「……やっべぇ、人生イージーモードだったわ。」
つい口に出た。
笑うしかない。
昨日まで千円の小銭を探してた男が、
今は“影”ひとつでどこでも生きていけるんだ。
バレフォールと契約してから、
生活はまるで別ゲーになった。
狐影の接線で“誰の目にも映らず”、
紳士の隠し金庫で資源をごっそり持って帰る。
たったそれだけ。
だが――たった1週間で生活がひっくり返った。
ATM前に立っている人間に触れれば、
そのカードの上限まで吸い上げられる。
街を歩くオッサンでも、
ポケットの現金から生活費まで“ごっそり”行ける。
最高だ。
もう煙草の残りの本数を心配しなくていい。
ギャンブルも風俗も、行きたい放題。
なんだって出来る。
「勝ったな」
そう呟いた瞬間――
「おおっと、弧彦君。約束を忘れてくれるなよ」
低い声。どこか楽しげな、狐影の盗賊紳士、バレフォール。
そうだ、契約があるんだよ。
72柱が地上に降り、それぞれ宿主を選んで
最後に残った宿主の1柱が“王”になる。
宿主はなんでも願い叶えられるらしい。
俺はそのうちの一人。
バレフォール公爵閣下の駒。
「はいはい。俺が閣下の駒ってのは分かってますよー。
けどまあ、そう簡単に見つからんすよ。他の71組なんて」
そうだ。この広い世界で自分以外の71の悪魔なんて見つける方が難しい。
しかも俺の能力だって、泥棒特化。ガチ戦闘向けじゃない。
「閣下、そもそもこんな能力で勝てるんすかねぇ」
「勝てねば君が死ぬだけだ。
……ただし。」
影の奥で、宝石の目が細められた。
「君には“退屈を払う義務”がある。
選んだ以上、私は楽しませてもらうよ。」
「まぁ少しは頑張りますよ。俺もまだ遊びたりてないっすからね」
煙草を一本吸って、スマホのネットニュースやXを眺める。
俺が公爵閣下と契約した日、
【ブラジル】スラム街上空に“ドラゴンのような光体”出現か?
動画サイトではフェイク論争が過熱――
【香港】中国政府高官の汚職疑惑データが流出
内部告発か、国外からのサイバー攻撃か――
「うわ。中国さん今日も元気だな」
タバコの火をトントンと灰皿で落として、さらにスクロール。
【ナイジェリア】武装集団同士の抗争激化
“プロの殺し屋が紛れている”との噂も――
【サウジ】王子の夜遊び動画が流出?
【ロシア】葬儀場で死者がしゃべり始めたと職員証言
「……なんだよこれ。世界どうかしてんだろ」
笑い飛ばそうとして、喉の奥で苦笑いがひっくり返る。
ひとつひとつは、ただのデマニュースか、やらせ動画か、与太話だ。
……でも、もう悪魔がいるって知っている。
ブラジルでドラゴン。
香港でスキャンダル。
アフリカで殺し屋。
中東で王子のスキャンダル。
ウクライナだの、ロシアだの、もともと物騒なところもちゃんと物騒。
「……全部、悪魔のせいだって言われりゃ、まぁ、そうかもなぁ……」
「とは言え、パスポートもねぇし、海外なんざ画面の向こうだしな」
日本ではまだそんな目に見えて悪魔っぽい超常現象は起きていない。
「まぁ、吸い終わったらパトロール行ってきますよ。早い話し生き残ればいいんでしょ」
パンパンに溜まった灰皿に吸い終わった煙草をねじ込み立ち上がる。
「日本に俺だけだったら余裕じゃね?」
「クククッ。どうなんだろうねぇ」
*
「パトロールっと。」
(おっと、ごめんよ)
能力で死角に入り、
すれ違う人からちょいちょい金を盗んでいく。
ここは新宿のウインズ。
俺はここで夕方まで競馬をする。
もちろん、怪しい奴がいないか確認しながらな。
……まぁ、いないだろうけど。
すれ違う人達から少しずつ“幸運”も盗んでいく。
いやー最高だわ。運気も資金もどんどん上がっていく。
「差せっっ!! 差し切れよ!!」
「よっしゃーーーっっ!!」
周りからは、
“12番人気とか買えねぇわ”
“カツヤ逃げるなら残せよ”
みたいな声があちこちで聞こえる。
「12番人気頭の三連単とか最高過ぎる。あぁ〜気持ちいい」
よっしゃ、今日はこの辺にして、
綺麗なお姉さんのところに遊びに行くか。
競馬で勝った資金と、盗んだ金で
財布の中身はパンパンに膨れている。
(金は天下の回りモノってな)
鼻歌混じりで歌舞伎町へ向かう。
契約した悪魔は基本、表に出てこない。
一週間に一度くらい釘を刺してくる程度で、
あとは基本一人だ。
他の悪魔もそんな感じらしい。
“閣下の駒”って言っても、
好きにやっていいみたいだ。
ふと視線に入ったホストクラブの看板。
ホストの一番人気が変わったらしい。
輝矢……ねぇ。
なんとなく名前だけ覚えとくか。
ホストに興味はねぇけどな。
目指すは泡姫!!
