長い回廊を抜け、ひんやりとした空気が肌を刺す薨星宮の本殿へと、三人の足音が響く。
黒井との別れを済ませた理子の瞳には、まだ名残惜しさが滲んでいたが、隣を歩く七直の凛とした横顔を見て、必死に自分を奮い立たせているようだった。
巨大な御神木が鎮座する、静謐な空間。
その手前で、七直が足を止めた。
「……この先の門をくぐった先の、大きな樹の下まで行って。そこまで行けば、天元様の結界に入れるわ。大丈夫よ、招かれた人しか入れないから、あそこなら天元様が理子のことを守ってくれる」
理子が震える足で一歩を踏み出そうとした時、夏油がその後ろ姿に、穏やかだが重みのある声をかけた。
「……それか、引き返して黒井さんと一緒に帰ろう」
理子は弾かれたように振り返った。
「…………え?」
「担任からこの任務の話を聞かされた時、あの人は同化を『抹消』と言った。あれは、それだけ私達に罪の意識を持てということだ。うちの担任は、少しばかりやり方が回りくどいからね」
夏油が静かに語りかける横で、理子は救いを求めるように七直を見つめる。
「……でも、いいの? そんな……勝手なこと」
七直は理子の不安を透かすように、柔らかな、しかし揺るぎない微笑を向けた。
「理子に会う前に、皆と話は済んでるわ。……あとは、あなた次第よ」
「理子ちゃんがどんな選択をしようと、君の未来は私達が保証する」
夏油の力強い言葉に、理子の視界が揺れた。
胸の奥に押し込めていた本音が、ダムが決壊したかのように溢れ出す。
「私は……生まれた時から
理子は自分の手をぎゅっと握りしめた。
「だから、同化して皆と離れ離れになっても大丈夫だって思ってた。どんなに辛くたって、いつか悲しくも寂しくもなくなるって……」
神妙な面持ちで耳を傾ける七直と夏油。
理子は、堰を切ったように泣き笑いの表情を浮かべた。
「……でも、でもやっぱり、皆と一緒にいたい! もっと皆と色んな所に行って、色んなものを見て……もっと……っ」
「……理子」
七直は愛おしそうに目を細め、理子の小さな身体をそっと抱きしめた。
この数日間の旅路で、理子は七直の背中に、本物の高貴さと、折れない強さ、そして底知れぬ慈愛を見てきた。
いつしか理子にとって七直は、単なる護衛を超え、人生で初めて出会った憧れそのものになっていた。
七直の腕の中で、理子は顔を上げて叫ぶ。
「それに、ナナのことだってもっと知りたい! せっかく友達になったのに私、まだナナのこと何も知らないもの! ナナが何が好きで、何が嫌いなのか。もっと聞かせて欲しい! 私……私、ナナみたいになりたいの!」
あまりに真っ直ぐな、少女らしい「生」への執着。
七直は「もう、しょうがないわね」と困ったように苦笑しながらも、その瞳には理子への深い信頼が宿っていた。
七直が夏油と目を合わせると、夏油もまた、確信に満ちた表情で深く頷く。
「帰ろう、理子ちゃん」
夏油が優しく手を差し伸べると、理子は涙を拭い、満開の笑顔でその手を取った。
「……うん!」
その返事を聞き届け、七直はふっと表情を和らげた。
だが、すぐに視線を鋭くし、術師としての顔に戻る。
「傑、まずは急いで黒井さんと合流しましょう。満月が沈む明日の夜明けまで二人を隠し通さなきゃ。甚爾さんは恐らく盤星教に雇われている。同化が失敗したと分かれば、依頼は取り消されるはずよ」
「なるほど、道理だね。なら来た道とは別の出口を――」
夏油が言葉を紡ぎ、理子が彼の手を取ろうと一歩踏み出した、その刹那だった。
音も、気配も、殺気すらもなかった。
そこにあるのは、ただ「理子を殺す」という冷徹な事象のみ。
ドシュッ、と肉を裂く鈍い音が薨星宮の静寂を切り裂いた。
「え……?」
理子の声が漏れる。彼女を抱きしめるように寄り添っていた七直の身体が、不自然に跳ね上がった。
七直の背中から、どす黒い鮮血に濡れた刀身が突き出している。
