直哉のお姉ちゃんになっちゃった…。   作:ザボン漬け

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地獄の禪院家騒動②

正門へと続く長い砂利道。

そこに、影のように立つ女の姿があった。

禪院七直。かつての彼女が纏っていた、名家の令嬢としての気高さも、神童としての煌めきも、今の彼女からは一切消え失せていた。

その瞳には光がなく、ただ底の見えない泥のような絶望だけが沈んでいた。

 

「お姉様……!」

 

真希と真依の声が響く。

二人は駆け寄り、七直の左右に寄り添った。

真希は七直の震える右手を握り、真依はよれた彼女の羽織を整える。

 

「……真希、真依。……ああ、少し大きくなったわね」

 

七直は枯れ果てた声で呟いた。

双子の温もりを感じても、彼女の心に灯が点ることはない。

むしろ、完璧な所作で自分を迎え、傷を隠そうとする彼女たちの健気さが、今の七直には耐え難い痛みとなって突き刺さった。

守りたかった。

この子たちが笑える場所を、作るはずだった。

なのに、今の自分は死体を運び、愛する人を殺した男の横で立ち尽くし、こうして檻へと逃げ帰ってきた。

 

「さあ、お姉様。奥へ行きましょう。直哉お兄様も待っています」

 

「……そうね。行きましょうか」

 

七直は双子に支えられるようにして、一歩、また一歩と屋敷の深部へ足を踏み入れる。

屋敷の廊下には、すでに彼らがいた。

扇の失脚後、息を潜めていたはずの保守派の老人たちが、まるで獲物を見つけたハイエナのように整列している。

その中心に立つのは、扇の弟分にあたる、狡猾な長老の一人だった。

 

「……七直。帰ったか。星漿体の任務、無様に失敗したそうだな」

 

老人たちの冷ややかな声が、薄暗い廊下に反響する。

七直は反応しない。

ただ、操り人形のように歩みを進める。

 

「まあよい。土御門の血を持つお前だ、まだ使い道はある。……直毘人当主も承知の上だ。お前の不始末を、家の繁栄で贖え」

 

老人が薄笑いを浮かべ、一通の書状を差し出した。

 

「お前の婚姻が決まった。相手は五摂家にも連なる名門の分家、その当主の三男だ。術師としては凡夫だが、血筋は申し分ない。……数日後、向こうの使いが来る。身なりを整えておけ」

 

その瞬間。七直を支えていた真希の手に、凄まじい力がこもる。

 

「……お姉様に、何を……!」

 

真希が睨みつけようとした時、七直がゆっくりと顔を上げた。

その表情には、怒りすらなかった。

あるのは、完全に磨り潰され、空っぽになった魂の残骸。

 

(ああ……そう。結局、私は道具なのね)

 

甚爾が十年越しに認めてくれた私。

それが、たった一枚の紙切れで、また汚泥のようなこの家の種付け馬として売られていく。

 

「……わかりました。お部屋へ、戻ります」

 

七直は感情の死んだ声で応じ、老人たちの横を通り過ぎた。

確実に絶望が心に溜まっていく。

背後で老人たちが、「ふん、所詮は女だ。少し脅せばこれだ」と嘲笑う声が聞こえた。

七直の足が止まる。

視界が赤く染まり、耳の奥で、甚爾が死ぬ間際に放った血の匂いが蘇る。

だが、彼女はまだ動かない。

この家が、自分を、直哉を、双子を、どれほど深く侮辱しているか。

七直は、双子に支えられながら一歩ずつ自室へと向かう。砂利を踏む音、衣擦れの音、そのすべてが彼女の耳には墓を掘る音のように響いていた。

 

(……ああ。やっぱり、私は「私」ではなかったんだ)

 

一歩進むごとに、心に澱みが募っていく。

 

(星漿体の少女一人守ったけれど、黒井さんを死なせて、甚爾さんを殺した男を『親友』と呼びながら隣で笑う……。そんな私が、どの面下げて『甚爾さんに認められた女』なんて言えるの?)

