直哉のお姉ちゃんになっちゃった…。   作:ザボン漬け

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襲撃

雪が空を低く覆い、凍てつく風が木々を揺らす午後。

禪院直毘人の気まぐれか、訓練の時の厳しい言葉とは裏腹に、休息の手向けと言わんばかりに湯治の勧めを出した。

目的地は、山を越えた先にある由緒ある温泉地。

直毘人本人も行くことになっていたが、用事があるとのことで一足先に向かっていた。

京子も外出を許されたこの日は、一見すれば穏やかな家族の時間に見える。

本来ならば七直と京子のちょっとした旅行なのだが、ついでに直哉もついてきた。

温泉地までの移動手段である馬車の中は、いつも通りの、けれどどこか平穏な空気に包まれていた。

 

「……何や、お母はん。そんなに俺の顔じっと見て。なんか付いとるか?」

 

向かい側に座る京子の視線に、直哉が少し照れくさそうに毒づく。

十一歳になり、顔立ちが大人びてきた彼は、最近、母の「息子への愛おしい眼差し」にどう反応していいか分からずにいた。

 

「いいえ。直哉さんが、あまりに立派な術師の顔になられたから、嬉しくて。……七直、あなたもそう思うでしょう?」

 

「ええ。顔だけは、一人前ね」

 

七直が横から茶化すと、直哉は「顔だけとは何や!」と即座に噛みついた。

かつての険悪さはそこにはない。

七直が病に倒れたあの夜を経て、二人の間には、言葉には出さない共犯関係のような信頼が芽生えていた。

 

「にしても父ちゃん、先行きすぎやろ。せっかくお母はんも連れてきたのに、一人で先に温泉浸かるとか、相変わらず無茶苦茶やな」

 

馬車の中で、直哉が退屈そうに鼻を鳴らす。

だが、その視線は、隣で少し顔色の優れない京子を、彼なりに気遣うような色を帯びていた。

 

「いいじゃない。お父様がいない方が、私たちは羽を伸ばせるわ。ねえ、お母様?」

 

「ええ、そうね……。でも、少し道が暗くないかしら」

 

京子の不安げな言葉に、七直が窓の外を見る。

温泉地へ向かうはずの街道。

だが、左右を囲む杉林は異常に深く、馬車の進む速度も不自然に落ちていた。

 

「――直哉、おかしいわ。止まって!!」

 

 

「――っ!」

 

その時、七直の肌が、泡立つような悪寒を捉えた。

同時に、先行して馬車を誘導していた護衛の呪力が、唐突に消失する。

 

「直哉、お母様を伏せさせて!!」

 

七直の叫びと同時に、轟音が響いた。

衝撃が馬車を横転させ、車輪が悲鳴を上げて砕け散る。

視界が上下反転し、雪と泥が車内に流れ込んだ。

 

「……ッ、痛た……。お母はん! 大丈夫か!」

 

逆さまになった馬車の中で、直哉が叫ぶ。

彼は咄嗟に京子を庇うように抱きしめていた。

七直は割れた窓から外へ這い出し、周囲を警戒する。

 

雪原に、三人の人影があった。

一人は斧を担いだリーダーっぽい男で、もう一人はヘルメット被った無精髭の男。

さらにもう一人は全ての指に特徴的な器具をつけた丸眼鏡の男。

 

「へぇ、神童二人に母親一人。良い感じだな」

 

いずれも禪院家を恨む、あるいはその首を狙って金で雇われた手練れの呪詛師たちだ。

 

「お母はん、はよ!ここから離れな!」

 

直哉は京子の肩を支えつつ外へ出たがそこには既に、呪詛師が放った無数の呪力弾が迫っていた。

フリーズの隙さえ与えない、完璧な伏撃。

 

「直哉さん!!!」

 

悲鳴と視界を横切ったのは、自分よりもずっと小さく、呪力も持たない京子の背中だった。

鈍い音が響き、京子の身体が直哉を庇うようにして衝撃を一身に受け、雪原に崩れ落ちる。

 

