直哉のお姉ちゃんになっちゃった…。   作:ザボン漬け

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教育

禪院家の御家騒動の後、扇は術師としての地位を剥奪され永蟄居となった。

ただただ、何もしない時間が過ぎ去る処へ押し込むのは、ある意味死よりも惨い処罰だった。

これを機に旧体制派、保守派は鳴りを潜めたが、未だに火種は燻っており、家の改革を押し進めようとする七直と直哉を、引きずり降ろそうと虎視眈々と深淵から覗き狙っているかのように静かだ。

互いが喰らい合う蟲毒のような家の中でも、唯一の陽だまりだった場所はもはや存在しない。

七直がこれまで頑張って来れたのは、ひとえに母の京子のためであった。

それがいつの間にか、直哉、そして真希と真依の双子、そしてその母、と守るものが増えていた。

禪院家の腐りきった悪習から守れたのはほんの一握り。

だが、それが今の彼女の拠り所になっていた。

 

「この家だけでは、私は強くなれない」

 

禪院家という枠組みの中だけでは、自身の術式を強くできないと、七直は本能的に感じていた。

直哉も同じ考えだったようで、家を根本から変えるためにも外の世界を見てみたいと、興味にも近い義務感を覚えていた。

 

故に、二人は呪術高専に行くことを決めた。

 

しかし、そこへ行くためにはまずやる事があった。

真希と真依である。

まだ幼い二人を、この伏魔殿の禪院家に置いていくことは出来ないが、京子は未だに目覚めず、双子の母だけでは守り切れない。

 

「真希、真依。あなた達にはこの家での礼節と所作を学んでもらうわ」

 

「お姉様?」

 

「どういうこと?」

 

双子は七直の真剣な様子に困惑する。

 

「いい、あなた達。これから、地獄を見せるかもしれない」

 

七直はそう言い切ると、真希と真依の前に端然と膝をついた。

その瞳には、慈愛と同じだけの冷徹な覚悟が宿っている。

 

「名家の礼節や所作なんて、この家じゃ当たり前に過ぎない。でも、その当たり前を完璧に、誰よりも気高くこなしてみせなさい。それはあなた達が出来損ないじゃないと証明する武器になり、外野に口を挟ませない一番硬い盾になるわ」

 

真希は、まだ幼い拳をぎゅっと握りしめた。

 

「……わかった。お姉様が言うなら、あたし、やるよ。でも、お姉様と直哉はどこかに行っちゃうの?」

 

その問いに答えたのは、背後で腕を組んで立っていた直哉だった。

 

「ああ、修行や。……僕と姉貴は高専に行く。この腐りきった家を根底からひっくり返す力をつけるためにな。せやから、僕らがおらん間、この家を守るんは自分らや」

 

「あたしたちが……家を守るの?」

 

真依が不安げに眉を寄せ、七直の袖を掴む。

七直はその小さな手を優しく、けれど力強く包み込んだ。

 

「そうよ。私たちが不在の間、あの老人たちは必ずあなた達を突きにくる。言葉で、視線で、あるいはもっと直接的な方法でね。その時、卑屈に目を伏せたらおしまいよ。相手が誰であれ、眉間を射抜くような視線で、一寸の乱れもない所作で、相手の無作法を嘲笑ってやりなさい」

 

「……真依、怖がらんでええ」

 

直哉が膝をつき、真依と視線を合わせる。

その顔には、かつての傲慢な面影はなく、一人の兄としての峻厳さがあった。

 

「礼儀作法は姉貴に教われ。その代わり……夜は俺が体術を教えたる。甚爾くんに教わった、この家で生き残るための暴力や。ええか、真希。お前は特にや。呪力なんて知ったこっちゃない。動かん体で術式振りかざす奴ら、全員ブチのめせるようになれ」

 

「直哉……」

 

「これは約束や。自分らが完璧な淑女になって、自分らを守れる強さを身につけたら……俺と姉貴は、胸を張って高専に行ける」

 

七直は二人の顔を交互に見つめ、静かに、宣告するように告げた。

 

「明日から、まずは歩き方から直すわよ。衣擦れの音一つ、無駄な呪力の揺らぎ一つ。すべてをコントロールしなさい。あなた達が禪院家で一番気高い雛だと、あの老害共に見せつけてやるの。あと真希、その言葉遣いは明日から禁止だから覚悟しなさい」

 