そしてその刃は、七直の胸を突き抜け、そのまま彼女が守っていた理子の胸元までを無慈悲に貫通していた。
「な……なな……?」
理子の瞳から光が消えていく。
七直は口端から溢れる鮮血に咽びながらも、背後に立つ男の気配に、絶望と共にその名を呼ぼうとした。
「甚……じ、さ……」
「仕事だ。恨むなよ」
背後に立つ甚爾は、感情の欠片もない声でそう告げると、二人の身体を繋ぎ止めていた太刀を一気に引き抜いた。
支えを失った二人の少女の身体が、石畳の床に崩れ落ちる。
「なんで、お前がここにいる」
「なんでって、あぁそういう意味ね」
そして絶望の言葉が紡がれた。
「五条悟は俺が殺した。禪院直哉もな」
「そうか、死ね!!」
夏油の叫びと共に、薨星宮の静謐は無数の呪霊の咆哮によって塗り潰された。
巨大な百足、異形の飛翔体。
夏油が蓄えてきた一級呪霊たちが、殺意の塊となって甚爾へ殺到する。
だが、甚爾は踊るような足捌きで、その攻撃のすべてを紙一重でかわした。
重力を無視したような跳躍、呪霊の牙を逆手に取った太刀の一閃。
「焦んなよ」
甚爾の声は、激昂する夏油とは対照的にどこまでも平坦だった。
「これが、呪力を持たない天与呪縛か……」
夏油が苦々しく漏らす。
その瞳は、眼前の男が呪術という概念の外側にいることを、その身をもって理解していた。
「んだよ、知ってんのか……。いや、七直か直哉辺りに聞かされたのか。そうさ、呪力のねぇ俺は結界内じゃ透明人間ってわけだ」
「……どうやって薨星宮へ続く扉が分かった。私たちは毛程の残穢も残さなかったはずだ」
夏油の問いに、甚爾は自身の鼻先を指で叩いた。
「人間が残す痕跡は残穢だけじゃねぇ。臭跡、足跡……。五感も呪縛で底上げされてんだよ。お前らが丁寧に呪力を隠せば隠すほど、人間としての生臭い汚れが浮き彫りになるんだ」
夏油の脳裏に、理子を、そして七直を連れてここへ辿り着くまでの道程が浮かぶ。
自分たちが希望を感じ、未来を語り合っていたその生の痕跡こそが、死神をここまで招き入れたのだという皮肉。
「……途中に女性が一人いたはずだ。黒井さんは、彼女はどうした?」
夏油の問いは、もはや祈りに近かった。
だが、甚爾から返ってきたのは、あまりにも無造作な答えだった。
「ん? あぁ、あのメイドか。……たぶん死んでる。生かす気も殺す気もなかったけどな。邪魔だったから適当に弾き飛ばした」
その瞬間、夏油の中で、理性の最後の一線が焼き切れた。
「そうか」
夏油の周囲に、黒い呪力の渦が巻き起こる。
彼の背後で、かつてないほどの威圧感を放つ巨大な呪霊——「虹龍」が、その巨躯を蠢かせた。
「やはり、お前は死ね」
怒りで濁った夏油の呪力が、薨星宮の空気を歪ませる。
足元には、腹を貫かれ、重なり合って倒れる理子と七直。
愛する仲間も、守り抜くと誓った少女も、すべてをゴミのように扱った男に対し、夏油傑の全存在を賭けた殺戮が始まる。
「虹龍!!」
夏油の叫びと共に、青白く輝く巨躯が薨星宮の空間を埋め尽くした。
だが、この虹龍はいつもと違う。
夏油が七直との研鑽の末に辿り着いた、呪霊操術の極致――術式反転。
呪霊を一度解体し、その構成要素を再構築することで生まれた、強化個体だ。
虹龍はその巨大な顎で甚爾を丸呑みにすると、自身の尾を噛み、完全な円環を形成した。
「生得領域……なるほど、輪っかになってる感じね」
虹龍の体内。
冥冥や歌姫の任務で回収した「閉じた領域」を持つ呪霊の術式が組み込まれたその閉鎖空間で、甚爾は退屈そうに呟いた。
外から見れば一瞬だが、中では永遠に近い時間が流れる監獄。
夏油は虹龍が時間を稼いでいる間に、血の海に沈む七直と理子の元へ駆け寄ろうとする。
早く外へ連れて行って治療をしなければならない。
だが、背後で理が崩壊する音が響いた。
ドォォォォォォンッ!!
