ある日、炳の術師と訓練していた直哉と七直だったが、今日は直毘人もいるようだった。
片手には酒の入った瓢箪を持っている。
「お父様?」
「なんや、父ちゃんも訓練か?」
彼は値踏みをするような目で、二人を見る。
「いつも同じ相手じゃつまらんだろう。どれ、儂が相手してやる」
直毘人はもう六十歳手前のはずだが、その覇気は衰えを知らない。
むしろ、以前よりもさらに威厳が増したようにも見えた。
「どっちからやる?直哉?」
「俺はどっちでもええで」
互いに出方を伺う二人だったが、直毘人は酒を煽りつつ獰猛な笑みを浮かべる。
「二回やるのは面倒だ。七直、直哉。二人まとめて掛かってこい」
「お酒入ってる状態で?」
「おうとも、お前たちには丁度いいハンデだ。ついでに片手だけしか使わんからな」
瓢箪を持っていない手を見せつけ、二人を挑発してみせる直毘人。
「言うたな父ちゃん。手加減しすぎて負けてたらダサいで」
「因みに、私たちが勝ったら何か貰えるんですか?目標があった方がやる気は出ると思いますが」
七直、直哉はやる気に満ち溢れていた。
今の自分たちが、禪院で最も強い男に何処まで通用するのかを。
「その心意気や良し。そうだな、最初に一撃入れた奴は、準一級術師相当の推薦を出してやろう」
準一級術師。
一級より半歩下だが、二級に比べれば頭一つ抜けた位だ。
七直と直哉は十分その実力に達しており、一級にも片脚踏み込んでいる。
持っていないのは、単に機会に恵まれなかっただけであった。
「お父様、それは…」
「無論、一人だけだ」
「……準一級推薦、たった一人、お父様も意地が悪いわね」
七直が静かに構えを解く。
その瞳には、かつてないほど鋭い術師の光が宿っていた。
隣に立つ直哉も、口角を吊り上げ、既に足元に呪力を集中させている。
「……上等や。姉貴、悪いけどこればっかりは譲れへんで。俺が先に、親父の鼻を明かしたるわ!」
直毘人は酒を一口飲み込み、瓢箪を腰に下げた。
「ほれ、来い。先手は譲ってやる」
その瞬間、空間が爆発した。
「投射呪法――」
直哉が消えた。
禪院家でも随一の速さへの適格性。
一秒を二十四フレームに分割し、あらかじめ脳内に描いた軌道をなぞる。
だが、直毘人は動かない。
直哉の拳が直毘人の喉元を穿とうとした刹那、直毘人は首を僅かに傾けるだけで回避した。
「遅い。自分の速度に踊らされているぞ、直哉」
「――っ!? まだや!!」
直哉が二重、三重に加速を重ねる。
しかし、直毘人の動きは最小限でありながら、常に直哉の一歩先を読んでいた。
歴史の浅い術式を実践レベルまで練り上げ、その力で当主となった傑物だ。
同じ術式でもその練度は天と地ほどの差がある。
「直哉、避けて!」
背後から七直の声がし、直哉が弾かれたように横へ跳ぶ。
その軌道を掠めるように、七直の放った火の弾が直毘人を襲う。
「爆華!」
「ほう、術式の並列起動か。が、遅い!」
直毘人は一瞬でかわし、爆華は爆ぜる。
が、それはただの目眩ましに過ぎない。
「今や!!」
空中で体を反転させ、直哉が最速の蹴りを放つ。
だが、直毘人は笑っていた。
「甘いわ!!」
直毘人は目くらまし状態から、信じられないほど正確に自身のフレームを上書きし、直哉の蹴りを空いた左腕でガッシリと受け止めた。
そのまま直哉の足を掴み、七直の方へと放り投げる。
「うわっ……!?」
「直哉!」
七直は土の呪力で肉体を強化し、飛んできた直哉を受け止める。
二人は砂煙を上げて地面を滑るが、すぐに立ち上がった。
「……あかん、親父のフレーム、読み切れへん。速すぎる……!」
直哉が悔しそうに歯噛みする。
直毘人は、瓢箪の酒を再び煽った。
「どうしたどうした。推薦が泣いているぞ。一撃入れねば、準一級など夢のまた夢だぞ?」
七直は、隣の直哉の呼吸を感じる。
競争心を煽られたが、今の自分たちが一人で挑んでも、この怪物を超えることはできない。
「……直哉。協力するわよ。合わせられる?」
「っち、しゃあないな、遅れんといてや!姉貴!」
二人が同時に消えた。
直毘人は、酒を一口飲み込み、迫りくる二人の気配を一秒のフレームで捉える。
(左から七直、正面から直哉…。一秒後、二人の交点は儂の眼前。そこで迎撃すれば終わりだ)
直毘人が迎撃の拳を構えた瞬間。
「……ッ!? 何だと」
直毘人の網膜が、一秒間の予測を裏切られた。
直哉が、直毘人の拳が届く手前――わずか〇.五秒の地点で、物理法則を無視した急停止と直角移動を見せたのだ。
(意外と難いねん、コレ!)
