直哉のお姉ちゃんになっちゃった…。   作:ザボン漬け

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失恋

甚爾から感じられる冷徹な誠実さ、無関心な優しさは、七直にとってある意味初めての感覚だった。

始めは、母を守る為にさらなる力を手に入れようと必死になっていた。

彼女は甚爾との逢瀬をいつからか、心待ちにするようになった。

 

直哉が特訓の共犯者となって数週間。

七直の身長は少し伸びつつ、甚爾から学んだ実践的な体術が馴染んでいた。

しかし、彼女の心は、身体の成長とは裏腹に、日々、混乱と切なさを増していった。

七直は、特訓中、直哉への指導を目にするたび、胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われている。

甚爾が直哉の姿勢を矯正するため、その腰や背中に触れる瞬間。

直哉が甚爾の掌底を受け止め、反射的に「すげえ!」と歓声を上げる瞬間。

 

七直は、その光景を見るたびに、直哉に対する激しい嫉妬を覚えた。

 

(どうして…こんなにも苛立つのかしら)

 

こんな感情を持つようになったのは直哉が加わってからだ。

最初は直哉の、成長性に焦っているものだと思っていた。

弟は、始めたばかりの頃はすぐへばっていたのだが、男の子故か、甚爾への憧れからかかなり動けるようになってきている。

 

だが、それだけでは説明できない何かが七直の中で渦巻いている。

 

特訓の最中、甚爾は直哉の体幹のブレを指摘し、七直の時と同じように、無造作に直哉の腹部を手のひらで押さえた。

 

「もっと地面を踏みしめろ」

 

直哉は痛みに顔を歪ませながらも明るく返事をした。

 

「ええ感じやろ!俺、甚爾くんの掌底、前よりも受け流せてるやろ!な!そうやろ!」

 

直哉の瞳は、甚爾からの承認を得たいという純粋な喜びに満ちていた。

七直は、その瞬間、胸に針を突き立てられたような鋭い痛みを覚えた。

直哉の無邪気な笑顔が、彼女の冷静な理性をかき乱す。

 

(私が甚爾さんに求めていたのは、力だけではなかった)

 

彼女が心待ちにしていたのは、甚爾が自分を対等に扱い、誰にも邪魔されない裏納屋道場という閉じた空間で、二人が秘密を共有する時間だった。

当主の娘という重圧も、禪院家の醜悪な序列も関係ない、甚爾の冷徹な誠実さに触れることが、彼女にとって唯一の解放だった。

直哉のせいでその時間が減っていることが七直にとって、とても苦痛に感じる。

七直は、直哉へのこの激しい感情が、強さの独占ではなく、甚爾という個人の人間への独占へ向かっていることを認めざるを得なかった。

 

(あ…そっか…。私、甚爾さんの事が好きなんだ…)

 

それは、呪力を持たずとも最強の肉体を持ち、当主の娘だからと忖度せず、契約の下で自分を対等に扱い、そして呪霊から守ってくれて、顔がカッコよくて…。

これら全ての要因が複合し、生まれた、逃れようのない、初めての恋だった。

 

 

七直の母、京子は娘がここ半年の間に、苛烈な特訓を行っていることを知っていた。

数日に一度、夜に抜け出し、全身に汗や埃、擦り傷に打撲痕まみれになって、明け方のうす暗い時間に帰ってくる。

心配しないはずがなかった。

 

「また、そんなに無茶して…大けがしてないからいいけど。心配よ」

 

「大丈夫よ、お母さま。最近は動けるようになってきたから」

 

京子は、七直が特訓を始めてから、少し成長したとしみじみ感じていた。

最初の頃、帰って来た七直はもうヘトヘトで、汗を流すため風呂に入るのにも苦労した。

全身にできた傷が湯に沁みて、あまりの痛さに母の前で泣いたこともあったという。

京子もできるだけ治療してあげようとするも、消毒液は痣や傷の痛みを思い出させるため、少々ためらってしまうこともあった。

あっという間の半年だ。

 

ここ最近は余裕ができたのか、身だしなみに気を使っていた。

特訓中に解けないように三つ編みの髪型に変えてみたり、白檀の練り香水を手首とうなじに塗ってみたりなど。

さらに、女中にお願いして晩御飯の残りを取っておいてもらい、それを弁当に詰めて持って行くこともあった。

明らかに七直が食べきれる量ではない。

 

京子は娘の変化を静かに見守っていた。

 

最初は、全身の傷や痣、そして湯に浸すのもつらいほどの痛みに耐える娘の姿に、ただひたすら心配していた。しかし、最近の七直には、単なる強さへの渇望だけではない、個人的な熱が宿っているように感じられた。

