直哉のお姉ちゃんになっちゃった…。   作:ザボン漬け

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準決勝第二試合

準決勝第二試合。

直哉と五条が作り出した熱気が冷めやらぬまま、演習場には静謐な、それでいて肌を刺すような重圧が満ちていた。

 

「準決勝第二試合――始め!」

 

合図と同時に、夏油の袖から黒い波が溢れ出した。

まずは低級呪霊の群れ。

数十、数百という異形が、物理的な質量となって七直を飲み込もうと迫る。

夏油自身は一歩も動かず、呪霊の隙間から七直の動きを凝視していた。

 

(五行を操り、属性を持った式神を使役する。……それが事前の調査で得た彼女の術式だ)

 

夏油は思考を巡らせる。

式神使いであれば、距離を詰めて本体を叩くのが鉄則。

 

(見る資料によって戦い方はバラバラだった。が、術者は何かしらを従えていた…)

 

だが、もし彼女が五条のように呪力そのものを弾丸として放つタイプなら、この程度の物量では足止めにもならない。

 

(……それにしても、この呪力量は何だ。底が見えない。出力だけなら、悟すら凌駕しているのか?)

 

夏油の懸念を肯定するように、七直が指先を微かに動かした。

 

「術式拡張・鉄刀」

 

瞬間、彼女の周囲に展開されていた呪霊の群れが、鈍色の呪力の刃に裂かれ、一斉に霧散する。

 

「……式神は使わないのかい? 君のことだ、もっと優雅に盤面を掃除するものだと思っていたけれど」

 

夏油が問いかける。その間も呪霊の投入は止めない。

七直は、押し寄せる異形を最小限の動きで捌きながら、涼やかな顔で夏油を見据えた

 

「あら。期待外れでしたかしら。……ですが傑、一つだけ訂正させてくださいな。私は式神を持ってはいませんわ」

 

「何……?」

 

夏油の眉が動く。

御三家の情報網を介して伝わっていた式神使いという前提。

それを本人が真っ向から否定した。

 

「式神ではなくて――術式を、従えているのです」

 

七直の瞳に、好戦的な光が宿る。 刹那、彼女の姿が演習場から消失した。

 

「――っ!?」

 

夏油の脳裏に、先ほどの試合で見せた直哉の動きがよぎる。

だが、それよりも重く、鋭い。

背後に回り込んだ七直の気配を察知し、夏油は咄嗟に呪霊を盾にして背後を守る。

 

ガキィィィィン!!

 

重い金属音が響き渡る。 そこには、五行の属性・金の剛性をその身に纏い、投射呪法の加速を乗せた七直の拳が、夏油の呪力で強化した呪霊を一撃で祓っていた。

 

「……投射呪法か。直哉君の術式を、五行の理に組み込んだというわけだね」

 

「ええ。直哉ほど速くはありませんが……お相手をするには十分でしょう?」

 

七直の口角が上がる。

優雅な令嬢の仮面の下から、戦いを愉しむ術師の本性が剥き出しになった。

 

「……やはり、一筋縄ではいかないね」

 

夏油が指先を鳴らすと、演習場の空気が一変した。

これまでのような雑多な低級呪霊ではない。

夏油は、その膨大なストックの中から特に耐久力に優れた二級呪霊を二体、厳選して呼び出した。

一体は岩石のような外殻を持つ巨躯、もう一体は不定形で攻撃を柳のように受け流す粘液状の異形。

そこに夏油自身を加えた三対一の陣形。

夏油は、七直の異常なまでの呪力量を警戒し、正面突破ではなく摩耗を選択した。

 

「流石ですわ。……私の演算が追いつかないよう、常に複数をぶつけてくるのですね」

 

七直は投射呪法の12フレームを刻みながら、死角から迫る岩石呪霊の打撃を紙一重で回避する。

即座に木の属性を乗せた拳を叩き込む。

木の呪力が呪霊の呪力によって成長し動きを緩慢にさせるが祓うには至らず、さらに呪霊は夏油が注ぎ込んだ呪力で強化されており、一撃では霧散しない。

それどころか、反撃の隙を縫って夏油本人の鋭い打撃が七直の側頭部を狙う。

 

