今は叶わぬ恋心   作:おっはい

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篠澤広①~貴方を覗くとき~

 

「―――すみません、あなたとは付き合えません」

 

芯の通った男性の声。迷いも葛藤もなく、交際を断る様には言外に、縋るなと告げていた。

 

「……そっか……ままならない、ね…」

 

なんて残酷なのだろう。迷う素振り、あるいは猿真似でもいいから悩んで欲しかった。叶わないと分かっていても。否定されると知っていても。()()()()()()()と突きつけられるのは何事よりも無惨で耐え難い。

 

心做しか頬を痙攣させる快感に深い深い溜息をこぼし、視界を遮る前髪を癖のように耳にかける。

ああ、ままならない。焦がれたソレは、しかし私には劇毒が過ぎたらしい。胸を巣食う虚空が身を焦がさなかったのは、皮肉にも彼が嫌味なほどにいつも通りだったから。壁に張り付いている虫を見つけたとき、或いは空に変な形の雲が浮いていたとき。きっと彼は同じ抑揚で、同じ心持ちで言の葉を紡ぐのだろう。

 

本当に、ままならなくて―――最高。大好き。

 

「理由、聞いてもいい…?」

 

「俺がプロデューサーで、貴方がアイドルだからです。他に理由なんて必要ですか?」

 

まるで、ファンからは女神のように扱われている私を零落させまいと、理性で堪える―――なんて事は欠片もなく、素で言い切られる。それ以上の押し問答は時間の無駄なのだと鬼畜なプロデューサーは冷めた視線で物語っていた。

 

だから、少しだけ縋ってみる。この時間すら愛おしくて、愛おしくて、堪らないのだから。

 

「必要だと思う。一般的には」

 

「そうですか」

 

「うん、そうなの」

 

「そうでしたか。それは置いときまして、丁度良いので今後のプロデュース方針について面談をしましょう」

 

「………正気?」

 

「至って正気のつもりですが…」

 

淡々と、さっきのプロポーズが笑うに値しない前座だったかのように。おおよそアイドルに告白された男性とは思えない反応だった。

相手が相手なら怒ったり泣いたりしていてもおかしくはない。私も大概変な女の子扱いされるけど、目の前の男だって変人だ。まるでプロデューサーを前提とした人格形成は、濃い人生経験を自負している私の記憶にも例がない。

 

―――私のプロデューサー。

 

鬼畜で、全国のアイドルの中でも一番貧弱な私に無理難題を突き付ける、最高のプロデューサー。お友達はあまりいなそうなのに、人脈が広い。教師やトレーナー達とも仲良し。つまり浮気者。

プロデューサー科では群を抜いて優秀な模範的生徒―――と、言うワケではないらしい。そこそこの成績で、それなのに実績とコネクションがあり、中の上程度の成績には不釣り合いな『実践に強い』特性。行動力もあって、私の唐突な我儘を叶えてくれる。

 

私のプロデューサーなのに、私の友達の関係者との繋がりもあるらしい。千奈のお家、佑芽や佑芽のお姉さん、元SyngUp!のメンバーとの交流もある。とても浮気者。

 

そんな浮気者に、改めて問うてみた。

 

「………ちなみに、理由は?」

 

「理由?先程も話した通りですが」

 

「ううん。それは、嘘じゃないけど本音でもない。わかる、よ?プロデューサーは建前を使うとき、少しだけ目を逸らして唇に右手を添える」

 

「………………」

 

「びっくり、した?プロデューサーが私を覗いているとき、私もプロデューサーを覗いている。どやぁ」

 

ここで()()()、気まずそうに目を逸らされた。普段は見えない可愛い反応。プロデューサーとしての仮面の、その裏だ。

 

不思議と確信はあった。プロデューサーは私のことが大好きだから、きっと()()()()()()()。漠然とした感情論。フラれたのは事実で、仕方がない。でもプロデューサーはやっぱり私のことが大好きなハズだから、今後のアプローチの方法を考える為にもフラれた理由は知っておきたい。そんな乙女心。そんな恋心。

 

プロデューサーは数秒の熟考の後、遠慮がちに重たい口を開く。

 

「……広さん」

 

「ん」

 

()()()()()()()?いえ……言い方を変えましょう。()()()()()()()()()?」

 

「………?なんのこと?」

 

逆に聞かれた。

 

神妙な顔付き。限りなく無駄を削ぎ落とした問い掛けは、何処か淡く、私への信頼にも思えた。自慢はしないし事実だから謙遜もしないから言うと、私は敏い。とても賢い。

 

