現地に赴いて早々に呪詛師集団『Q』の襲撃に遭った五条、夏油、七直。
だが特級クラス二人とそれに準ずる強さを持つ彼女にとって『Q』は余りに非力だった。
そして…
『Q』最高戦力バイエル離脱からの組織瓦解
数分後、ホテルのロビー付近で三人は合流した。
五条は「あー、スッキリした。やっぱ動くと腹減るね」と言いながら、赤外線通信で自分の撮った呪詛師バイエルの写真を二人に送りつけている。
「はい、七直にも送信。傑の呪霊にチュウされてる呪詛師も傑作だったよ。保存しとこ」
「不快だから私の携帯に送らないで頂戴、悟。……それより傑、この子はどう? 意識は戻ったの」
七直が夏油の腕の中を覗き込む。
そこには今回の護衛対象、天内理子が気を失っていた。
夏油は「まだ眠っているよ。相当なショックだったろうからね」と答えたが、その表情はどこか優しげだった。
「一応、医者に見せる?」
「硝子がいればねぇ」
「反転術式は使えるけど、医学方面の知識はまだ無理ね。私たちができるのは傷を塞ぐことくらいだわ」
三人が今後の相談を始めた矢先、理子の睫毛が微かに震え、その瞳がカッと見開かれた。
「お、起きた」
五条が顔を近づけた瞬間、パァン!と乾いた音が響く。
理子の平手打ちが五条の頬を完璧に捉えた。
そのまま鮮やかな身のこなしで距離を取った理子は、怒りに肩を震わせる。
「下衆め! 妾を殺したくば、まず貴様から死んでみせよ!」
「理子ちゃん落ち着いて。僕たちは味方だよ」
夏油が宥めるように手を差し出すが、理子はさらに吠えた。
「嘘じゃ! うそつきの顔じゃ! 前髪も変じゃ!」
「「……あ?」」
最強二人の顔から一瞬で温度が消える。
無言で詰め寄った二人は理子の四肢を掴み、雑巾絞りのようにギリギリと捻り上げた。
「ぃいやー! 不敬ぞー!」
「二人ともやめなさい。相手は女の子よ」
七直の仲裁と同時に世話役の黒井が駆け寄り、理子の誤解はようやく解けた。
しかし、理子は高圧的な態度を崩そうとはしない。
天元と同化する自分こそが天元なのだと、空を仰いで壮大な口上を始めた。
そんな理子を横目に、五条と夏油は一秒で飽き「待ち受け変えた?」「井上和香だよ」などと、どうでもいい雑談を始める始末。
「……聞けぃ!?」
「あの喋り方だと、友達もいないじゃろ」
「快く送り出せるのじゃ」
二人の容赦ない言葉に、理子が顔を真っ赤にして地団駄を踏む。
その様子を、七直は扇子で口元を隠しながらじっと観察していた。
七直だからこそ分かる、言葉の鎧。
七直はそっと五条と夏油の間に寄り、二人にだけ聞こえる低い声で耳打ちした。
「……ねぇ、あまり追い詰めないであげて。あの尊大な物言いは、単なる我儘じゃないわ。自分の消滅に対する恐怖を無理やり押し殺して、気を大きく見せようとしている裏返しよ」
「は? これが虚勢かよ。ただの生意気なガキにしか見えねーけど」
五条が小声で返し、夏油は少しだけ表情を曇らせて理子を見つめ直した。
「……なるほどね。そう考えると、痛々しくも見えてくるな」
そんな三人の密談など露知らず、理子は叫ぶ。
「学校じゃ普通に喋ってるもん! ……っあ! 学校! 黒井、今何時じゃ!?」
理子が血相を変えて時計を確認する。
「まだ昼前ですが、やはり学校は……」と懸念を口にするが、理子は断固として譲らなかった。
「うるさい! 行くったら行くのじゃ!」
三人は高専へ戻るのが安全だと提案したが、理子の拒否は凄まじかった。
仕方がなく夜蛾に電話を入れると、受話器越しに溜息が聞こえてくる。
『……そうしたいのは山々だが、天元様のご命令だ。天内理子の要望は全て応えよ、とな』
夜蛾はそう言い残して電話を切った。
理子は「学校に行きたい、でも授業には入ってくるな」と無茶苦茶な条件を突きつけている。
「っち、ゆとり極まれりだな。どーすんだよ」
「しょうがないだろ、好きにさせてあげよう」
夏油が折れると、七直が真剣な表情で二人を見つめた。
「……でも、護衛から離れるのは危険だわ。いつどこから呪詛師が湧いてくるか分からないもの」
七直は腕を組み、深刻な顔でホテルのロビーを見渡した。
「それな。俺たち男が女子校の中まで入り込むわけにはいかないし。かと言って、外で待ってる間に中で何かあったら、それこそ夜蛾センセに殺されるしな」
五条が耳の後ろを掻きながら、ふと思いついたように顔を輝かせた。