真希は力強く頷き、真依もまた、涙を拭って七直の手を握り返した。

蟲毒の檻の中で、二人の少女を護るための、そして戦わせるための教育が始まった。

それは、七直が残していく、血を分けた妹たちへの最大級の愛だった。

 

 

翌日から指導が始まった。

七直が最初に叩き込んだのは、視線の配り方だった。

 

「禪院の老人たちは、相手の揺らぎを嗅ぎ取る獣よ。視線を落とせば卑屈と見なし、睨みつければ不遜と難癖をつける。いい? 視線は相手の眉間のわずか下に固定し、意識は後頭部に置きなさい」

 

七直は立ち上がり、真希の顎を扇子でクイッと持ち上げた。

 

「真希、あなたは身体能力が高い分、動きが攻撃的になりすぎる。動作の終わりに残心を込めなさい。真依、あなたは不安が指先に出る。指先を揃え、常に膝の上に置く呪力を一定にしなさい」

 

「「わかりました」」

 

「よろしい」

 

次は茶の湯の稽古。

静まり返った室内には、柄杓から落ちる水の音だけが響く。

だが、その平穏はかりそめのものだ。

七直はあえて五行想術による重圧を部屋全体に広げ、双子の精神を削りにかかっていた。

 

「真依、手が止まったわ」

 

「……っ、でも、お姉様……空気が、重くて……」

 

真依の額から脂汗が流れる。

茶碗を持つ指先が、微かに震えた。

 

「止めないで。相手があなたを嘲笑ったとき、あるいは呪力で威圧してきたとき、その手を止めずに同じリズムで点て続けられる? 礼節とは、精神の強靭さを示す儀式。どんな暴言を吐かれようと、一寸の乱れもなく茶を差し出すの。その瞬間、恥をかくのはあなたではなく、騒いでいる無作法な相手よ」

 

七直は無表情のまま、さらに圧を強める。

真依は唇を噛み締め、震える指先に全神経を集中させた。

一方で、真希は茶筅の扱いに苦戦し、苛立ちを隠せない。

 

「……くそ、こんなまどろっこしいこと。お姉様、あたしには向いてないよ」

 

「真希、今その言葉遣いは禁止と言ったはずよ。……直哉」

 

背後で壁に寄りかかっていた直哉が、鼻で笑いながら歩み寄る。

 

「真希、お前なぁ。所作っていうんは、相手を警戒させる盾でもあるんや。完璧な淑女が、次の瞬間に自分の首を刎ねるかもしれん……そう思わせるから、奴らは手が出せへんようになるんや」

 

「……うん……」

 

「アレと同じや。無駄な動きを削ぎ落とせ。茶を点てるんも、敵の喉元を掻き切るんも、本質は変わらん。……姉貴の言うこと、ちゃんと聞いとけ」

 

直哉はそう言うと、真希の背中をパシりと叩いて姿勢を正させた。

 

「次は歩法よ。真希、真依、立ちなさい。廊下を歩く際、衣擦れの音さえもコントロールするの。真希、重心を落としすぎて武人になりすぎている。優雅に舞うように歩き、それでいて瞬時に相手を仕留められる静かさを身につけなさい」

 

七直がお手本として畳の上を滑るように歩く。その姿は水面を渡る月のように静かで、それでいて一抹の隙もなかった。

 

「……すごい」

 

真依が感嘆の声を漏らす。

 

「真依は所作の呑み込みが早いわね。あなたは真希にない繊細さを持っている。それは必ず武器になるわ。……真希は、あなたの盾になろうとする。だから真依、あなたは真希の心を支えなさい。二人が一対であれば、この家はあなたたちを壊せない」

 

七直は二人の手を交互に取り、その感触を確かめるように包み込んだ。

 

「半年よ。半年で、この家の誰よりも気高く、恐ろしい雛になりなさい。そうすれば、私と直哉は安心して外へ行ける」

 

「……わかった、お姉様。あたしたち、やるよ」

 

真希の瞳に、野火のような決意が宿る。

真依もまた、小さく、けれど確かに頷いた。

昼は七直による淑女の教育。夜は直哉による、甚爾直伝の生存術。

二人の天才に徹底的に磨き上げられる日々。

それは、禪院家という呪いの檻の中で、二人の少女が立派な淑女へと脱皮していくための聖域だった。

 

 

夜が深まり、禪院家の広大な敷地が闇に沈む頃、離れの裏手にある古びた道場には、四人の影があった。

かつて七直と直哉、そして甚爾が一緒に修行した場所。

昼間の静謐な空気とは打って変わり、そこにあるのは、剥き出しの殺気と荒い呼吸だけだ。

 