「――っ、くっ……!」

 

七直は腕を盾に防ぐが、その衝撃に顔をしかめた。

夏油の立ち回りは完璧だった。

呪霊に壁をさせ、自身は急所にのみ確実な一撃を差し込む。

自分の手札を温存しつつ、七直の精神的なリソースを確実に削り取っていく非情な合理性。

 

「……正直驚いたよ。君の動きは、座学や訓練で身につくような代物じゃない。実戦、それも死線を幾度も潜り抜けた者特有の泥臭さと鋭さがある。……禪院の家で、一体どのような研鑽を積んできたんだい?」

 

「……お喋りが過ぎますわよ、傑」

 

七直は乱れた呼吸を整え、ついにそれを引き出した。

彼女の左右に、対極の光を放つ二つの小球が浮かび上がる。

 

「式神――昼・晩」

 

昼から溢れ出したのは、呪霊にとっての毒、術師にとっての究極の癒しである正の呪力だ。 七直はその輝きを拳に集束させる。

拳大の範囲に絞られたその光は、触れた呪霊の肉体を根源から消滅させる、消しゴムへと変貌した。

 

「――ほう」

 

夏油の眉が跳ねる。

七直が踏み込み、岩石呪霊の胸部を昼の拳で穿つ。

絶叫と共に呪霊の体の一部が消滅するが、夏油は即座に指を差し向けた。

 

「させるか」

 

夏油が自身の膨大な呪力を呪霊に直接流し込み、負のエネルギーを膨れ上がらせることで、七直の正の呪力を中和しにかかる。

白と黒。

正と負。

演習場の中央で、反発し合う呪力が耳を刺すような高周波を上げ、火花を散らす。

三対一を崩さず、適宜呪霊を投入する夏油。

相克を用いて少しずつ、着実に呪霊を削る七直。

これの繰り返し。

 

まさに泥仕合。

 

試合開始から三十分が経過しようとしている。

七直は投射の演算と、二つの式神の同時制御、そして夏油本人の体術への対応に、精神を極限まで磨り減らしていく。

対する夏油も、本来なら一蹴できるはずの二年生を相手に、これほど多くのストックを消費し、自身の手の内をさらけ出している事実に、焦燥に似た高揚感を抱いていた。

 

(……このままでは埒が明かないな)

 

夏油のストックが、じわじわと削られていく。

七直の額には汗が滲み、その端正な横顔には、初めて隠しきれない疲労の色が浮かんでいた。

七直は精神の限界。

夏油はストックの枯渇。

勝利への天秤は、微動だにしないまま終盤へと向かう。

 

「……そろそろ、幕引きにしようか」

 

夏油が重苦しく、そしてどこか冷徹な声を響かせた。

彼のの背後に、これまでとは一線を画す不気味な呪圧が立ち昇る。

現れたのは、長い黒髪で顔を隠し、巨大な鋏を手にした女の呪霊だった。

 

「――仮想怨霊『口裂け女』」

 

夏油の宣告と共に、演習場の一部が歪な異空間へと変貌し、七直を飲み込む。

術式が強制的に付与された簡易領域。

逃げ場のない閉鎖空間で、女の声が鼓膜に直接響いた。

 

『ネぇ…ワタ…し……きれイ……?』

 

「――っ、領域……!?」

 

七直は即座に印を組み、呪力を全身に巡らせる。

 

―秘伝・落花の情・鉄―

 

彼女の周囲に、鈍色に輝く超高密度の呪力障壁が展開される。

金の呪力特性による物理的硬化を上乗せした落花の情。

必中の術式が発動した瞬間にカウンターで弾き、肉体への接触を許さない。

口裂け女の鋏と七直の金の呪力がぶつかりあい、凄まじい金属音が鳴り響く。

 

『……わ…たぁし、キれい……?』

 

「そうね……。あえて言うなら、もっと自分を磨くことね。その姿では、殿方は振り向きもしませんわよ」

 

七直は冷静に、皮肉を込めて問いに応じる。

領域内の攻撃が苛烈さを増すが、七直は金の障壁を盾に、見えない死角からの追撃を弾き続ける。

だが、この領域の真の狙いは殺傷ではない。

視界と気配を完全に断たれ、夏油という本体を見失うことにある。

 

(……傑、どこにいる。どこから来る……!)

