直哉のお姉ちゃんになっちゃった…。   作:ザボン漬け

34 / 79
凶行

「準一級昇格おめでとう、七直。直哉さんも、すごいじゃない」

 

京子は心底幸せそうに目を細めた。

手元にあるのは、当主からも認められた娘と、その娘が認めていると語った直哉の躍進を知らせる書状。

祈るように見守ってきた日々が報われ、京子にとっては自分のこと以上に誇らしい出来事だった。

 

「お母様がそんなに喜んでくれるなら、頑張った甲斐があったわ。……さあ、直哉も来るまでにお茶の準備をしましょう」

 

七直が微笑み返したその時、庭先からトタトタと小さな足音が近づいてきた。

現れたのは、まだ幼い双子の姉妹、真希と真依だった。

二人は緊張した面持ちで、一つの重厚な木箱を抱えている。

 

「あら、真希ちゃん、真依ちゃん。いらっしゃい」

 

「あ、あの……お父様が、これを七直様に持っていけって……」

 

真希が木箱を差し出し、真依がその陰に隠れるように言葉を添える。

 

「なんか、お詫びだって言ってた。難しいことはわかんないけど」

 

七直は木箱を受け取り、贈り主の名を確認して眉をひそめた。――禪院扇。

添えられた文には、これまでの不和を水に流し、二人の躍進を祝うという慇懃無礼な言葉が並んでいた。

 

「……扇叔父様が、和解?」

 

七直の直感に警鐘が鳴る。

あの男がこれほど殊勝な態度に出るとは思えない。

しかし、京子は真希と真依の頭を優しく撫でながら、柔らかな笑みを浮かべた。

 

「いいじゃない、七直。歩み寄ってくださるのなら、それを受け入れるのも一族の務めよ。真希ちゃんたちも、一緒にいただきましょうね」

 

京子は木箱を開け、色鮮やかな生菓子を取り出した。

七直が五行想術による呪力の違和感に気づいたのは、まさにその刹那だった。

菓子に練り込まれた、生命を拒絶するような歪んだ澱み。

 

「待って、お母様! それ――」

 

「あら、あなたが先に食べたかったの? はい、あーん……」

 

京子は茶目っ気たっぷりに菓子を七直の口へ運ぼうとする。

しかし、七直の顔が恐怖に強張ったのを見た瞬間、京子の母としての本能が跳ねた。

(この子は、何かを怖がっている)

 

毒かもしれない。

そう直感した京子は、娘を、そして客として座っている幼い双子を守るため、七直が止めるよりも早く自らその菓子を口に含んだ。

 

「――お母様!!」

 

「……、……っ、あ、あぁ……!!」

 

京子の顔から、一瞬で血の気が失せた。

ガタガタと全身が震え出し、口端から黒い血が溢れ出す。

非術師である京子の肉体にとって、術師が仕込んだ致死性の毒は、あまりにも残酷な暴力だった。

 

「いやあああっ!」

 

「お、お母さん!?」

 

目の前で起きた惨劇に、真希と真依が悲鳴を上げる。

そこへ、「遅れて悪かったな」と直哉が部屋に入ってきた。

しかし、彼の目に飛び込んできたのは、血を吐いて崩れ落ちる京子の姿だった。

 

「お母はん!! 何や、これ……一体何があったんや!!」

 

「毒よ……扇叔父様が、真希ちゃんたちに持たせた菓子に……っ!」

 

「な……っ!?」

 

直哉は絶句した。

自分を愛してくれた、母のようにあの温かい手が、今は氷のように冷たくなっていく。

自分を庇って怪我をした時のように、またこの人は誰かのために傷ついたのか。

 

「あ、あ、あたしたち……あたしたち、お父様に言われて……っ!」

 

泣きじゃくる真依を、真希は必死に支えるも、姉妹じゃ現状の惨劇に身を竦ませ、動けずにいた。

直哉は震える腕でただ京子の体を抱きかかえた。

 

「お母はん! 目ぇ開けてえな! お母はん!!」

 

「直哉、お母様を離さないで。……昼、全開!!」

 

七直はなりふり構わず式神・昼を顕現させ、反転術式を叩き込む。

毒を反転術式で治すのは高度な技術が必要だ。

その毒性物質の特定と除去の過程が必要であり、より緻密な呪力操作が求められる。

だが、今の七直にはそこまでの力量はないため、破壊された細胞組織を片っ端から治していくという荒技しかできず、毒が完全に消え去るまで続けるしかなかった。

体内で、破壊と再生が繰り返される中で、着々と京子の命の灯火を奪おうとする。

七直の白い小袖は京子の血で赤黒く汚れ、その瞳からは温和さが完全に消え失せた。

 