そんな私への信頼だった。

 

最初の問い―――『分かりませんか』と聞かれた瞬間は、プロデューサーの心情を察してくれないのかという意地らしい、可愛らしい質問にも思えた。でも瞬間的に言い改められた言葉、『自覚』。

それで初めて気が付く。交際を申し出たのは私なのに。平然と断ったのはプロデューサーなハズなのに。その言葉は一切の曇りも憂いもなく、私自身に問題があると告げている。

 

「広さん、あなたの言葉を借りましょう。あなたが私の内心を覗いているならば、私もあなたの心を覗いている」

 

「……プロデューサーのえっち」

 

「失敬な」

 

―――自覚。

 

自覚のない原因があって、私のことが大好きなプロデューサーは私との交際を断った。

 

だったら必然、その原因が解消されたら―――少し、頬が緩んだ。今はアイドルだから"そーゆー関係"は難しいかもだけど、どうせ私がアイドルであるうちはプロデューサーも変わらずプロデューサーで在り続ける。隣で同じ景色を見続けるのだから、趣味の延長線上でてっぺんに至るまでは。

 

その必然を必然たらしめるには、私は『自覚』しなければいけない。プロデューサーが覗いた私の何かを。

 

「………ヒント、ほしいかも」

 

「クイズや謎かけではないのですが…」

 

「でも必要、でしょ?たぶん、アイドルとしても必要なこと。とても致命的ななにか……な、気がする」

 

「……ふむ。捉えようによっては、これもプロデュースの一環か……あなたが一番星と至るには、"それ"を自覚しなければいけない。『篠澤広』と名付けられた女神(きょぞう)が完成するには尚更、理解した上で無理解を貫かなくてはいけない」

 

「知って、識って、理解して。その上で知らんぷりをしなければいけないの?それもアイドルだから?」

 

「そうです」

 

「そっか。やっぱりアイドルは、私には不向きみたい……俄然、楽しくなってきたね。じゃあ教えて、プロデューサー。プロデューサー好みの『わたし』を完成させる為に、私が自覚しなければいけないこと」

 

この人は、何処までもプロデューサーだ。私の恋心すら利用して一番星に祀り上げようとしている。やっぱり最高。素敵。

 

プロデューサーはホワイトボードの前まで移動して、ペンで『アイドル』とだけ書く。教員というには雑な導入だから、どちらかと言えばアルバイト塾講師のように見える。

 

「では一つ一つを紐解いていきましょうか」

 

「おおー」

 

「まず、基本的な部分です。そして広さん、きっとあなたが()()してしまった部分。アイドルとして成長するには、あなたは二、三歩は下がる必要がある」

 

「……なるほど。わからない。プロデューサーは、遠回りな説明が好きだね。ちょっと下手だね」

 

「……………続けても?」

 

「うん」

 

「それでは問いましょう。そも、アイドルがアイドルで在る為に必要なモノとは?」

 

なんとも抽象的なクイズに思える。捻くれた答えなら幾らでも浮かぶけど、今回の題材は『告白』と『自覚』だ。話を繋げるのであれば、答えはそこにある、と思う。

少しだけ深く考えてみる。とても簡単な質問、アイドルがアイドルで在る為に必要なモノ。もの、モノ、物、或いは『者』。

 

………あまりにも基本だった。当たり前すぎて、逆に疑ってしまう程度には簡単な質問だった。

 

「―――ファン、だね」

 

「正解です」

 

「ふふん。ご褒美は?」

 

「この程度でご褒美が貰えるとでも?……さて、では第二問。『ファン』とは何ですか?」

 

「……………」

 

改めて言語化しろ、と言われると一瞬だけ言葉に詰まった。fanaticが短縮されたもの、狂信者を意味するfanatistが語源、日本に浸透している意味合いは愛好者や応援者。

 

………違う。意味は違くないけど、プロデューサーの真意は違う。

 

問い、ファンとは何か。

 

応援してくれる人―――少し弱い。

 

信仰してくれる人―――過剰、かも。

 

例えば、私は千奈や佑芽のファンだ。普段は友達で、ステージで歌って踊るアイドルの大ファンだ。きっと、普段とステージの上、その二つは繋がってはいるけど別物。別者として捉えている節がある。

彼女達の『実像』は慣れ親しんだ親友で、ステージ上の『虚像』は声を出してペンライトを振って応援するアイドル。つまり私はファン。

 

ならば、後は感情を当て嵌めるだけ。

 

ファンとは―――私が、アイドルに向ける感情は?