 

自責と後悔。

そして、自分を種付け馬としてしか見ていない老人たちへの、粘りつくような嫌悪感。

それらが混ざり合い、ドロドロとした何かとなって彼女の心臓を埋め尽くしていく。

 

(結局、この家にとっての私は便利な機能でしかない。ある時は直哉の教育係として。ある時は家の名声を高めるための駒として。そして今は、土御門の血を繋ぐための苗床として。……私の心なんて、最初から誰にも望まれていなかったんだ)

 

「……お姉様。手が、すごく冷たいわ」

 

真依が不安げに七直の手を握りしめる。

その温もりが、今の七直には恐ろしかった。

こんなに真っ直ぐで、自分を信じている双子の瞳を見ることができない。

自分がこのまま腐り落ちてしまえば、この子たちの未来もまた、同じ絶望に染まってしまう。

 

(守らなきゃ……いけないのに。……私が、もう……壊れてしまいそう)

 

七直の視界が、じわりと赤く滲む。

 

「……真希、真依。……少し、一人にさせて」

 

自室の前に着いた七直は、双子の手を静かに離した。

その顔は、まるですべての色彩を失った、冷たい石像のようだった。

 

「お姉様……でも」

 

「お願い。……少しだけ、静かにしていたいの」

 

襖を閉める。

暗い部屋の中に、たった一人。

七直は畳の上に崩れ落ち、声を殺して慟哭した。

その涙は、悲しみではなく、もはやこの世界のすべてを呪い、焼き尽くさんとする静かな狂気の色を帯び始めていた。

 

 

夏の湿った風が屋敷の回廊を抜け、重苦しい沈黙を運んでくる。

明日の午後には自身の運命を切り売りする縁談が控えており、七直と直哉は父であり当主である直毘人の居室に呼び出されていた。

春先に高専へ旅立つ前夜に言葉を交わしたあの時と同じ、酒の匂いと名門の重圧が支配する空間。

しかし、座している三人の纏う空気は、あの頃とは決定的に異なっていた。

直毘人は手元の瓢箪を傾け、注がれた酒を喉に流し込むと、ぎろりと二人を射抜いた。

その視線は、片腕を失った息子と、魂を削り取られたような娘を、冷酷なまでに観察している。

 

「……高専に行って仲良しごっこに絆されたかと思ったが、どうやら違ったようだな」

 

直毘人が不敵な笑みを浮かべ、まずは直哉に視線を据えた。

 

「此度の甚爾の件……あやつを相手によく生き残った。報告を聞いた時は、もはや術師として使い物にならぬかとも思ったが。……フン。牙は欠けたと思いきや、死の淵を覗いたことでさらに鋭く研ぎ澄まされているようだな」

 

直哉は、袴の袖で隠された左肩の空白を微塵も感じさせないほど堂々と胸を張り、不遜な笑みを返した。

 

「そらどうも。あの人に腕一本持ってかれたんは、僕にとっての授業料みたいなもんや。おかげで、カス共の相手に術式使うんが馬鹿らしくなるくらいには、ええもん見せてもらったわ」

 

その言葉には、かつての傲慢なだけのプライドではなく、圧倒的な実力者に打ちのめされ、それでもなお食らいつこうとする者の執念が宿っている。

直毘人は鼻を鳴らし、次に隣に座る七直へと視線を移した。

 

「七直。お前のその面構えも悪くない。死人のような瞳の中に、消えぬ焔が燻っておるな」

 

直毘人は酒杯を置き、七直の目を真っ直ぐに見据えた。

 

「星漿体の護衛任務失敗……そして愛した男の死か。絶望も、憎悪も、すべては術師としての燃料よ。土御門の知恵とやらも、平穏な時より極限の淵にこそ真価を発揮する」

 

「……」

 