夏油が最高硬度まで高め、呪力で幾重にもコーティングしたはずの虹龍が、紙細工のように輪切りにされ、虚空へ霧散したのだ。
「……なっ!?」
夏油が驚愕に目を見開く。
虹龍を閉じ込めてから、現実の時間ではまだ1分も経過していない。
「一瞬ヒヤッとしたが、そんなに時間はずれてねぇみてぇだな。……で、どこへ行く気だ?」
瓦礫の煙の中から、甚爾が悠然と姿を現した。
その手には、あらゆる術式を強制解除する天逆鉾。
さらに別の武器へと持ち替え、虹龍の「時間遅延」ごと肉体を物理的に切断してみせたのだ。
「馬鹿な……。あの虹龍の硬度は、並の術師じゃ傷一つ……」
「硬かろうが時間が止まろうが、関係ねぇんだよ。術式ってのは要するに仕組みだ。天逆鉾でその根っこをブッ叩けば、どんなに複雑な仕掛けもただのガラクタだ」
すると、薨星宮を異様な静寂が支配する。
『わた……わタ……し、きれい?』
続けて夏油が放った仮想怨霊「口裂け女」の簡易領域——問答を終えるまでお互いに不可侵を強いる強制的な縛りが、甚爾の動きを一瞬だけ繋ぎ止めた。
「次から次へとせわしねぇな。…そうだな。ここはあえて、趣味じゃねぇ」
甚爾が吐き捨てた瞬間、不可侵の理が解除され、巨大な鋏が四方八方から甚爾を襲う。
だが、天与の怪物はその巨鋏の軌道を紙一重で見切り、天逆鉾で弾き飛ばした。
鋏をすべて捌ききったその刹那、甚爾の背後の空間が揺らいだ。
夏油が自ら、甚爾の喉元まで肉薄してくる気配。
(馬鹿が……俺の間合いに自ら飛び込んでくるとは、張り合いがなさすぎるぜ)
「終わりだな」
甚爾は確信を持って振り向きざまに斬撃を放った。
肉を断つ確かな感触。
だが、斬り裂かれたのは、夏油の顔を模した人型の呪霊であった。
術式反転によって外見を再構築され、夏油の呪力をあえて表面に纏わせたデコイ。
「!? ブラフか!」
「終わるのはお前だ」
本物の夏油は、甚爾の死角――その肩に巻き付く格納呪霊の真横に現れた。
呪霊操術の本質。
それは呪霊を取り込むこと。
格納呪霊に夏油は手を伸ばす。
(能力は特殊だが、呪霊自体は強くない。取り込める)
確信を持って伸ばした夏油の指先が、醜い格納呪霊の皮膚に触れようとする。
だが、その瞬間に走ったのは拒絶の衝撃だった。
(なっ! ハジかれた!?)
