七直が直哉から投射を譲ってもらってから、しばらく経った。
あの襲撃と同じ冬の時期、七直達の旅行の裏、 禪院家の末端では一つの報せが冷たく響く。
当主直毘人の弟である扇の妻が、子をなしたという。
だが、届けられたのは祝いの言葉ではなく、忌むべき沈黙だった。
「双子……。しかも、どっちも女か。扇の奴も、随分と期待外れな種を蒔いたものだ」
その言葉通り、禪院家において双子は「凶兆」とされる。
ましてや呪力に乏しい女児など、この家では人間以下の扱いを受ける。
案の定、扇は自身の落胆を隠そうともせず、生まれたばかりの子とその母親を冷遇し、屋敷の片隅へと追いやった。
「可愛いじゃない。妹がいたらいいなって思ってたの。お母様、今度会いに行きましょうよ。きっと賑やかになるわ」
七直は、周囲の蔑視などどこ吹く風で、新しい命を無邪気に歓迎した。
一方で直哉は、七直と京子以外の女性には、まだ禪院家特有の選別意識を色濃く残していた。
「……双子? また面倒事かかえおって。お母はんでも手一杯なんに、他の奴の面倒みる暇あるんか」
鼻を鳴らす直哉だったが、七直が双子とその母を保護する形で自身の後ろ盾に置くと宣言した時、その表情は一変した。
「お父様、扇叔父様の振る舞いは一族の品位を欠きます」
七直は直毘人に直接異議を申し立てた。
扇の母子の扱いに対する異議だ。
直毘人は、好きにしろと鼻で笑ったが、これが事実上の後ろ盾となった。
七直は土御門相伝の秘儀・泰山府君祭の開示を経て、家内での発言力を急速に強めていた。
彼女が私の客分として扱うと言えば、扇でさえ表立っては手出しができない。
こうして、双子の母と京子はママ友として交流を深め、幼い真希と真衣は、七直の部屋を遊び場として育つことになった。
七直は双子の母を保護し、京子と交流させることで彼女の居場所を作った。
数年後、幼い真希と真衣は、事あるごとに「七直お姉様!」と彼女の部屋へ遊びに来るようになる。
「……またあのガキ共か。姉貴、修行の邪魔やろ。どっか行かせ」
部屋の隅で不機嫌そうに腕を組む直哉。
彼にとって、七直の時間は自分だけの特等席であるべきだった。
自分を構成する速さを預けた相手。尊敬、けれど超えられない壁。
その姉が、呪力も持たないなり損ないの双子を慈しむ姿は、直哉の心に澱のような嫉妬を溜め込ませていった。
◆
時は流れ、七直は十五歳、直哉は十四歳。
二人の体格差は逆転していた。
直哉は父に似て体躯ががっしりと逞しくなり、身長も七直を追い越している。
だが、実力差は埋まるどころか、七直という深淵はさらに深く、鋭くなっていた。
炳の訓練場。
並み居る一級術師たちが息を呑む中、七直の演武が始まる。
一瞬、わずか0.5秒、12フレームの加速。
七直の三半規管問題は結果的にいえばどうにもならなかった。
数回の高速移動は耐えられるようになったが、直哉や直毘人のような加速の重ね掛けは無理だったのだ。
代わりに彼女は、五行想術の強みを伸ばした。
七直は自身の三半規管が耐えうる限界の速度で、属性式神をノータイムで切り替える。
かつての属性切り替えの隙は、インストールされた投射呪法によって抹消されていた。
「術式拡張・爆華!」
「…っち!」
呪力の起こりから、発射までを投射呪法で短縮する。
これならその場を動かないので、三半規管の負担も少ない。
だが、直哉から見たら属性を持った呪力弾が突然、放たれたかのようだった。
投射呪法を発動し、避ける。
だかその速さは同じ術式を持つ七直に筒抜けだった。
(姉貴が認知出来んほど速ぉ動かなあかんのに!)