七直は無言で父を見返した。その瞳は、高専へ行く前に誓った最強を御する軍師という理性的な野心ではなく、今はもっと根源的な、それでいて得体の知れない何かが暗く淀んでいる。

 

「午後の縁談、相手は五摂家にも連なる家系だ。家系図の上では申し分ない相手を用意した。……家の繁栄という重荷を背負い、その果てに何を見るか。精々、期待しておるぞ」

 

直毘人はそこで一度言葉を切り、瓢箪に残った酒を飲み干すと、ふっと視線を外して独り言のように付け加えた。

 

「……だが、七直。お前の好きにしろ」

 

その言葉に、七直の眉が僅かに動いた。

 

「好きに……?お父様、それは……」

 

「儂は当主として、この腐れ果てた『禪院』という枠組みを維持せねばならん。だが、それを壊す者が身内から出るというなら、それもまた一つの余興だ。お前がその五行か、はたまた血が何を残すか……儂は酒を飲みながら見物させてもらう」

 

直毘人は「もう行け」と、かつてのように二人を追い出すように手を振った。

 

「直哉。姉を連れて行け。お前たち二人で、あの夏の日の残骸をどう片付けるのか、見せてもらうぞ」

 

「……へっ、言われんでも。姉貴、行こうや」

 

直哉が立ち上がり、七直の肩を叩く。

七直は深く一礼し、父の部屋を後にした。

背後で、「ガハハ!」と直毘人の豪快な笑い声が聞こえる。

それは期待か、あるいは破滅を予見した歓喜か。

襖を閉めた廊下で、七直は自分の右手をじっと見つめた。

五行の理が、憎悪という燃料を得て、心臓の奥で脈打っている。

そして明日の午後には、自分を道具として扱う婚姻の儀。

 

(好きに…か。あの人…甚爾さんなら、きっと…)

 

七直の吐き出せない想いは、暗い廊下を歩む足音と共にしんと消えていった。

 

 

翌朝。

夏の朝特有の、暴力的なまでの陽光が障子を透かしてくる。

七直は、まるで死人を飾り立てる作業のような着付けを、無言で受け入れていた。

 

「七直様、少しお顔色が……白粉を、もう少し厚めに塗りましょうか」

 

「……ええ、そうして」

 

使用人たちの声も、遠くの波音のようにしか聞こえない。

鏡の中にいるのは、自分であって自分ではない、何かだった。

土御門の血を引く、禪院の道具。

美しく、高価で、意思を持たない、血の色をした振袖。

 

(甚爾さん……。私、あなたの隣で、心から笑っていたかったな)

 

心臓の奥で、何かがパキリと音を立てて凍りつき、同時にドロリとした熱い憎悪がその隙間を埋めていく。

悲しみは、時間をかけて澱となり、逃げ場を失った呪力として彼女の体内で圧縮され続けていた。

 

「七直様、直哉様。大客間へお越しください。当主代理の長老衆がお呼びです」

 

七直は感情の死んだ瞳で立ち上がり、廊下で合流した直哉と共に客間へと向かう。

廊下で合流した直哉も、顔色が悪い。

 

「……姉貴、無理すんなや。何かあったら、僕が……」

 

「大丈夫よ、直哉。慣れているから。……行きましょう」

 

七直は、重い裾を捌きながら、ゆっくりと客間へと歩みを進める。

直哉もまた、不自然に整えられた袴姿で、失った左袖を隠すように歩いていた。

その表情には、家に対する隠しきれない嫌悪が張り付いている。

そして客間の前まで着き、重厚な襖が開かれた、その瞬間だった。

 

「……っ!?」

 

七直の思考が白く弾けた。

そこには、およそこの古臭い空間には不釣り合いな、見覚えのある二人の背中があった。

 

「……どうして。……あんたたちが、なんでここにいるのよ」

 

