「……ガハッ、……クソ、クソが……ッ!」
瓦礫の中から這い出した直哉の姿は、ボロボロだった。
服は裂け、顔半分は土に汚れ、腹部には先ほどの金の打撃による鮮血が滲んでいる。
だが、その瞳はかつてないほど爛々と輝いていた。
三年前、甚爾の地獄を共に覗いたからこそ身についた、折れないタフネス。
それが彼を無理やり立ち上がらせる。
「……姉貴、今の……最高や。でも、同じ手は二度も食わんぞ!」
直哉が再び消えた。
今度は地面だけではない。
庭の立木、石垣、果ては屋敷の屋根までを縦横無尽に駆け巡る。
投射呪法の「重ね掛け」による強制的加速。
(とっておきのをぶちかましたる!)
直哉の輪郭はもはや残像すら残さず、風を切り裂く音だけが七直を包囲する。
加速するたびに、土埃があがり少しづつ、その感覚が狭まっていく。
(速い……。私の支配圏の外から加速を乗せて、一撃で終わらせる気ね)
七直の視界は過負荷で真っ赤に染まっていた。
神懸による脳へのダメージは臨界点。
意識が飛びそうになるのを、白檀の香りと姉として負けられないという意地だけで繋ぎ止める。
(もう、なりふり構ってられないわ!)
七直は金の式神・鉄に切り替える。
土の呪力を凝縮させるように絞り、彼女の周りを剣山のような鋭利な針を地表に走らせた。
直哉はそれを嘲笑うように空中で跳躍し回避する。
「同じ手は通じひんで!姉貴!」
(まだまだ!)
間髪入れず水の式神・氾を展開し、突きだした呪力の剣山を溶かし、辺り一帯を水の呪力で満たし、浸していく。
(これは!あん時の!)
直哉は七直がしようとしていることに感づいた。
蔦を繁茂させ、足を絡め取ろうとしている、と。
だが、その予想は裏切られる。
七直は木の式神・樹に切り替え、足元から木の呪力を広げた水の呪力に隅々まで行き渡るように流す。
(んな…!)
七直の足元から、急速に若木が芽吹き、数秒で鬱蒼とした樹林が形成された。
物理的な障害物の乱立。
さすがにこれだけの密度なら、投射呪法の軌道は塞がれる――はずだった。
「甘いねん、姉貴ィ!!」
直哉はその即席の樹林すら、自身の加速を減速させずに方向転換するための跳ね返り板として利用してみせた。
枝を蹴り、幹を蹴り、加速に次ぐ加速。
もはや直哉は、一発の巨大な弾丸と化していた。
(……化け物ね、本当に)
七直は微笑んだ。
その才能に、その理不尽なまでの個の強さに、心の底から敬意を表するように。
加速を重ねた直哉が、林を突き抜けて七直の眼前に迫る。
その拳には、これまでとは比較にならないほどの重圧が乗っていた。
(……ええ。こうなることは、分かっていたわ)
七直は最後の一滴まで呪力を絞り出した。
五行の理は、木・火・土・金・水の循環。
土から金へ、金から水へ、水から木へ。 無理やり巡らせた呪力の流れは、最後の一点――火へと結実する。
「……循環の果て。これが、今の私の精一杯よ」
七直の全身から、白檀の香りを焼き尽くすような紅蓮の熱波が膨れ上がった。
「五行順転」
ゴォッ!! と、庭全体を包み込むような爆発的な火柱が上がった。
五行を一周させたことで得られた異常な効率と出力。
それは自身のダメージも厭わない、全方位への自爆に等しい一撃だった。
「こりゃいかん!! 総員退避ィ!!」
縁側で酒を呑んでいた直毘人が、瓢箪を放り出し、激昂したような声を上げる。
並み居る術師たちが命からがら逃げ惑う中、直毘人は炎の渦中へと一足飛びに突っ込んだ。
爆風が収まり、庭の緑が無残に黒焦げた灰へと変わった頃。
そこには、直毘人の腕の中で勝負に水を差されたことに顔を真っ赤にして憤る直哉の姿があった。
「離せや父ちゃん! あと少しで俺の勝ちやった! 姉貴に……ッ」
「……黙っておれ、直哉」
直毘人の低い声に、直哉は息を呑んだ。
視線の先、黒焦げになった地面の中央に、七直が糸の切れた人形のように倒れていた。
道着は焼け焦げ、神懸の反動で全身の毛細血管が浮き上がり、意識は完全に失われている。 もし直毘人が割り込まなければ、直哉も、そして七直自身も爆炎に呑み込まれてただではすまなかった。