「あっ! そうじゃん、その手があったわ。黒井さん、予備の制服とか余ってない?」
「え……? はい、サイズ違いのものが数着ございますが……」
黒井が不思議そうに答えると、夏油が一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに合点がいったように口角を上げた。
「……ああ、なるほどね。確かにそれが一番効率的だ」
「ちょっと、まさか悟……」
七直が嫌な予感を察して一歩引くが、五条はニヤニヤしながら彼女の肩を叩いた。
「七直、お前が学校の制服着て、天内の友達のフリしてついてけばいいじゃん! お前なら、あの女子校のノリも余裕だろ? 禪院家で仕込まれた『完璧な淑女』の出番だぜ!」
「……はぁ!? 私に潜入しろって言うの?」
「いいじゃないか七直。君がいれば、校舎内のセキュリティは万全だ。僕と悟は外の護衛に回れる。……何より、君の制服姿なら誰も怪しまないだろう」
夏油まで乗っかってくる。
七直は自分の高専の制服を見下ろし、それから理子が着ている伝統ある女子校のセーラー服を交互に見た。
「……でも私、学校なんて行ったことないわ。勉強も作法も、すべて家の中で完結してたもの」
七直は眉をひそめ、至極真面目な顔で懸念を口にした。
土御門と禪院、二つの名家の血を引く彼女にとって、教育とは家庭教師を招いて行われるものであり、不特定多数が集まる学校という場所は未知の領域だった。
「むしろ好都合じゃないか」
夏油が眼鏡を直すような仕草で、理知的な笑みを浮かべる。
「家の中で完結させられるほどの深窓の令嬢なんだ。中高一貫のお嬢様学校に、これほど馴染む設定はないよ。
むしろ、学校を知らない世間知らずなお嬢様を素でやればいい」
「……あまりに合理的で、反論の余地がないわね」
七直は悔しげに唇を噛み、結局その潜入を承諾せざるを得なかった。
数分後。
黒井が用意した予備の制服に着替えて戻ってきた七直の姿を見て、五条はこらえきれないといった様子で吹き出した。
「ダハハハ! 似合ってるぜ七直! マジでどこぞの深窓の令嬢じゃん!」
五条は「これ傑作だわ」と笑いながら、ガラケーのカメラを向けてシャッターを連打する。
「ちょっと、悟! 撮るんじゃないわよ!」
「いいじゃん、記念だよ記念! よーし、これ直哉にも送ってやろーぜ。あいつ、これ見たら泡吹いて倒れるだろ!」
五条は「送信中」の画面を見せびらかしながら、ニシシと悪ガキのような笑みを浮かべた。
◆
その頃。東京都立呪術高等専門学校、購買部へと続く廊下。
「直哉くん、今日の限定パン、残ってるといいね!」
「……勝手に残っとるやろ。つーか灰原、僕をパン買いに付き合わせるなや」
直哉は、一年生の灰原雄と七海建人と共に歩いていた。
相変わらず文句を垂れる直哉だったが、そこへポケットの携帯が着信を告げる。
「あ? 悟くんからメールや。またパシリの催促か……もうパシリは終わりや言うたの…に……?」
舌打ちしながらパカッとガラケーを開いた直哉の動きが、一瞬で凍りついた。
画面には、見慣れぬセーラー服を身に纏い、顔を真っ赤にして扇子でカメラを遮ろうとしている異母姉、七直の姿。
「――な、……な、なにさらしとんねん!!」
廊下に響き渡る直哉の絶叫。
「どうしたの、直哉くん?」
灰原がひょいと横から画面を覗き込む。
「あ! 七直さんだ! 似合ってるね。これ、中学生の頃の写真?」
「ちゃうわ! 今や! さっき送られてきたんや! 姉貴、ついに頭おかしなったんか……!?」
直哉がワナワナと震えていると、後ろを歩いていた七海が、冷めた目で画面を一瞥して吐き捨てた。
「……直哉。実の姉の中学生時代の写真を、待ち受けにするのは流石にどうかと思いますよ。引きます」
「誰が待ち受けになんかするかボケェ! 濡れ衣や! 悟くんにハメられとるだけや、このアホンダラァ!」
「七海、直哉くんの顔、真っ赤だよ? 照れてるんだね」
「灰原、放っておきましょう。姉弟愛にも限度があります」
「愛とか言うな! ボケが!!!」
直哉の怒号が響く中、彼は送信元の五条に「なめとんのか!」と返信を打ち込もうとしたが、無意識にその画像を保存フォルダに移してしまったことに、自分でも気づいていなかった。
◆
一方、その頃。
理子の通う女子校の正門前には、一足先にタクシーで到着した七直と理子の姿があった。
「いい、悟、傑。何かあったら即座に突入しなさい。……でも、不必要に女子生徒を怖がらせないでね」
