直哉のお姉ちゃんになっちゃった…。   作:ザボン漬け

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再試合①

 

三日後。

朝、七直は初めての試合を思い出していた。

 

(もうあれから三年経った…)

 

そう、あの試合から三年の月日が流れていた。

七直の禪院家での活躍はあの日から、始まった。

当主から、使用人に対する異議申し立ての権利をもらい、母の治療を取付け、そして直哉からは自分を姉として敬うようにと。

さらには、甚爾との特訓を経て、体術もそれなりにこなせて、最近は古文書の解読で術式の理解がさらに深まった。

禪院の同年代では、それなりに強く、誰もが注目していた。

七直は道着に身を包み、襷掛けをし、髪を後ろに緩やかに、邪魔にならないように三つ編みにし、手首とうなじに白檀の練り香水を馴染ませた。

これをすることで、甚爾との日々が思い出が蘇る。

あの地獄を乗り越えたことが自分に勇気をくれる、そんな気がしていた。

 

試合に指定されたのは、敷地内にある屋外の広い庭だった。

歩きやすい草鞋を履いて、その場所へ行くと既に直哉が待っていた。

他にも、家の建物の長い縁側には、直毘人と他の禪院の術師が何人も座っていた。

あの時とは違う目線を感じる。

侮蔑や嘲笑ではなく、品定めをされるようなそんな感覚が七直に突き刺さる。

 

「遅いんや、姉貴。てっきり逃げ出したかと思ったで」

 

「あんたが速すぎるのよ。投射呪法は本人の性格にも影響するの?せっかちさんね」

 

「…そんな減らず口も今の内だけや…」

 

「ガハハハッそれでいくと儂も、せっかちなことになるな!七直!」

 

縁側で瓢箪を片手に、直毘人が豪快に笑った。その隣には、扇や甚壱といった炳の有力者たちも並んでいる。

 

「お父様……また見世物にするなんて、趣味が悪いです」

 

「何、期待の表れよ。お前がその古臭い書物から何を引っぱり出したのか、皆が知りたがっておるわ」

 

直毘人のその言葉も嘘ではないのだろう。

当主の子供、しかも優秀なのが二人もおり、次期当主候補として名高いのだ。

どれだけ強くなったかの確認とは言っているが、当主肝いりの虎の子二匹、見せびらかしたい気も僅かに感じられた。

 

「期待、ね……。お父様はただ、私が直哉に転がされるのを肴に、酒を呑みたいだけでしょう?」

 

七直が冷ややかに返すと、直毘人は「カカッ!」と喉を鳴らして愉快そうに笑った。

その横で、直哉は不満げに鼻を鳴らし、自身の足首を回して準備運動を始める。

 

「当主候補やなんて騒がれとるけど、結局、姉貴のは動きがとろいんや。三年前とはワケが違うで。俺の速度、今の姉貴の目ぇで追えるんかな?」

 

「速さだけが術師の価値なら、チーターでも飼えばいいじゃない。あなたのそれは、ただの忙しない移動だわ」

 

「……はっ、相変わらずムカつく女や。おい父ちゃん、早う始めてくれ。姉貴のその澄まし顔、今すぐ土に埋めたるから」

 

直哉の瞳に、子供特有の純粋な攻撃性が宿る。

三年前の屈辱、そしてこの三年間、常に自分の先を歩き、得体の知れない古文書に没頭していた姉への、嫉妬にも似た執着が火を噴こうとしていた。

直毘人がゆっくりと立ち上がり、手に持った瓢箪を傍らに置いた。

縁側に並ぶ術師たちの視線が、一点に集中する。空気が、物理的な重さを伴って沈み込んだ。

 

「……よかろう。前回と同様、呪具の使用は無し。己の術式のみ使用可能だ。勝敗は相手の戦闘不能か、降参のみ!死なぬ程度に、互いの格を証明してみせよ」

 

直毘人の手が、鋭く振り下ろされた。

 

「始めいッ!!」

 

合図と同時に、直哉の輪郭が世界から消失した。

 

(……来る!)

