入学から少し経って、世間では呪霊発生のシーズンに入っていた。
学生の間でも当然の様に任務が上から降ってきて、一週間のうち半分は、任務に就いてる時もあるほどだ。
以前から、よく組んでいた五条夏油ペアがセットだったので、自然と七直直哉の禪院姉弟ペアで組まれるようになっていた。
この組み合わせ故に、任務ではお互いの実力を測る事が出来ず、学校では座学と訓練くらいで本気の術式を使った実力は、憶測や噂でしか判断することが出来なかった。
が、絶好の機会がもうすぐ訪れようとしていた。
◆
春の気配が濃くなってきた郊外の廃工場。
ひんやりとした静寂を切り裂くように、鋭い打撃音が響いた。
「ハッ、しょーもな。こんなんただの的当てやん」
直哉が手のひらでトン、と宙を叩く。
次の瞬間、空中に固定されたように停止していた二級呪霊が、ガラス細工のように粉々に砕け散った。
投射呪法、一秒を二十四分割する彼の加速は、この程度の呪霊には文字通り目にも止まらぬ一撃となる。
「……お疲れ様、直哉。今日もキレがいいわね」
工場の奥から、一歩も動かずに状況を見守っていた七直が歩み寄る。
彼女の周囲には、役目を終えた五行の残り火のような呪力がゆらゆらと霧散していった。
「当たり前や。姉貴が足止めしてくれとったしな。……なぁ、いつまでこんな小遣い稼ぎみたいな任務続くん? 僕はもっと、五条くんとか、夏油くんとか、ああいう手応えのある奴らとやり合いたいんや」
直哉は懐から手拭いを取り出し、汚れもついていない手を乱暴に拭った。
高専に入って一ヶ月ほど。
外の世界の広さを知りつつも、彼の根底にある最強への飢えは増すばかりだった。
「ふふ、そんなに急がないの。これでも私たちは一年生と編入生なんだから。夜蛾先生も、まずは私たちを現地の空気に慣らそうとしてるんでしょう」
七直は工場の出口へ向かいながら、少しだけ声を弾ませて言った。
「それに……もうすぐよ。貴方が望む手応えのある相手と、公式にやり合える機会がね」
「あ? ……あぁ、交流戦か」
直哉が思い出したように鼻を鳴らす。
呪術高専東京校と京都校。
二つの学校が互いの技を競い合う伝統行事だ。
「今年は東京開催やっけ。……京都の連中なんて、どうせ禪院の屋敷で見覚えのある顔ばっかりやろ。あんな保守的なカビの生えた奴ら、相手になるんかな」
「そうね。京都校の編成を見る限り、実力的には私たちが圧倒しているでしょうね。悟と傑がいる時点で、勝負の体を成すかどうかも怪しいわ」
七直は外の光を浴び、目を細めた。
その視線は目の前の廃工場ではなく、もっと遠く、高専全体の戦力図を冷静に捉えていた。
「でも、直哉。京都の生徒たちがどうこうより、私が楽しみなのはその先よ」
「その先?」
「ええ。一日目の団体戦で京都をさっさと片付けてしまえば、二日目の個人戦は私たちが独占することになる。……そうなれば、高専内の序列なんて関係ない。悟も傑も、遠慮なく叩き潰せるわ」
七直の口調は、直哉の前だけに見せる少し砕けた、それでいて好戦的なものに変わっていた。
「……。姉貴、えらい楽しそうやな。禪院におった頃は、そんな顔して戦いの話せんかったやん」
直哉が意外そうに七直の横顔を覗き込む。
七直は一瞬、きょとんとした後、いたずらっぽく微笑んだ。
「そうかしら。……あの子たちといると、なんだか毒気が抜かれるというか、変に正しくあろうとするのが馬鹿らしくなるのよね」
「ハッ。……まぁ、それはわかるわ。あの五条とかいうクソガキ、腹立つけど見てて清々しいくらい不作法やしな」
直哉がニヤリと笑う。