「わーってるって。じゃ、いってらっしゃい七直お嬢ちゃん!」
(あとで覚えてらっしゃい…)
五条の茶化しを無視し、七直は覚悟を決めたように、人生で初めての学校という名の戦場へ足を踏み入れた。
理子が正門をくぐった瞬間、その背筋がピンと伸び、纏う空気が一変した。
高圧的な仮面が剥がれ落ち、そこにはどこにでもいる、少し快活で年相応な少女の姿があった。
「あ! 理子ちゃーん! 今日遅かったじゃん」
「何々?社長出勤ってやつ?」
駆け寄ってくるクラスメイトたちに対し、理子は満面の笑みで手を振り返す。
「ごめーん、午前中用事があってさー」
その受け答えは、さっきまで高専の連中を下賤と罵っていたものとは似ても似つきもしない。
丁寧で、それでいて等身大の、瑞々しい女子中学生の言葉だった。
その様子を数歩後ろで眺めていた七直は、毒気を抜かれたように小さく息を吐いた。
「……何よ、その顔。変?」
友人たちを先に教室へ行かせた理子が、少し照れくさそうに、そして不安そうに七直を振り返る。 化けの皮が剥がれたとでも嘲笑われると思ったのか、理子は防衛本能で少しだけ語気を強めた。
「変じゃないわよ。むしろ……」
七直はゆっくりと歩み寄り、理子のセーラー服の襟元を優しく整えた。
妾を演じていた時には決して見せなかった、七直の柔らかい微笑み。
「そっちの方がずっと可愛いわよ、理子。無理に虚勢を張っている時より、ずっと貴女らしい」
「……っ」
理子は予想外の言葉に、大きく目を見開いた。
自分の境遇を知り、憐れむでもなく、あるいは特別として扱うでもなく。
ただ目の前の自分を可愛いと肯定してくれた七直の言葉が、理子の胸の奥にするりと入り込む。
「……当然よ。私は天元様……じゃなくて、私なんだから」
理子は少し鼻をすすり、今度は無理矢理な笑顔ではなく、照れ隠しの混じった年相応の笑みを浮かべて七直の手を引いた。
「ほら、行くわよナナ! 遅刻したら先生に絞られるんだから!」
「ちょっと、引っ張らないで。……あと、ナナって呼び方は何かしら?」
「いいじゃない、今日一日だけの親友なんだから!」
校舎に響く予鈴の音。 七直は、人生で初めて経験する学校という空間の喧騒と、自分を引く小さな手の温もりに、この任務がただの護衛以上の意味を持ち始めていることを感じていた。
とある感想を頂きましたので、「懐玉②」をほぼ全部書き換え、展開を繰り上げました。
質問コーナー
Q.七直が最近頑張ってることは?
A.最近は、より高度な反転術式の運用するために頑張ってます。特に、体内の毒物を判定、除去を目標としており、硝子と一緒にアルコールで練習してます。硝子が飲んで、七直は施術する、これを練習してます。が、硝子がザルなので、除去できたか分かりづらいのが難点。直毘人が知ったらある意味大変喜ぶかもしれない。
お詫び
昨日の話の後半で、星奬体の同化についてと、直哉への電話の時間帯が夜になっていました。原作では、夜蛾先生に説教された後、すぐに現場に向かっていたので、それに沿って修正しました。混乱させてしまい申し訳ありません。
タイトルが設定されてなかったので変えました。
お詫び②
感想にてほほぼ原作コピペやんけと言われてしまい、たしかにその通りだと思いました。
返信しようと思ったのですが、今はもう削除されてしまったようですのでこの場を借りて返信させてください。
「感想ありがとうございます!
今回の描写は完全に作者である私のミスと思い違いから出たものです。申し訳ございません。
落差が酷いと感じてしまったのは、恐らく「七直がいなくても変わらない二番煎じ」だからだと思いました。原作に沿った方がいいのでは、という思い込みが作品を希薄にさせてしまいました。甚爾と孔時雨の場面は完全にいれなくてよかったところだと痛感しています。本当に書かなくてはいけなかったのは「七直目線での描写」や「七直がいたから起きた出来事」だと反省してます。ようやく原作に入ったのですが、自分の描写と既にある原作の折り合いが上手くできずこのような中途半端な作品になってしまいました。
今後は、できるだけ原作の流れをなぞるだけのシーンは整理し、七直が介在することで起きる変化や、彼女の内面を深掘りする描写に注力していきます。 貴重なご指摘をありがとうございました。ここからまた気を引き締めてがんばります!」