母、京子のおかげで古文書の解読はかなり進んでいた。
七直だけであったら、6、7年はかかっていたところだ。
二人は読み解いた古文書を、紙にまとめ資料とし、誰にでも読みやすいように編纂していた。
この知識を禪院にとりこもうとする直毘人の指示であった。
「ふぅ、たった数冊の古書でもなかなか大変ね」
「でも、お母さまのおかげで半分は進みました」
解読した内容は、「五行想術の基礎」と「歴代の五行想術使いの術式運用」だった。
驚くべきことに、七直がこれまで式神だと思っていたものは式神では無いことが分かった。
正確には、「呪力性質を司る核」であり、これを「依り代に埋め込む」ことで初めて式神となる。
「お母さま……歴代の術師たちは、この『灯』や『巌』を、単なる兵隊として使っていたわけじゃないみたい」
「そうみたいね。ここには『核を寄る辺に預け、理を具現せよ』とあるわ。……七直、これらの式神は、それ単体では完成された形ではないのかもしれないわね」
京子の言葉に、七直の脳裏でパズルが組み合わさっていく。
五行想術の本質。
それは式神の使役ではなく「呪力性質を司る核」の制御なのだ。
この核は、単体では動かない。
故に、依り代を必要とし、式神を使役するのだ。
さらに、核を宿すための依り代は多く、召喚、調伏した別の式神、呪霊、生きた動物、呪具、道具、など多岐に渡った。
「……つまり、私が金の核を、あらかじめ用意した呪具や、調伏した他の式神に埋め込めば、その対象に強制的に金の性質を付与して操れるようになる……」
「おそらくそうでしょうね。そして、あなたの身体そのものを依代にすれば、あなた自身がその属性の化身となる。……けれど、切り替えの瞬間に生じる呪力の断絶。これが、今のあなたの最大の弱点ね」
七直は、直哉との試合を思い出した。
属性を切り替える際の、コンマ数秒の空白。直哉の投射呪法のような超高速戦闘において、その隙は致命傷になりかねない。
「…弱点の克服にはまだかかりそうです」
「慌てなくていいのよ七直。まだ半分も残っているもの。きっと答えは見つかるはずよ」
「はい!」
「それで、七直。あなたは歴代の五行想術使いの中で誰が自分にあってそうかしら」
京子は七直に尋ねた。
調べたところ、これまでの五行想術使いはそれぞれ術式運用に大きな差が出ていた。
平安時代に近い時期ほど、式神を使役している。
が、時代を下るごとに形式は変化し、動物を式神化、道具を呪具化、など術式の解釈が広がっていった。
「うーん、どれも、いまいちしっくり来ないです。ちゃんとした式を持っていないので…」
「それもそうね。じゃあどんな式を使っていたか見てみましょうか」
京子は編纂したばかりの資料を指先でなぞり、黄ばんだ頁を繰った。
そこには、かつて五行想術をそれぞれの解釈で極めた先人たちの、歪で、しかし合理的な戦いの記録が並んでいた。
「見て、この鎌倉時代の術師。彼は『生きた鴉』を依り代にしていたようよ。複数の鴉に異なる属性の核を宿らせ、空から属性攻撃を浴びせる……遠隔に適した運用ね」
「……数は出せそうだけど、鴉が死んだら核が戻るまで時間がかかってしまう。直哉相手だと、一瞬で全滅させられる」
七直は冷静に、仮想敵である異母弟の動きを脳内で重ねる。一羽ずつ堕とされる未来しか見えない。
「じゃあ、これは? 室町時代の術師は、あらかじめ属性を付与した『五つの武具』を戦場に配置していたみたい。地面に刺した大太刀を依り代にして『土』の防壁を作り、小太刀に『金』を乗せて斬る。武器そのものを式神化する戦い方ね」
「……悪くないです。でも、あらかじめ配置が必要なのは、場所を選べない戦いでは不利になる」
七直の視線は厳しかった。
彼女が求めているのは、甚爾のような徹底した実戦主義と、直毘人が体現する圧倒的な速度に、真正面から対抗できる力だ。
「原点回帰しましょうか。ほらこの平安の術師。かなり強力な式神を従えているわ。あの四獣のうちの一つ、白虎を従えていたそうよ」
「白虎って、あの?」