呪霊操術の理屈であれば、夏油ほどの術師なら二階級下の呪霊は無条件で服従するはずだ。
しかし、この呪霊は甚爾という個体とあまりに深く共生しており、夏油の呪力を異物として完全に排斥した。
一瞬の隙。
だが、甚爾を相手にするには、その瞬きほどの迷いが致命傷となる。
「……甘ぇな」
甚爾の低い声が鼓膜を打つと同時に、天逆鉾が夏油の胴を十字に切り裂いた。
「が……はっ……!」
鮮血が舞い、夏油の視界が火花を散らす。甚爾は追撃の手を緩めず、力任せに夏油の顔面を蹴り上げた。
石畳に叩きつけられた衝撃で夏油の意識が白く染まる。
「術師なら死なねぇ程度に斬った。式神使いなら殺したが、呪霊操術となるとお前の死後、取り込んでた呪霊がどうなるかわからんからな。ここで面倒事は避けたい」
甚爾はピクリとも動かなくなった夏油の頭を、泥靴で無造作に踏みにじった。
その瞳に宿るのは、理子を貫いた時と同じ「仕事人」の冷徹さだ。
「親に恵まれたな。だが、その恵まれたお前等が、呪術も使えねぇ俺みたいな『猿』に負けてどんな気持ちだ? ――ああ?」
甚爾が嘲笑を浮かべ、さらに足に力を込めたその時。
踏みつけられていた夏油の手が、微かに動いた。
「……誰が、猿だって……?」
夏油の影から、無数の脚を持つ百足の呪霊が噴き出し、甚爾の脚に絡みつく。
甚爾が舌打ちをして跳躍し距離を取る間に、夏油の身体から蒸気が立ち上った。
(反転術式……!)
十字に裂かれた傷口が、肉を編み上げるような異音を立てて塞がっていく。
夏油はふらつきながらも立ち上がり、口端の血を拭った。
「主従関係にある呪霊は取り込めないのかな、タメになったよ」
夏油は五感のすべてを研ぎ澄ませ、甚爾の動きを追う。
(なるほど。七直の、あの泥臭く執念深い戦い方は、こいつから得ていたものか……)
最強と謳われた五条さえも、その泥臭い暴力の前に敗れた。
夏油はかつて七直が試合で見せた食らいつくような瞳を思い出し、恐怖を闘志で塗りつぶす。
一方、甚爾は夏油の傷が跡形もなく消えているのを見て、心底面倒そうに首を鳴らした。
「……反転術式か。まさかお前まで使えるとは思わなかったぜ。七直の真似事か? 勘弁してくれよ、仕事量が増えるのは嫌いなんだ」
甚爾は再び格納呪霊から別の得物――魂を切り裂く「釈魂刀」を引き抜く。
「いくら治したところで、その『中身』が保つかな」
(あの刀……虹龍を両断した時と同じもの。私の反転術式を見た上でそれを取り出したということは、肉体そのものよりも治療の源を断つ算段か)
夏油の脳内が高速で回転する。
近づくのは得策ではない。
低級呪霊を霧のように展開し、視界を塞ぎながら四方から波状攻撃を仕掛ける。
消耗戦に持ち込み、一瞬の隙を作る算段だ。
甚爾はそれを見て、鼻で笑った。
(やっぱりそうなるよな。真っ向から来ねぇのは賢明だが、退屈だな)
甚爾が地を蹴る。
弾丸のような急接近。
夏油はすかさず、再び仮想怨霊「口裂け女」を呼び出した。
不可侵の簡易領域が展開され、醜悪な女の顔が甚爾に問う。
『わた……シ……き、レい……?』
「しつけぇ女は嫌いだぜ」
甚爾は答えると同時に、釈魂刀を一閃させた。
術式の核ごと領域を叩き斬り、口裂け女の胴体をばっさりと切り捨てる。
だが、夏油はその一瞬を待っていた。
手持ちの呪霊のほとんどを犠牲にし、そのエネルギーを一点に凝縮させる。
それは後に極ノ番へと昇華される術式の雛形――呪霊操術・順転による呪力砲。
(呪霊一体一体ではコイツに歯が立たない。かといって纏めてけしかけても烏合の衆だ。一撃だ……この一撃にすべてをかける!)
「――堕ちろ!!」
放たれた渦の原型とも言える呪力の奔流が、至近距離から甚爾を飲み込もうとする。 だが、甚爾は逃げなかった。
釈魂刀を正眼に構え、その奔流の芯を見定めて振り下ろす。
ズバァァァッ!!