二人の足取りは、いつの間にか高専へと戻る軽いものになっていた。
「楽しみやな、姉貴。見せつけたろや」
「ええ。派手にやりましょう、直哉」
◆
交流戦を残り数日に控えたある日の放課後。
五条と夏油は、高専の自販機コーナーのベンチで、練習上がりの炭酸飲料を片手に談笑していた。
「ねえ傑、聞いた? 今年の京都校、うちの編入生と一年生の名前見ただけで、何人か露骨に嫌な顔してたらしいよ」
五条がニヤニヤしながら、手元の缶を弄ぶ。
「まあ、そうだろうね。禪院家の嫡男と、その実力者の姉が揃って東京校にいるんだ。京都校からすれば、身内の手の内を知り尽くした怪物が外敵として攻めてくるようなものだろう」
夏油が穏やかに返すと、五条はガタンとベンチに背を預けた。
「直哉はともかくさ、七直だよ。あいつ、任務じゃいつも俺らと別行動だろ? 夜蛾もわざと隠してんのかね。六眼で見ても、あの五行って術式、組成が複雑すぎてイマイチ底が見えないんだよね」
「同感だ。彼女、普段はあんなに淑やかで理知的だけど、時折見せるあの隙のなさは、相当な修羅場を潜ってきた人間のものだ。……昨日の歓迎会のやり直しでも思ったけれど、彼女はただ守られるだけの令嬢じゃない」
夏油は空を見上げ、七直の戦い方を想像するように目を細めた。
「直哉君の投射呪法も厄介だけど、あれは純粋な速さの暴力だ。でも七直は違う。彼女はおそらく、戦いそのものをデザインするタイプだ。……悟、君の無下限に対しても、彼女なら何か仕掛けてくるかもしれないよ」
「はっ、最高じゃん。そうこなくっちゃ」
五条はサングラスをずらし、青い瞳に好戦的な光を宿した。
「正直、京都の連中を捻り潰すなんて準備運動にもなんねーし。団体戦さっさと終わらせて、個人戦で七直と当たるのが今から楽しみで仕方ないわ。あいつが俺の前でどんな顔して術式全開にするのか、見ものだよね」
「……君、本当に不作法だね。でも、私も楽しみなのは否定できないな。彼女がこの高専という場で、どんな風に私たちを驚かせてくれるのか」
二人の最強は、まだ見ぬ同級生の真価に思いを馳せ、不敵な笑みを交わした。
その視線の先には、夕日に染まる演習場が静かに広がっていた。
◆
初夏の日照りが徐々に強くなっていく頃、ついに京都姉妹校交流会の日がやってきた。
開催地は東京校で、去年勝利した学校で開催されるのが通例になっている。
ちなみに、一年生だった五条と夏油が出しゃばり相手を完膚なきまでに叩き潰したことが原因だった。
一日目は団体戦、二日目は個人戦の形をとっているが、どちらにしても京都校にとっては悪夢でしかない。
東京校には、
五条家の最高傑作「五条悟」
千を超える呪霊を従える「夏油傑」
禪院家と土御門家の掛け合わせ「禪院七直」
禪院家当主候補「禪院直哉」
この四人が、最大の障壁となっており、東京校はこれまでにない黄金期を迎えているのと同時に京都校は真逆の暗黒期に陥っていた。
一日目の団体戦。
結果から言うと、東京校の圧勝である。
競技は敷地内の呪霊をより多く討伐した方の勝ちであり、ほとんど呪霊を東京側が狩り尽くしてしまった。
「おー、いたいた。まずは一匹」
五条悟は重力さえ無視した足取りで森を抜け、配置された二級呪霊の頭上に現れる。
呪霊が吠える間もなく、蒼い呪力の奔流がその核を撃ち抜いた。
「あちらは悟が取ったか。なら、私は向こうの二級をいただくよ」
対する夏油傑は、上空から巨大な呪霊に乗り、森を俯瞰していた。
夏油が指を鳴らせば、影から這い出した呪霊たちが獲物を包囲、効率的に呪霊を回収し、取り込んでいく。
