直哉のお姉ちゃんになっちゃった…。   作:ザボン漬け

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旅立ち

半年間の苛烈な教育期間が過ぎ、禪院家の空気は以前とは明らかに異質なものに変わっていた。

広大な道場の中央。

七直と直哉が見守る前で、真希と真衣が端然と膝をつく。

真希の背筋は、かつての卑屈な丸みを一切感じさせず、鋼のように真っ直ぐに伸びている。真依の手元は、まるですべてのノイズを削ぎ落としたかのように静かだった。

 

「……立ちなさい」

 

七直の短い言葉に従い、二人が音もなく立ち上がる。

衣擦れの音さえ一つに重なり、道場の静謐を乱すことはない。

かつて出来損ないと蔑まれていた少女たちは、今や禪院家のどんな術師よりも気高く、そして恐ろしい風格を纏っていた。

 

「真希。所作の端々に、まだ力みが残っているわ。けれど……今のあなたなら、不作法に近づく者を、その気高さだけで射抜くことができる」

 

七直が二人の頬を、師としての厳格さと姉としての慈愛を込めて撫でる。

 

「真依。あなたの指先の静止は、もはや術師のそれよ。不安になったら、その指先を見なさい。あなたが積み上げた時間は、決してあなたを裏切らない」

 

「……はい、お姉様」

 

真依の返答は、透き通るように澄んでいた。

そこへ、腕を組んで壁に寄りかかっていた直哉が、鼻で笑いながら歩み寄る。

 

「……まあ、合格点やな。真希、お前はもう門弟レベルの雑魚なら、術式なしで返り討ちにできる。真依も、その度胸があれば『もしも』の時でも一矢報いれるわ」

 

直哉も不器用に、二人の頭をガシガシと乱暴に撫で回した。

 

「ええか。俺らがいない間、この家はまたお前らを食おうとする。せやけど、忘れるなよ。お前らは俺と姉貴が、甚爾くんの技まで叩き込んで磨き上げた禪院の最高傑作や。自信持って、不作法なカス共を顎で使ってやり」

 

「わかってるよ。……お兄様こそ、高専で五条悟にボコボコにされて泣きつかないでよね」

 

真希が不敵に口角を上げると、直哉は「誰に口利いとんねん!」と笑い飛ばした。

 

「……約束よ、二人とも」

 

七直が二人の手をとり、自身の胸に引き寄せる。

 

「私たちがいない間、お母様をお願い。そして……必ず、二人で生き残りなさい。私たちが外の世界で『正解』を見つけて帰ってくるまで、この家という盤面を守り抜いて」

 

「うん。約束する。あたしたち、もう負けないよ」

 

真希が、そして真依が、七直の手を強く握り返す。

かつて震えていた雛たちは、今や自らの意志で羽ばたこうとする鷹の目を持っていた。

 

「……よっしゃ、教育は終わりや! 明日の朝には出発やからな。今日はお母はんの病室で、四人でゆっくり過ごそか。……真希、真依。お前らの点てた茶、親父にも一服飲ませてやれ。あのクソジジイ、腰抜かすで」

 

直哉の快活な声が、夕方の道場に響く。

禪院家という暗い深淵の中で、この場所だけは、外の世界へと繋がる確かな希望の光が満ちていた。

 

 

出発前夜、直毘人の居室。

酒の匂いと、名門当主としての重圧が同居するその空間で、親子三人の対話は行われた。

 

「……で、準備は整ったのか。あのガキ共の教育も、家の中の掃除も」

 

直毘人は手元の瓢箪を傾け、不敵な笑みを浮かべた。

その視線は、かつてのように女や子供を見るものではなく、紛れもなく自分の領域を侵し始めた一端の術師たちを捉えている。

 

「真希と真依には、僕らがいない間、この家で生き抜くための術は教え込んだ。それと、広間の床と門弟の鼻柱をいくつか折って、釘も刺してきましたわ。僕らに手ぇ出すんは、扇のジジイと同じ末路を辿る覚悟がある奴だけや、とな」

 

直哉の言葉に、直毘人は「ガハハ!」と喉を鳴らして笑った。

 

「扇の野郎、今頃独房で酒も飲めずに腐っておるわ。……お前も、随分と丸くなったかと思えば、牙だけは研ぎ直したようだな」

 

直毘人の視線が、次に七直へと向けられる。

 

「七直。お前は五条の小僧と同じ学年になる。あやつは六眼だ。理屈で測れる相手ではないぞ。……土御門の知恵と五行の術、どこまで通用すると思っておる」

 

 

七直は静かに、しかし一点の曇りもない瞳で父を見返した。

 

「通用させるのではありません。通用するように、私が組み替えるのです。……お父様との約束、忘れてはいません。私が最強を御してみせれば、母と双子の安寧は永遠に保障される」

 

直毘人は手元の瓢箪を揺らし、残りの酒を一気に煽った。

 

