直哉のお姉ちゃんになっちゃった…。   作:ザボン漬け

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懐玉④

沖縄、那覇空港。

熱気を含んだ潮風と、観光客の喧騒。

そんな中、不釣り合いに鋭い眼光を放つ三人の少年たちがいた。

 

「しっかし、悟君も無茶言うわ。空港に呪詛師がおらんか警戒せいって、頭おかしいちゃうんか。僕らまだ一年やぞ」

 

直哉が不機嫌そうにガラケーのアンテナを弄りながら毒づく。

その隣では、七海がいつになく冷めた表情で頷いた。

 

「直哉の言う通り、一年に務まる任務じゃない。本来なら一級術師、数人は必要でしょう」

 

「僕は燃えてるよ! 先輩たちにいいところ見せたいからね! それにいたいけな少女のため、先輩たちが身を粉にして頑張っているんだ! 僕たちが頑張らないわけにはいかないよ!」

 

一人だけ目を輝かせる灰原が拳を握る。

だが、七海は無情にも現実を突きつけた。

 

「灰原、期待しすぎです。台風が来て閉鎖されたら、我々はただの頑張り損でしょう」

 

「まぁまぁ……。お、また悟君からメールや。今度はなんや。……もう何が来ても驚かん…で……!」

 

諦め顔で携帯を開いた直哉の動きが、唐突に静止した。

液晶画面に映し出されていたのは、恥ずかしさから顔の下半分を扇子で隠し、視線を逸らしている水着姿の七直だった。

トップに可愛らしいフリル、ボトムはボーイレッグの白い水着を着こなし見事なスタイルを強調している。

 

「…………これが身を粉にして頑張っとる先輩かぁ!?何しとんねん! ドアホォ!!!」

 

空港の到着ロビーに直哉の怒号が響き渡る。

 

「えっ、何!? また七直さん!?」

 

灰原が身を乗り出して画面を覗き込むと、そこには確かに、普段の凛とした姿とはギャップのある開放的な姿があった。

 

「うわぁ、綺麗だね! 本当にモデルさんみたい。七海見てよ、七直さんの水着姿!」

 

「……見ませんよ。……というか直哉、なぜ震えながらその画像を即座に保護フォルダに入れているんですか。あなたの情緒の方がよっぽど心配ですよ」

 

「うるっさいわ!! 証拠保全や! 姉貴をたぶらかしとる白髪のバカを、後で親父にチクるための証拠や!!」

 

顔を真っ赤にして叫ぶ直哉の横で、七海は深く溜息をつき、静かに腕時計を確認し、早くこの任務が終わる事を切に願った。

 

 

時は少し遡る。

盤星教の拠点での黒井救出は、拍子抜けするほどあっけなく終わった。

相手はただの非術師。

特級二人と七直の敵ではなく、力づくで連れ戻すのに一分もかからなかった。

 

「――というわけで! 残り時間はバカンスに決定な!」

 

五条の宣言と共に、ホテルのプライベートビーチへ連行された面々。

そこで最大の戦いが勃発した。

 

「嫌よ! 絶対に嫌! そんな肌が多く見える破廉恥な格好!」

 

沖縄の抜けるような青空の下、七直の悲鳴に近い拒絶が響き渡る。

五条の手には、理子が選んだものと色違いだが、お揃いの水着が握られていた。

デザインは可愛らしいフリルがあしらわれたトップに、スポーティーなボーイレッグのボトム。

露出が極端に多いわけではないが、箱入り娘として育てられた七直にとっては、全裸も同然の代物だった。

 

「いいじゃん! 七直、スタイル良いんだからさ、沖縄の太陽に見せつけていこうぜ! 景気よくいこうよ!」

 

「乙女の柔肌は安物じゃないのよ! 日の下に晒すくらいなら、死んだ方がマシよ!」

 

七直は本気で構え、五条を睨みつける。

だが、そこへ援護射撃ならぬ、おねだりが飛んできた。

 

「ナナ……私、ナナとお揃いがいい。ナナが着てくれないなら、私も泳がない……」

 

理子が潤んだ瞳で七直の服の裾を掴み、上目遣いで訴える。

同じ水着を着て、本当の姉妹のように遊びたいという、星漿体としての最後かもしれない純粋な願い。

 

