直哉のお姉ちゃんになっちゃった…。   作:ザボン漬け

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直哉の受難

二年生の教室が静かな火花の散らし合いなら、一年生の教室は直哉にとって理解不能な異文化交流の場と化していた。

扉を開けた瞬間、直哉は眉間に深い皺を刻んだ。

そこには、自分と同じ高専の制服を身に纏いながら、禪院家では絶対にお目にかかれない類の少年が二人いた。

 

「わあ! 君が三人目の同級生!? 初めまして! 僕、灰原雄! よろしくね、直哉くん!」

 

扉が開くや否や、弾丸のような勢いで駆け寄ってきたのは、太陽をそのまま擬人化したような笑顔の少年、灰原雄だった。

あまりの距離の近さに、直哉は思わず半歩後ずさる。

禪院家で誰かが自分にこれほど無防備に、かつ純粋な好意で近づいてくることなどあり得なかったからだ。

 

「……気安く呼ぶな。僕は禪院直哉や。……それと、一歩下がれ。暑苦しいわ」

 

「あはは、ごめんごめん! いやあ、三人揃うのを楽しみにしてたんだ! 直哉くん、お肌つやつやだね! 何か特別な石鹸とか使ってるの?」

 

「話聞けや……。家系以前の問題やぞお前」

 

直哉の毒舌が全く通じない。

灰原は呪術界の家柄や序列に疎い一般家庭出身ゆえに、直哉を禪院家の嫡男ではなくなんか綺麗な顔をした同級生としてしか見ていないのだ。

ふと視線を教室の奥に向けると、もう一人の少年が静かに椅子に座っていた。

七三に分けた金髪に、どこか冷めた大人びた雰囲気を漂わせる少年、七海建人。

 

「灰原、あまり彼を困らせないであげてください。初対面でその距離感は、ちょっと失礼ですよ」

 

七海は灰原を窘めつつも、値踏みするような冷静な目で直哉を観察していた。

 

「……。あー、わかった。七海に灰原やな。……ええか、僕は禪院家の次期当主や。馴れ合うつもりはないし、足引っ張るようなら容赦せえへんからな」

 

直哉はいつものように、自分を高く見せることで主導権を握ろうとした。

 

「次期当主!? すごいね! じゃあ直哉くんって、すっごく責任感があるんだね! 尊敬しちゃうなあ!」

 

「……禪院家。歴史ある家系なんですね。でも、ここは学校ですし、当主っていう肩書きが呪霊を祓うのに役立つわけじゃないでしょう。実際のところ、実力の方はどうなんです?」

 

「……っ、お前らなぁ……!!」

 

直哉は絶句した。 一人は全肯定の善意、もう一人は全否定の正論。

呪術界のエリートとしてのプライドを振りかざしても、一般出身の二人にはすごい肩書きか、仕事に関係ない情報として処理されてしまう。

 

「あー、もうええわ。勝手にせえ。……おい、七海って言うたか。お前、さっきから僕のこと見て何考えとんねん」

 

「……。いえ、少し不思議に思っただけです。その身のこなし、相当な訓練を積んでますよね。なのに、どうしてわざわざ家を離れてここに来たのかな、と。効率を考えるなら、家で英才教育を受ける方が合理的でしょうに」

 

七海は直哉が腐った家を変えたいという執念でここへ来たことなど知らない。

ただ、目の前の少年が纏う完成された武と、その場違いな反骨心を淡々と分析していた。

 

「……うるさいわ。合理性だけで語れんこともあるんや。……第一、最強への最短ルートがここやから来ただけや」

 

直哉は乱暴に席に着く。

窓の外を見上げ、新幹線で別れた姉、七直の姿を思い出す。

 

(姉貴……助けてくれ。ここ、禪院家よりよっぽど居心地悪いわ……)

 

かつての傲慢な少年は、高専という格付けの通用しない外の世界の荒波に揉まれ、早くも魂が削れ始めていた。

 

 

午前中の講義が終わり、昼休みを告げるチャイムが鳴り響いた瞬間、一年生の教室に灰原の声が轟いた。

 

「ねえ直哉くん! 一緒に売店行こうよ! 新作のパンがあるんだって、一緒に食べよう!」

 

「嫌や! なんで僕がお前みたいな素性の知れん奴と飯食わなあかんねん! 寄るな、暑苦しいわ!」

 