 

七直はほぼ勘で右脇腹をガードした。

 

「ぐっ…!」

 

だが、ガードの位置からほんの半分ずれたため、完全には攻撃を防げなかった。

 

「まじか」

 

防がれると思わず、言葉が漏れる。

すぐさま、七直も反撃するが、直哉を捉えることが出来ず、拳は空を切った。

 

「すっとろいねん、姉貴」

 

「そうね、確かに私はあんたより速くは動けないわ」

 

(投射呪法…やはり全然、目で追うことは出来ない。大きな負傷も覚悟するしかないか)

 

「でも、あんたの動きをどうにかする手立てはあるわ」

 

七直は直哉の動きを追うのを止めた。

そして式神を展開しようと呪力を練る。

 

「そうはさせへんで!」

 

直哉は、彼女の式神の展開しようとするその隙を突いて来る。

再び直哉の姿が消え、次に見えた頃には、七直に肉薄し適格に拳を左肩にあてた。

 

「あぐっ…!」

 

確かな感覚。

接近する毎に、白檀の香りが鼻をくすぐった。

自身の成長を確信した直哉のテンションは跳ね上がる。

 

「っはぁ!そうやんな!やっぱ動けへんよなぁ!」

 

七直はダメージを追いつつも、式神・(いわお)を展開した。

負傷覚悟で展開した式神に対し再び呪力を練る。

 

「ー術式拡張ー神懸(かみがかり)(いわお)

 

七直の言葉と共に、展開された式神・(いわお)が霧のように霧散し、その核が彼女自身の肉体へと吸い込まれていく。

そして、彼女の纏う呪力の厚さが二回りも大きくなった。

 

「なっ……!?」

 

追撃を仕掛けようとした直哉の拳が、七直の脇腹にめり込む前に厚い呪力の壁によって阻まれた。

まるで巨大な岩石を全力で殴りつけたかのような反動が、直哉の拳から腕へと突き抜ける。

 

「……硬っ!? なんやこれ……」

 

「私の術式は、五つの属性を持つ核に依り代を与え、それを式神として使役するものよ」

 

「…!」

 

直哉は七直の言っている事、そのものに注意していた。

 

(術式の開示やと…!)

 

「……でもね、誰も『私自身』が依り代になっちゃいけないなんて、言っていないわ」

 

七直は痛む左肩をあえて動かし、骨の軋みを無視して不敵に微笑んだ。

三日で式神を用意し、直哉との実戦にするのは不可能だと考えていた。

 

(…たった三日で直哉に通用する式神を揃える方が難しいわよ)

 

本来、式神とは外に放つ駒だ。

だが七直は、その駒に宿るはずの属性の核を、自らの肉体に無理やり封じ込めた。

 

「これが神懸(かみがかり)。私自身を式神として定義し直す。 今の私は、歩く小さな山だと思って」

 

「……ほざけッ! どんだけ硬かろうが、当たらなきゃ意味ないんや!」

 

直哉は苛立ちを加速に変える。

先ほどと同じ、いや、それ以上の速度。

だが、七直はもう動かない。

 

「巌は単なる防御だけじゃない」

 

七直は自身の足元、半径5メートルに土の呪力を叩きつけた。

土の呪力の特性は、その呪力の重厚さと、地面を媒介とした地形操作。

彼女の周りの地面は足場が悪く、荒いデコボコとした地形に作り替わっていく。

 

(投射呪法を止めるには足場を崩すほかない!)

 

「……ッは!そんなに引っかかるか!」

 

 

直哉はせせら笑い、そのガタガタの足場さえも加速の起点にしようとした。

投射呪法は、空中でさえ固定された点があれば移動の軌道を描ける。

出っ張った岩、ひび割れた地面、それら全てを跳躍のステップに変え、七直の視覚を置き去りにする超高速の機動を見せる。

 

だが、これこそが七直の狙いだった。

 

(速ければ速いほど、ほんの少しの歪みでさえも、大きな支障になる……!)