 

全神経を研ぎ澄まし、領域が解ける瞬間を待つ。

その時、不自然なほど唐突に、歪な空間が弾けた。

 

「――!?」

 

領域が解かれ、視界に元の演習場の風景が飛び込んでくる。

暗闇から急激な光の変化。

そして、術式が解除された瞬間に生じる解放感と、感覚の再調整。 七直の頭脳が、現実の座標を再計算するコンマ数秒の空白。

その隙を、夏油は逃さなかった。

背後から迫る強烈な殺気。

七直は反射的に、直感で後ろへ飛び退き、金の呪力を乗せた手刀を叩き込む。

手応えはあった。

だが、切り裂いたのは夏油本人ではなく、彼の呪力を濃密に纏わされた囮の呪霊だった。

 

「しまっ――」

 

「直哉君の真似をしてみたんだ。……悪くはないだろう?」

 

耳元で、静かな声がした。

完全に虚を突かれ、振り向くことすらできない。

 

(…やられた)

 

七直の喉元には、鋭く研ぎ澄まされた夏油の指先が、肌を裂く寸前で止まっていた。

演習場の熱狂が、一瞬で氷結したような静寂に変わる。

夏油の額からは幾筋もの汗が流れ、その肩は激しく上下している。

対する七直も、額の髪を乱し、精神の限界を示すように微かに肩を震わせていた。

喉元に触れる、冷たい死の予感。

七直は数秒の沈黙の後、小さく吐息を漏らし、ゆっくりと両手を掲げた。

 

「……随分といけずな真似をするんですね、傑。……私の負けですわ」

 

「君の投射呪法を欺くには、これしかないと思ってね」

 

彼女の降参の言葉が響くと同時に、夏油は指を引き、深く、長く息を吐き出した。

 

「……しかし、参ったな。正直、あと数体呪霊を潰されていたら、私の方が先に音を上げていたよ」

 

夏油は苦笑し、七直に手を差し伸べる。

七直はその手を取り、立ち上がると、乱れた衣服を整えながらいつもの優雅な笑みを浮かべた。

だが、その瞳には敗北の悔しさよりも、全力を出し切った者同士にしか分からない充足感が宿っていた。

 

「勝者、夏油傑!」

 

審判の宣言が下される。

観客席からは、もはやどちらが勝ったかなど関係ないと言わんばかりの、地鳴りのような拍手が巻き起こった。

 

 

演習場を後にし、ひんやりとした風が吹き抜ける高専の校舎裏。

そこには、先ほどの死闘の余韻を纏ったままの夏油と、着崩れた制服を整える七直の姿があった。

 

「ふぅ……。改めて言うけれど、本当に危なかったよ。呪霊をあと五体も失っていたら、今頃担架で運ばれていたのは私の方だった」

 

夏油が首筋の汗を拭いながら苦笑する。その隣で、七直は静かに前を見据えて歩いていたが、不意に立ち止まり、深く息を吐いた。

 

「……負けは負けですわ。傑、貴方のあの土壇場での判断力……感服いたしました」

 

「おやおや、殊勝なことだ。……それで? 約束は覚えているかな」

 

夏油が足を止め、七直の方を向く。

その瞳には、勝ち誇るような色ではなく、ただ純粋な好奇心が宿っていた。

 

「……ええ。お嬢様言葉を封印し、飾らない声を聞かせる……でしたわね」

 