七直の声は震えていた。

驚きというより、見られたくない無様な姿を、最も見られたくない相手に晒した屈辱。

隣で直哉も、絶句したまま目を見開いている。

振り返ったのは、黒い高専の制服を纏った二人。

夏油傑は、複雑な色を孕んだ瞳で七直の和装を見つめ、痛ましそうに口角を上げた。

 

「やぁ、久しぶり。……随分と、綺麗な格好をしているんだね」

 

「よっ!お二人さん!元気してるー?」

 

五条悟は、いつもと変わらぬ軽薄な調子で手を挙げた。

サングラスの奥にある六眼が、七直の絶望を、直哉の欠損を、そしてこの屋敷を覆う歪な呪力を一瞬でスキャンする。

 

「なーんかさ、禪院の?お偉いさんたちが、俺と傑にどうしても用があんだって。わざわざ迎えまで寄こしてさぁ」

 

五条は、奥の座敷に居座る老人たちを親指で指し示した。

老人たちは、五条の無作法な態度に顔を真っ赤にしながらも、その圧倒的な最強の威圧感に気圧されている。

 

「七直、直哉。座れ」

 

長老の一人が、冷酷に言い放つ。

 

「五条家の若造。お前には聞かねばならんことがある。先の任務で、我が禪院家の血筋である甚爾が命を落とした。……名門同士の誼として、相応の落とし前をつけてもらう。それから七直、お前もだ。任務失敗の責任、そして甚爾という戦力を失った損失……すべてこの場ではっきりさせてもらうぞ」

 

老人たちの言葉が、七直の耳の中でノイズのように響く。

五条と夏油。

かつての戦友。

甚爾を殺した男。

彼らの前で、自分は今、商品として競売にかけられようとしている。

七直の内圧が、音を立てて上昇を始めた。

和服の袖の中で、彼女の拳が白くなるほど握りしめられる。

 

「……ねぇ、悟。傑」

 

七直の、低く、低く沈んだ声。

 

「あんたたち……本当に、何しに来たの?」

 

七直の声は、もはや低すぎて聞き取れないほどに沈んでいた。

だが五条は、そんな彼女の殺気に満ちた気配を気にする素振りも見せず、パタパタと手を振って、自分の隣に座る老人たちを雑に指し示した。

 

「だから、呼ばれてきたんだって!そんでこのジジイ共が、朝っぱらから意味わかんねぇことばっか言ってくる訳。なぁ、傑?」

 

「そうだね。君の晴れ姿が見れただけでも来た甲斐があるとは思うが……いかんせん、君の家は老人ホームも兼ねているのかい?おじいちゃんは耳が遠くて会話が成り立たないよ」

 

夏油がいつもの涼しげな顔で、猛烈な皮肉を飛ばす。

その言葉に、上座に座る老人たちの顔が真っ赤に染まり、わななき始めた。

 

「貴様ら……!ここをどこだと思っている!禪院の屋敷だぞ!」

 

「いや、どこでもいいけどさ。とりあえず、そこの姉ちゃんに無茶な縁談押し付けて、その裏で俺らから金毟り取ろうとか、考えが浅すぎねぇ?甚爾を殺した落とし前?あんなの、俺ら殺されかけてんだから正当防衛だろ。それに護衛任務は天元様からの指名でやったんだ。文句言っていいのは天元様だけだろ」

 

夏油は「正論は嫌いじゃなかったっけ?」と小声でつっこむ。

五条は鼻を鳴らし、行儀悪く膝を立てるが、サングラスの奥の瞳は、七直が纏っている血のような赤の振袖を冷徹に捉えていた。

 

「七直、お前もさぁ。そんな似合わねぇ格好して黙って座ってんじゃねーよ。高専の時の方がマシだぜ。それ、このジジイ共の言いなりになって着せられたんだろ?」

 

「……っ」

 

七直の喉の奥から、ヒュウと熱い吐息が漏れた。

五条の言葉は、彼なりの気遣いであり、そんなところに収まるな、という激励でもあることは分かっている。

だが、今の彼女にとって、五条のその最強ゆえの余裕は、最も鋭い棘となって心を抉った。

 

(あんたに何がわかるのよ……。最初から最強で、全部自分の思い通りにできるあんたに、この泥沼の底の息苦しさが……!)