京都校の生徒たちが絶望に顔を歪める中、さらに追い打ちをかけたのが禪院姉弟だった。
「行くわよ、直哉!」
「おう!」
七直の合図と共に、二人の姿が同時に掻き消えた。
直哉は投射呪法を全開にし、一秒間を二十四分割した超高速の軌跡を描いて森を縦横無尽に駆け抜ける。
直哉の拳が空を叩くたび、群れていた呪霊たちが次々と紙細工のように弾け飛ぶ。
だが、驚くべきはその直哉の背後を、寸分違わぬ速度で追随する七直の姿だった。
電光掲示板のスコアは、もはや悲劇を通り越して喜劇のような数字を叩き出していた。
東京校のポイントが跳ね上がる一方で、京都校のスコアは0のまま微動だにしていない。
最終的に京都校のポイントは増えることは無かった。
「わぁすごいね、七海!あっと言う間に終わっちゃったよ!」
「もうあの四人だけで良くないですか?」
東京校の三年生が不在のため一年生の灰原と七海も参加していたが、瞬く間に終わってしまい、団体戦にすこし呆然とするのだった。
◆
二日目、個人戦。
一日目に理不尽を押し付けられた京都校は個人戦にて、恨みつらみ鬱憤を晴らしてやろうと意気込んだ。
個人戦はトーナメント方式で、初戦は他校同士でぶつかるようになっていたのだが、例の四人に京都校生は惨敗。
準決勝時点で東京校の勝ちは確定してしまった。
哀れ京都校。
残りの試合は東京校のエキシビションマッチと化してしまっていた。
対戦表は、
準決勝第一試合 「五条 悟」 対 「禪院直哉」
準決勝第二試合 「禪院七直」 対 「夏油 傑」
と、大きく載せられていた。
京都校の生徒たちが魂の抜けたような顔で観客席に下がる中、演習場の中央には、もはや身内同士となった四人が集まっていた。
電光掲示板に映し出されたカードを見て、五条が真っ先に直哉の肩を組む。
「よっ、直哉! 運がいいね、俺と当たれるなんてさ。あ、そうだ。いいこと思いついた」
「……なんや、気色悪い顔して」
直哉が露骨に嫌な顔をして肩を外すが、五条はニヤニヤと笑いながら指を一本立てた。
「これ、ただの試合じゃつまんないだろ? 賭けしようぜ、賭け!俺が勝ったら、直哉は一ヶ月間俺等のパシリね」
「はぁ!? 何言うとんねんお前! 誰がやるかそんなもん!!」
「えー、いいじゃん別に。だって直哉、足速いじゃん。自販機まですぐでしょ? 喉乾いたなーって思ったら一瞬でコーラ届くとか、俺の学生生活バラ色なんだけど」
「人をパシリ用の呪具みたいに言うな! ……ええわ、もし僕が勝ったら、全身全霊の土下座して姉貴に謝れよ!」
「お、言うねぇ。決定な!」
子供のような言い合いをする二人を横目に、夏油は一歩前に出て七直と向き合った。
「ふふ、面白そうなことをしていますわね」
七直が微笑みながら二人を見送ると、隣にいた夏油が穏やかな、けれどその奥に鋭い闘志を秘めた瞳で彼女を見つめた。
「どうだい七直。あちらが盛り上がっているのを見ると、私たちも何か賭けてみたくなってしまわないかい?」
「あら、傑。貴方まで悟の悪癖に付き合わなくてもよろしいのに」
七直は少しだけ肩をすくめて見せたが、その表情には拒絶の色はない。
「いいじゃないか。身内同士の試合だ、少しのスパイスがあった方がお互い本気になれる。……そうだね、もし私が勝ったら、君のその完璧なお嬢様言葉を封印してもらおうかな」
「……お嬢様言葉、ですか?」
「ああ。君のその完璧な所作や言葉遣いが、君を守るための武装だということは理解しているつもりだよ。でも、せっかく友人と呼べる仲になったんだ。私が勝ったら、少なくとも私たちの前では、その厚い鎧を一枚脱いでくれないかな」