「……直哉。お母様をお願い。……私は、当主のところへ行く」

 

七直の纏う呪力が、極低温の殺意を帯びて膨れ上がる。

直哉は、腕の中で冷えていく京子の温もりを感じながら、自分たちが信じ、守ろうとした禪院家という場所の底知れない醜悪さに、初めて本気で嘔吐感を覚えた。

 

「……絶対、許さへん……。扇……あのクソジジイ……ッ!!」

 

直哉の絞り出すような声が、京子の血に濡れた部屋に、呪いのように響き渡った。

 

 

京子を医務室へ運び込み、予断を許さない状況の中、七直は当主の部屋に向かっていた。

その瞳からは涙が消え、代わりに見たこともないほど昏い、静かな殺意が宿っている。

襖を乱暴に開け放ち、当主の前に跪いた七直の声は、怒りで低く震えていた。

 

「お父様」

 

「……七直か。京子のことは聞いた。不運であったな」

 

「不運? 違います。これは不可侵の反故です」

 

七直は顔を上げ、直毘人を真っ直ぐに見据えた。

 

「かつて、お父様は私と約束しました。私の力を一族に示す代わりに、母の安寧を保障

すると。今、それが禪院の身内によって踏みにじられた。これは当主権限における重大な反逆であり、一族の法を破る暴挙です」

 

直毘人は酒を置いた。

 

娘の放つ、一歩も引かない気迫。

 

「……犯人の心当たりはあるのか」

 

「扇叔父様です。証拠の菓子も、筆跡も残っています。お父様……今この場でお答えください。犯人の捜索、そして一族の法に則った粛清を。さもなくば、私は今この瞬間をもって、禪院への協力を一切断絶し、禪院扇を抹殺します」

 

「……よかろう。調べさせよう」

 

直毘人が頷いた直後、部屋の外から悲鳴のような咆哮が上がった。

廊下で立ち尽くしていた直哉だった。

 

「扇……あのクソジジイ……ッ!!」

 

直哉は壁を殴りつけた。

自分を救い、お兄様と呼んでくれる双子を与え、ようやく見つけた温かい家。

それを壊したのは、他でもない、自分が誇りだと思っていた禪院の身内だった。

 

「何が禪院や……何が名門や!! 弱い者を毒で殺そうとする奴が、身内に、叔父におるなんて……!!」

 

直哉の中で、これまで信じてきた禪院の正義が音を立てて崩壊していく。

慕っていた人を害し、敬愛する姉を絶望させたのは、呪霊でも呪詛師でもない。

腐り果てた、自分と同じ血を引く親族だった。

調査の結果、扇の関与が明白となり、禪院家は前代未聞の阿鼻叫喚に包まれることになる。 だが、直哉の瞳に宿ったこの家への不信は、もう二度と消えることはなかった。

 

 

直毘人の命により、即座に招集がかけられた。

当主の広間に呼び出された扇は、いつものように傲岸不遜な態度で現れた。

その手には愛刀が握られ、自分を疑う者たちを威圧するように冷たい視線を投げかけている。

 

「……何の真似だ、直毘人。準一級に上がったばかりの小娘が、私を呼びつけるなど」

 

「扇、しらばっくれるな。菓子に毒を仕込んだのはお前か」

 

直毘人の問いに、扇は鼻で笑った。

 

「馬鹿馬鹿しい。誰がそのような、まどろっこしい真似をする。証拠でもあるのか」

 

「――ありますよ、扇叔父様」

 

七直が、血で汚れたままの姿で一歩前へ出た。

その手には、菓子が入っていた木箱と、同封されていた文が握られている。

 

「この文の筆跡、そしてこの木箱に施された封の呪力。当主家付きの呪物鑑定師に照合させました。あなたの残滓が、微かですが、しかし確実に出ています。何より……真希と真依にこれを持たせた。あの子たちが、父親であるあなたに言われたと証言しています」

 

扇の眉がピクリと跳ねた。

だが、まだ余裕を崩さない。

 

「フン、出来損ないの娘たちの世迷言を信じるのか。筆跡などいくらでも模倣できる。私は知らんと言っているのだ」

 

