直哉のお姉ちゃんになっちゃった…。   作:ザボン漬け

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庭を焼き尽くしたあの激闘から、丸一日が経過した。

禪院家の奥まった一角にある七直の私室は、微かな白檀の香りと、看病のために焚かれた薬草の匂いが混じり合っていた。

布団に横たわる七直は、時折苦しげに眉を寄せるものの、深い眠りの中にいる。

その枕元に、音もなく近づく人影があった。

 

「……何や、まだ死んだみたいに寝とんのか」

 

試合相手の直哉だった。 顔の傷に包帯を巻き、体の至る所に絆創膏を貼った、痛々しい姿だが、その瞳には試合の熱がまだ冷めやらぬまま宿っている。

彼は座り込み、意識のない姉の顔をじっと見つめた。

するとそこに、濡れタオルを持った京子が静かに入ってきた。

 

「直哉様…お怪我の具合はいかがですか?」

 

「……こんなん、かすり傷や。それより姉貴は、いつ起きるんや。俺はまだ、決着ついとらんって言い足りひんのやけど」

 

直哉は毒づくが、その声にはいつもの刺々しさよりも、どこか焦燥に近い響きがあった。 京子は小さく微笑み、七直の額のタオルを替える。

 

「しばらくは目覚めないでしょう。脳を酷使しすぎたようですから……。直哉様、七直のことが、そんなに気にかかりますか?」

 

「はっ、勘違いせんといて。俺はただ、あんな自爆みたいな真似してまで俺の勝ちを邪魔したんが、気に入らんだけや。俺をもっと、ちゃんと……」

 

「……ちゃんと、見てほしかったのですね?」

 

京子の穏やかな指摘に、直哉は言葉を詰まらせ、そっぽを向いた。

女のくせに、生意気や――そう言い続けてきた。

けれど、その本心にあるのは、誰よりも先を行く姉に自分を認めさせたいという、幼い渇望だった。

 

「…んなん、ありえんて。姉貴は俺のことなんて、古臭い紙切れより下にしか見とらん。あんな、暗い部屋で一人で……」

 

「それは違いますよ、直哉様」

 

京子は、七直の枕元に置かれた解読途中の古文書に優しく触れた。

 

「七直がなぜ、あんなに必死にこの書物を読み解いていたか、ご存知ですか?」

 

「そんなん、術師として強くなるためやろ。女が当主候補に残るには、それしかないから……」

 

「いいえ。七直は以前、私にこう言いました。『直哉は、お父様の投射呪法を誰よりも使いこなす天才よ。だから私は、彼がいつか壁にぶつかった時、その先を示せる姉にならなきゃいけないの』と」

 

直哉の身体が、目に見えて硬直した。

 

「……は? 何やそれ。意味わからんわ」

 

「七直は、あなたの才能を誰よりも認めています。認めているからこそ、あなたの速さがいつか孤独にならないように、自分も別の理を極めて、隣に立とうとしていたのです。この解読も、全ては直哉様……あなたを導く姉であるために、彼女が自分に課した試練だったのですよ」

 

直哉は唖然として、眠る七直の顔を見た。

自分を見下していると思っていた姉。

自分を邪魔者だと思っていた姉。

 

だが、事実は真逆だった。

 

彼女は、最初から自分を対等以上の天才として認め、その成長の先を見据えて、泥を啜るような努力を続けていたのだ。

 

「……姉貴、アホちゃうか。勝手に、そんな……」

 

直哉の声が微かに震える。

認められたいと願っていた相手から、実はとっくに、自分など到底及ばないほどの深い信頼と期待を寄せられていた。

その事実が、直哉の幼い自尊心を粉砕し、同時にこれまでにない温かい重みとなって胸に落ちる。

 

(姉貴が、俺の事…)

 

直哉は膝を抱えたまま、七直の寝顔を睨みつけるように見つめ続けた。

彼女を認めさせ、屈服させ、自分の後ろを歩かせたいと思っていた。

だが、実際に自分の背中を追い、転ばないようにと見守っていたのは彼女の方だった。

 