「なっ!?」
夏油が驚愕に凍りつく。
呪霊たちの絶叫が混じった巨大な呪力塊が、ただの一振りの刃によって左右に泣き別れ、霧散したのだ。
「あーあ。刃こぼれしちまったじゃねーか。高ぇんだぞコレ」
甚爾は不満げに刀身を眺め、そのままの勢いで立ち尽くす夏油の懐へと滑り込んだ。
呪霊を使い果たし、呪力が底を突きかけた夏油に、抗う術はない。
ドシュッ――
鋭い一閃が夏油の頸動脈を浅く、だが確実に切り裂く。
間髪入れず、釈魂刀の切っ先が夏油の腹部を深々と貫いた。
「……ぐ、ぁ……っ!!」
「硬度を無視して、魂を斬る刀だ。治せるもんなら治してみな」
甚爾は刀を引き抜くと、膝から崩れ落ちる夏油を冷たく見下ろした。
魂を刻まれた痛み。
それは肉体の損傷とは根本から異なる、存在そのものがバラバラに解けていくような異質な感覚だった。
反転術式を回そうとしても、どこをどう繋げばいいのか、自分という形が認識できない。
夏油の視界が急速に色を失っていく。
目の前で倒れる理子。その手を握るように上に覆いかぶさる七直。
そして、今、自分もまたその隣に加わろうとしている。
「……五条に、直哉に、お前。そして七直……。揃いも揃って全滅だ。仲良しごっこはあの世でやってな」
甚爾が背を向け、悠然と歩き出したその時だった。
「……まだ……だ……」
死に体の夏油が、震える指先を甚爾の肩口――先ほどまで自分が触れようとしていた格納呪霊へと向けた。
夏油の手に宿るのは、取り込むための術式ではない。
反転術式によって凝縮された正のエネルギーそのもの。
生み出されたそれは、呪いの結晶である呪霊にとっては、触れるだけで消滅を招く猛毒だ。
パァンッ!!
乾いた破裂音と共に、格納呪霊の頭部が跡形もなく消し飛ばされた。
依り代を失った呪霊が霧散し、その体内に収められていた膨大な呪具の山が、派手な音を立てて石畳の上にぶちまけられる。
「なっ……!?」
甚爾が弾かれたように振り返る。
自分の手足とも言える武器庫が、この土壇場で、無残に散らばったガラクタの山へと変えられた。
「……やってくれたな! クソがッ!!」
甚爾の顔から余裕が消え、剥き出しの苛立ちが爆発する。
彼は倒れ伏す夏油の脇腹を、殺意を込めた重い蹴りで蹴り飛ばした。
ズシャァァッ! と夏油の身体が瓦礫の山まで転がっていく。
血を吐きながらも、夏油は微かに笑ったように見えた。
たとえ自分がここで死ぬとしても、この最強の暗殺者から牙を一本抜いてやったという、術師としての意地。
「……あ、あは……。いい……顔、するじゃないか……」
「黙れ。……どいつもこいつも、癪に障るガキ共だ」
甚爾はバラバラになった呪具の中から、天逆鉾と鎖状の呪具を拾い上げ、鎖にいくつかの呪具を纏めあげると、忌々しそうに首を鳴らした。
格納呪霊を失ったことで、これからの戦いは手持ちの武器のみという制約を負う。
本来ならここで夏油の首を撥ねるべきだが、甚爾の直感が、引き際だと警告を鳴らしていた。
(……チッ。無駄に時間を食いすぎた)
甚爾は夏油にトドメを刺すことすら惜しみ、上に覆いかぶさった七直の体を無造作に払いのけた。
その拍子に、七直の懐から零れた塗り香水の容器が砕け、鼻を突くような強い白檀の香りが薨星宮に充満する。
(死に際に香水とは。女はこれだから面倒だ)
鋭すぎる嗅覚を刺激する異臭を忌々しそうに吐き捨て、甚爾は傍らに転がる理子の遺体を拾い上げた。
胸を貫かれた死体特有の、急速に失われていく体温。
指先に残るその氷のような冷たさが、彼女の死を何よりも雄弁に証明していた。
「……じゃあな。ガキ共」
五感のすべてが完全な死を告げている。
甚爾は疑うことなくセーラー服の少女を肩に担ぎ、荒々しい足取りで出口へと向かった。
はいお疲れー解散解散
質問コーナー
Q.人の心とかないんか?
A.………明日もよろしくね!(⌒∇⌒)ニコ!