「甘い。真希、今の入りじゃ、俺ならお前の腕を一本持っていっとるで」

 

直哉の声が鋭く響く。

彼は術式を一切使わず、ただの体術だけで真希を圧倒していた。

真希は床に転がりながらも、すぐさま受身を取って立ち上がる。

その瞳には、昼間の淑女教育では見せなかった、野生に近い光が宿っていた。

 

「……っ、もう一回!」

 

「ええ意気込みや。甚爾くんの動きはな、呪力に頼らへん。五感のすべてを使って、世界の歪みを感じ取るんや。真希、お前にはその素質がある。呪力がない分、お前の体はこっち側の完成形に近いんやからな」

 

直哉は再び構えをとる。

その足運びは、かつて七直と共に甚爾から盗み、血を吐くような思いで身につけた生き残るための暴力そのものだった。

 

「真依、お前も座って見とるだけやないぞ。真希がどう動くか、敵がどこを狙うか、その目で焼き付けろ。お前の術式は、ここぞという一発のためにあるんやろ。その一発を当てるための隙は、こうやって体でこじ開けるんや」

 

「……はい、直哉お兄様」

 

壁際で膝を抱えていた真依が、真剣な眼差しで二人を見つめる。

七直は真依の隣に静かに座り、その肩に手を置いた。

 

「真依。直哉が教えているのは、単なる格闘術じゃない。それは理不尽への抗い方よ。この家で、術式が弱い、あるいは呪力がないということは、存在自体を否定されるのと同義。けれど、肉体という絶対的な現実を極めれば、その理不尽さえも叩き伏せることができる」

 

ドォン、と重い衝撃音が道場に響く。 直哉の掌打が真希の肩を捉え、彼女の体が大きく吹っ飛んだ。

 

「がはっ……!」

 

「真希!」

 

思わず立ち上がろうとした真依を、七直が制する。

 

「見てなさい、真依。真希は止まらないわ」

 

床を滑った真希は、壁に激突する寸前で足を踏ん張り、弾丸のような速さで直哉に突っ込んだ。

低く、より低く。

直哉の視界から消えるような潜り込み。

それは、かつて甚爾が見せた動きの片鱗だった。

 

「――っ、ほう!」

 

直哉が感嘆の声を漏らし、危ういところでその一撃をかわす。

真希の拳が空を切り、風が唸った。

 

「今のや。その消える感覚を忘れるな。相手が呪力で索敵しとるなら、その裏をかけ。……姉貴、今の見たか? 才能の塊やで、この子」

 

直哉は嬉しそうに口角を上げた。

自分が見出し、鍛え上げた妹が、かつての憧れに近づいていく。

その事実に、彼は歪んだ優越感ではなく、純粋な充足感を覚えていた。

 

「ええ、素晴らしいわね。真希、今の動きを身体に染み込ませなさい。そして真依。真希が

その隙を作ったとき、あなたならどこを撃つ?」

 

七直の問いに、真依はしばらく考え込み、直哉の脇腹のわずかな空白を指差した。

 

「……あそこ。あそこなら、絶対によけられない」

 

「正解よ。……直哉、そろそろ私とも手合わせして。真希と真依に、連携の本質を見せてあげましょう」

 

七直が立ち上がり、道場の中央へ歩み出る。 彼女もまた、術式を封印し、純粋な呪力強化と体術の構えをとった。

 

「ええね、姉貴。高専に行く前に、どっちが上かハッキリさせとかなあかんな」

 

「ふふ、返り討ちにしてあげるわ」

 

二人の天才が対峙する。

その凄まじいプレッシャーに、真希と真依は息を呑んだ。

昼は気高い淑女として。夜は飢えた獣として。 七直と直哉が注ぎ込む過酷な愛情は、双子の少女たちの芯を、誰にも折られない鋼へと鍛え上げていった。

 

「真依、よく見ておいて。これが、私たちが受け継ぎ、そしてあなたたちに託す力よ」

七直の言葉と共に、夜の特訓はさらに熱を帯びて加速していった。

 

 

昼の淑女教育と夜の特訓が進み、三ヶ月が過ぎた頃。

双子の立ち居振る舞いは、家中が遠巻きにするほど洗練され始めていた。

だが、それでも旧態依然とした禪院の空気は、隙あらば彼女たちを落ちこぼれとして踏みにじろうとする。

それを正面から叩き潰すのが、今の直哉の役目だった。

 