 

「―――わかった。ファンは、虚像に対して恋慕を持つ人。憧れの押し付け、叶わないから非現実的な夢物語に心から安心して浸れる環境、不純が過ぎる愛の結晶」

 

「……そこまで拗れているのはあなただけでしょう。ですが、正解です。ファンとは、虚像に恋してしまった末路。届かない星を愛してしまった者、それがアイドルのファンなのでしょう」

 

「…………プロデューサーは、私のファン?」

 

「大ファンですよ、アイドル『篠澤広』の」

 

「…意地悪だね」

 

「お互い様でしょう?」

 

少し、わからなくなった。プロデューサーは目の前の貧弱な私と、ステージの上で崇められる私。どっちの方が好きなのだろう。どちらも私だけど、きっとステージの上の『私』は誰の手も届かない。だって、硝子に映る虚像とは斯くも儚いものなのだから。演出とは、現像とは程遠いのだから。

 

でも実際、トップアイドルはそんな小難しい事なんて考えていない。考えなくても理解している、それがアイドルの才能。私にはない才能。私が追い付くには、やっぱり考え続けるしかない。

 

「続けましょう。ファンとは虚像を、理想を愛する者。でしたら、アイドルにとってファンとは?」

 

「数字」

 

「絶対に外では言わないでください」

 

「冗談。一人一人、ちゃんと大切。私のファンは特殊な人が多いけど、それでも私の虚像を愛してくれている。だったら、私もファンを裏切らないように『アイドル篠澤広』を提供し続ける。だから、ファンは―――生命線。ファンが居なければ私はアイドルにはなれないから、ね」

 

「大正解です。尤も、答えなんてアイドルの数だけ存在するのでしょう。あなたにとってのファンを言語化出来たので、まずは大正解です。アイドルとして、格段に成長している」

 

彼は相変わらず淡々と、何処までも()()()()()()()()()()私を褒める……………………あ。

 

…………なんだか、わかったかも。

 

私がプロデューサーにフラれた理由、わかった。

 

「自覚………うん。プロデューサーの言いたいこと、そーゆーこと……?」

 

「……………」

 

確かに、私は思った。考えた。疑って、でも理解しようとしなかった。

 

―――《まるでプロデューサーを前提とした人格形成は、濃い人生経験を自負している私の記憶にも例がない。》

 

―――《どうせ私がアイドルであるうちはプロデューサーも変わらずプロデューサーで在り続ける。》

 

―――《この人は、何処までもプロデューサーだ。》

 

……今日、さっき。私が内心で思い、呟いた言葉だ。プロデューサーは『虚像』と『ファン』について説いた。それは単に私をアイドルとして成長させる為だけじゃなくて、つまりは()()()()()とも言える。

 

これは私とファン、私とプロデューサーの話ではなかった。()()()()

 

私が()()()()()()()()()()に溺れている。

 

それは言い換えれば、虚像に憧れを押し付けているだけ。恋に恋する、ちっぽけな子供のおなはし。

 

「自覚は出来ましたか?」

 

「……いじわる」

 

「嫌いになりましたか?」

 

「……………いじわる、だね。ほんとうに」

 

私はプロデューサーが好き。じゃあ、プロデューサーではない彼は?ファンが私の虚像を愛しているように、私もプロデューサーの虚像に恋しているだけ?それとも、この恋は―――

 

深い思考に没頭しそうになる刹那、パンッ!と唐突な手拍子に頭が真っ白になった。どうせロクな答えなんて出ないけど、思考を邪魔されたことで少しだけ恨めしく思い、プロデューサーに視線を向けると。

()は、真っ直ぐと私の目を見ていた。普段通り、アイドル未満の私を。アイドルに成れていなかった頃から変わらず、見つめ続けていた。

 

「………プロデューサー…?」

 

「全く別口の、最後の質問です。広さん―――虚像が虚像でなくなるとき、それはいつですか?」

 

……果たして、それはアイドルなのか。プロデューサーなのか。ずっとずっと先、お互いにそうではなくなる時がくる。

 

深く、深く、もっともっと深く。これまでに無いくらいの溜息がこぼれた。

 

「とっても、永い答え合わせになりそうだね、()()()()()()()

 

お互いに虚像を捨てる時は、まだまだ後。それまでの時間、ゆっくりと考えよう。彼の内面を。私の恋心を。遠くの景色のように思えて、でも、不思議と嬉しく思えた。

 

 

―――だって、プロデューサーが私を覗いているとき、私もプロデューサーを覗いているのだから。

 

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