「最強を組み込む、か。……大きく出たな。だが七直、お前がその言葉を成し遂げた時、この禪院の血は、ただの呪いではなくなるのかもしれん」

 

「……どういう意味や、親父」

 

直哉が怪訝そうに眉を寄せると、直毘人は再び「ガハハ!」と豪快に笑い、二人を追い出すように手を振った。

 

「さあな! 儂のような老いぼれの戯言よ。……もう行け。京子のところへ行くのだろ。あいつが目を覚ました時、お前たちが揃って高専の制服を着ておれば、それだけで毒など吹き飛ぶかもしれんぞ」

 

「……。行ってまいります、お父様」

 

「ほなな、親父」

 

二人が部屋を去り、襖が閉まる。

 

静寂が戻った室内で、直毘人は空になった瓢箪を見つめ、独り言のように呟いた。

 

「……六眼、十種影法術、天与呪縛。この家は常に、持てる者と持たざる者の血の歴史であった。……だが、あの二人はどうだ」

 

直毘人は目を閉じ、先ほど七直が見せた、理性的でありながら情愛に満ちた瞳を思い返す。

 

「土御門の知恵か、それとも京子の慈愛か……。直哉が、あのような顔をして双子らの名を呼ぶようになるとはな。……お前たちなら、もしかしたら。儂が変えられなかった、この澱みきった禪院の理を……根底からひっくり返して見せるのかもしれんな」

 

当主としてこの腐りゆく名門を維持することに飽き飽きしていた直毘人にとって、二人の旅立ちは損失ではなく唯一の希望だった。

 

「……さて。あいつらが帰ってきた時、酒を旨く飲める家にしておかねばならんか。ったく、当主も楽ではないな」

 

月明かりの下、直毘人は自嘲気味に微笑み、再び酒の準備を始めた。

 

 

出発前夜。

屋敷の喧騒から離れた、双子の寝所。

昼間の厳しい稽古が嘘のように、そこには年相応の少女二人の、静かな時間が流れていた。

月明かりが差し込む畳の上、真希と真依は並んで布団に座り、明日にはいなくなってしまう二人の背中を想っていた。

 

「……明日から、お姉様も直哉お兄様もいないんだね」

 

真依が膝を抱え、寂しそうにポツリと零した。

つい半年ほど前までは、この屋敷は恐怖の対象でしかなかった。けれど今は、帰りを待つべき大切な家族がいる。

 

「……ああ。でも、あたしたちがしっかりしてないと、あの二人が外で思いっきり暴れられないだろ」

 

真希は、直哉に叩き込まれた体術の感覚を確かめるように、自分の拳を見つめた。

 

「あたし、もっと強くなる。お姉様が守ってくれたこの場所を、あたしが守るんだ。……真依、あんたもだぞ。あんたの所作は、あたしの誇りなんだから」

 

「……うん。わかってる。お姉様に教わったこと、絶対に忘れない。私、お姉様みたいな気高い女性になって、お母様を守るわ。……二人で頑張ろうね、真希」

 

真依が微笑んで真希の手を握ると、真希も照れくさそうに笑い返した。

一時の静寂。

やがて、真依が少しだけいたずらっぽく、上目遣いで真希を見た。

 

「……ねえ、真希。さっき、直哉お兄様が私たちの頭、撫でてくれたじゃない?」

 

「あぁ? ああ、あいつ、力加減知らないから頭蓋骨割れるかと思ったよ」

 

「ふふ、相変わらずね。……でも、お兄様、最近すごくかっこよくなったと思わない?」

 

唐突な話題の転換に、真希は「はぁ?」と眉を寄せた。

 

「かっこいい……? あんな傲慢な吊り目が? 変わったとは思うけどさ」

 

「もう、真希は鈍いんだから。……あんなに私たちのことを必死に守って、夜もあんなに一生懸命教えてくれて。……私、お兄様が門徒の人たちを追い払ってくれたとき、ちょっと……ドキッとしちゃった」

 

真依は頬を少し赤らめ、布団の端をいじった。

 

「お兄様、高専に行ったらモテるだろうなぁ。都会の女の子とかに。……そう思ったら、なんだか少し、落ち着かなくて」

 

真希は呆れたように大きなため息をついた。

 

「真依……あいつ、性格はまだ相当難ありだぞ? 高専の同級生と喧嘩して泣いて帰ってくるのがオチだって。……まあ、でも……」

 

真希は少しだけ視線を逸らし、ぶっきらぼうに付け加えた。

 

「……あの、特訓してるときの顔だけは、まあ……少しはマシに見えたかな」

 

「ほら、やっぱり真希も気にしてるんじゃない!」

 

「違うって! 術師としての評価だよ! ……もう寝るぞ、真依。明日は早いんだから!」

 

「あ、逃げた! 真希、顔赤いよー!」

 