「……意味分からん。導くやなんて、偉そうに……。そんなん頼んでへんわ」

 

「ええ、そうですね。七直は不器用ですから、直哉様に直接言うことはないでしょう。……けれど、あの子はあなたが訓練で怪我をして帰るたびに、部屋で泣きそうな顔をして、より一層必死に書物を捲っていました。あなたが強くなるほど、あの子は自分の無力さを恐れ、それでもあなたの光を支えたいと願っていたのです」

 

京子の言葉は、真冬の陽光のように静かに、直哉の頑なな心に染み込んでいく。

 

「……。姉貴が、泣きそうな顔……?」

 

「はい。あなたに知られたら、あの子は怒るでしょうけれど。……直哉様、七直にとって、あなたはただの弟ではありません。この家で唯一、共に歩みたいと願った希望なのですよ」

 

沈黙が流れる。

直哉の目から、次第に険しさが消えていった。

代わりにこみ上げてきたのは、言いようのない気恥ずかしさと、これまで自分が向けてきた悪意への、名もなき後ろめたさだった。

 

「……なぁ、お母はん」

 

「はい?」

 

直哉は、七直の細い手首が布団から覗いているのを、不器用な手つきでそっと隠してやった。

 

「……様付け、もうええわ。……あんた、そんなん似合わんし、その、もう他人やないし…」

 

京子は目を見開き、驚いたように瞬きをした。

そして、今日一番の、慈愛に満ちた笑みを浮かべる。

 

「……ありがとうございます。ですが、禪院の決まりもありますから。……では、直哉さんとお呼びしてもよろしいでしょうか?」

 

「……好きにせぇ…」

 

直哉は顔を赤くして、膝に顔を埋めた。

 

「なぁ俺、直哉さん……って呼ばれたの、初めてや」

 

禪院家で、自分は常に天才、次期当主、直毘人様の息子、というレッテルで呼ばれてきた。

だが、目の前の女が呼ぶその名は、何の期待も、損得も含まれていない、ただの少年としての自分を呼んでいるような響きがあった。

 

「……温いわ、この部屋。白檀の匂いも、キツすぎて……鼻がバカになりそうや」

 

「ふふ、ごめんなさいね。もう少ししたら、外の空気を通しましょう」

 

「……あぁ。……お母はん、茶ぁくらいなら淹れられるか?」

 

「ええ、喜んで。直哉さんの好きなお菓子も、用意しておきますね」

 

直哉は、おぅ、と短く返すと、寝返りを打った七直の髪を、一瞬だけ、本当に一瞬だけ、指先で触れた。

あの日見た、あの炎。

あの熱さを自分が忘れない限り、この姉は自分の隣に居続けるのだろう。

 

「……早う起きろや、姉貴。……まだ、あんたに言わなあかん嫌味、山ほどあるんやからな」

 

月明かりの下、直哉は初めて、自分を縛っていた当主の子という呪縛から解き放たれ、ただの弟として、この静かな部屋の空気に身を委ねていた。

その顔は、どこか柔らかく、憑き物が落ちた穏やかな顔だった。

 

 

あの日以来、直哉の行動には明らかな変化が現れた。

相変わらず口は悪く、使用人たちには傲慢な態度を崩さない。

だが、気づけば彼は一日のうちの数時間を、七直と京子が過ごすあの薄暗い書庫や私室で過ごすようになっていた。

ある日の午後、解読作業に没頭する七直の背後に、足音もなく直哉が忍び寄る。

 

「……なんや、まだその頁か。姉貴、ホンマに頭ええんか疑うわ」

 

「あら、勝手に入ってこないでって言わなかったかしら。それとも、私の進捗が気になって夜も眠れないほど、お姉ちゃんが大好きなのかしら?」

 

「誰がそんなキショいこと言うか! 暇つぶしや、暇つぶし!」

 

