直哉のお姉ちゃんになっちゃった…。   作:ザボン漬け

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再交渉

「まって!甚爾さん!」

 

七直は彼を呼び止めようとするが、止まらなかった。

 

「姉貴、ここまでってどういうことや?」

 

いきなり甚爾が立ち去り、困惑する直哉。

 

「話聞いてたでしょ!要は直哉が密告する可能性があるから、それまでの契約だったってこと!」

 

「そんなことせぇへんって!」

 

「直哉の意思は関係ないの!」

 

「はぁ?なんやそれ!意味わからん!」

 

七直はまだ契約を続けていたかった。

まだ、交渉の余地はある。

七直は、直哉の意思がどうであれ、この特訓の危険因子であることに変わりはないと理解していた。

しかし、甚爾が目標額まで届いていないと言ったこと 、そして直哉の憧れという強烈な感情を逆手に取れることに、再交渉の活路を見出した。

 

「…直哉、このこと絶対に他の人に言わないって約束できる?」

 

「な、なんや姉貴。そんなマジになって」

 

「出来るなら、甚爾さんを連れ戻してきて。あんたの方が足速いから。そしたら、あんたも特訓に加えてあげる」

 

「…ッ!ほ、ほんまか!姉貴?」

 

「ええ、ただし条件があるわ。あんたは共犯者よ。あんたが口を滑らせれば、契約破棄で甚爾さんが私たちをどうするかわからない。あと、あんたが加わることへの追加のお金も工面してあげるわ。そのかわり、このことは私たちだけの秘密であり、墓場まで持っていくこと。わかった?」

 

直哉の顔は、嫉妬や屈辱で歪んでいた数分前とは一変し、純粋な熱意に満たされた。

甚爾の強さの秘密を学べるという事実が、彼のプライドを完全に満たした。

 

「わかった!絶対やで!すぐ連れてきたるわ!」

 

直哉は道場を飛び出し、甚爾の後を追って夜の闇に消えていった。

その速さは七直の眼でも捉えられなかった…。

 

数分後。直哉に金が増えると吹き込まれた甚爾が、不機嫌そうな顔で裏納屋道場に戻ってきた。

直哉は甚爾を連れ戻したことに優越感を抱き、得意げに甚爾の隣に立った。

 

「甚爾さん、契約について再交渉させてください。絶対に損はさせないので」

 

「なんだ、言うだけ言ってみろ」

 

「直哉を、私の契約に追加する。私の指導料とは別に、直哉を指導する追加料金として、五百万を支払う。合わせて一回の指導で一千万です。特訓は引き続き極秘で」

 

甚爾は口角を歪ませた。

 

「自分から、ライバルを金で買収して、自分を守るか。お前も随分と泥臭いな。思い切りも良い。いいぜ、契約更新だ」

 

「姉貴そんな金あるんか?」

 

直哉は自分の目の前で巨額の金が動くのに驚いた。

その疑問に七直は冷静に答える。

 

「お父様にねだれば訳ないでしょう」

 

即答した七直の答えに、甚爾は愉快に笑った。

 

「ッハ!当主も出し抜こうってか!ますます気分が良いぜ」

 

「では、それでお願いします」

 

直哉は、七直と甚爾の間で、一千万という大金が自分のために動いたという事実と、甚爾が自分に師事してくれるという事実に、強烈な優越感を覚えた。

 

「いよっしゃああ!」

 

直哉は、周囲を気にせず、道場の床を踏みしめながら飛び上がった。

彼の瞳には、憧れの人と同じ空間にいられるという、誰にも止められない光が宿っていた。

 

「姉貴!ありがとう!絶対、あの人の強さ、俺が一番に継いでやるからな!」

 

七直は直哉から、純粋な歓喜とその言葉の裏にある独占欲を感じていた。

彼女がこの取引を拡張したのは、甚爾との秘密の共有という、個人的な熱源を守るためだった。

 

「継ぐのは勝手だけど、忘れないでよ。この契約は」

 

「誰にも言うな、やろ?分かっとんで。俺の口は堅いで」

 

直哉は胸を叩いた。

 

「そう、ならいいわ」

 

「それより甚爾くん、ほんまに今から俺にも教えてくれるんか?姉貴の特訓、めちゃくちゃキツそうやったけど」

 

甚哉が七直の過酷な特訓を目撃していたことを示唆し、七直は顔をしかめた。

七直は直哉に言った。

 

「あんたも綺麗事を捨てなさい。甚爾さんが教えるのは、生半可なものじゃないわ。呪力を使わない、己の肉体のみを使う。一瞬の隙が命取り。それこそ生命を晒す戦い方よ。痛いなんて甘えたことは言わないことね」

 

「舐めんなや!俺だって、あの人の強さ継ぐためなら、内臓潰されても構わへんわ!」

 

直哉は勢い込んだが、甚爾が二人の会話に割って入ってくる。

「無駄話は終わりだ。七直、お前は一度体捌きをやり直せ。直哉、お前もだ」

 

甚爾は、直哉を七直の隣に立たせ横並びにさせた。

 

「今後は二人同時に相手してやる。坊主一人増えたところで、大して変わんねえからな」

 