「……引き分け、じゃな」
直毘人の呟きが、静まり返った練武場に響く。
九歳の少女が引き起こした、地獄の如き惨状。
直哉は、倒れ伏す姉の姿を、震える拳を握りしめながら見つめ続けた。
勝てなかった。
だが、負けもしなかった。
引き分けという事実に、直哉は憤り、拳を震わせた。
だが、辺りの惨状と、死力を尽くした姉の姿を交互に見て、何も言い返せなかった。
九歳と八歳の幼き怪物の激突は、鮮烈な赤の色を残して幕を閉じた。
◆
「全く、才能があり過ぎるのも考えものだ」
直毘人は、夕闇が迫る縁側に座り、手元の瓢箪から冷えた酒を喉に流し込んだ。
視線の先には、先刻の嵐が嘘のように静まり返った、黒焦げの庭がある。
(……九歳と八歳、か)
直毘人の脳裏には、炎に包まれる直前の七直の瞳が焼き付いていた。
あれは単なる子供の意地ではない。
自らの脳を焼き、肉体を依り代に変えてまで勝利を渇望する、呪術師としての業そのものだった。
直哉の才能は、天賦のものだ。
投射呪法という、一歩間違えれば自壊する術式を、あやつは遊びのように乗りこなす。
だが、七直は違う。
彼女は古文書という死者の言葉を泥臭く読み解き、自身の肉体を削り、理論で才能に追いつこうとしている。
その執念は、かつてこの家を去ったあの落ちこぼれ――甚爾の影を、嫌でも思い出させた。
「……やりすぎじゃな、七直」
独り言が、冷たい風に混じる。
七直が見せた神懸。
自らを式神の器とし、五行を強制的に循環させるあの術理は、確かに強力だ。
御三家の長年培われた術式の常識を根底から覆しかねないほどの。
だが、その代償はあまりに重い。
九歳の少女の脳が、特級の呪霊すら使役しかねない高密度の核と直接同期するなど、本来あってはならないことだ。
今日の引き分けは、直毘人が介入したからこそ得られた結果に過ぎない。
もし放置していれば、七直は確実に脳を焼き切り、廃人となっていただろう。
あるいは、自爆の炎に巻かれて命を落としていた。
「当主の娘が、刺し違えるような戦いをしてどうする」
直毘人の目には、二人の子供への誇らしさと共に、拭い去れない懸念が渦巻いていた。
直哉は、七直という壁を得て、より速く、より残酷に成長するだろう。
それは喜ばしい。
だが、七直の方は、自身の命を薪にして燃え上がろうとしている。
その火が強ければ強いほど、尽きるのも早い。
直毘人は、空になった瓢箪を傍らに置いた。
あの子が目覚めたら、まず最初に伝えねばなるまい。
――神懸の使用を、当主として禁ずる、と。
知識を力に変えるのは良い。
だが、知識に飲み込まれ、自らを呪具のように扱うことは許されない。
それは術師としての格の問題ではなく、親としての、せめてもの抑止力だった。
「……全く。京子に似て、一度決めるとテコでも動かんからな」
直毘人は溜息をつき、静かに立ち上がった。
病床の京子にこの結果をどう伝えるべきか。
そして、目覚めた娘の反発をどう抑えるか。
最速の投射呪法使いである男の背中は、いつになく重い思慮に沈んでいた。
ほ、ほんまに9歳か…?
質問コーナー
Q.七直がお兄ちゃんだったら、直哉って性格変わってた?もしくは変わることって今後ある?
A.たぶん、ないです。お兄ちゃんだったら、直哉もこんなに拗れてないです。もっと単純に当主の座を争うライバルという関係に落ち着くと思います。甚爾のような強者の憧れと嫉妬はありますがそれだけです。直哉のドブカス因子を矯正しようと思っても、男じゃ変えられないと思います。「強い兄」が「弱い母」を気遣う、慮ること自体が理解不能だと思うでしょう。
故に、お姉ちゃんになりました。自分より強い姉が、直哉にとって認知不協和を起こしそこから少しづつ認識を改め行く必要があるからです。
今後もどのように変わっていくか、お楽しみに!
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