直哉のお姉ちゃんになっちゃった…。   作:ザボン漬け

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禁忌

その出来事は、直哉が「直哉さん」と呼ばれることに慣れ始めた、冬の午後のことだった。 書庫の奥、古びた紙の匂いが立ち込める中で、七直は筆を置き、傍らで茶を淹れる京子に独り言のように零した。

 

「やっぱり、式神は呼ばないわ」

 

「あら、どうして? あなたの術式の要でしょう?」

 

京子が不思議そうに首を傾げる。

五行の核を式神として具現化し、駒として戦わせる。

それが彼女のこれまでの戦い方だった。だが、七直は窓の外で風を切る音を立てて訓練に励む直哉の気配を感じ、静かに首を振った。

 

「直哉の速さを目の当たりにして確信したの。駒として外に放つ式神じゃ、あの子の投射呪法には追いつけない。思考と発動のラグ、それだけで致命傷になるわ」

 

実戦での神懸。

あの一瞬の最適解が、彼女の術師としての視座を一段階引き上げていた。

あの試合で放った五行順転。

五つの理を強引に一周させた際、凄まじい呪力の奔流が彼女の脳を焼き、同時に何かを突き破った感覚があった。

その感覚は、これまで頑なに開かなかった古文書の奥の封印を解く鍵となった。

 

 

薄暗い書庫の空気は冷たく、それでいて何千年も前から閉じ込められていたかのような濃密な静寂が漂っていた。

七直の目の前には、あの日、直哉との激闘の果てに「五行順転」という極限状態を経験したことで、ようやくこれまで開けられなかった、その重い封印を解いた古文書が広げられている。

隣では京子が、娘の体調を気遣うように静かに控え、行灯の火を絶やさぬよう整えていた。

 

「……信じられない。これまでの五行説は、この『理』を隠すための表層に過ぎなかったというの?」

 

七直が震える指でなぞった頁には、墨の色さえも他とは異なる、禍々しくも美しい図解が記されていた。

そこに描かれていたのは、万物の根源たる陰と陽を極限まで純形化した二柱の式神――「(ひるま)」と「(くれい)」。

この二柱は二つで一対の式神であり、呼び出すときは二体同時に展開される。

この式神は根底に近い存在のため、他の属性式神と共に展開することも可能だ。

その性質、「(ひるま)」は常に清浄な正の呪力を生み出し続け、「(くれい)」は淀みない負の呪力を吸収し循環させる。図上では二柱の式神が円を描くように重なり、その中心に一人の「人形」が配されていた。

 

「泰山府君祭……。死者の魂をこの世に繋ぎ止め、その肉体を朽ちることのない『器』に変える儀式。お母様、これは呪術の域を超えているわ。神の領域に対する、あまりに傲慢な冒涜よ……酷いわ、死者さえも、呪術の奴隷にするというの」

 

七直の言葉に、京子は古文書を覗き込み、悲しげに目を細めた。

死者の魂とは名ばかりの、肉体の傀儡化。

最後の書は、皮肉にも五行の循環を覆すような、冒涜的な生の停滞だった。

 

「人の命を、終わらせることも、始めることもできないのが理ですものね。……でも、七直。この記述……ここを見て」

 

京子が指し示したのは、欄外に小さく、しかし鋭い筆致で書き加えられた注釈だった。

 

『肉体は魂の容れ物なり。器が術師の殻なれば、(ひるま)(くれい)の循環を以てその理をも永劫に定着させん』

 

その一文を目にした瞬間、七直の脳内に、直哉が放ったあの光のような速さ、そして自身が火を纏ったあの熱が、凄まじい解像度で蘇った。

 

(もし……もしこの(ひるま)(くれい)のシステムを、死体という肉体ではなく、私の式神の核に応用できたなら?)

 

これまでの七直の戦い方は、五行のエネルギーを形にするものだった。

だが、この泰山府君祭の理論を用いれば、式神という器の中に、他者の術式という情報を直接焼き付け、自分の意思で発動させることが可能になる。

それは、努力や解読によって積み上げてきた彼女の力が、天賦の才能――生得術式の壁を物理的に破壊し、簒奪することを意味していた。

 

「……恐ろしいわ。お母様、私、この頁を開くべきではなかったのかもしれない。この力を使えば、私はもう、真っ当な術師には戻れない気がする」

 

七直の声は微かに震えていた。

九歳の少女が背負うには、その知識はあまりに毒が強すぎた。

彼女が扱って信じてきた美しい五行が、どこか醜いものに感じられてしまった。

しかし、京子は七直の冷たくなった手を優しく、包み込むように握りしめた。

 