直哉は七直に合わせて、〇.五秒十二フレームの投射呪法を行った。
欠点は一秒で動ける距離と加速が少ないこと。
利点は一秒ごとに決め打ちで動く直毘人に一手多く動けること。
直哉は己の術式を解釈、理解し一秒をさらに細切れにして対応してみせた。
男二人がぶつかってる隙に、七直は式神を切り替え、水球を投げる。
その後、速攻で爆華を水球にぶつけるとこで即席の霧を作り、直毘人の視界を遮る。
本来なら、直毘人はその霧ごと二人をなぎ払う。
だが、直哉が0.5秒刻みで次の12フレームを即座に上書きし、霧の死角から直毘人の死角へと回り込み続ける。
「親父、こっちや!!」
「ほう、一秒を待たずにフレームを組み直したか!」
直毘人は初めて酒を飲むのを止め、本気で反応速度を上げた。
「させないわ!」
だが、そこには七直の土の壁が急造され、直毘人の回避ルートを物理的に塞いでいる。
(ここ……!)
七直は確信する。
自分が行けば、直毘人は相打ち覚悟でこちらを沈めるだろう。
だが、直哉なら届くはず。
七直は直毘人の周りとは別の土台を足もとに造っていた。
それを足場として直哉に差し出す。
「跳んで、直哉!!」
直哉が土台を力いっぱい踏みつける。
硬い土台は直哉の加速を殺さずに跳ね返した。
〇.五秒刻みの小回りと、七直のサポート。
直毘人の一秒間の処理能力が、予測不可能な姉弟の連携によってわずかに飽和する。
霧の中から、直毘人の予測よりも一瞬早く直哉の拳が飛び出した。
――パァンッ!!
直毘人の頬を、直哉の拳が確かに捉えた。
瓢箪を持たない左腕が防ごうとしたが、直哉の〇.五秒の細かな軌道修正が、そのガードの隙間をすり抜けたのだ。
「…………ッしゃぁあ!!」
直哉が着地し、拳を突き上げる。
直毘人は、打たれた頬を指で拭い、呆然とした後に、腹の底から笑い声を上げた。
「ガハハハハ!! まさか一秒の術式を細切れにしてくるとはな! 術式の解釈、連携、そして一撃を弟に譲った七直の冷静さ……。見事だ、お前たち!」
直毘人は満足げに瓢箪を腰に戻すと、二人を交互に見た。
「推薦は一人と言ったが……これほどのものを見せられてはな。……直哉、お前に一撃の功を。七直、お前にその場を作った軍師としての功を。二人まとめて準一級への推薦を出してやろう」
「……やった……! やったで、姉貴!!」
直哉が、子供のように無邪気に七直の肩を叩く。
七直も、額の汗を拭いながら優しく微笑んだ。
「ええ。私たちの勝ちね、直哉」
気づけば、夕暮れ時になっていた訓練場。
最速の男からぎりぎりで勝ち取ったその称号は、二人が自立した術師として歩み始めるための、最初の一歩となった。
「……ったく、お父様も意地が悪いわ。推薦二人分、最初からそのつもりだったんじゃない?」
七直が呼吸を整えながら、少し呆れたように言うと、直毘人は、さぁな、と惚けて瓢箪の酒を再び煽った。
「推薦状は後日、書かせておこう。……直哉、お前はその小刻みな動き、実戦で使えるよう磨いておけ。七直がいなければ、ただのチョコマカした動きで終わるからな」
「……分かっとるわ。次やる時は、一人でも鼻明かしたるからな」
直哉は乱暴に髪を掻き上げつつも、その顔には隠しきれない歓喜が滲んでいた。
七直は、そんな弟の肩を軽く叩き、訓練場を後にしようとした。
その時だった。
訓練場の入り口の影に、二人の少女が隠れるように立っていた。
まだ幼い、真希と真依だ。
「……すごかった」
真希が、憧憬と、そして自分にはまだ遠い世界への悔しさが混ざったような瞳で、七直たちを見つめている。
一方、真依は直哉のあまりの速さと直毘人の覇気に怯え、真希の袖をぎゅっと掴んでいた。
七直は二人に気づき、足を止める。
「真希、真依。見ていたの?」
「……うん。お姉様たち、カッコよかった」
真希の言葉に、直哉がふんぞり返って鼻で笑う。
「当たり前や。俺と姉貴は、この家で一番強うなるんやからな。……お前らも、いつまでもモタモタしとったら置いていくで」
「……言われなくても、すぐに追いついてやるわよ!」
強がる真希と、それを見て困ったように笑う真依。
そして、その光景を遠くから冷めた目で見つめる、影があった。
扇だ。
「……準一級の推薦だと? 出来損ないの娘と、当主の座に浮かれる息子が……」
彼の握りしめた刀の柄が、ミシリと音を立てる。
自分の居場所が、自分の価値が、若い世代によって塗り替えられていく恐怖。
それが、歪んだ毒へと変わっていく。
明けましておめでとうございます(もう三日やぞ…)
少しづつ書いてたら、仕上がったので上げておきます。
質問コーナー
Q.七直のイメージソングって言うか、テーマってあるの?
A.いいえ、全くそこらへんは考えてませんでした。なので、皆が思う七直の曲を奏でてあげて下さい。強いて言えば「SPECIALZ」くらい。作者にとって特別なので…。でもなんか違う感じもする…。
誤字脱字報告ありがとうございます!おかげでこの作品が一歩より良いものになりました!
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