「……まだ、そう言うんか」

 

低い、地這うような声が響いた。

直哉だった。

彼は震える拳を握りしめ、叔父を射抜くように睨みつける。

 

「あんた……さっきから京子さんの容態、一度も聞いてへんな。自分の贈った菓子で、人が死にかけてるっていうのに」

 

「直哉、お前までその女に毒されたか。あんな非術師の――」

 

「黙れッ!!」

 

直哉の怒声が広間に木霊した。

 

「あんたはいつもそうや。禪院の誇りやの理やの言うて、自分より弱い者を踏みにじることしか考えてへん! あの時の襲撃も……冬の温泉に向かっていた時も、そうやったんか!?えぇ!?」

 

直哉がふと漏らしたその疑念に、扇の瞳が一瞬だけ揺れた。

それを見逃す七直ではない。七直は五行想術を微かに発動させ、威圧を強める。

 

「そういえば……冬の襲撃の際、護衛をすり抜けてきた呪詛師が持っていた武器。あれは、あなたがかつて収集していた業物の一振りによく似ていました。あの時はお父様が撃退しましたが、今考えれば、ルートを誘導した内通者がいなければ不可能な襲撃でしたね」

 

「……それがどうした。証拠にもならん」

 

「いいえ、扇叔父様。ボロが出ましたよ」

 

七直は冷ややかに微笑んだ。

 

「私は今、あなたが収集していた武器、と言いましたが、あの呪詛師の得物は、父上がその場で粉砕したはずです。鑑定のしようがないはずなのに……なぜ今、あなたは否定せずに証拠にならんと、その武器の存在を知っている前提で答えたのですか?」

 

「……ッ!?」

 

扇の顔色が、みるみるうちに土色へと変わっていく。

図星だった。

あの襲撃もまた、七直という異分子と、その母を排除するために扇が呪詛師と手を組んで仕組んだものだったのだ。

 

「……ああ、やっぱりそうやったんや」

 

直哉が、乾いた笑いを漏らす。

 

「叔父貴。あんたは禪院の誇りを口にする資格なんてない。やってることは、ただの卑怯な呪詛師と同じや」

 

直毘人の視線が、絶対的な零度へと変わった。

 

「……扇。身内への毒殺未遂に加え、呪詛師との内通。これはもはや、個人の不和では済まされん。当主権限において、貴様の地位を剥奪し、独房への収監を命ずる。……異論はあるか」

 

 

「待て、直毘人! 私は、私はこの家のために――!」

 

扇が刀に手をかけようとした瞬間。

直哉の投射呪法と七直の五行想術が同時に爆発した。

コンマ数秒の間に間合いを詰めた直哉が扇の手首を極め、七直が金の呪力でその体を縫い止める。

 

「……動くな、クソジジイ。これ以上醜態を晒すなら、俺がここで殺したる」

 

直哉の瞳には、かつての傲慢な子供の面影はなかった。

そこにあるのは、腐った身内を、そしてそんな自分自身の血を嫌悪する、冷徹な執行者の目だった。

扇は力なく刀を取り落とし、そのまま取り押さえられた。

禪院家を揺るがす大事件の決着。

だが、直哉の心に空いた穴は、扇が連行されても埋まることはなかった。

 

「……姉貴」

 

直哉が、ぽつりと呟く。

 

「……お母はん、助かるんやろ? 助からなあかん。こんな、こんな汚い奴らに負けてたまるか……ッ」

 

直哉の頬を、一筋の涙が伝った。

禪院家の男としてではなく、一人の人間として、彼は初めて大切な人を失う恐怖と怒りを分かち合っていた。

 

 

白い布に覆われた医療機器の規則的な音だけが、静かな病室に響いている。

ベッドに横たわる京子の顔は、死んだように白い。

七直の反転術式で一命は取り留めたものの、呪力を帯びた猛毒は非術師の神経を深く蝕み、彼女を深い眠りの中に閉じ込めていた。

そのベッドの端を、二人の小さな手が白くなるほど握りしめていた。

 

「……ごめんなさい。ごめんなさい、京子さま……」

 

真依は声を押し殺して泣き続けている。

その隣で、真希は幽霊のように生気のない顔で、ただ自分の震える手を見つめていた。

自分たちが父に言われるがまま運んだあの箱が、大好きだった人を壊してしまった。

その罪悪感は、幼い二人にとって耐え難い毒となって、その心を焼き焦がしている。

 