待っててねーーー!!
*
「ふぅぅ。よかった。まいこちゃん、よかった!」
風呂上がりにタバコを吸いながら、
まいこちゃん――泡姫の着替えを眺める。
「ありがと! 弧彦君! また来てくれる?」
ブラジャーを付けながら笑顔で聞いてくる。
「もち! 明日も来ちゃおっかなー」
「え! 明日も来てくれるの?! すっごい嬉しい!」
「競馬で大勝ちしたから、プレゼントも買ってあげよっか」
「えー弧彦君かっこいいーー!
このあとどうするの? 空いてたらアフターもいけるよ?」
(ふーん、アフター有りだな。
このまま朝まであの胸に溺れるのは確実に有り!!)
「おっけー! 高いところでご飯食べてホテル行こ」
「弧彦君、お金持ちだー!」
そう言って二人で店を後にする。
外へ出ると、
黒いフードを深くかぶった小男が
ブツブツ言いながら路地に立っているのが目に入る。
(陰気臭えな……さっさと飯いこ)
まいこちゃんを片腕に絡ませたままタクシーを呼び、
評判の高い個室焼肉へ。
その後ホテルでラブラブしたあと、
家に帰ってスマホのニュースを見ると――
昨日いた、まいこちゃんの店が倒壊したと書かれている。
倒壊といっても、崩れたというより、
“一部が粉になってそこから崩れ落ちている”感じだった。
まさか、悪魔かよ。
タイミング悪すぎだろ。
まいこちゃんからLINEが入る。
[店潰れちゃったーーー]
[どうしよーー]
「泡姫行けねぇじゃねぇかよ……くそっ。
誰がやりやがった」
スマホ画面に映る“倒壊”の写真を拡大する。
“崩れた”じゃない。
“粉になってる”。
ビルの一部が、まるで砂のように溶け落ちていた。
(……これ、普通の倒壊じゃねぇ)
さらに拡大して気づく。
崩落部分の白い粉じみた破片の上に、
黒い羽根みたいな煤が散らばっている。
「……なにこれ。鳥でも焼けたんか?」
タバコの火を落としながらスクロールする。
他のニュース画像にも、
似たような“黒い影の線”が写り込んでいる。
(あー……はいはい。悪魔だわこれ)
まいこちゃんからのラインが続く。
[弧彦くん、今日も会える?]
[お店関係無しになっちゃうけど]
一瞬、胸が弾む。
女の子に誘われたら行くっきゃねぇ!
しかし、だ。
(会うのはいいけど……悪魔が近くいたらめんどくせぇ)
そもそもどんな悪魔だこれ?
バレフォール閣下から他の悪魔の素性なんて一言も聞いていない。
(……調べっか)
狐彦はスマホを開き、
「倒壊 黒い羽根」「粉 黒い跡」「建物 粉砕 謎」とか
適当にワードを入れて検索する。
案の定、オカルト系まとめサイトが引っかかった。
【スレ】最近の倒壊現場に“黒い羽根”が残る件
【画像】池袋の密室崩壊事件、黒い羽の痕跡
【噂】渋谷のコインロッカーの破壊痕に“鳥の影”
「……出てんじゃん」
さらに検索ワードを変える。
「鳥 崩壊 黒羽」「urban crow destruction」「black feather collapse」
言語変えると海外のBBSまでヒットし始める。
【海外BBS】黒い羽根の破壊者“Raum”って知ってるか?
「ラーウム……?」
英語のWikiもどきまである。
Raum: A crow-headed entity from demonology who destroys buildings,
steals treasures, and brings ruin.