夏油の言葉に、七直は一瞬だけ驚いたように目を見開いた。
だが、すぐに扇子で口元を隠し、くすくすと喉を鳴らして笑う。
「……そうですか。傑は案外、強引な方なのですね。……いいでしょう。もし私が負けましたら、言葉を崩すことを約束いたしますわ」
七直はすっと背筋を伸ばし、閉じられた扇子の先を夏油の胸元へと向けた。
「では、私が勝ちましたら……そうですね」
彼女は一息おいて、演習場を吹き抜ける風が止まったかのような静寂の中で、とんでもないことを口にした。
「貴方の呪霊操術を、私に下さりませんか?」
その場にいた全員の時間が止まった。
観客席で見守っていた一年生の七海は、何を言っているんだと絶句し、直哉も、姉貴それは……と冷や汗を流す。
五条は何か合点がいったような表情をしていた。
当の夏油も、一瞬だけ瞳の奥に驚愕を浮かべたが、七直は涼しい顔で言葉を続けた。
「……あら、そんなに驚かないで。もちろん、本当に奪うわけではありませんわ。比喩表現です。……私が勝った暁には、貴方の使役する呪霊の一部を、私の式神の一部として、あるいは私の指揮下に置くことを認めていただく……つまり、貴方という最強の矛を、私の一部として振るわせる権利を頂きたいのです」
七直のその発言は、傲慢というよりも、むしろ対等であることへの強烈な宣言だった。
夏油傑という個人の強さを認め、それを自分の力に取り込みたいという、あまりに七直らしい、欲深くも知性的な要求。
夏油は数秒の沈黙の後、喉の奥から絞り出すように笑った。
「……呪霊操術を、君の指先一つで扱わせろ、か。……いいよ。面白い。君にそう言わせるだけの価値があることを、これから証明してみせよう」
「ええ。楽しみにしておりますわ、傑」
二人が静かに視線を交わし、火花を散らす。 その様子を横で見ていた五条が、ニシシと笑いながら茶々を入れた。
「ヒュー!傑、かっこいいこと言うじゃん!鎧を脱げだってさ!エロいねぇ!」
「悟、一言余計だ。……それより、君こそ直哉君に足元を掬われないように気をつけることだね。彼は今、相当やる気だよ」
夏油が指し示した先には、顔を真っ赤にして屈伸を繰り返す直哉の姿があった。
五条のパシリという侮辱に近い提案が、彼の負けん気に完全に火をつけていた。
「姉貴!傑くん!見とけよ、僕があの白髪眼鏡を地面に這わせたるからな!!」
「威勢がいいねぇ、直哉!ま、俺に触れればの話だけどさ」
観客席では、夜蛾先生が頭を抱え、京都校の楽巌寺学長が苦虫を噛み潰したような顔でこの東京校のお家騒動を見守っていた。
「……さあ、始めようか」
五条がサングラスをポケットに捻じ込み、演習場の中央へと歩み出る。
直哉は深く腰を落とし、投射呪法の初動に備えて全神経を研ぎ澄ませた。
準決勝第一試合。
最強の無下限に、最速の投射が牙を剥く。
京都校はナレ死した(死んではいない)
質問コーナー
Q.五条は何に合点がいったのか?
A.七直の術式の複雑さ、というか構成ですかね。なんか混ざってね?とは薄々感じており六眼でも見えてました。少々言葉が難しいかもですが、羂索のように独立した複数術式を持っているのに対し、七直は五行想術の延長線上に直哉の投射呪法が搭載されてるイメージなので術式がごちゃついてます。そして彼女の「呪霊操術を下さい」発現で、確信着いたというか、合点が言った感じです。
いつも感想ありがとうございます!誤字脱字報告もいつもお世話になっております!
皆様のおかげでこの作品がまた一歩良くなりました!