きく、周囲からは子供の小さな遊ぶ声と風の音しか聞こえない。
白哉「…静かだな。」
総太郎「ええ。何せ、私とあなた様しか居住者が居ないもので。」
白哉は荷物を片手に、玄関前で一息つく。
羽田空港のざわつきと比べれば、あまりにも世界が違う。
白哉「…んで、俺は今年の5月で15になった。世間では中学生3年のガキ、つまり今年中になんかしら高校入試を受ける手続きをするか、4月に職に就く必要があるわけだ。」
総太郎は玄関の鍵を差し込みながら、ちらりと白哉に視線を向ける。
総太郎「その件につきましては、既にこちらである程度の手続きを済ませております。勿論、白哉様がどの道を選ぶかで、方向性は変わりますが…。」
白哉「爺さん、俺はもう道は決めてんだ。
白哉のその言葉を聞いた総太郎は、鍵を回す手を止めた。
まるで、その決意の固さを確かめるように。
総太郎「雄英高校…でございますか。」
雄英高校。
今まで数々の“プロヒーロー”を排出してきた名門校であり、アレクセイが白哉の正義の心をたしかに感じとり、最期に受けろと言い残した高校だ。
白哉「ああ。ヒーロー科だ。正義の味方になりたいとかそういうのじゃない。
…ただ、あのバカが言い残した事を、やり遂げたいだけだ。」
白哉の声は淡々としている。
けれど、その奥にある悲しみは隠しきれなかった。
総太郎「アレクセイ様の最期の言葉を胸に…ということですね…。」
白哉「まあな。あいつはな、『普通に生きろ』っつった後、『雄英を受けろ』って矛盾した事を言ってきやがってさ…。
今頃普通に生きれる訳ねえってことで、後者に従う事に決めた。」
風が吹き抜け、庭の木々が揺れた。
その音に背中を押されるように、総太郎は声を出す。
総太郎「承知致しました。雄英高校の資料は、既に手元にございます。
準備もサポートも、全てお任せくださいませ。」
白哉「全てお見通し…ってか。」
その言葉を聞いた総太郎は、ほんの僅かに笑った。
総太郎「ええ。あなたの性格であれば、必ず雄英高校を受けるだろうと予測しておりました。」
白哉は降参だと言わんばかりに肩を竦める。
白哉「よーく分かってんじゃねぇか…。」
総太郎が玄関の扉を開けると、冬とは考えられない暖かい空気が2人を迎えた。
総太郎「では、中へどうぞ。今日からここが、貴方様の家です。」
白哉は荷物を持ち直し、小さく呟いた。
白哉「行くか…あいつらに笑ってくれるように。」
玄関をくぐった瞬間、白哉は静かに息を吸い込んだ。
新居の空気には、人の気配が無い代わりに、どこか張りつめていた。
総太郎が靴を脱ぎながら、話を始める。
総太郎「白哉様。雄英高校の受験日は二月上旬…あと三ヶ月ほどです。」
白哉「3ヶ月…か。」
白哉は荷物を置き、リビングをぐるりと見渡す。
広い。無駄に広い。
そして何より、
総太郎「勿論、筆記試験に関しては問題無いと判断しております。ですが…。」
白哉「分かってる。問題は実技…だよな。」
総太郎の目が細くなる。
総太郎「ええ。白哉様の個性は強力ですが、扱いを間違えれば周囲に甚大な被害を及ぼしますから。」
白哉「そうだろうな…。」
白哉の
4歳の時に
11年という長い時間がありながらも、そのコントロールは完璧とは言えないのだ。
総太郎「白哉様、この家には地下訓練所があります。そこであれば、あなた様の“個性”のコントロールする為の訓練が可能です。」
白哉はその言葉にゆっくりと視線を上げる。
白哉「何でそんなもんがあんだよ。」
総太郎「遠縁とは言え、私は貴方様の血族です。個性事故のこともよく知っていますし、戦地で50%以上の力を行使できていない事も存じております。」