 

「黙れ、五条悟!七直は我が禪院の所有物だ。不始末の落とし前として、家のためにその身を捧げるのは当然のこと。貴様はただ、提示した賠償に応じればよいのだ!」

 

老人が扇子で畳を叩き、怒鳴りつける。

その醜悪な叫び声が、客間の中に充満し、七直の理性の壁をミリ単位で削り取っていく。

 

「おいおい、所有物だってさ。傑、聞いた?現代日本でそんな言葉が通じると思ってんのかね」

 

五条がゲラゲラと笑い飛ばす。

その笑い声すらも、七直にとっては自分の尊厳が粉々に砕かれる音に聞こえていた。

 

「……悟」

 

七直が、低く呟く。

彼女の心の内圧は、もう逃げ場のないほどに高まっていた。

五条はさらに畳みかけるように、周囲の空気を逆なでする言葉を吐き出した。

老人たちの顔面はもはや憤怒で土気色に変色しているが、五条の視線はその奥、畳に拳をめり込ませるようにして震えている七直へと向けられていた。

 

「てかさぁ、七直も直哉もこんな茶番に付き合ってる暇ねーだろ。あいつ(甚爾)も草葉の陰で泣いてるぜ、きっと。お前らがこんなカビ臭い連中の前で神妙な面して座ってるなんてさ、アイツのプライドが許さねーだろ。なぁ?」

 

茶化すような、けれど確信を持って放たれたその名。

殺された男の名前を、殺した張本人が口にした。

 

「……黙れや、五条悟っ!。お前に、あの人の何を言える権利があるんや!」

 

先に声を上げたのは直哉だった。

右の拳を血の気が引くほど握りしめ、唯一残った片腕で五条を指差す。

その瞳には、かつてないほどの激憤と、憧憬を汚されたことへの拒絶が混じり合っていた。

 

「あの人は死んだんや!お前に殺されて、もうおらんのや!その名前を、お前の薄汚い口で出すな!!」

 

「薄汚い、ね。直哉、お前も半分は加担しただろ。それにさ、アイツは死に際に俺に言ったんだぜ。お前らのことじゃねーけど、一応自分の家族の……」

 

「――あんたに!!何がわかるっていうのよ!!!」

 

直哉の怒声を、さらに巨大な絶望と殺意が塗り替えた。

七直が叫んでいた。

その瞬間、客間の空気が物理的に爆ぜた。

七直の周囲から溢れ出した呪力が、瞬時に室内の酸素を食い潰し、猛烈な熱波が渦巻く。

美しい振袖の裾が、内側から噴き出した陽炎によって一瞬で黒く焦げ、火の粉を撒き散らした。

 

「甚爾さんが……あの人が、どんな思いでこの家で生きてきたか!私たちに、どんな言葉を残して逝ったか!!初めから最強だったあんたに……何もかも持ってるあんたに、何がわかるっていうの!!」

 

七直は立ち上がり、五条を射抜くような瞳で睨みつけた。

その瞳は、涙ではなく、煮え滾る溶岩のような赤に染まっている。

 

「あんたはいつもそう。全部自分の思い通りにして、他人の泥沼なんて上から眺めてるだけ!私がこの家で、どんな泥水を飲まされて……どんな思いで今日、この赤い服を着せられたか……一秒だって想像したことあんのかよ!!」

 

心臓の奥で膨らみ続けていた黒い爆薬が、五条の無自覚な言葉によって完全に着火した。

和服の袖が、暴走する熱量の圧力によって内側から焼き切れ、灰となって舞う。

 