「そう、西の方角を守護しているといわれる神獣。その爪はあらゆる物を引き裂き、その牙はあらゆる物を噛み砕く。そして司る属性は金、術式との相性もよかったのでしょう。ただあまりに強力な式神だから調伏するのは至難の業ね。それに、記述を見る限り四獣は一体のみしか調伏出来ないみたい。複数体従えてる術師はいないわね。」
「確かに、呼べれば強力な切り札になる。けどそのためには準備と手間がかかり過ぎる…」
四神相応方位神獣は出せば戦況を一気に覆せるほどの強力な式神だ。
だがそのためには呼ぶための手間や準備、そして儀式が不可欠。
「儀式中に、叩かれるのがオチか…」
七直は鼻先で笑い、自嘲気味に首を振った。
資料に描かれた白虎の勇姿は、確かに術師としての憧れを誘う。
だが、今の彼女が置かれているのは、古き良き平安の呪術合戦ではない。
隙あらば喉笛を食い破ろうとする禪院の獣たちが蠢く、現代の地獄だ。
「呼ぶための数秒。印を組むための数コマ。直哉ならその間に、私の頭を二十四回は殴りつけてるはず…」
京子は困ったように微笑み、娘のあまりに現実的な評価に頷く。
「ええ、その通り。禪院の術式……特に投射呪法は、相手に『準備』を許さない。けれど、七直。それならこの『江戸初期の術師』の記述はどうかしら。少し異質なのだけれど」
京子が示したのは、他の頁に比べて文字数が極端に少なく、代わりに奇妙な数式や幾何学模様が並ぶ項だった。
「この術師は、式神を『外』に求めなかった。彼は、自身の呪力を物質化させる際の『指向性』そのものを式神と定義した。……つまり、特定の形を持たない『呪力塊』を依り代にしたのよ」
「形を持たない……?」
七直の目が、わずかに見開かれる。
「そう。彼はあらかじめ調伏した呪霊や動物を持ち歩く代わりに、自身の呪力から『核を維持するためだけの最小限の泥』を作り出した。それを瞬時に属性変化させ、弾丸として放ったり、盾として固めたりしたそうよ。これなら準備はいらない。けれど、その分――」
「…出力が安定しません。それに、形を維持し続けるために、呪力の消費も多くなります」
七直は出された案、すべてに納得いかなかった。
そもそも時代が違うため、求める内容も違ってくる。
さらにいえば、七直は数百年ぶりに現れた「最も新しい五行想術使い」だ。
そして、呪術界の御三家にして、血の渦、術式の坩堝、と評される禪院生まれ。
その当主と息子の術式に対抗するためには、決定打に欠けた。
「あんまり、良いのがないですね」
何か掴めるかもと期待した七直は落胆していた。
「大丈夫よ、七直。これらの知識は絶対あなたの力になるわ。使わなくても知ってるだけでも、相手の出方をうかがえるようになると思うわ」
「そう…ですね。ありがとうございます。お母さま」
「今はまだ、禪院の速度に抗うための手段は見えないかもしれない。けれど、過去の正解があなたの正解とは限らないわ。七直、あなたはこれまでの誰よりも新しく、そして誰よりも欲張りなのだから」
母の言葉に、七直は小さく息を吐き出した。
確かに、平安の神獣も江戸の呪力塊も、今の自分には合わない。
だが、それらすべてを知ったという事実は、彼女の脳内に膨大な選択肢の種を撒いた。
「……そうね。先人に倣うんじゃなくて、先人すら利用してみせるわ」
七直は立ち上がり、資料を閉じた。
書庫の冷たい空気の中で、彼女の瞳には再び冷徹な計算の光が戻っている。
直哉の速度を凌駕し、禪院を捻じ伏せるための独自の答え。
その萌芽は、古文書の行間ではなく、七直自身の思考の深淵で、静かに、しかし確実に芽吹き始めていた。
「式神は式神じゃなかった!」
「な、なんだってー!?」
はい、色々ツッコミたいところが多いかもしれませんが、今後ともよろしくお願いいたします。
質問コーナー
Q.京子さんって何歳?
A.32歳です。24歳のときに禪院家に入り、翌年に七直が生まれました。
土御門家で古典文学を教養として教え込まれていましたが、今回このような形で娘の力になれて京子本人は大変うれしく思っています。守られるだけでなく、七直の支えとして共に生きていこうと頑張ってます。
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