直哉は吐き捨てるように言いながらも、当然のように京子が用意した座布団にどっかりと腰を下ろす。

 

「直哉さん、いらっしゃい。ちょうどお茶が入りましたよ」

 

「……おぅ。お母はん、茶菓子はあるんか」

 

「ええ、今日は直哉さんの好きな、例の店の干菓子ですよ」

 

京子が微笑みながら盆を差し出すと、直哉は鼻を鳴らしつつも、真っ先に手を伸ばす。

様付けを免除された京子が呼ぶ直哉さんという響きに、彼はすっかり毒気を抜かれていた。

七直はペンを動かしながら、チラリと横目で弟を見る。

直哉は菓子を頬張りながら、七直がまとめた資料を勝手に手に取り、不服そうに眺めていた。

 

「……ここ、この前の試合で使った巌の理やろ。もっと出力上げられるんちゃうんか」

 

「口で言うのは簡単ね。でも、土の属性は安定が命なの。あんたの投射呪法みたいに、勢いだけで誤魔化せないわ」

 

「誰が勢いだけや! ……まぁ、ええわ。これ、後で俺にも読めるように書いとけよ。難しすぎて何書いてるかサッパリや」

 

「あら、勉強する気になったの?」

 

「アホか! 姉貴の変な術式に巻き込まれてフリーズするんが癪やから、対策練るだけや!」

 

そう言い張る直哉だが、彼が資料を読み込もうとするのは、七直が直哉を導ける姉になりたい、と言っていたことを京子から聞いたからだということを、七直はまだ知らない。

京子は、そんな二人のやり取りを、お茶を啜りながら静かに見守っている。

七直が根を詰めすぎれば、直哉が文句を言いながらも強引に連れ出し、直哉が訓練で行き詰まった顔をしていれば、七直がさりげなく五行の理論を応用した助言を与える。

 

「直哉さん、あまり七直を困らせないでくださいね」

 

「困っとんのは俺の方や。この部屋、白檀の匂いが強すぎて鼻が曲がりそうやわ」

 

そう言いながらも、直哉が部屋を出ていく気配はない。

むしろ、この静かな部屋に漂う香りと、自分を否定しない二人の女が作る空間が、彼にとって禪院家で唯一の安らぎになりつつあった。

 

「……まぁ、姉貴が倒れたら父ちゃんがうるさいからな。見張ってたるわ」

 

そう言って、直哉は資料の隅に書かれた難解な数式と格闘を始める。

九歳と八歳。

呪術界の闇が深いこの屋敷の中で、その一角だけは、確かに穏やかな時間が流れていた。

 




京子カウンセリング。

質問コーナー

Q.神懸の利点って何?既に式神を展開するだけで呪力特性を得るのに、自身に埋め込むと何がかわるの?

A.単純に呪力出力と効率が上がります。例えがポケモンで申し訳ないんですが、水の式神を展開するだけなら、「水タイプの技」が使える。水の式神を神懸すると「水タイプ」になる。こんな感じです。水タイプが放つ水技は威力上がるよね、的な。
ですが、こんなことやってたら頭おかしくなるんでやらない方が良いです。これをやった七直はだいぶヤバい。人間と式神化の境界を行ったり来たりしてる状態なので、下手したら呪力そのものになって霧散してたかもしれない。直毘人も禁止にするレベル。

誤字脱字報告ありがとうございます!皆様のおかげでこの作品がより一歩良くなりました!

お気に入り登録900人通り越して1000人突破しました!早すぎないか!?
たぶん別の呪術廻戦二次がめちゃ盛り上がってるから、その流れにあやかれたんだと思います!
皆様いつも応援ありがとうございます!励みになっております!
ほかの皆様もお気に入り登録、高評価、感想、などよかったらよろしくお願いいたします!
あと日間ランキング9位(12/24)乗ってた!ありがとう!(毎回スクショ撮ってる)
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