「謝れ……。今すぐ甚爾さんに、私に、直哉に謝れ。……じゃなきゃ、あんたを今ここで、この家の腐れジジイ共と一緒に、跡形もなく焼き尽くしてやる!!!」

 

七直から噴き出した熱波が、客間の豪華な装飾を一瞬で炭化させる。

その異常な殺気と、見たこともない姉の形相に、それまで五条に毒づいていた直哉の顔からスッと血の気が引いた。

 

「あ、姉貴!止めぇや!落ち着け!」

 

直哉は唯一残った右腕を伸ばし、七直の肩を掴もうとするが、彼女の周囲を渦巻く熱に指先が焼かれ、思わず手を引く。

 

「ここには真希達もおるんやぞ!お母はんの病室も近い!こんなところで暴れたら、全部めちゃくちゃになってまう!姉貴、頼むから正気に戻れや!!」

 

必死な直哉の叫び。

家のためでも自分のためでもなく、幼い双子と京子を案じるその言葉。

だが、七直はゆっくりと首を傾げた。

その口角は吊り上がり、瞳の奥には濁った狂気の笑みが張り付いている。

 

「大丈夫よ、直哉。……壊さないわよ。大事なものは、ね」

 

七直の声は、驚くほど穏やかだった。

それが逆に、彼女の精神がもはや引き返せない深淵に落ちていることを物語っている。

 

「外で少し、お話するだけだから。……ねぇ、悟?あんたも、場所くらいは選べるでしょ?」

 

七直の視線が五条を射抜く。

その足元の畳はすでに発火し、パチパチと不気味な音を立てていた。

対する五条は、鼻で笑ってサングラスを中指で押し上げた。

 

「はッ!寂しんぼか?んなもん、一人で行けよ。俺がなんでお前の『お話』とやらに付き合わなきゃなんねーんだ?あ、それに謝んねーから。事実だしな。」

 

さらに油を注ぐような煽り。

五条もまた、七直の中にある泥をすべて吐き出させるには、ここで引いてはいけないと本能で理解していた。

 

「……殺す」

 

七直の口から漏れたのは、祈りのような、呪いのような、短く純粋な殺意。

次の瞬間、ドォォォォンッ!!と爆音を立てて客間の壁が外側へと吹き飛んだ。

七直が放った熱線が、広大な中庭へと続く空間を強引に切り拓く。

 

「あ、姉貴ィ!!」

 

直哉の悲鳴を置き去りに、赤い振袖を炎の翼のように翻し、七直が中庭へ躍り出た。

五条もまた、楽しげに口角を吊り上げ、弾かれたようにその後に続く。

 

「傑!ジジイ共のゴミ掃除、頼んだぜ!」

 

「……やれやれ、無茶苦茶だ」

 

夏油が溜息をつきながらも、屋敷の倒壊を防ぐために呪霊を展開し始める中、中庭では最強と狂気の殺し合いが幕を開けようとしていた。

 




禪院七直vs五条悟のドリームマッチ!

質問コーナー

Q.五条と夏油は何故、禪院家に?

A.禪院家の老人たちに呼ばれて、はるばる貴重な高校二年生の夏休みを使ってきてやったぜ、と思いながら敷居を跨ぎました。老人たちは、星漿体護衛任務の失敗を突け狙い身内の七直と直哉だけでなく、任務関わった五条と夏油も絡め、あり物全部掠め取ろうと画策しました。ほぼ何も関係ない夏油は完全にとばっちりで、なんなら皆一度甚爾にボコられているので全員被害者である。
五条と夏油が禪院家に赴いた最大の理由は七直と直哉に会うためだけです。家なら、なんとか七直素直になるんじゃね、的な軽いノリで来て、完全に友達の家にお泊りする感覚できてました。ちなみに夏油は禪院家の実態を見て、術師としての理想が崩れつつあります。
夏油「御三家の姿か?これが…」


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誤字脱字も本当に助かってます。分かりやすく読みやすいなりました!感謝です!
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