禪院七直の生い立ち
禪院
かつての暦の編纂権を握っていた「土御門家」の血筋を持つ母の京子と、現在の呪術の名門「禪院家」当主の直毘人を父に持つ、名家の掛け合わせだった。
土御門家は源流をたどれば、平安時代の陰陽師「安倍氏」まで遡る呪術の名門中の名門だった。
今やその栄華の面影をなくし、久しく術師を輩出していなかった。
影響力を無くした土御門家は苦肉の策として、禪院家に支援を願い出た。
それに応えた禪院家は代わりに、土御門家の血を求めたのだ。
「禪院家に非ずんば呪術師に非ず、呪術師に非ずんば人に非ず」
例にもれず京子は術師ではなかった。
禪院家に入った彼女の扱いは、嫁でも、妾でもなく、愛人でもなく、使用人に近い関係だったという。
直毘人のお手つきだったため、他の男に襲われることはなかったが、誰も彼も京子という人間性に目を向けず、ただの土御門家の血筋だけという価値がついてまわっていた。
だがその血筋もあまり期待はされていなかった。
そんな中、七直は生まれてきた。
土御門家との契約により、生まれた子は禪院家の者になると決まっている。
この瞬間から、七直は禪院家に仕える未来が確定したのだった。
◆
七直が生まれてから五年が経った。この頃すでに七直は禪院家に疑問を抱いていた。
なぜ術師ではない者達が肩身の狭い思いをしなくてはいけないのか。
なぜ私や母は屋敷の部屋の隅に追いやられているのか。
なぜ病に臥せる母を父上は慮ってくれないのか。
七直は賢く人想いな娘に育った。禪院家の男尊女卑が蔓延る環境でも、母の愛情を受け真っすぐな感性を持っていた。だが、その環境は母の京子には大きな負担になっており、ついには体を壊し床に臥せるようになってしまっていた。当然の如く父上や男衆は無関心を貫き、気遣ってくれたのは同じ女中や使いの者だけだったのである。
京子は七直を家の悪意から守っていたが、それも限界を迎えつつあった。あと数年もすれば娘が禪院家の召使いとして、取り込まれてしまう。悲観した京子は七直を抱いて泣いてしまうときもあった。
「ごめんね…ごめんね、七直」
「…だいじょうぶだよ。おかあさん」
七直はこの時は何に謝っているのか分からなかった。自分の事で泣いてしまう母を、七直は抱きしめる事しかできなかった。
◆
そんなある日、七直は同じ女中が術師の男から暴力を受けているのを目撃してしまう。
その女中は母や七直と仲が良く、お互いが助け合っていたほどだった。
目の周りが腫れあがってしまうほど痛めつけられた姿を見て七直は怒りに燃え上がった。
腹の底から力が捻り出るような感覚を覚え、思うがままに腕を大きく振るったのだ。
そうすると七直の腕には赤く燃えるような炎が纏わりつき、振るわれた炎は術師の男に直撃した。
術師の男は派手に吹き飛び、壁に打ち付けられて気絶してしまった。
この出来事は家の中であっという間に広がり、七直の生活は一変することになる。
七直は術師として正式に禪院家に名を連ねた。
術式の発現により、父親の直毘人の弟、扇と同じ炎系統かと思われた。が、それもすぐに違うことが分かった。
七直の術式は、土御門家相伝の術式「五行想術」だった。
五行想術は木、火、土、金、水の五つの属性を持つ式神を操ることができる。
さらに式神を展開している間は、その式神と同じ呪力性質を得ることができるのだ。
それを用いて、呪霊に対し五行相克を押し付け、常に切り替えることで、必ず有利な属性で戦えるという、相伝に相応しい汎用性の高い強力な術式だった。
(この時代ではまだ存在しないが、ポケモンでいうと草、炎、地面、鋼、水の5つのタイプを持ち、相手に合わせて自在に有利タイプを変更できる強力なもの。)
付け加えて七直は呪力量が禪院家の中でもかなり多い方で、女の身でありながら将来性は有望の一言に尽きた。
直毘人はこれをとても気に入り、七直の待遇を改めた。
身の回りの物は高級品になり、今まで七直を見下していた多くの者が当主の娘として扱い媚びへつらい、ご機嫌取りをするようになった。
(きもちわるい…この前まで悪口言ってたくせに)
七直は激変する環境について行けずに困惑していた。
力ある者にしか権利がない家の醜い部分を知る彼女にとって、この手のひら返しはなんと都合の良いものか、と。
またショックだったのは、これまで仲の良かった女中や、使いの者まで、七直の事を「様」付けで呼んでくるのだ。一線引いた対応は七直の心を一人にした。
力無き者の居場所がここにはない。力を手に入れたのに、周りの心は離れていく。
(わたしが、やらなきゃ。みんなが、おかあさんが安全に住める場所にしなくちゃ)
この力と共に、自分が為すべきことを切り開いていく覚悟をした瞬間だった。