「……あ?…お母、はん……?」

 

直哉の瞳が、京子の背中から広がる赤に染まる。

京子は一言も発さず、ただ直哉が無事であることを確認したような安堵の表情のまま、意識を失った。

 

「よくもお母様を……!!」

 

七直の咆哮が、凍てつく森を震わせた。

即、式神・灯を展開し、火の呪力を纏う。

 

「術式拡張・爆」

 

七直は火の呪力をバレーボールくらいまで圧縮し、呪詛師たちに向けて放つ。

呪詛師はその場からばらばらに別れる。

火の呪力弾は呪詛師には当たらなかったが、その場に着弾したとたん大爆発した。

 

「おいおい、なんつー威力だよ」

 

斧を持ったリーダー格の男がぼやき、冷や汗を流した。

山をも揺るがすほどの轟音が響く。

呪詛師はそれぞれ三方向から、七直と直哉に迫る。

 

「直哉!お母さまを守って!」

 

「お、おう!」

 

直哉は京子をゆっくりと横に寝かせ、据えた目で呪詛師たちに向き直る。

 

「ぶっ殺したるわ」

 

直哉が吠え、地を蹴る。

投射呪法特有の、空間をコマで刻むような超高速移動。

だが、その背後には意識を失った京子が横たわっている。

守るべき対象があるという事実は、最短の軌道を描くべき直哉の足枷となった。

 

「させるかよ、坊主!」

 

土使いの男が地面に手を突くと、直哉の着地点から巨大な泥の手が突き出し、その進路を阻む。

一方で、丸眼鏡の糸使いが不気味に指を動かした。

 

「逃がさないよ。禪院の『速さ』の弱点は知っている」

 

空中に張り巡らされた、目に見えないほど細く鋭い呪糸。

投射呪法で一度軌道を描けば、その途中で止まることも曲がることもできない。

糸使いは直哉が移動するであろう未来のフレームを予測し、その全てに罠を設置した。

 

「っ、しまっ……!」

 

加速の途上、逃げ場のない糸の檻が直哉に迫る。

だが、その檻が閉じる直前、白熱の炎が糸を焼き切った。

 

「直哉、交代!!」

 

七直が叫び、式神・灯を纏った拳で糸使いを強襲する。

直哉の精密な速さを封じに来た相手に対し、七直は広範囲を焼き払う暴力的な熱量で応戦した。

 

「なっ、なんだこの熱気は……!」

「お前たちの相手は私よ。直哉、土使いを叩いて!」

 

「……わかっとるわ!!」

 

役割を入れ替えた直哉は、障害物である泥の手を、甚爾譲りの体術で紙一重に回避する。

投射呪法の加速に依存せず、純粋な反射神経と身のこなしだけで土使いの懐へ潜り込んだ。

 

「――っ、速――」

 

「遅いわボケッ!!」

 

直哉の拳が土使いの顎を捉え、脳を揺らす。

そのまま重力に従い崩れ落ちる敵の顔面へ、トドメの蹴りを叩き込んだ。

一方で七直は、焦る糸使いの術式を完全に無効化していた。

糸を操る指先を狙い、熱風で視界を奪う。

 

「あんたの糸、全部燃やしてあげる」

 

七直の掌から放たれた極限の熱が、丸眼鏡の男を包囲する。

男が悲鳴を上げて転げ回ったとき、リーダー格の斧使いは戦慄した。

 

「バケモノかよ、ガキのくせに……! 逃げるぞ!!」

 

リーダーが背を向け、雪を蹴って林へ逃げ込もうとしたその瞬間。

 

ドォォォォォォン!!!