白哉は拳を無意識のうちに握り締めた。
白哉「ああそうさ。戦地でどれだけの死線をくぐり抜けようが、
総太郎「地下には、その暴走対策の防護癖と、
もう恐る必要はありません。」
白哉「簡単そうに言いやがって…。」
白哉は歯を噛み締めるものの、その目には覚悟の炎が灯っていた。
タイムリミットは3ヶ月…彼は果たして11年もの年月を掛けても制御出来なかった
白哉と総太郎は双方決意を固め、玄関横にある地下室への階段を下った…。
【1週目】
そこからの3ヶ月はUNPPFでの訓練にも匹敵する程の地獄だった。
1週目は適応訓練。
出力の20%から50%開放によるエネルギーへの耐性、そして暴走の予兆を見抜く為の訓練だ。
白哉「出力45%解放…!クソっ…まだ40%代が安定しねえ…。」
白哉の癖のない白髪が伸び、赤く淡い光を帯びた神秘的な姿からはエネルギーが溢れ出し、壁にはヒビが入り始める。
総太郎「焦りは禁物です!暴走は急に訪れるのではなく、必ず前兆があるのですから!」
白哉はここで初めて『暴走を恐れる自分』に向き合い、結果3週間程で49%までのコントロールを完璧なものにした。
【1月目】
50%開放の適応訓練が終われば、次は51%開放の適応訓練。
たかが1%の差だと思うかもしれないが、実際は形態変化が起こり、白哉の姿は大きく変わり、その身体から発することの出来るエネルギー量は莫大に上昇すると同時、精神が複数の霊魂の人格に引っ張られ、白哉本人の人格が不安定になるのだ。
白哉「ガァッ…!!頭にアイツらの声が聞こえる…!!あぁぁぁあ!!」
白哉の容姿は中世ヨーロッパの黒い甲冑に鉄仮面をつけたような見た目になり、夥しい量の赤黒いエネルギーが大量に放出される。
訓練の度に訓練所の安全装置が警報を鳴らし、彼の体が勝手に動く。
総太郎「“声”に耳を傾けてはなりません!あなたが主であり、彼らは“力の提供者”に過ぎないのです!!!」
この会話を繰り返し、日々出力を上昇させる。
そして遂に…受験までのタイムリミットが1ヶ月を切ったその日。
白哉「ダァァァァァァァァァッ!!!!」
75%開放の訓練をしていた日だった。
白哉が自身の顔を思い切り殴り飛ばすと、放たれるエネルギー量が極端に減少した。
張り替えたばかりの壁は既にヒビが入ったり、砕けてボロボロだったが、遂に彼は51%から75%の開放を完璧にコントロール出来るようになった。
白哉「ハァ…ハァ…これで…あとは100%だけ…!!」
総太郎「お見事…!!たった1月と少しでここまで仕上げるとは…!!」
白哉「あんがとな、爺さん…あんたには感謝してもしきれねえ…。」
【最終段階】
受験まで残り1月を切り、残りの100%開放の訓練に移行した。
白哉「クソッタレ…何で開放できねぇんだよ…!」
75%までは完璧に制御できるようになった白哉だったが、
100%はそもそも力が開放出来なかった。
総太郎「これ以上は行けません!無理に発動してしまえば、あなた様の身体が負荷に耐えられません!」
白哉「まだだ…!まだ終わっちゃいねぇ…!」
出力上昇を試みるたびに、骨が軋み、意識が暗く染まっていく。
それでも白哉は、歯を喰いしばって立ち上がった。
【100%開放4週間目】
白哉は1週間で力の解放が行えるようになったが、彼から放たれるエネルギーの量は膨大で、75%の時よりも人格の不安定さが段違いだった。
受験まで残り1週間ほどしかなく、白哉の顔には確かに焦りが生じていた。
白哉「ハァッ…!ハァッ…!意識…が…!…クッッソ…!」
白哉の足元の床が波打ち、彼の体からは大量の血が流れ出た。