暗い部屋の中に、小さな笑い声が響く。

禪院家という呪いの檻の中でも、彼女たちは確かに、普通の少女としての愛と希望を育み始めていた。

明日から始まる、自分たちだけの戦い。

その先にある再会を信じて、二人は手を繋いだまま、深い眠りに落ちていった。

 

 

春の柔らかな日差しが禪院家の巨大な正門を照らす中、そこにはかつてない光景が広がっていた。

当主の子息二人が高専へ旅立つ。

本来ならひっそりと行われるはずの門出に、屋敷中の術師たちが集まっていたのだ。

 

「お姉様、お兄様。お忘れ物はありませんか?」

 

真依が完璧な所作で一歩前に出れば、真希がその隣で凛として立つ。

半年間の教育を経て、二人の少女からは出来損ないの卑屈さは消え、誰もが気圧されるような気品が宿っていた。

 

「大丈夫よ、真依。真希も、その顔ならもう心配ないわね」

 

七直が微笑み、二人の肩を優しく叩く。

その周囲を取り囲むのは、禪院家最強の術師集団の炳、そして躯倶留隊の面々だった。

 

「七直様、直哉様。……高専という場所、せいぜい禪院の名を汚さぬよう暴れてきてくだされ」

 

炳の筆頭格が、複雑な表情ながらも拳を握って告げる。

彼らにとって、直毘人の頬を打ったこの姉弟は、もはや無視できない強者として刻まれていた。

さらにその後ろには、普段は日陰者として扱われる躯倶留隊の隊員たちが、憧憬の眼差しで二人を見つめている。

彼らにとって、非術師の母を持ちながら実力で家を変えようとする七直と、落ちこぼれの双子を公然と守る直哉は、暗い檻の中の唯一の光だったのだ。

 

「……フン。言われんでも、外の連中に禪院の格の違いを見せつけてくるわ」

 

そして、真希と真依にだけ聞こえる低い声で付け加えた。

 

「ええか。俺らがいない間、この家の重しはお前らや。……誰に何を言われても、お前らが一番偉そうにしとけ。それが俺らへの一番の土産やからな」

 

「……わかってる。行ってきなよ、直哉」

 

真希が不敵に耳打ちし、笑い返す。

その瞳には、夜の特訓で磨き上げた不屈の意志が宿っていた。

 

「行きましょうか、直哉」

 

七直が静かに歩き出す。

門をくぐる直前、彼女は一度だけ振り返り、屋敷の奥――母、京子が眠る医務室の方角を見つめた。

 

(お母様…行ってまいります)

 

声には出さず、祈るように呟く。

直後に、門前に並んだ術師たちが、一斉に道を開けた。

 

「「「ご武運を!!」」」

 

地を揺らすような怒号に近い見送りの声。

かつて冷遇されていた姉弟は、今や禪院家という巨大な怪物をその実力と情愛で動かし、新たな戦場へと踏み出した。

二人の背中が門の向こうへ消えるまで、真希と真依は一歩も動かず、その背中を焼き付けるように見送り続けた。

 

 

新幹線に揺られ、東京へと向かう車内。

 

「……なあ姉貴。五条悟っていうん、そんなにヤバいんか?」

 

窓の外を眺めながら、直哉がポツリと問う。

 

「さあね。私も遠目でしか見たことないわ。でも、お父様が言うくらいだもの。私たちの常識なんて、あの正門に置いてきた方がいいかもしれない」

 

期待と緊張、そして確かな野心が混ざり合う。

 

「面白いじゃない。最強を味方にするか、あるいは……その隣に並ぶか。どちらにせよ、私たちの盤面はここから始まるのよ」

 

列車は、最強が待つ東京へと加速していった。

 




やっとここまできたぞ…。次から高専編だ!ちなみに東京校です。
死滅回遊前編のOPヤバかった…禪院家の集合写真あってもうヤバい(語彙力)

質問コーナー

Q.改めて、七直と直哉のプロフィールをまとめて!

A.ほい。

名前:禪院七直(ぜんいんななお) 
生年月日:1989年7月7日
年齢:16歳
等級:準一級術師
術式:五行想術
趣味:手芸
好きな食べ物:煮物(特に筑前煮)
嫌いな食べ物:特になし(強いていえば香りが強い食べ物)
ストレス:家の老人たちのしがらみ。

名前:禪院直哉(ぜんいんなおや)
生年月日:1990年のどこか。(五条世代の一個下なのは確か)
年齢:15歳
等級:準一級術師
術式:投射呪法
趣味:鍛錬(作者が勝手に決めた、異論は認める)
好きな食べ物:塩辛いもの、和菓子(作者が勝手に決めた、異論は認める)
嫌いな食べ物:みょうが(作者が勝手に決めた、異論は認める)

申し訳ありませんが、ここの直哉はそういうことにさせてください。もうすでに、ドブカスから卒業してるから今更感ありますが…。



いつもいつも誤字脱字報告ありがとうございます!おかげでこの作品が一歩より良いものになりました!本ッ当に見つけて頂き、申し訳ない気分になります(汗)助かってます。

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