朝、七直は眼を覚ました後、身支度をすませて、道場へ向かっていた。
道着姿から襷掛けをし、気合を入れつつ、動きやすい恰好にする。
あまり深い眠りにはつけなかったようで、体にすこしの浮遊感を感じている。
今日はいよいよ直哉との勝負の日であり、七直にとって負けられない戦いであった。
(ついにきた。ここで私という存在を示さないと…)
この一年、七直は術師として鍛えられている。
術式の潜在能力と将来性は、光る原石の如く有望だ。
が、まだ齢六歳の七直には、禪院という厚い層を突き破るにはあらゆるものが足りなかった。
七直が道場へ着くと、多くの人が壁沿いに、道場を囲んでいた。
皆、禪院家の術師であり、今回の試合に興味があるのか、大いに賑わっていた。
そして道場の真ん中へと着くと、その場の者の視線が一斉に七直へと突き刺さる。
侮蔑、好奇、そして僅かな期待。
その全てが七直の背中にのしかかる。
「お待たせしとるで。七直ちゃん」
後ろから、冷ややかな声と共に直哉が道場入口から入って来た。
彼は七直と同じく道着姿だが、呪具の類は持っていないように見える。
その口元には、昨日と同じ、皮肉と余裕に満ちた笑みが浮かんでいた。
さらに後ろから、当主の直毘人が扇子を仰ぎながらゆっくりと歩いてくる。
「盛り上がってるな。禪院の未来を占う、姉弟喧嘩だ」
直毘人は、七直と直哉の間に入り、ぱちんと扇子を閉じる。
そして、大声で宣言する。
「勝敗のルールは、どちらかが降参または戦闘不能になるまで!なお、己の術式は使用してよいが、呪具の使用は禁止!そして審判はこの儂が努める!それでよいな」
直毘人は形式上の確認を二人に取る。
「ええで」
「はい」
直哉は顎をしゃくり上げ、見下し気味に答え、七直は顎を引いてねめるように見つつ答えた。
余裕綽々の直哉と、張り詰めた空気を纏った七直。
様々な思惑が交差するこの試合に誰しもが、注目する。
「では…始めぇい!」
開始の合図が鳴った。
先に動いたのは直哉だ。
あきらかに術式を使った動きではない。
が、それでもすぐさま七直に近づき、肉薄しようとする。
(術式を使わない?でも、意外と速い!)
直哉の拳が、七直の顔面に迫る。
式神の展開が間に合わず、素の呪力を込めてガードする。
呪力同士のぶつかり合い、その衝撃が七直の腕に伝わりしびれさせた。
「ッち!」
直哉は最初の一撃で勝負を決められなかったことに舌打ちしつつも、次の手を繰り出した。
七直はそれに応戦する。
術師として鍛えられたのは、術式の使用だけではない。
ある程度の対人戦を想定した、体術も修練の範囲だった。
直哉の攻撃を的確にいなしつつも、七直は内心少し焦っていた。
(式神を展開する隙がない…!)
絶え間ない、直哉の連撃に対応するので手一杯だった。
(素の呪力のみじゃ、たぶん直哉は倒せない。何とかして隙を作らないと。)
組み手の様に拮抗した応戦に、苦心していたのは直哉も同じだった。
(なんやねんコイツ!女のくせして、防ぎおって!)
直哉はかなり早い段階から呪力を感じ、呪霊が見えていた。
直毘人の子だけあって、その才能は抜きんでている。
が、その才能に慢心した結果、見下した相手に思うように立ち回れない苛立ちが内内に積もっていく。
(くそっ!くそっ!なんで当たらへんねん!)
「ええ加減にせぇやぁ!このクソ女がぁ!」
シビレを切らした直哉は大振りに腕を上げ、七直に振りかざす。
当たれば、大きなダメージだがこの隙を七直は見逃さなかった。
(…ッ!ここ!)
正面から来る直哉の攻撃を、左に回り込むように回避した。
攻撃が空振り、姿勢が崩れたところを、七直は肩から体当たりし直哉を突き飛ばした。
直哉の体が畳の上を滑り、壁際で止まる。観客席から「おお…!」と静かな声が漏れた。
(この一瞬…!)
七直は直哉が体勢を立て直すわずかな間を逃さず、水の式神・
彼女の足元を中心に水の呪力が薄く広がり道場を満たしていく。
「なんや、水遊びか?」
立て直した直哉は、七直へ向かい駆けようするが、粘性のある水の呪力に足をとられ、わずかに滑ってしまった。
(巌では、間に合わない。水で足場を悪くし、木で拘束する。これしかない!)
七直は水から木の式神・
木の呪力は瞬く間に水の呪力を吸収し、幾重もの蔦となり、直哉の足元へ爆発的な成長をする。
驚愕の表情をうかべ、跳躍。
蔦が直哉を捉える寸前、紙一重でかわしてみせた。
「っざけんなや!」
直哉は初めて、皮肉ではない、本気の苛立ちと焦燥を七直に見せた。
七直の術式が、彼のスピードという絶対的な優位性を初めて脅かした瞬間だった。
質問コーナー
Q.七直の名前の由来は?
A.七月七日が誕生日で、直毘人の子なので、組み合わせて七直になりました。
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12/6 ルビを修正しました。。