 

「七直。最近、随分と身だしなみに気を遣うのね」

 

京子が尋ねると、七直は少し顔を赤らめて答えた。

 

「そんなことないわ、お母さま。ただ、あまりにもみっともない姿だと、集中できないだけよ」

 

しかし、七直の「集中できない」という言葉とは裏腹に、彼女が毎晩、晩御飯の残りを詰めた質素な弁当を持って行く理由を、京子は察してしまった。

 

(あの厳しい指導をしてくださる方に、差し入れているのでしょう。怪我の治療だけでなく、心の栄養も与えてくれる方なのね)

 

京子は、それが七直の報われない初恋であることまでは知らなかったが、娘が、この家では決して得られない「特別な絆」を、その指導者との間に結んでいることだけは理解した。

 

そして、その絆が、いつか断ち切られる運命にあることも。

 

 

その夜、裏納屋道場での特訓が終わり、直哉は疲労で床に伸びていた。

甚爾が汗を拭っている隙に、七直は手製の弁当を甚爾に差し出した。

 

「甚爾さん。休憩にどうぞ。大したものではありませんが…」

 

甚爾は「いらねぇ」と拒否したが、七直は「指導の対価の一部です」と契約を盾に渡す姿勢を崩さなかった。

彼は諦めて弁当を受け取る。

七直が弁当を渡す瞬間、直哉は必ず露骨な嫉妬を顔に出した。

 

「姉貴、俺の分は!?」

 

「あるわよ。ほら」

 

「お、気が利くやん!」

 

だが、七直は直哉に弁当を渡さず、ひょいと上に持ち上げる。

 

「なんやねん!くれるんちゃうんか!?」

 

「言うべき言葉があるでしょう?ほら、なんて言うの?」

 

「ぐぬぬ…お、おおきに、姉貴」

 

直哉は、空腹と疲労で苛立っていたが、甚爾が静かに二人を見ていることに気づき、渋々従った。

 

「よろしい」

 

七直は満足そうに微笑むと、直哉に弁当を渡した。

その間、甚爾の視線は弁当ではなく、七直の濡れた髪と紅潮した頬に向けられていた。

 

七直は、甚爾の隣に座り、白檀の練り香水を塗った手首と、道着の下のうなじを、あえて甚爾に近づけた。

疲労困憊の道場に似つかわしくないほのかな香りが漂った。

 

(わかってるわ。甚爾さんは、私が何をしようと、この契約の先にいる『自由』しか見ていない。それでも…)

七直は、弁当箱を開け、甚爾に箸を差し出した。

それは、昨晩、母・京子が心配していた「七直が食べきれない量」の、晩御飯の残りを詰めた質素な弁当 だったが、七直にとっては差し入れではなく、愛の証だった。

 

「甚爾さん。どうぞ。少しでもお口に合うと嬉しいのですが」

 

七直は、直哉のように「すげえ!」という承認を求めているわけではない。

ただただ、甚爾の無関心な世界の中に、自分の存在の「印」を残したかった。

甚爾は、箸を受け取り、無造作に一口食べた。

 

「フン。まぁ、食えるな」

 

その言葉は、七直の心に、ナイフのように突き刺さった。

以前の特訓で吐いた、血の混じった胃液の味よりも、ずっと切ない痛みだった。

 

横で、直哉はがっついて弁当を食べていた。

 

「んっま!やっぱ美味いわ!姉貴、これ誰が作ったんや?」

 

「お母さまと私の女中さん達よ。甚爾さんも、ちゃんと食べてくださいね。特訓で疲れているでしょう?」

 

七直は甚爾を見つめるが、甚爾はすでに「食える」と判断した弁当を、淡々と消化している。

その目的を達成したら終わりという冷徹な姿勢は、七直への優しさなど、微塵も感じさせなかった。

直哉は、ふと七直を見て、口をもぐもぐさせながら言った。

 

「姉貴、最近、顔色ええな。特訓キツイのに。もしかして、甚爾くんに指導してもらえとるから嬉しすぎて元気なんやろ?」

 

直哉の言葉は、七直の最も隠したい初恋の核心を、無邪気に暴いた。

七直は、顔がカッと熱くなるのを感じた。

 

「ば…馬鹿を言わないで。動けるようになってきたから、身だしなみに気を遣う余裕ができただけよ 。集中できないでしょう!」

 

それは、母にも言った言い訳 だったが、甚爾の前で口にすると、「甚爾さんの前だからこそ、みっともない姿は見せたくない」という本心が、余計に強調される気がした。

甚爾は、弁当を完食し、七直から受け取った箸を彼女に返した。

 