 

直哉が七直の背後に回り込み、トドメの一撃を叩き込もうと地面を蹴ったその瞬間。

七直は自身の右足に込めた呪力を一気に爆発させ、地表のデコボコをコンマ数秒の単位でさらに隆起させた。

 

直哉が着地すると決めていた数ミリの空間に、鋭い石の突起が割り込む。

投射呪法の厳密な二十四コマのイメージ。

本来、その一コマで直哉の足裏が地面を捉えるはずだったタイミングが、突き出した石の牙によって数フレーム早く阻害された。

 

「なっ……!?」

 

ほんの数センチの違和感。

本来の軌道を物理的に遮られた直哉の身体が、慣性に抗えず、無様に前方にのめり込む。 投射呪法において、描いた動きを完遂できないことは、絶対的なシステムの崩壊を意味する。

 

――パキィィィン!!

 

静寂を切り裂くような、硬質な凍結音が響き渡った。

前のめりに倒れ込むポーズのまま、直哉の肉体が空中でピタリと静止する。

 

(今しかない…!)

 

七直は瞬時に振り返った。

その鼻筋を、赤い血が一筋伝い落ちる。

呪力性質を書き換えるほど式をその身に一時的とはいえその身に宿したのだ。

それだけ神懸(かみがかり)による過負荷は限界に近く、視界は激しく点滅していたが、彼女は止まらなかった。

 

「言ったでしょう、直哉。せっかちさんって。だから、たった数センチの石ころにさえ、あなたは躓くの」

 

一秒間の絶対的な猶予。

七直は巌の重厚な呪力を解き、即座に式神・(くろがね)を展開し右拳に金の鋭利さを凝縮させた。

あの日、甚爾との特訓で、なす術もなく地面に転がされていた日々の記憶が、彼女の腕に確かな重みを乗せる。

 

「あぐぅ……、はぁ……ッ!」

 

一秒が明け、凝固が解けた直哉の腹に、七直の渾身の正拳が突き刺さった。

 

ドォォォンッ!!

 

練武場に重い衝撃音が木霊する。

直哉の身体は木の葉のように舞い、庭の石灯籠を薙ぎ倒しながら、土煙の向こうへと転がっていった。

静まり返る縁側。

術師たちの視線が、荒い息を吐きながら立ち尽くす九歳の少女へと、畏怖を込めて向けられた。

 




せ、戦闘大変や…

質問コーナー特別編

読者の感想から頂いた質問なんですが、何故か見えなくなったりして、ちゃんと返信が出来ませんでした。すみません。ですのでこの場を借りて、質問に答えたいと思います!

Q.9話にて甚爾は呪力がないため呪霊は祓えないとありましたが、彼が持っていた、木材は呪霊の血に塗れていました。この木材は呪具か何かなのですか?的な質問。

A.この場ですが、感想ありがとうございます!
え、えーとですね…どーしよー(汗)描写的に書いてしまったけど確かに言われてみると、ちょっとおかしいかもしれません。
先に言っておくと、ここら辺はそんなに深く考えていませんでした。ごめんなさい。なので、ここからは可能性の話をして行きましょう。
甚爾の持っていた、木材は一体何なのか。

一、甚爾が呪霊をぶっ叩きまくった結果、呪霊の呪力が木材に定着したことで、木材が低級の呪具化して、呪霊を祓うに至らないが、ボコボコにできた。

二、他の誰かが懲罰房でその木材を使い、呪霊を倒し、血が付いたことで呪霊に触れられるだけの呪具となった。

三、その木材が何か、曰く付きの物で、すでに呪具化していた。

このぐらいでしょうか。他にも可能性はあるかも知れませんが、あの懲罰房のシーンでは、甚爾は呪霊は祓えないけど、血反吐を吐くまでボコボコにして黙らせたという感じに描写したかったので、ややこしいことになってしまいました。すみません。
改めて、考えさせられました。今後ともこの作品をよろしくお願いします!


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