「真希、真依」

 

後ろから声をかけたのは、直哉だった。

二人はびくりと肩を震わせ、絶望的な表情で振り返る。

これまでの直哉なら、間違いなく何してくれとんねん出来損ないが、と怒鳴り散らしていただろう。

二人はその罵倒を覚悟し、身を竦めた。

だが、直哉の口から出たのは、絞り出すような、ひどく掠れた声だった。

 

「……怖かったな。……すまんかった」

 

直哉は二人の前にゆっくりと膝をつき、視線を合わせる。

その瞳は赤く充血し、怒りよりも深い悲しみが沈んでいた。

 

「あ、あたしたち……あたしたちが、お父様に言われて……っ!」

 

「大丈夫や、わかってる。わかってるんや、真希」

 

言葉を詰まらせる真希の肩を、直哉は震える手で強く抱き寄せた。

真依も一緒に、その細い腕の中に閉じ込める。

 

「悪いのは全部、あのクソジジイや。……あんな奴を親戚やと思って、野放しにしてた俺らが悪いんや。お前らは何一つ、悪うない」

 

「でも、京子さまが……っ、あたしたちのせいで……!」

 

真依が直哉の胸に顔を埋めて泣きじゃくる。

直哉はその背中を、ゆっくりと、一定のリズムで叩き続けた。

 

「京子はんは…お母はんは、お前らを責めるような人やない。……あの人は、お前らが泣いてるのが一番辛いはずや。だから、そんな顔せんといてくれ。……お前らがこれ以上傷ついたら、俺は……俺はもう、何のために強くなろうとしてたんか、わからんようになる」

 

直哉の目から、一筋の涙が真希の髪に落ちた。

禪院家の男として、女や非術師を見下すことが当然だと思っていた教育。

それが、どれほど愚かで、大切なものを壊す考え方だったか。

腕の中にある、自分よりずっと小さくて震えている命を守ることこそが、本当の強さなのではないか。

七直は、その光景を病室の入り口で静かに見守っていた。

かつて甚爾を出来損ないと蔑んでいたあの直哉が、今、同じように疎まれている双子のために泣いている。

 

「……直哉。二人のことは、もう大丈夫そうね」

 

七直が歩み寄ると、直哉は照れ隠しをする余裕もなく、ただ二人を抱きしめたまま頷いた。

 

「姉貴……俺、決めたわ。この家、今のままやったらアカン。……こんな、子供に毒持たせるような奴らがのさばってる場所、俺は認めへん」

 

直哉の瞳に、昏い、しかし確かな決意の炎が灯る。

 

「まずは、外を見る。……高専に行って、この家の外にある力を持って帰ってきたる。……真希、真依。俺らがおらん間、京子さんのこと、頼めるか?」

 

直哉の言葉に、真希が初めて顔を上げた。その瞳には、絶望ではなく、微かな役割を与えられた者の光が宿る。

 

「……うん。あたし、京子さまが起きるまで、ずっとここにいる」

 

「私も……お花、毎日替えるね」

 

二人の返事を聞き、直哉は小さく、しかし優しく微笑んだ。

それは、彼が禪院家の呪いから解き放たれ、一人の人間として歩み出した瞬間だった。

病室の外では、春の風が吹き始めていた。

 

高専への道。

 

それは、最強の姉弟が、腐りきった家を根底から塗り替えるための、決別の旅立ちでもあった。

 




お久しぶりです。
あともう少しで高専編に入れそうです。

質問コーナー

Q.七直は依頼や任務を受けていたんですか?

A.はい、受けています。たぶん上層部や高専からの依頼、または禪院家に直接の依頼など様々ですが、こなしています。三級、二級案件がほとんどで、準一級術師になってから一人で行っています。一級案件は炳の術師と一緒に行き、経験を積んでいます。初めて任務へ行ったのは、昼・晩を従えた後の事で、割と最近から任務に就き始めました。達成率は八割くらい。本人曰く「甚爾さんに比べれば全然大したことないわ」とのこと。本物の特級を見ているのでだいぶ心に余裕があるのも強み。


誤字脱字報告ありがとうございます!おかげでこの作品が一歩より良いものになりました!
皆様いつも応援ありがとうございます!励みになっております!
ほかの皆様もお気に入り登録、高評価、感想、などよかったらよろしくお願いいたします!

途中直毘人のセリフが途切れていたので修正しました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。