七直は一度目を閉じ、唇を噛む。

禪院という檻の中で、自分を守るために塗り固めてきた完璧な礼法。

それを脱ぐことは、彼女にとって肌を晒すことよりも勇気がいることだった。

数秒の沈黙。

やがて、彼女はゆっくりと目を開き、少しだけぶっきらぼうに視線を逸らした。

 

「……ったく。アンタも、あんなクソガキの賭けに乗るなんて、案外性格悪いよね」

 

その声は、先ほどまでの鈴を転がすような響きとは異なり、少し低く、年相応の少女らしい、どこか投げやりで生々しい質感を持っていた。

夏油がわずかに目を見開く。

 

「……驚いたな。もっとこう、男勝りな感じかと思っていたけれど。案外、素直な響きじゃないか」

 

「うるさい。……変な感じ。誰かの前でこんな風に喋るなんて、いつ以来だか……」

 

七直は自分の腕を抱えるようにして、照れ隠しに顔を背ける。

 

「あー! 聞こえた聞こえた! 七直、今『アンタ』って言った!? 傑のこと『アンタ』って言ったよね!?」

 

突然、校舎の角から五条が首を突っ込み、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべて現れた。

その後ろには、白目を剥いて運ばれていたはずの直哉が、顔中に包帯を巻いて不機嫌そうに立っている。

そしてその隣で、気だるげに煙草を咥えようとして止めた家入硝子が、直哉の襟首を掴んで引きずっていた。

 

「悟、立ち聞きなんて趣味が悪いよ」

 

「いいじゃん別に! いやー、いいもん聞いたわ。七直、お前そっちの方が全然いいじゃん。可愛げあるっていうか、なんかダチって感じ!」

 

「五条悟……あんた、一発殴らせなさいよ。さっき鼻血出しただけじゃ足りなかったみたいじゃない」

 

七直が地声のまま、鋭い視線で五条を射抜く。

 

「ひぃ、こわいこわ〜い! でもその喋り方、マジで似合ってるぜ!」

 

「……姉貴、ホンマにええんか? そんな、どこの馬の骨とも知れん男連中の前で……」

 

直哉が情けない声を上げながら七直に寄り添おうとするが、硝子がその襟足をぐいと引っ張って制した。

 

「ほら、病人は大人しくしてな。……でも七直、あんた意外と口悪いのね。安心したわ、このクズ共と同レベルで」

 

「硝子まで……。まぁ、否定はしないわ。この二人と一緒にいて、まともでいられる自信なんて最初からないもの」

 

七直のその言葉に、五条はニシシと笑い、夏油は満足げに目を細めた。

呪術界の因習、家の重圧、そんなものをすべて脱ぎ捨てて、ただの同級生として笑い合える一瞬。

 

「さて、と」

 

五条がサングラスをクイッと上げ、夏油の肩を叩く。

 

「賭けも終わったし、次は本番だろ? 傑、ストックはまだ残ってんの? 俺、手加減してやんないからね」

 

「……ああ。君の相手をする分くらいは、何とか捻り出してみせるよ」

 

「……傑、負けたら承知しないわよ。私を負かしたんだから、無様に転がらないでね」

 

七直のぶっきらぼうな激励に、夏油は微笑んで応えた。

 

「重いね。善処するよ」

 

 

 

決勝戦、五条悟 vs 夏油傑。

それを見守る七直は、どこか吹っ切れたような顔で、硝子や直哉と共に、最強の二人の背中を見送るのだった。

 




ある意味ツンデレ?なのかも。

質問コーナー

Q.ここの夏油の呪霊ストックいくつあったんだよ…

A.大体1200体くらいです(作者的想定)。七直との消耗戦で7割弱のストックを失いました。七直に関しては長時間の術式使用と戦闘、夏油は呪霊の大量消費という、お互いを喰い合うような泥仕合になりました。結構ギリギリの戦いでしたが、術師としてお互いに良い刺激になったと感じています。


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