直哉が出て行ってから、直毘人は話を切り替えた。
「…それにつけて七直よ。お前のその五行想術か。土御門家の血筋など期待しておらんかったが、まさかあの安倍の相伝が、ここで開花するとはな。」
直毘人は次の酒を仰ぎながら、面白そうに七直を眺めた。
「お前のその力は、我ら禪院家にとって、今や大きな切り札だ。特にあの五条家に対抗する上ではな。」
「五条家、ですか。」
七直は、御三家の中でも別格とされる五条家の名前が出たことに、身を引き締める。
「そうだ。五条家には、六眼と無下限を持つ子供が生まれたと聞く。あれは数百年ぶりの傑物よ。あの小僧が成長すれば、呪術界の勢力図は五条家に傾きかねん。」
直毘人の言葉には、焦燥と、五条家への強い対抗意識が滲んでいた。
「だが、お前だ。お前の五行想術は、その汎用性の高さから、いかなる術式にも有利に立ち回れる相伝の術式。五条の小僧の対極となりうる力かもしれん。」
直毘人は、七直を道具として評価していることは明らかだった。
七直は、自身の力が単に身内を守るためだけでなく、御三家の勢力争いに利用されることを理解する。
「…私の力が、禪院家の威を示すのなら、使いましょう。ただし、その代わり、私に権限をください。」
「権限、だと?」
「はい。母の京子を、この家で不自由なく、安全に暮らせるように。そして、術師ではない者たちが、男衆から不当に扱われないように、私が取り締まる権限を。」
七直は、直毘人の目を真っ直ぐ見つめて告げた。彼女が力を欲する真の理由である。
「カカカッ!面白い。女の身でありながら、この家の内政に口を出すか。」
直毘人は酒を呷り、七直の覚悟を見定めた。
「良いだろう。直哉との勝負で、お前の実力を証明してみせろ。勝てば、お前には『五条家の対極を担う存在』としての、それなりの発言権を与えてやる。それこそ、次期当主争いに口を出すくらいのな。」
「承知いたしました。必ず勝って、この家の在り方を変えてみせます。」
「ガハハハ!見ものだ!儂を楽しませてみろ、七直!」
直毘人はそう言うと、残りの酒を一気に飲み干し、立ち上がった。
「今日はもう良い。七直、お前の部屋に戻り、直哉との勝負に向けて精進しろ。京子のことは、術式発現の功で、引き続き手厚く看病させておる。心配するな。」
「はい、承知いたしました」
七直は静かに一礼し、広間を後にした。彼女の背中には、愛する母と、見下された全ての無力な者たちのための、静かな決意が炎のように宿っていた。
こうして禪院七直は直哉のお姉ちゃんになったのである。
◆
「ふふふ…笑いが止まらんわ」
直毘人は一人酒を飲みつつ、呟いた。
広間に残された直毘人は、残りの酒を呷り、盃を畳の上に置いた。
(五条の小僧の『無下限』に対抗できるかもしれん『五行想術』か…。)
直毘人は、七直の術式を改めて頭の中で査定していた。
あの術式は、絶対的な力である五条の六眼と無下限に対し、理論上ならあらゆる術式に対して有利な相性を押し付けられる相対的な強さを持っている。
また、女の身でありながら家の内政に口を出すための要求をしてくるなど、立場と力の使い方を理解してるあたり、図々しくも聡い。
禪院家での異端な動機こそが、七直の強さに対する原動力になるだろう。
(そして、末弟の直哉…)
部屋から出て行った息子の様子を思い出す。
七直に向けた傲慢で軽薄な笑みは、直哉が禪院の男として、当主の息子として育った証だった。
呪力や呪霊を認識できることから、術師の可能性は十分ある。なんなら、直毘人は直哉の術式が発現する前に、勝負をさせようと考えていた。
それは、七直の五行想術がどれほど応用力があるのかを測る為と、直哉の術式に対する慢心を抱かせぬため。
「競い合え、ひよっこ共。どちらが勝っても禪院は安泰よ」
直毘人は、この勝負は家にとって利益しかないことを分かっていた。
七直が勝てば五条家への切り札を得ることができる。
直哉が勝てば術式なしでも相伝に勝る才能を証明することができ、七直をより道具として禪院に従事させることになる。
この二人の子の才能は直毘人の当主の座を揺るがないものにした。
「最近は退屈しておったが、久々に楽しめそうだ。」
久々に最高の「見世物」にして余興が誕生した。
直毘人は目を閉じ、来るべき姉弟の対決に思いを馳せながら、深く息を吐き出した。
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