直哉のお姉ちゃんになっちゃった…。   作:ザボン漬け

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今朝、誤爆をしました。見に来た人がいたら申し訳ございません。


密約

暗い懲罰房の中で、今、密約が結ばれようとしていた。

七直は甚爾から、体術の指南を。

甚爾は七直から、金銭的支援を。

お互いの立場は真逆に位置するにもかかわらず、その対価は奇妙なほど釣り合っていた。

 

七直は禪院家で将来有望、当主候補の一人で最近は、直毘人から異議申し立ての権利を勝ち取り、破竹の勢いで周りに知らしめた。

だが、まだ六歳の子供故、力が及ばず取りこぼしてしまうことも多い。

 

一方、甚爾は一切の呪力を持たず、才能、術式主義の禪院家では落ちこぼれの猿とまで言われ、落伍者の人生を歩んできた。

だが、かわりに屈強な肉体を手に入れ、誰にも負けない絶対的な暴力を手に入れた。

 

この取引を経て、七直は自分に足りないものを補おうとする。

この取引を経て、甚爾はこの家から出る足がかりを手に入れる。

 

そして甚爾は、手を出し五本の指を立てて、要求する金額を示す。

 

「五百万ですか…それくらいでしたら…」

 

「勘違いすんじゃねぇ、一回の指導につき五百万だ」

 

「……分かりました…その要求を飲みましょう」

 

明らかに法外な金額だが、七直は即答した。

 

彼女は、直毘人から個人へ「術師として」の報酬を貰っていた。

その金額は数億に及ぶ。

家では不自由はしないので、使い道の無かった金が今まさに使われようとしている。

 

「確認しましょう。禪院から離れるための資金として、私は一回につき五百万を、極秘で用意します。その代わり、あなたは命懸けで私の体術指導を行う。これで、いかがですか」

 

「流石はお嬢様。気前が良いな」

 

七直は、甚爾が提示した額面をそのまま受け入れた。

これは、自分を救った彼の強さと、彼の人生に対して対価を払うという、六歳の少女として最大限の誠意だった。

甚爾は片眉を上げ、愉快そうに鼻で笑った。

五百万という額を躊躇なく提示した七直の冷徹な決断力は、禪院家の人間らしかった。

 

「いいぜ、それで。だが他に条件が3つある」

 

甚爾は指を三本立てた。

 

「一つ。この訓練は絶対の極秘とする。誰にも知られるな。もし扇や直哉、あるいは当主にバレたら、俺の資金源は絶たれる。そうなったら、お前の命は保証できねえ。それが、契約破棄の対価だ」

 

七直は即座に頷いた。この取引が、二人の間に結ばれた背徳の共犯関係であることを理解した。

 

「二つ。訓練の場所は、屋敷の裏手にある廃れた裏納屋道場だ。誰も近寄らねぇ。毎日、夜中の一時に来い。来れなかったら、その日の金はもらうが指導は無しだ」

 

真夜中の訓練。それは、術師としての修行の範疇を超え、秘密の逢瀬を強制するものだった。

 

「三つ。俺の教えることは、お前の術式や呪力とは一切関係ねぇ。泥臭い暴力と、生き残るための汚い手だけだ。お前のその『弱者を守りたい』という綺麗事を、俺の前では捨てろ。俺はそれを聞く義理も、守る義理もねぇ」

 

甚爾は七直の顎を再び掴み、目を合わせる。

その男の眼光は、家の中の陰湿な術師たちとは違い、純粋で剥き出しの強さに満ちていた。七直は、その無慈悲な瞳の中に、自分を子供扱いしない対等な人間として見てくれる冷たさを見出し、胸の奥で奇妙な熱を覚えた。

 

「わかりました、それでいいでしょう」

 

「じゃあ、よろしくな。お嬢様」

 

そういうと甚爾は懲罰房を出ようと、階段を駆けあがる。

 

「…まって!」

 

「なんだ?もう話すことないだろ?」

 

背を向けながら、顔半分を七直に向けて見つめる。

 

「私、貴方の名前を聞いてないわ。その、なんて言えば…」

 

「あ?なんだ知らねえのか。随分箱入りだったんだな」

 

七直は勢いで、相手の名前も知らずに取引を持ち出し、結んでしまっていた。

それだけ彼の強さに惹かれたという事だが、それ以外にも別の感情が彼女の中で渦巻いていた。

対等な相手として彼から名前を聞いてみたいと、そう思った。

 

「改めて、私は禪院七直。当主、直毘人と京子の娘です。貴方は?」

 

七直は背筋を伸ばして問いかけた。

彼女は、彼が自分を救ってくれたことに、本能的な感謝と尊敬を抱いていた。

甚爾はようやく七直の方を振り返ったが、その表情は、相変わらず冷笑的だった。

 

「七直様か。立派な名前だ」

 

そして甚爾は七直の背後に隠された真実を突きつけるように言った。

 

「俺は、禪院甚爾だ。禪院家じゃ、呪力ゼロの落ちこぼれの猿だとか、人並みに呪力を持っていない猿だとか、そう呼ばれてる。お前が『非術師』として哀れみ、救おうとした男は、お前の親戚で、この家で一番のゴミだ」

 

七直は息を呑んだ。そうか、彼こそが、当主の親類でありながら、家の中で最も差別され、虐げられている存在。扇の憎悪の矛先が、彼に向けられるのは必然だったのだ。

 

「そんな…」

 

七直は言葉を失った。彼女が命懸けで勝ち取った「異議申し立ての権利」は、救うべき最も近い『弱者』の存在すら知らなかったという、残酷な事実を突きつけた。

甚爾は、七直の衝撃と困惑を満足げに見つめる。

 

「失望したか?まぁいい。だが、忘れるな。お前は今、その『ゴミ』に金を払い、『暴力』を乞うた。お前ももう、この家の『綺麗事』の外側にいるんだよ、七直」

 

甚爾はそれだけ言い残し、懲罰房の階段を駆け上がって、再び闇の中に消えていった。

七直は、その場に立ち尽くしていた。

彼女の胸には、五行想術の式神を呼び出す際の熱とは全く違う、初めての複雑な熱が渦巻いていた。

 

「禪院…甚爾…。甚爾さん…」

 

それは、憧れと、羞恥と、そして、彼が持つ圧倒的な存在感への、どうしようもない渇望だった。

 




七直も、直哉と同じく甚爾の強さに脳を焼かれてしまったようです。
違うように見えて案外似た者同士なのかもしれません。

質問コーナー

Q.甚爾は扇より強いはずなのになんで懲罰房に閉じ込められてたの?

A.多分ですが、甚爾は禪院家で散々な扱いを受けてきたため、家に無関心、無抵抗なんだと思います。お金になりませんし。それにかこつけて、扇が憂さ晴らしを甚爾にぶつけていた、ということです。
(今作ではそういうことにしておいてください…)


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