「理子……それは、卑怯だわ……」

 

七直が言葉に詰まると、横に控えていた黒井までもが、恭しく頭を下げた。

 

「禪院様、どうか……お嬢様のお願いを聞いてあげてはいただけないでしょうか。お嬢様が、これほどまでに誰かとお揃いのものを欲しがるなど、今までありませんでした。私からも、一生のお願いでございます」

 

「黒井さんまで……!?」

 

信頼を置く黒井にまで頭を下げられ、七直の防波堤が音を立てて崩れていく。

さらに、五条がこれ以上ないほど不敵な笑みで追い打ちをかけた。

 

「ほら見ろ、主役がこう言ってるぜ? それにさぁ、夜蛾センセーも言ってたじゃん。『天元様のご命令だ。星漿体の要望は全て通せ』ってね!」

 

五条が勝ち誇ったように、先生の口真似をしながら追い打ちをかける。

七直はそのあまりの調子の良さに、こめかみに青筋を立てた。

 

「……! あんた、そういう時だけ都合よく先生の言葉を使うのね!?」

 

「いいじゃないか七直。理子ちゃんの安全のためにも、僕たちが目立って注意を引くのは理にかなっているよ。それに……君のその姿、きっと似合うと思うよ」

 

夏油までが合理的という言葉のオブラートに包んだ賛辞を送ってくる。

三対一、いや理子も含めれば四対一で、この場に七直の味方はいなかった。

 

「…………わかったわよ。着ればいいんでしょ、着れば!」

 

数分後。

更衣室から出てきた七直は、あまりの気恥ずかしさに扇子で顔の半分を隠し、視線を泳がせていた。

フリルが揺れるたびに、禪院の血が成せるしなやかで均整の取れた肢体が露わになる。

その破壊力は凄まじく、五条は迷わずガラケーのシャッターを切った。

 

「ダハハ! 最高じゃん! 速攻で直哉に送信決定な!」

 

「待ちなさい! 送ったら殺……ちょっと、傑! どこ見てるのよ!」

 

「いや、……眩しいね、沖縄の太陽は」

 

夏油が珍しく視線を逸らして耳の裏を掻く横で、理子が「わあぁ! ナナ、とっても綺麗!」とはしゃぎ回る。

その写真が、空港でピリついていた直哉の元へ届くのは、そのわずか数分後のことだった。

 

 

海水浴を終え、一行が引き揚げようとした時のことだった。 理子がふと、水平線の彼方を寂しげに見つめたのを五条は見逃さなかった。

 

「……ま、あともう一泊くらいしてもバチは当たらねーよな。延長決定!」

 

 

五条の言葉に、理子は「本当!? やったぁ!」とはしゃぎ出す。 だが、その背中を見守る七直と夏油の顔には、隠しきれない懸念が走った。

 

「悟、いいの? 術式の持続、もう丸一日を超えているでしょう」

 

七直が低い声で尋ねる。五条はサングラスを指先で少しずらし、軽い調子で返した。

 

「いいんだよ。飛行中に天内の懸賞期限が切れた方が、空の上で狙われるより百倍マシっしょ。それに……」

 

五条は振り返り、二人の顔を見てニッと笑った。

 

「僕が万が一ヘマしても、隣には傑と七直がいる。最強が三人も揃ってんだぜ? 心配すんなって」

 

その慢心とも取れる信頼の言葉に、夏油は小さく苦笑し、七直は唇を噛んで黙り込んだ。

 

 

一方、那覇空港の到着ロビーでは、南国の熱気とは別の意味で、一年生三人組の間に一触即発の空気が漂っていた。

 

「直哉! 七海! 先輩からメール来たよ! 滞在一日延ばすってさ!何かあったのかな!」

 

灰原が画面をパカパカと開閉させながら、弾んだ声で報告する。

その純粋すぎる笑顔とは裏腹に、内容を聞かされた二人の反応は対照的だった。

 

「…………はぁ!? 一日延期ぃ!?」

 

直哉の絶叫が、静かな空港内に木霊した。

 

「ふざけとんのか、あの白髪! 空港で呪詛師に目ぇ光らせとけ言うといて、自分らは一日延長!? 僕らここで素泊まり確定やんけ、ボケカスがぁ!!」

 