七直の投射呪法は0.5秒12フレームしか発動できないが、七直は持ち前の呪力量でごり押し無理やり直哉の投射呪法に対応していた。
「密礫!」
瞬く間に、式神を切り替え土の呪力を纏った硬質の弾が飛んでくる。
ちょうど直哉の加速を狙った位置に飛ばす。
「くそが!」
「鉄刃!」
さらに式神を切り替え直哉を翻弄する。
薄く刀の様に引き延ばされた、金の呪力が直哉の髪をかすめる。
はらり、と落ちた髪の向こう、訓練場の壁にはざっくりと一閃の切り傷が刻まれていた。
「殺す気か!」
「大丈夫よ、後で反転術式で治してあげるから」
「こんの、くそ…!」
二人のやりとりを見ていた炳の術師たちはそれぞれぼやいた。
「……化け物かよ、あのアマ」
「術式反転まで隠し持ってるときた」
「数年後がこわいねぇ」
格上の術師たちの愚痴を余所に、直哉は一人、拳を握りしめていた。
直哉の投射呪法は、重ね掛けによる全速では七直を凌駕する。
だが、七直はその速さを潰す術に長けすぎていた。
加速と加速の継ぎ目を狙い、的確に投射呪法の重ね掛けを封じていたのだ。
直哉が加速しようと軌道を描いた瞬間、七直はその進路上に属性性質を付与した呪力を置き去りにする。
「置沼」
足元に水の呪力を敷く。
それを踏まないよう移動するが、とたんに七直が肉薄する。
投射呪法同士の格闘はもはや目で追えるものではない。
かつての暴君によって仕込まれてた、体術が二人を高みへと至らせている。
直哉は体格と力にものを言わせるような荒々しい攻撃。
七直は攻撃をいなし、己の拳や足に属性を纏わせる攻撃。
嵐のような攻防は、ついに決着を迎える。
「あんたにも、五行想術使わせてあげる」
「は、何言って…?」
七直は金の呪力を足に纏い蹴りを入れる。
金の呪力は、重さ、そして鋭利さを持つこと知っていた直哉はとっさに自身の呪力を纏い衝撃にガードした。
「んな!」
受けた瞬間、直哉の纏っていた呪力が重くなり直哉は片膝をついた。
何だ、と直哉は自身に身に何が起こったのか理解できなかった。
(俺にも五行を…まさか!)
はっと気づくころには七直は拳を構えていた。
火の式神を携えて。
「気づいた?投射呪法の応用で相手に私の呪力性質を付与できるの。重いでしょ、その呪力」
七直はこの応用で直哉に金の呪力性質を付与していた。
足掻こうにも、体が、呪力が重くて動けなかった。
それは大きな隙に繋がる。
「今回は長く保ったわね」
七直は火の呪力を纏った拳で、金の呪力を纏った直哉を殴った。
火は金を溶かす。
五行思想の円環になぞらえた、普遍的関係。
つまり、効果は抜群だ。
吹き飛ばされ、地面に転がった直哉が、土を噛む。
「……クソっ!! またか!!」
今日も負けだ。
通算成績は七直の圧倒的な勝ち越し。
自分を構成する最高傑作の速さを貸しているのに、その劣化版を使っているはずの姉に、工夫と発想だけで完封される。
汗を袖で拭きつつも、直哉の下へ行き、手を差し伸べる。
「直哉、大丈夫? 少し強引に攻めすぎたかしら」
差し出された七直の手。
その細く、美しい手が、自分を救った手であり、自分を屈服させる手であることを、直哉は愛憎混じりに見つめる。
「……別に大丈夫や。……あー、イライラするわ……!」
立ち上がった直哉の視線の先に、訓練場を覗き見していた幼い真希と真衣の姿があった。 二人は七直の勝利に瞳を輝かせ、手を振っている。
(あいつら……出来損ないの分際で、何笑うてんねん)
(姉貴は俺のもんや。俺の速さを一番理解しとるんは姉貴や。なのに、なんで……)
姉への届かない焦燥。
自分の速さを貸しているという歪な優越感。
そして、その姉の関心を奪っていく双子への憎悪。 黒く濁った感情が、直哉の中で澱み渦いていた。
真希真衣のお母さんの名前なんていうんやろね。
あと、投稿時間ずれてすみません。間に合いませんでした。
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