直哉のお姉ちゃんになっちゃった…。   作:ザボン漬け

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契約破棄

「直哉...!どうしてここに…」

 

「姉貴、なんで隠してたん?甚爾くんとの特訓を」

 

「それは…」

 

七直は言うか言うまいか悩んだ。

彼女は弟の性格上、知られるわけにはいかなかった。

彼はいまだに男尊女卑の考えが強く、弱者を下に見る傾向があり、非常にわかりやすい禪院脳だった。

そのため七直のような「才能(術式)のある人間」が、甚爾という「才能(呪力)のない人間」と一緒にいることがスキャンダルであり、七直をこき下ろす材料になりかねなかった。

 

「俺が指示した。家の上層部には知られるなってな」

 

口ごもる七直の代わりに甚爾が答えた。

 

「は?なんでそうなるん?俺は別にええやんか!」

 

「お前は当主の息子だろうが。十分上澄みだ」

 

「でもなんで上に知られたらあかんのや?」

 

「俺みたいな猿が、この神童様に、稽古をつけてやるって時点でこの家の教えの根底から否定する出来事だろうが。んなことばれたら絶対ぇ穏便にはならねえ」

 

「強くなるための特訓やろ?甚爾くんは強いから何も問題ないはずや」

 

七直は直哉の態度に違和感を覚えた。

直哉は典型的な禪院男児だ。

甚爾のような、才能のない人間に対する態度はもっと酷く侮蔑的であるはずだった。

だが、甚爾と会話している直哉にはそんな様子は見られない。

むしろ、どこか喜んでいるように感じる。

 

『…なんで…なんで姉貴が、甚爾くんに師事しとんねん!』

 

道場に入って来た時の言葉を思い出す。

 

(あの言葉は、強者が弱者に対して教えを乞うという、禪院家ではありえないことに対しての反発かと思ってたけど…)

 

さっきから微妙に会話が合ってないように感じる。

 

「直哉…あなた本当に甚爾さんが強いって思ってるの?」

 

「は?当たり前やろ。呪力はなくても、甚爾くんは俺らよりずっと強い。だから、姉貴がそんだけ金払って教え乞うても問題ないはずや 」

 

直哉は、甚爾の強さを完全に肯定していた。

しかし、その後の言葉で、七直の違和感は確信へと変わった。

 

「問題なんは、俺に隠して二人っきりでやってるんが許せへんのや!」

 

直哉は、七直への嫉妬を隠そうともせず、感情を爆発させた。

七直の胸の中で、全てのパズルのピースが繋がった。

直哉の怒りの本質は、家の教えの否定ではなく、憧れの独占欲だった。

 

「…じゃあ、この特訓についても、誰かに密告しようとかも思ってない?」

 

「誰がそんなことすんねん。こんな汚いところでこそこそやるより、堂々と昼間にいつもの道場でやればええんやんか!」

 

「そんなことしたら、また甚爾さんに迷惑かかっちゃうでしょうが」

 

「迷惑?甚爾くんは別に家の連中のことなんかどうでもええやろ。むしろ、アイツらが勝手に恐れてるだけや。俺らが甚爾くんの強さを認めて、昼間に稽古つけてもらう。それでええやないか」

 

「いや、それはないわ。絶対、扇叔父様が私たちを理由に、また甚爾さんを懲罰房送りにしようとするはずよ」

 

「は?じゃあ扇のおっさんを黙らせればええんちゃう?何をそんなびくびくしとんねん。甚爾くんなら、アイツなんて楽勝やろ」

 

直哉は、七直の「扇叔父が甚爾を害する」という懸念に対し、あまりにも短絡的で暴力的な提案をした。

 

「直哉…それは」

 

七直はその考えを否定したかったが、できなかった。

力が全てのこの家では、邪魔者は実力で排除するのは当たり前だ。

かく言う七直も、生まれ持った力、才能で直哉を下し今の地位を手に入れた。

彼女本人も、扇を排除できるならしたいと、考えたこともあった。

でもそれをしたら自身の嫌うこの家の連中と同じになってしまう。

直哉の言葉には、甚爾の強さを証明し、彼の地位を向上させたいという純粋な憧れと、それに反対する者を排除しようという禪院家的な暴力性が混じっていた。

七直は己のジレンマを抱えつつも、直哉に向き合った。

 

「直哉。あなたは、本当に甚爾さんのためを思ってそう言っているの?」

 

「当たり前やろ! 甚爾くんは強いのに、この家で「猿」とか「落ちこぼれ」とか呼ばれとるんやぞ! 俺が当主になって、甚爾くんの強さを家中に認めさせてやるんや!」

 