「おい、真希、真依。ついてこい」

 

直哉が声をかけると、背後に控えていた双子が音もなく立ち上がる。

七直の教育の賜物か。二人の歩法には無駄な揺らぎがなく、衣擦れの音さえも統制されていた。

三人が屋敷の長い廊下を歩いていると、向こうから数人の門弟たちがやってくる。

かつて双子を扇様の失敗作と公然と嘲笑っていた連中だ。

門弟たちは、直哉の姿を見るなり慌てて道を開け、深々と頭を下げる。

だが、その視線の先にある双子に対しては、未だに侮蔑の入り混じった、不愉快な粘り気のある色が残っていた。

「……何や、お前ら。その目は」

 

直哉がピタリと足を止める。

廊下の温度が、一瞬で凍りついた。

 

「い、いえ、直哉様! その、双子の方々が、あまりに以前と違うもので……」

 

「違う? 当たり前やろ。姉貴と僕が直々に仕込んどるんや。そこらの雑魚と一緒にすな」

 

直哉はわざとらしく鼻で笑うと、背後の真希に視線を送った。

 

「真希。こいつ、今お前のこと術式もないくせにって目で見てたで。どう思う?」

 

「……。私からは何も。ただ、道を塞いでいらっしゃるのが不作法だと思っただけです」

 

真希は七直に教わった通り、相手の眉間のわずか下を、感情の失せた瞳で射抜いた。

その姿勢は一寸の乱れもなく、逆に門弟の方が気圧されて後退りする。

 

「真依、お前は?」

 

「……。直哉お兄様の歩みを止めるような方は、この家には必要ないかと」

 

真依もまた、冷ややかな微笑を口元に湛え、扇子で口元を隠した。

その仕草一つに、門弟たちは自分たちが格下の無作法者として扱われていることを本能的に悟り、屈辱に顔を赤くする。

 

「聞いたか? こいつらの方が、お前らよりよっぽど禪院らしいわ」

 

直哉は一歩、門弟たちの前へ踏み出す。

術式は発動させていない。だが、溢れ出る殺気が廊下の空気をピリピリと震わせた。

 

「ええか。改めて家中に言うとけ。……真希と真依は、僕と姉貴のモンや。こいつらに指一本、不快な視線一つ向けた奴は、扇のジジイと同じ穴倉にぶち込んだる」

 

「……ッ!」

 

「僕らが高専に行っておらん間も同じや。もし何かあったら、僕が真っ先に帰ってきて、お前らの首を一枚ずつ剥いでやるからな。……わかったら、さっさと失せろ。汚いもんが視界に入るだけで虫唾が走るわ」

 

門弟たちが逃げるように去っていくのを、直哉は忌々しげに見送った。

そして、双子に向き直ると、ふっと表情を和らげる。

 

「真希、今の視線の配り方、姉貴の百点満点やな。真依も、言い回しが嫌らしくて最高や」

 

「……お兄様に褒められても、あんまり嬉しくないけど」

 

真希が少しだけ皮肉げに口角を上げる。

 

「あら。私は少し嬉しいわ。あの方たちの、あんなに惨めな顔、初めて見たもの」

 

真依が扇子の陰でくすくすと笑う。

 

「せやろ? 礼節も暴力も、要は相手を屈服させるための手段や。……行くぞ。姉貴が待っとる。しっかり頼むで」

 

直哉を先頭に、二人の雛が再び歩き出す。

その背中は、もはや誰に脅かされることもない、確かな強者の風格を帯び始めていた。

 




いつかの感想で、教師になりそうって言われたのを思い出しました。
あと真希真依が原作より性格悪くなりそう。

質問コーナー

Q.いつになったら高専に入るんですか!?

A.も、もうしばらくお待ちください(汗)
あと余談ですが、この教育期間で七直は16歳になり、直哉は15歳になりました。本来なら七直は一年生になるはずでしたが、双子の方を優先し高専は行ってません。来年、七直は二年生編入という形で直哉と同時に高専に入る予定です。


いつも誤字脱字報告ありがとうございます!おかげでこの作品が一歩より良いものになりました!いや本当に作者が見逃す一文字を良く見つけられるなと、感心します。

皆様いつも応援ありがとうございます!励みになっております!

ほかの皆様もお気に入り登録、高評価、感想、などよかったらよろしくお願いいたします!

直哉の言葉使いを少し編集しました!ご指摘ありがとうございます!
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