直哉は怒りのあまり、愛用のスライド式携帯を地面に叩きつけそうな勢いで振り上げたが、かろうじて踏みとどまった。

隣では、七海建人が無言のまま、手に持ったパンフレットを握りつぶし、その鋭い目元には、隠しようのない青筋が浮き出ていた。

 

 

結局、出発は翌朝に延期された。

 

そこからは文字通りの観光三昧だった。

マングローブの林をカヌーで進み、地元の店で湯気を立てるソーキそばを啜り、美ら海水族館では巨大なジンベエザメを見上げて理子が瞳を輝かせる。

七直も、理子の喜ぶ姿に毒気を抜かれ、いつしか学校でもらった塗り香を理子に貸してやるほどには、この束の間の平穏を楽しんでいた。

 

そしてその日の夜。

 

宿泊先の宿で一息ついた頃、七直は縁側で夜風に当たる五条の背中に声をかけた。

 

「あんた、本気で術式解かずに寝ないつもり?」

 

七直の問いに、五条は振り返らず、夜の海から吹く湿った風を受けながら答えた。

 

「万が一もあるからな。……心配すんなって、いざとなったら傑と七直で何とかなるって言っただろ」

 

「それ、昼も聞いたわ」

 

七直は呆れたように溜息をつき、五条の隣に歩み寄った。

 

「何とかなるって本気で思ってるんなら、少しは私たちを頼りなさいよ。私も傑も、あんた一人に全部背負わせるほど安っぽくないわ」

 

「そうだよ悟。君は少し気を張りすぎだ」

 

いつの間にか縁側へやってきた夏油も、二人の会話に参入した。

 

「黒井さんと理子は?」

 

七直が尋ねると、夏油は優しげな、だがどこか疲労の混じった笑みを浮かべる。

 

「先に寝てもらったよ。よほど疲れたんだろうね、二人ともぐっすりさ」

 

「そう。……なら、次はあんたの番よ、悟。せめて三時間は寝なさい。見張りと護衛は私と傑が交代でやるから」

 

七直の提案に、夏油も深く頷いた。

 

「同感だね。移動してから高専に戻るまではいやでも緊張の糸は張り直さなきゃならない。今ここで一息つかないと、肝心な時に身体が動かないよ」

 

二人の真剣な眼差しを受け、五条は鼻の頭を掻きながら、視線を泳がせた。

 

「……三時間は多いわ。一時間。一時間ありゃ十分だ」

 

「一時間で何が変わるのよ。子供じゃないんだから聞き分けなさい」

 

「いいや、一時間だ。それ以上寝たら、身体が鈍って逆に動けなくなる。一時間だけ目ぇ瞑らせてくれるなら、大人しく横になってやるよ」

 

譲らない五条の言葉に、七直と夏油は顔を見合わせた。

この男がここまで譲歩するだけでも、相当なことだ。

 

「……わかったわ。一時間、私たちが絶対に何事も起こさせない。だから、あんたは全神経を休めなさい」

 

七直がそう言うと、五条はようやくへいへいと肩の力を抜いた。

二人の側を通り抜け、部屋に備え付けのソファーに五条は横になった。

六眼によって常に流れ込んでくる膨大な情報を遮断するように、ゆっくりと目を閉じる。

 

「……じゃ、一時間後にな」

 

最強と謳われる青年が、無防備な寝息を立て始める。

七直は、月光に照らされた五条の寝顔をじっと見つめ、それから隣に座る夏油に視線を向けた。

 

「傑。まずは私が一時間、ここにいるわ。あんたも横で休んで」

 

「いや、二人でいよう。一人で抱え込むのは、悟の二の舞だからね」

 

二人は静かに笑い合い、最強の休息を守るための、短くも長い一時間を過ごし始めた。

 

 

静まり返った宿の縁側。

五条の規則正しい寝息だけが聞こえる中、七直は隣に座る夏油の横顔を盗み見た。

 

「ねぇ傑、呪霊って……どんな味がするの?」

 

「……急にどうしたんだい?」

 

夏油は驚いたように目を瞬かせ、それから少しだけ困ったように微笑んだ。

 