白哉の肉体は、まるで“本来ありえない出力を無理に押し込まれたエンジン”みたいに悲鳴を上げていた。
それでも彼は、拳を握りしめることだけはやめなかった。
彼が悶え苦しんでいたその時、白哉の視界は揺れ、赤白い霊光が滲む。
その中心から駆け付けたのは、今は亡きかつての相棒…アレクセイであった。
白哉「アレク…セイ?」
アレクセイ「白哉!!大丈夫か!?ったく、無茶しやがってよ…!!」
アレクセイの身体は次第にエネルギー体から人の肌を取り戻していき、最終的に神から赤白いエネルギーがポツポツと発生させる半人半霊とも呼べる姿に変化した。
白哉「なんで…なんでお前がここにいんだよ…!」
アレクセイ「お前な、霊体に意思なんてないと思っただろ?でも本当はな、みんな意思を持ってんだ。お前が使いたくないのは“意思がないからと言って仲間を死んでまで働かせるのは心苦しいから”…そうだろ?」
白哉は苦痛も忘れ、俯くと静かに頷いた。
白哉「そうだ…意思がないからと言って無理やり働かせるのは
彼は珍しく涙を流し、笑いながらそう言った。
アレクセイ「ごめんな、2ヶ月前はこんなこと知らなくてよ…気付いたのはさっきなんだ!」
アレクセイはバツの悪そうに頭を掻いて笑った。
その笑い方は生前の彼と全く同じもので、白哉の胸には何か熱いものが込み上げていった。
白哉「…相変わらずバカだなぁ…お前は!
でも…あんがとな。このタイミングでお前が出てくれてな…。
お陰でちーと痛みも引いてきたし、落ち着いてきた…。」
白哉はそう呟くと、血をダラダラと垂らしながらゆっくりと立ち上がる。
その姿に、黙って見ている総太郎も、アレクセイも涙を流した。
総太郎「白哉様…!!出力が100%で安定しています…!!」
総太郎のその言葉と共に、白哉は赤黒いエネルギーの渦に包まれたかと思えば、彼の足元に走った亀裂は、まるで地表が彼の存在にひれ伏したように沈み込み、空気は熱と霊圧が混ざった異質の流れへと変貌していた。
そして、赤黒いエネルギーの渦が霧散した時、彼は2本の角が生えた黒騎士となって姿を現した。
75%の黒い甲冑と鉄仮面の姿とは違い、胸と腹部は筋肉感が強くなり、背中からは黒いマントが垂れ下がっている。
アレクセイ「白哉…お前…!!!」
総太郎「これが…
黒騎士…いや、白哉はゆっくりと視線を上げる。
その瞳は赤黒い二重の光を灯し、誰よりも猛々しい炎が燃えていた。
白哉「不思議だな…。」
アレクセイ「何がだ?」
白哉「2ヶ月前まではちょっと力を開放するだけでも苦痛だったのに、今となってはこんな姿だ。」
総太郎「
白哉「爺さん、あんたには感謝してもしきれない。
そしてアレクセイ、お前が言った“普通に生きろ”ってやつ…。
あれ無理だからさ…。」
鉄仮面の奥で、彼は確かに笑った。
白哉「お前が…お前らが…胸張って自慢できるヒーローにはなってやる。」
アレクセイ「ッ!!!」
生前のアレクセイがみせた、泣き笑いの表情。
それを、半霊でもはっきりと浮かべていた。
アレクセイ「期待してるぜ…相棒!!」
白哉「おう。見てやがれ。」
その姿は、家族を鏖殺した“止められない悪魔”と同じ外見で、中身も『国連の悪魔』と恐れられた者と同じなのに…
殺戮マシンとして生きていた時とは、背負ったものも、宿した意思も、願いも違う。
ここから少年・彼岸 白哉は、
“自らを恐れ、他人から恐れられた悪魔”から、
“英霊を統べるヒーロー”へと変わる。
雄英高校・ヒーロー科入試まで、残り6日。
彼は、果たして『アレクセイ達が胸張って自慢できるヒーロー』になれるのだろうか。
死んだのに結局蘇るアレクセイ
白哉さんはこれからもっと強化します。