直哉の言葉には、甚爾を認めない周囲への憤り、そしてこの家で一番強いと信じる甚爾への庇護欲が透けて見えた。

七直は、その感情の裏にある歪みを指摘した。

 

「あなたが、甚爾さんを理想の強者として憧れをもっているのはわかるわ。でも、甚爾さんは、家の中で認められることを望んでいると思う?」

 

七直は、甚爾がこの家で受けた冷たい現実を思い出した。

 

「甚爾さんがこの場にいるのは、自分の強さを証明するためじゃない。彼は、この家から完全に離れるための金を稼いでいるだけよ。それが、甚爾さんと私の取引の全てだわ」

 

七直は、甚爾との約束の五百万と、極秘の契約の理由を直哉に改めて突きつけた。

 

「あなたが言うように、昼間に堂々と特訓をすれば、扇叔父様がどう動くかなど、甚爾さんは気にしないかもしれない。でも、金稼ぎの邪魔にはなるでしょう?」

 

直哉は顔をしかめつつも七直の話に耳を傾けていた。

 

「直哉。甚爾さんのことを想うなら、この家の在り方に疑問を持つべきだわ」

 

七直の言葉は、直哉の強さへの執着が、結局のところ家の中の序列に留まっていることを明確にした。

 

「あなたが望んでいるのは、甚爾さんをこの家から解放することじゃない。甚爾さんの強さを利用して、自分がこの家の頂点に立つことでしょう? それは、甚爾さんの願いとは真逆よ」

 

直哉は、七直の冷徹な覚悟と、甚直の言葉の裏に隠された甚爾への強い執着に、打ちのめされた。彼の憧れは、甚爾の自由という本質的な願いとはかけ離れた、家という呪いの中で完結する自己満足だったのだ。

 

「でも...!甚爾くんが認められたら、見下されることもなくなるやんか!それじゃ駄目なんか!」

 

「考えてみなさい!甚爾さんは生まれてから、ずっと自分を否定されて生きてきたのよ!それを今更認めさせたところで、この家に居たいと思う?」

 

「それは……」

 

直哉は言葉に詰まった。

甚爾が家で猿や落ちこぼれと呼ばれているのを見て、憤りを感じていたのは事実だ。

だがそれは、甚爾がこの家で正当に評価されるべきだ、という家という枠組みの中での正義感だった。

 

七直の指摘は、甚爾が望んでいるのは「承認」ではなく「解放」、すなわち「自由」であることを突きつけた。

 

直哉は、自分の考えが家の中の子供の戯言に過ぎないことを思い知らされた。

自分だけが、我儘を振り回していただけなのだと。

二人は目標を持って、この特訓に臨んでいる。

七直は、母を禪院家の脅威から守るため。

甚爾は、禪院家から出るため。

直哉は悔しさに顔を歪めた。

 

「……姉貴は、甚爾くんが本当に望んでることを知っとるんやな」

 

彼は、自分が最も憧れる存在の本質を姉に、金銭取引という形で先取りされていたのだ 。

 

「私は、母を守るという目的のために、甚爾さんの自由という願いを利用させてもらっているだけよ。あなたの憧れとは、動機の純度が違うわ」

 

七直は、自身の行為の不純さを隠さなかった。

彼女は、甚爾の指導を受けるために、綺麗事を捨てるという契約の本質を理解している。

 

甚爾は、この対話の間、七直と直哉の間のやり取りを無関心に見つめていた。

彼にとって、二人の子供の感情的なやり取りは、自身の目的には影響しない騒音でしかなかった。

しかし、七直が自分の自由という願いの核心を正しく理解し、直哉の自己満足を打ち破ったことに、甚爾はわずかな判断を下した。

 

甚爾は、道場の隅に置いてあった七直が持参した金銭の入った鞄を手に取った。彼はそれを肩にかけ、扉を開いた。

 

「じゃ、契約はここまでだなお嬢様。そこの坊主にバレるまでだからな。目標まで届かなかったが、稼がせてもらったぜ。じゃあな」

 

甚爾はそれだけを言い残し、裏納屋道場から去っていった。

 




今回セリフが多くて長くなってしまった。

質問コーナー

Q.七直って禪院家から出ようと思わなかったの?

A.出ようとは考えたことありますが、それは母と一緒が前提になってます。ですが、母・京子はお家の契約により、禪院家に縛られているので、出たくても出られないのが現状です。故に七直は強くなり、家の中で地位を確立し母を安心させたいと考えいるわけです。
因みに物理的縛られたり、禪院家に軟禁状態であるということではなく、あくまで籍が禪院家にあるというニュアンスでとらえてもらえば。直毘人の許可があれば、お彼岸やお盆の短い間だけ、生家の土御門家に帰省することも可能です。

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