「どうしてって……もしかしたら私も、いつかあんたの術式を書き移して使えるようになるかもしれないじゃない。その時のために知っておこうと思って。……あの時の、約束もあるしね」

 

あの時と言われ、二人の脳裏には数ヶ月前の交流会の光景が浮かぶ。

準決勝でぶつかった二人。

七直が勝てば呪霊操術を、夏油が勝てば七直が堅苦しいお嬢様言葉をやめることを賭けた勝負。

結果は、夏油の勝ちだった。

以来、七直は窮屈な言葉の鎧を脱ぎ、五条や夏油と同じ目線で笑うようになった。

夏油にとって、それはどんな呪霊を手に入れるよりも価値のある勝利だった。

 

「……味、だったね」

 

夏油は視線を五条の寝顔から、自分の掌へと移した。

呪霊を取り込む際、黒い球体へと変えたそれを飲み込む瞬間の記憶。

 

「……吐瀉物を処理した雑巾を、丸ごと飲み込むような味だよ」

 

「…………っ」

 

想像を絶する返答に、七直は息を呑んだ。

言葉を失う七直を気遣うように、夏油は少しだけ声を和らげる。

 

「誰にも言ったことはないけれどね。あまり気分のいいものじゃない。だから、君がそれを使えるようになったとしても……あまり、お勧めはしないよ」

 

七直は、夏油がいつも涼しげな顔をして最強の一角を担っているその裏側にある、泥を啜るような苦しみの一端を初めて知った。

五条が一睡もせず神経を削っているように、夏油もまた、内側に澱みを溜め込みながら戦っている。

 

「……ごめんなさい、傑」

 

七直は俯き、絞り出すような声で謝罪を口にした。

 

「……? 何を謝ることがあるんだい」

 

「あの時の試合よ。私、あんたの手持ちの呪霊を7割近くも削ってしまった。そんな思いをして取り込んだものを、あんなに無下にして……」

 

七直の脳裏に、交流会で自分が叩き伏せ、消滅させていった呪霊たちの残像がよぎる。

それらはすべて、夏油が雑巾の味を噛み締めながら積み上げてきた努力の結晶だったのだ。

 

「なんだ、そんなことを気にしていたのかい?」

 

夏油は拍子抜けしたように笑うと、少しだけ身を乗り出し、七直の目を覗き込んだ。

 

「いいんだよ。実戦であれだけの練度を見せられたのは収穫だったし、何より……どんな強力な呪霊の束よりも、七直のありのままの本音を聞けたんだ。それだけで、お釣りがくるくらいの儲けものだよ」

 

少しキザな言い回しに、七直は頬を朱に染める。

 

「……あんた、悟に毒されすぎじゃない?」

 

「ふふ、そうかもね」

 

七直は視線を逸らす。

だが、その言葉で重苦しかった空気がふっと和らいだのは確かだった。

 

「……この任務が終わったら、しばらくあんたの呪霊狩りを手伝ってあげるわ。削ってしまった分、私が責任を持って集め直す。せめてもの罪滅ぼしよ」

 

「それは心強いね。君の五行があれば、どんな難敵もあっという間に無力化できそうだ。すぐに元の数に戻るよ」

 

「……その代わり、あんまり無茶な飲み込み方はしないで。顔色、たまに悪いわよ」

 

七直はそう言いながら、腰に下げた巾着袋に手を伸ばした。

中をまさぐり、小さな包みを取り出すと、それを夏油の掌へと置いた。

 

「はい、これ」

 

「これは飴かい?」

 

「ええ。少しは、不味い呪霊の後の口直しにくらいはなるでしょ。私がいつも舐めてるやつだから、味は保証するわ」

 

夏油が包みを開けると、琥珀色の綺麗な飴玉が月光を反射して輝いた。

それを口に放り込むと、優しい甘みが広がり、いつまでも消えなかった喉の奥の嫌な後味が少しずつ解けていく。

 

「……ありがとう。本当に、驚くほど美味しいよ」

 

「……当然よ。私の選んだものですもの」

 

ふいっと顔を背けた七直だったが、その指先はどこか満足げに揺れていた。

二人の間に流れる時間は、不味い呪巾を飲み込み続ける夏油にとって、唯一の甘い休息となっていた。

 




もうすぐです。


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ごめんなさい!今日はお休みで。


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