(……おいおいおい。
モロじゃねぇか)
動悸がひとつだけ強くなる。
倒壊した泡姫の店の写真をもう一度見る。
粉砕した跡。
黒い羽根のような残留物。
そして――
路地裏で見かけた、黒フードの陰気な小男。
(……アイツ、だったのか?)
ジワッと背中が汗ばむ。
そこで――
影が揺れた。
部屋の隅で、
いつの間にかバレフォールが脚を組んでいる。
「君の遊び場が壊されたようだねぇ?」
ただ、楽しそうに薄く笑っている。
「閣下、知ってたんすか?」
「未来視は出来ないからわかるはずもないさ。
君の周りでも動き出したみたいだね」
「いやー迷惑すぎっすね。
俺の楽しみ返せよって話っすよ」
「なら、取り返せばいい。盗賊の原則だろう?
“奪われたら、奪い返す”」
バレフォールは、口元だけで笑う。
(……なにか知ってるくせに教えねぇ、か)
狐彦はスマホを閉じ、
深く1本吸って立ち上がった。
「……上等だ。
黒い羽根のヤロウ、見つけてやるよ」
タバコを灰皿に押し潰して、
歌舞伎町へ出ていく。
背後でバレフォールが小さく囁く。
だが、それはヒントでも助言でもなく、
ただの“観客の独り言”だった。
「さぁ弧彦。
未知が踊り始めたぞ――楽しくなってきたじゃないか」
狐彦の足音は、夜の影に消えていった。
*
「威勢よく出てきたけど……まだ昼過ぎなんだよなー」
とりあえず泡姫の店に行ってみるか。
“犯人は犯行現場に戻ってくる”って、
なんかで聞いたことあるしな。
昨日の夜頑張ったから、歩きながら周りの体力を盗んでいく。
(ごめんねー)
能力で死角に入り、元気そうな若者の活力だけを吸い上げる。
くたびれたサラリーマンからは盗まん。かわいそうだし。
体の中からギュッと元気が湧き上がってくる頃には、
現場に着いていた。
黄色い規制線。
警察がちらほら。
報道のカメラもいて、ユーチューバーも数人。
「どうもー! 今日もスキャンダル上げてくぜ!! クローです!」
自分のスマホを向けて吠えてるやつがいる。
ん?
黒パーカー、黒マスク、身長160cmくらいの小男――
(あれ? あいつじゃね?)
「ここ! 昨日崩壊したソープ店だけど、
アイドルとかグラビアモデルも働いてたんだ!」
「売れる前の地下アイドルとか、ブーム過ぎたグラドルとか集まる店でさ!
30分で10万だぜ?! ぼったくりだろー?!」
(うんうん、高いよな。俺も能力なかったら一生行けなかったわ)
……ってちげぇ!!
お前、絶対あいつだろ!!
いや、でも犯行現場にこんな堂々と現れるか?
もうちょい観察してからでも遅くねぇ。
どうせ能力使えば気付かれない。
狐彦はスマホで「クロー」を検索する。
ここ一週間の動画は、どれも芸能人のスキャンダルや裏ネタばかり。
再生回数も8千前後。地味にバズってる。
(やってること小っちゃい。小物臭がプンプンするなぁ)
しょうがねぇ、今日はこいつの尾行だ。
ここで能力バトルなんてしたくない。
ぼけーっとクローを眺めていると、そいつは30分ほどで移動を始めた。
(何が楽しくて男のケツ追いかけねぇといけねぇんだよ……)
ぶつぶつ言いながら後をつける。
歩きながら、
まいこちゃんに返信し忘れてたのを思い出す。
[今日予定入ったわ、用事終わったら連絡する]
断腸の思い……というか、
多少の繋がりは残しておきたいので、
やんわり返信しておく。
クローはカフェに入っていった。
俺も続いて入り喫煙席を探す。
(くっそ、ここカフェのくせに煙草吸えねぇのかよ!!)
仕方ないからコーヒーを頼んで席に座った。
クローは窓際に座って外を眺めてスマホをいじっている。
俺は視界の端でそいつを気にしつつ、
スマホで喫煙所の場所を探した。
(あー……コーヒーなんか飲んだら余計吸いたくなってきた)
胸の奥がムズムズする。
もう吸わずにいられねぇ。
気づいたら、俺は立ち上がっていた。
(尾行は後でもいいや。まず1本吸ってから考えよ)
コーヒーを一気に飲み干し、
喫煙所のある方へ歩き出す。
そう、俺は――
悪魔との殺し合いゲームの真っ最中でも、
“まず煙草”が優先される、そういう男だ。