「ごちそうさん。美味かったぜ」

 

甚爾は、初めて七直の差し入れを「美味かった」と評した。

そのたった一言が、七直の心臓を激しく揺さぶった。

 

「ほ、本当ですか?次もまた食べてくれますか?」

 

七直の心臓は高鳴っていた。

甚爾が「食える」ではなく「美味かった」と評した、そのたった一言が、訓練の過酷さで疲弊した彼女の心に、一筋の温かい光を差し込んだのだ。

彼女の頬は、先ほど直哉に指摘された時よりもさらに熱く、紅潮していた。

甚爾の視線は、七直の熱っぽい顔ではなく、道場の隅に無造作に放り投げられた、今日の指導料の鞄に向けられていた。

 

「ああ」

 

彼は短く答えたが、その表情は一切変わらない。

 

「金さえ払うならな、お嬢様」

 

甚爾の返答は、七直の僅かな期待を切り裂く、冷たい取引の音だった。

 

「指導の対価の一部として差し出すなら、食ってやる。余計な手心を加えるな。邪魔だ」

 

彼の言葉は、七直が弁当に込めた「特別な感情」を、容赦なく「対価」という言葉で線引きした。

そのやり取りを見ていた直哉が、口をもぐもぐさせながら、再び口を挟んだ。

 

「姉貴、顔真っ赤やぞ!そんなに甚爾くんに褒められて嬉しかったんか!俺だってうまいって言ったやんけ!なんで俺にはそんな顔せぇへんのや!」

 

直哉の純粋な嫉妬と無邪気な指摘は、七直の隠しきれない本心を、甚爾の目の前で露呈させた。

七直は、咄嗟にその感情を「羞恥」として怒りに変える。

 

「うるさいわね、直哉!あんたこそ、早く片付けなさい!甚爾さんを待たせるんじゃないわよ」

 

「なんやと!俺はもう片付け終わったわ!」

 

直哉が空の弁当箱を七直に突きつけた、その時。

甚爾は立ち上がり、道場の扉に向かって歩き出した。

 

「無駄話は終わりだ。もう十分休憩しただろ。続きを始めるぞ」

 

彼の背中は、七直の恋心も、直哉の憧れも、すべてが「騒音」であるかのように、無関心に遠ざかっていく。

七直は立ち上がったが、その身体は訓練の疲労だけでなく、甚爾の冷徹な一言がもたらす切なさに支配されていた。

 

(…私は、甚爾さんの無関心な世界の中に、自分の存在の『印』を残したかっただけなのに)

 

(分かってた…甚爾さんにとって私は…自由になるための、契約相手だって…分かってたけど…)

 

彼女の初恋は、この裏納屋道場という冷たい取引空間の中で花開いたが、甚爾の「自由」という強い願いの前では、一瞬で枯れ果ててしまう運命にあることを、七直は痛感した。

 

「ほら、直哉。いつまでも突っ立ってないで、行くわよ。次はあなたが先手よ」

 

七直は、痛みを押し殺し、再び戦いの顔に戻った。

彼女が甚爾の傍にいられる時間は、彼女が金を払い、強さを渇望する限りにおいてのみ、許されているのだ。

その真実を誰よりも知っているのは、七直自身だった。

 

 




あ…そっか…。私、七直ちゃんの事が好k((投石))三

質問コーナー

Q.七直から直哉への好感度はどのくらいですか?また、その逆は?

A.直哉への好感度は普通に高いです。自分より下の弟です。可愛くないわけありません。ただ、既に禪院家に染まっているので、扇叔父みたいにならないようにしっかり教育せねば、と思っています。生意気で男尊女卑が残っていますが、術師として見ても優秀と評価してます。
逆に直哉からみた七尾の好感度は半分より高め?な感じです。これは甚爾の特訓に加えてもらった補正込みです。初対面から女のくせにと七直を見下してきていたため、試合で負けたときは一気に下がりました。それ以降、直哉は七直のお小言を聞いていますが、表面だけ従っています。甚爾の特訓を暴いたときは、最低ラインまで落ちましたが、特訓加入の反動で半分まで上がりました。ですが根底にある男尊女卑は全然治ってません。七直という強者の前だから、鳴りを潜めてるように見えるだけです。
直哉は姉に対しかなり複雑な感情を抱いています。彼女を性別、女で見下していますが、自分よりも強い術師であるので強さの尊敬もあります。また、甚爾の特訓の加入の恩を感じている部分とごちゃごちゃです(笑)
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