「ええーっ、そんなこと言わずにさ! 七海くんも行くよね?」

 

「……。私は一人で静かに食べたいのですが。灰原、彼は本気で嫌がっていますよ」

 

七海の冷静な指摘も、灰原のエンジン全開の善意には届かない。

 

「さあ行こう直哉くん!」

 

キラキラした瞳で距離を詰めてくる灰原に、直哉の我慢は限界に達した。

 

「やってられっか! ――投射呪法!!」

 

直哉の姿が、物理法則を無視した加速で一瞬にして掻き消える。

一秒を二十四分割する高速移動。

 

「あ、消えた!?」

 

灰原が目を丸くした時には、直哉はすでに廊下を駆け抜け、唯一の救いである姉のいる二年生の教室へと転がり込んでいた。

ガラッ! と乱暴に扉が開く。

 

「姉貴ィ!! 助けてくれ、あの一年生の教室、頭おかしなるわ!!」

 

必死の形相で飛び込んできた弟に、談笑していた二年生四人の視線が集まった。

 

「どうしたの、直哉。随分と慌てているのね」

 

七直は優雅に茶を啜りながら、乱れた髪を振り乱す弟を冷静に眺めた。

 

「どうしたもこうしたもあらへん! あいつら、僕が禪院の次期当主や言うてんのに、全然怯えへんし、距離感バグっとんねん! 特にあの灰原とかいう奴、僕の顔見て『石鹸何使ってるの』とか聞いてきよるんやぞ! 侮辱にも程があるわ!!」

 

「あははは! 面白いじゃん、あれ君の弟?初日からズタボロだな」

 

五条がパンを片手に大笑いし、夏油も「仲が良くていいじゃないか」と肩を揺らす。

硝子は死んだ魚のような目で「……元気だねぇ、一年生は」と呟いた。

 

「笑い事やない! 姉貴、なんとか言うてくれ! 僕は選ばれた人間なんや、あんな雑魚と馴れ合う必要なんかないはずやろ!?」

 

直哉が縋るような目で七直を見つめる。

しかし、七直は慈愛に満ちた、それでいて逃げ場を許さない微笑みを浮かべた。

 

「直哉。同級生と仲良くすることも、次期当主としての務めよ。あらゆる手駒の性格を把握し、掌握してこそ当主。貴方のその格で、彼らを導いて見せなさい。……ね?」

 

「なっ……何言うてんねん姉貴! 導くとかそういう次元やなくて――」

 

「あ! 見つけたー! 直哉くん、足速いね! びっくりしたよ!」

 

背後から、一切の悪気を感じさせない、真っ直ぐな声が響いた。

直哉が絶望的な表情で振り返ると、そこには息を切らしつつも、さらに輝きを増した笑顔の灰原が立っていた。

 

「さあ行こう! 七海も待ってるよ!」

 

「あ、待て、離せ! 姉貴! 姉貴ィー!!」

 

灰原に腕を掴まれ、ずるずると廊下へ引きずられていく直哉。

その光景を、二年生たちは生温かい目で見送った。

 

「……ぷっ、ククク! 傑、見たかよ。あの禪院の嫡男が、一般家庭出身の奴に引きずられてったぞ」

 

五条が腹を抱えて笑い転げる。

 

「七直、君の弟くんは面白いね。あのプライドの高さが、灰原君の善意という天敵に出会って、いい具合に中和されている」

 

夏油が感心したように言うと、七直は少しだけいたずらっぽく目を細めた。

 

「ふふ。あの子には、少し世間というものを知ってもらう必要がありますから。……でも、少しだけ騒がしくなりそうですわね、今年の一年生は」

 

「同感。……あいつ、次は泣きながら帰ってくるんじゃない?」

 

「その時は、また私が厳しく、優しく、歩き方を教えてあげますわ」

 

硝子の予言めいた言葉に、七直は優雅に応えるのだった。

 




楽しそうでなにより。

質問コーナー

Q.七直は直哉は夏油のこと知ってたの?

A.会ったことはないですが、名前と術式くらいは知ってました。今回初めて会って、意外と背が高い、とか思ってました。あと使役系の術式にも関わらず鍛えられてるのを感じて、なかなかやるじゃんと感心してました。特に直哉。



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