 

空気を、そして存在そのものを置き去りにするような爆音が響いた。

 

「……随分と賑やかだな。儂の家族を相手に、楽しめたか?」

 

そこには、いつの間にか直毘人が立っていた。

リーダーの男は、自分が何をされたのかも理解できていなかっただろう。

直毘人が横を通り抜けた一瞬で、男の肉体は1秒24フレームの理の中で完全にフリーズし、その後一発の拳でノックアウトされ、雪原の染みと化した。

 

「……チッ。儂を撒いて別の道へ誘導したか。小癪なネズミどもだ。せっかくの湯上りが台無しだわい」

 

直毘人は懐から酒瓶を取り出し、一口煽る。

その視線は、倒れた呪詛師たちよりも、激しく肩で息をする七直と、京子の側で膝をつく直哉に向けられていた。

 

「姉貴……お母はんが、お母はんが!!」

 

直哉の悲鳴のような叫びが、凍てつく空気を震わせた。

京子の背中は、呪力弾の衝撃で服が裂け、見るに堪えないほどの出血が続いている。

非術師である彼女にとって、それはあまりに致命的な損傷だった。

「…………っ」

 

七直の思考が加速する。

怒り、後悔、恐怖。それらが混ざり合い、彼女の体内で何かが臨界点を突破した。

これまで制御しきれず、不透明な影でしかなかったあの双子の理。

それが、母を救いたいという強烈な祈りを触媒にして輪郭を現した。

 

「――お母様を、死なせはしない」

 

七直の左右に、二柱の式神が完全顕現した。

一方はすべてを焼き尽くすような白光を放つ「昼」。

一方は底知れぬ虚無を孕んだ黒霧の塊「晩」。

 

「ほう……」

 

直毘人が目を細める。

かつて土御門家が封じ、七直が書庫の奥で見出した禁忌。

その威容は、当主である直毘人の肌をも粟立たせるほどに濃密な呪圧を放っていた。

七直は迷わず「昼」を京子の胸元へと誘導する。

「昼」の本質は、生命の横溢たる正の呪力。

七直は自身の両手を京子の傷口に当て、式神という媒介を通じて、純度100%の正のエネルギーを強引に流し込んだ。

 

「……ッ、!!」

 

精密な呪力操作を求められる、他者への反転術式。

それは特級呪術師であっても一部のものにしか扱えない。

だが、七直は母を助けたい一心で、その奇跡を成立させた。

ジュッ、と肉の焼けるような音がし、京子の背中の惨たらしい裂傷が、見る間に繋ぎ合わされていく。

血管が走り、筋肉が盛り上がり、剥がれた皮膚が再生する。

 

「…………な……な、お……?」

 

京子の指先が微かに動いた。

閉ざされていた瞼がゆっくりと開き、焦点の定まらない瞳が、必死な形相の娘と、涙で顔をぐしゃぐしゃにした直哉を捉えた。

 

「お母様!!」

 

「お母はん!! よかった……よかったぁ……っ!!」

 

直哉は、京子の手を縋るように握りしめ、雪の上に崩れ落ちて号泣した。

禪院家で教え込まれてきた、術師でなければ人間ではない、女は男の三歩後ろを歩くべきだ、という教え。

それが、今、自分の命を救い、そして目の前で奇跡を起こした二人の女性によって、粉々に砕け散っていた。

術師ですらない母が、自分を庇って死にかけた。

姉が父さえ驚く深淵の力で、死の淵から母を引き戻した。

 

「……見事だ。七直」

 

直毘人が低く笑う。

 

「人を救うためにその力を使うか。持つ者故の特権か……貴様が手にしたその力、禪院の新たな可能性として、認めざるを得んな」

 

父の言葉と称賛。

だが、七直の耳には届いていなかった。

彼女はただ、京子の温かくなった手を握りしめ、安堵の涙を雪の上にこぼしていた。

 




白檀の練り香水を買ってみました。フフ…これが七直の香r((投石))三

質問コーナー

Q.七直のこれまでの年表をざっくり教えて。

A.ほい。ちょっと時期的にずれがあるかもだけど。

1988年 京子禪院家入り
1989年 七直誕生(7/7)
1994年 術式発現
1995年 直哉と初対面、試合
1996年 甚爾との特訓 
1997年 古文書解読
1998年 再試合、泰山府君祭解読
2000年 風邪ひく、襲撃

いや、あらためて凄いな。濃すぎるだろ。


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