「よろしくお願いします」

 

「よろしゅうな!」

 

「じゃ、始めるぞ」

 

甚爾は二人相手にも関わらず、ほぼ同時に掌底を繰り出す。

 

「!」

 

「っっぐっはぁ!」

 

これまでの鍛錬から七直は何とか反応できたが、初めて掌底を受けた直哉は壁際まで吹っ飛んでしまった。

 

「直哉!」

 

「余所見すんじゃねぇ!」

 

直哉を一瞬心配してしまったが故の隙を甚爾は容赦なく突いてくる。

 

「あぐっぁ!」

 

七直も一緒に吹っ飛んだ。

 

直哉は、肺から一気に空気が押し出され、その場に崩れ落ちた 。

その痛みは、直哉が想像していた家の中の稽古とは全く異質の、内臓を直接掴まれるような激痛だった。

 

「…う、くっ…なんや…これ…」

 

直哉が想像していた憧れの強者との稽古は、命を晒す暴力という現実によって一瞬で打ち砕かれた。

 

「どうした?もう降参か?」

 

七直は、直哉の苦悶の表情を見た瞬間、複雑な感情に襲われた。

かつて自分もあの苦しみを経験した身から、ある種の懐かしさを覚えていた。

 

(懐かしい痛みだわ。私が初めて甚爾さんの指導を受けた、あの日の屈辱と恐怖…)

 

また、直哉という共犯者ができたせいか、甚爾の本当の暴力を知る仲間ができた気がしており、この姉弟の間に奇妙な連帯感を感じつつあった。

 

「直哉、動けるなら立って!甚爾さんは、あなたが痛いからって待ってくれないわ!」

 

七直の言葉は、かつて甚爾が自分に投げつけた言葉と全く同じだった。

直哉は、七直の冷たい叱咤を聞き、ぐらつく体で立ち上がった。

彼の強烈な憧れは、この予測不能な暴力によって試されている。

 

「…舐めんなや、姉貴!こんなんでへこたれる俺やないわ!」

 

直哉は再び構えを取ったが、その動きには明確な恐怖が混じっていた。彼は、甚爾が自分を本気で殺そうとしていることを肌で感じ取ったのだ。

甚爾は、二人を並べ、再び掌底を繰り出す。

今度は直哉の顔面に向かって、七直の腹部と同時だった。

直哉はパニックに陥り、術式を無意識に展開するために呪力を練ろうとし、ほんのわずかな隙ができる。

 

「呪力を使うな!その一瞬で殺られると言ったでしょう!」

 

七直は叫び、直哉を押し倒し、自分もろとも地面に転がった。

甚爾の掌底は、二人の頭上をかすめ、道場の壁を鈍い音と共に叩いた。

 

甚爾は、鼻を鳴らし、二人に言った。

 

「七直。坊主を庇う必要はねぇ。契約はお前の命を守るためじゃなく、強さを売るための取引だ」

 

「直哉。お前が呪力に頼ろうとする限り、俺の強さは手に入らねぇ。お前のその綺麗な常識を捨てろ。そいつは、家で教わったお稽古事だ」

 

甚爾の言葉は、二人の強さへの動機を再び浮き彫りにした。

七直の行動は、京子を守るという使命に直結しており、甚爾の教えを生存戦略として活用した。

直哉は、未だに憧れと家の常識という檻から逃れられていない。

七直は、甚爾が直哉の加入後も、一切手を抜かず、二人を同時に極限まで追い込んでいることに、プロフェッショナルとしての冷徹な誠実さを感じていた。

 

(甚爾さんは、金をもらった以上、私たちを見限らない。たとえ、相手が私と、嫉妬深い弟であっても)

 

その冷徹な誠実さが、七直にとって、甚爾の無関心な優しさのように感じられた。

 




よかったね、直哉。

質問コーナー

Q.作者(ザボン漬け)は直哉が好きなの?

A.はい、そうです。好きって言っても恋愛的なものじゃなくて、面白いとか興味があるとかの方ですけど(笑)。当時ジャンプ買い始めたころに出てきたキャラで、歯に衣着せぬ物言いと男尊女卑と傲慢を兼ね備えたやべー奴出てきたなと、印象深いです。嫌な奴に変わりはないんですが、普通に強いし、その強さの原点も甚爾で、現状の強さに満足せず向上心もあるという一貫したエリートクズ。そのあまりのクズっぷりにおもちゃにされても全然心傷まないし面白い、一口で二度三度おいしいキャラ、それが直哉だと思ってます。
原作では幼少からクソガキで、最初は甚爾の事をウッキウキで見下しに行ってからの、一目見ただけで脳を焼かれる?シーンが印象的で好きです。あと子供直哉可愛いし。
善院☆直哉概念も好きなんですが、登場するときには既に良い奴になってたり、中身が別人の憑依ものばかりで、どうして直哉が良い奴になったのか、その環境や過程を描いた作品があんまりなくて(知らないだけかもですが)、結果自分で書くことになりました(白目)。七直という姉の存在が彼にどう影響して成長していくのかは未知数ですが、引き続き楽しんでいただけると嬉しいです!
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