「七直。知識そのものに善悪はありません。それを使う人の心に、愛があるか、それとも傲慢があるかだけです。……あなたは、直哉さんの隣に立ちたいと願ってこれを手に取った。その心を、私は信じていますよ」

 

母の温もりに、七直は深く息を吐き出した。

白檀の香りが、古びた紙の匂いと混ざり合い、彼女の心を落ち着かせる。

 

「……そうね。直哉はこれからも、私を置いていくような速さで進んでいく。なら、私はこの禁忌を呑み込んででも、あの光を捉えてみせるわ」

 

七直の瞳に、迷いの残滓を焼き尽くすような強い光が宿る。

泰山府君祭――死者を弄ぶ術を、生者のために組み替える。

かつてない呪いの構築が、母と娘が寄り添う静かな書庫の中で、人知れず産声を上げた。

 

 

七直は震える指先で印を結び、今読み解いたばかりの理を脳内で編み上げる。

白檀の香りが満ちる部屋に、異質な呪力の脈動が奔った。

 

「――顕現せよ、(ひるま)(くれい)

 

空気が軋む。 七直の左右に、白と黒の対を成す何かが形を結ぼうとした。

一方は清冽な陽の光を、もう一方はすべてを呑み込む夜の闇を孕んでいる。

だが、その輪郭は陽炎のように揺らぎ、実体を結ぶ前に弾けて霧散した。

 

「……っ、ハァ、ハァ……!」

 

凄まじい疲労感が七直を襲う。

心臓が早鐘を打ち、全身の毛穴から冷や汗が噴き出した。

九歳の呪力量では、この根源的な二柱を繋ぎ止めるだけで精一杯だ。

ましてや、その循環を維持し、別の術式を焼き付けるなど、今は夢のまた夢だった。

 

「七直、無理をしては駄目よ」

 

京子が慌てて七直の肩を支える。

七直は荒い呼吸を整えながら、手元の古文書を忌々しげに、あるいは恐れを抱きながら見つめた。

この書に記された、泰山府君祭の本質。

それは、死者の尊厳を泥土に塗れさせ、術式という機能だけを抽出する、底なしの悪意だ。 これをもし、当主である直毘人に報告すればどうなるか。

 

(……お父様は、きっと喜ぶわ)

 

最強の禪院を渇望する父なら、この術理を完成させるために、迷わず術師の死体を用意するだろう。

最悪の場合、生きた人間を器にするための研究さえ命じかねない。

この家は、そういう場所だ。

 

「……お母様。この本の後半、私が今解読した内容は……お父様には伏せておきましょう」

 

「七直……?」

 

「これは、表に出していい術じゃない。少なくとも、今の禪院家が手にするには……毒が過ぎるわ」

 

七直は本を閉じ、重い溜息をついた。

父に報告すれば、自分は天才としてさらに厚遇されるだろう。

けれど、その対価として失われるものの大きさを、彼女の理性が警告していた。

 

「……分かっていますよ。これは、私たちだけの秘密にしましょうね」

 

京子は静かに頷いた。

その瞳には、娘が抱えた秘密の重さを分かち合う覚悟が宿っていた。

いつかあの直哉の速さに追いつくためのたった一つの鍵として、その呪いを心の奥底に深く隠匿した。

 




式神使いが式神持たないってどゆことよ。

質問コーナー

Q.結局、七直と直哉どっちが強いんだい!?

A.8割直哉が強いかと(作者感想、異論は認める)。これは術師としてある程度成長しきって頭打ちになったところでの感覚です。
式神展開しようとする前に、直哉が七直を叩いて終わりじゃないでしょうか。そもそも術式の方向性と相性が違いすぎます。直哉の投射呪法は対人特化、七直の五行想術は対複数や対軍に向いているかなと。これまで七直が勝てたのは、直哉が未熟だったが故です。中学生くらいの年には、実力的に追い抜かれると思います。男女の体格とか筋力差もだんだん出てくるので。
なので正面きっての試合は直哉に軍配が上がります。が、原作のようにいろんなフィールドに出て場を整える、盤面構築が七直の強みですのでそれを踏まえるとまた変わってくるかも。罠とか仕掛け放題、嫌がらせとかですかね。
いや、まじで直哉との戦闘大変だった。どうやって七直勝つんだよって。このときばかりは彼女の精神状態リンクしていたかもしれない(笑)

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