謝罪から数週間。
七直の部屋は、以前にも増して賑やかになっていた。
直哉は相変わらず不機嫌そうな顔で部屋の隅に座り、術理の本を広げているが、その視線は時折、七直の膝の上で絵本を広げる真希と真依の方を向いていた。
「あ、直哉様! 見て、これ七直お姉様が描いてくれたの!」
真依がニコニコしながら、拙い花の絵を見せに来る。
直哉は鼻を鳴らし、視線を本に戻した。
「……ふん。下手くそやな、姉貴。これじゃ花やなくて雑草や」
「なんですって。これでも一生懸命描いたのよ」
笑い合う七直と真依。
その光景は微笑ましいが、直哉の心には、針でつついたような小さな疎外感が芽生えていた。
(……お姉様、か)
双子は七直をお姉様と慕い、自分を直哉様と呼ぶ。
当たり前だ。これまでは「様」を付けさせて当然だと思っていたし、そう教育されてきた。だが、自分と双子の間に引かれたその明確な一線が、今の直哉には妙に冷たく感じられた。
「……なぁ」
直哉の呼びかけに、真希が顔を上げる。
「何よ、直哉様」
「ここでは……様、はやめろ。反吐が出るわ。……好きに呼んだらええ」
本を顔の前に掲げ、表情を隠しながらぶっきらぼうに告げる。
双子は一瞬きょとんとして顔を見合わせたが、すぐにパッと表情を輝かせた。
「ほんと!? じゃあ……直哉お兄様!」
真依が嬉しそうに飛び跳ねる。
「お、お兄様……」
慣れない響きに、直哉の耳がみるみる赤くなる。
そこへ追い打ちをかけるように、真希がニカッと笑った。
「じゃあ、私は直哉でいいわね!」
「……っ!! せめて、さん、は付けろや、このガキ!!」
「えー、いいじゃん。直哉って呼びやすいし!」
「呼びやすさの問題ちゃうわ! 敬え! 兄を敬え言うとんねん!あとそれ絶対外で言うなや!」
騒ぎ出す直哉と、面白がって「直哉!」「直哉!」と連呼する真希。
その喧騒を、七直は幸せそうに眺めていた。
しばらくして、真希たちがおやつを取りに部屋を出ていくと、七直がクスクスと肩を揺らした。
「……何笑うてんねん、姉貴」
七直は、かつて9年前の試合の後の事を思い出していた。
試合に勝ったから私を敬うこと。
そして直哉に、お姉ちゃんと呼ばせようとした時のことを思い出し、悪戯っぽく微笑んだ。
「……ねぇ、直哉。あの試合に後、私がお姉ちゃんって呼びなさいって言った時の気持ち、少しは分かった?」
「…………っ」
直哉は絶句し、勢いよく顔を伏せた。
あの時、七直が求めたのは支配ではなく、ただの家族としての繋がりだったのだ。
試合の前から、初めて会った時から、姉は血の繋がった弟として歩み寄ろうと努力していた。
今の自分に、真依のさん付けや真希の不遜な呼び捨てがどこか誇らしく感じてしまうのは、自分もまた、その温もりに居場所を見つけたからだと気づかされる。
「……うるさいわ、姉貴。……茶、早う出して」
「はいはい。直哉さん」
「……っ、姉貴まで揶揄うな!!」
「ふふ、賑やかになったわね、七直」
母、京子の優しい眼差しが皆を包むように、眩しそうに見つめている。
十四歳の少年と、四歳の双子。
禪院家という冷徹な家系の中で、そこだけが陽だまりのように温かい。
この確かな信頼関係こそが、直哉という歪な天才を、本当の意味で人間へと変えつつあった。
感想でもあったけど真希の言葉使い何とかせんといかんよなぁ。
あと、短めです。
質問コーナー
Q.これで直哉って変わったの?本当に?
A.はい、ほぼ変わりました(作者基準)。引き換えに重度のシスコンになりました(白目)。きっと、そういう縛りなんでしょう。たぶん。口の悪さとツンデレ照れ隠しは変わりません。
直哉の価値観を変えるためにはいくつかの段階を踏む必要がありました。
1、自分より強い存在が女という事実。
2、その自分より強い女に認められること。
3、価値が無いと思っていた女に助けられること。
4、自分の持っている価値観がいかに醜いかを気づかせること。
この段階を経て、直哉はやっと変われます。正直、七直だけでは直哉は変えられませんでした。1、2、4、は七直が教えられても3は七直が強いため直哉には響きません。何の力もない弱い存在である女、この場合は京子になりますが、彼女が身を挺して直哉を守った事実がより大きく彼の中で響くわけです。これは一個でも欠けたら成り立たないルートでした。
因みに、京子がおらず七直だけだったら、直哉は表面だけ取り繕って、中身はドブカスのままでした。原作より質が悪いかもしれない。
そして話が進めば、禪院家は七直派と直哉派に分裂して大変なことになってました。
いやぁそうならなくてよかった。
後、告知です。
お正月、忙しいので一週間ほどお休みします。すみません。
12月毎日投稿してたから許して。これまで応援ありがとうございました。
それでは皆様よいお年を。来年も引き続き頑張っていこうと思います。