直哉のお姉ちゃんになっちゃった…。   作:ザボン漬け

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地獄の禪院家騒動⑤

煙が完全に晴れ、更地と化した中庭に午後の静かな光が落ちる。

巨大なクレーターの端で、直哉に支えられた七直の体から力が抜けていく。

彼女の意識は、極限まで研ぎ澄まされた集中から解放されると同時に、深い闇の底へと沈み始めていた。

 

「大丈夫かい、二人とも」

 

瓦礫を避けながら、夏油傑が穏やかな、しかしどこか複雑な色を瞳に宿して歩み寄ってきた。

その足元では、領域に巻き込まれ腰を抜かしたままの老人たちが、ようやく生気を取り戻して呻き声を上げているが、夏油の視線は友人たちだけを捉えていた。

 

 

「いや~、いいの喰らっちゃったわ。まじで領域内って、無下限でも術式あたるんだな。……初めてだったから勉強になったよ」

 

 

五条がひらひらと手を振りながら、夏油の問いに応える。

サングラスをポケットに突っ込んだまま、額の傷を手の甲で拭った。

六眼でさえ捉えきれなかった星結びの必中効果。

その余韻を楽しむように笑いながら、彼は反転術式を回す。

傷口が微かな蒸気を立てて塞がり、瞬時に元の美貌に戻っていく。

 

「……姉貴」

 

直哉が低い声で呟く。

肩に預けられた七直の首が、ぐったりと力なく垂れていた。

長年、この屋敷の汚泥に耐え、母を守り、双子を導き、初恋を失い、そして今日、最強を相手に己のすべてを燃やし尽くした。

軍師として張り続けていた糸が、プツリと切れたのだ。

 

「寝てしもたわ。……気絶に近いな、これ」

 

直哉は、失った左腕の痛みも忘れ、折れそうなほど細くなった姉の体をしっかりと抱きとめた。

七直の寝顔は、高専で見せる凛としたものとも、禪院家で見せる冷徹なものとも違う、ただの疲れ果てた少女のそれだった。

 

「……無理しすぎなんだよ、彼女は。ずっとね」

 

夏油が七直の傍らに膝をつき、その乱れた髪をそっと整える。

かつて彼女に「責任感を持ちすぎるな」と忠告された自分が、今はその責任感に押し潰された彼女を介抱している。その皮肉に、夏油は小さく自嘲の笑みを浮かべた。

 

「直哉、彼女を奥の部屋へ。……ここに寝かせておくわけにもいかないだろう?」

 

「おう。傑くん……ありがとな。……悟くんも」

 

更地になった中庭に、無粋な怒号が響き渡る。

 

「ええい、待て!待たぬか!」

 

瓦礫の下から這い出してきた、煤まみれの長老たちが、震える指を五条たちに突きつけた。

 

「なんという……なんという無惨な!由緒ある禪院の屋敷を、事もあろうに当主の娘と五条家の倅が、寄ってたかってこんなにしよって!万死に値するぞ、これは!!」

 

その喚き声に、五条は耳をほじる仕草をして、冷え切った視線を投げ下ろした。

 

「あ?何言ってんだクソジジイ。喧嘩吹っ掛けてきたのは七直だろ?文句があるなら本人に言えよ。ま、今は寝てるから無理だけど」

 

「黙れ!そもそも貴様が——」

 

「うるさいわ」

 

鋭い一喝。

それは五条でも夏油でもなく、七直を背負った直哉のものだった。

直哉は、肩に預けた七直の重みを確かめるように位置を直すと、かつてないほど冷徹な、当主の直毘人を感じさせる眼差しで老人たちを射抜いた。

 

「姉貴をこんなになるまで追い込んだんは、どこの誰や。……この更地を見て、まだ屋敷の心配しとるんか?自分の命が繋がっとることに感謝したらどうや、この穀潰し共が」

 

「……な、直哉!貴様、実の親戚に向かってなんたる不敬を……!」

 

「親父」

 

直哉は、まだ瓢箪を弄んでいる直毘人を呼んだ。

直毘人は、面白そうに目を細めて息子を見る。

 

「……なんだ、直哉」

 

「屋敷、建て直すで。……ただし、前と同じもんは造らへん。……姉貴や僕、それに真希や真依が、泥水啜らんでもええ家にする。異論、ないな?」

 

「ガハハ!好きにせえ。儂は酒が飲めればどこでも構わん」

 

直毘人のその一言は、事実上の権力譲渡に近い。

老人たちは口をパクパクとさせ、絶望に顔を歪めた。

直哉は冷たく笑うと、七直を抱える右腕に力を込め、老人たちを見下ろした。

 

「ええか老害ども。いまここで縛りぃや」

 

その言葉に、老人たちの顔が引きつる。

術師にとって縛りは絶対だ。

破ればどのような災厄が降りかかるか分からない。

 

「再建費を名目に、お前ら長老衆の個人財産は全部没収や。一銭も残さず差し出せ。……もし嫌や言うなら、お前らの家は二度と建てへんし、炳も躯倶留隊も一切動かせん。この更地で野垂れ死ね。ええな、これからは指揮系統も、金の流れも、全部こっちが握る」

 

「な……!?それでは我らはただの飾りではないか!」

 

一人の老人が声を荒らげるが、直哉の瞳に宿る殺気がそれを黙らせた。

 

「勘違いすな。飾りにしてもらえるだけありがたいと思え。……屋敷が完成した後は、最低限の生活は保障したる。離れで大人しく余生を過ごせ。その代わり、家政にも、僕らのやり方にも二度と口出しすな。……これが、お前らが今日ここで生き残るための対価や。もし破ったら、その時は禪院の敷居を跨げると思うな」

 

直哉の背後で、夏油が感心したように目を細め、五条は「へぇ、やるじゃん」と面白そうに眺めている。

 

「――縛り、成立やな」

 

空気が微かに震え、不可視の契約が彼らの間に結ばれた。

長老たちはもはや反論する力もなく、ただ崩れ落ちた瓦礫の上に力なく座り込むしかなかった。

長年、血と伝統を盾に好き勝手振る舞ってきた老人たちが、皮肉にも自分たちが蔑んできた若造の手によって、生殺与奪の権を完全に奪われた瞬間だった。

 

「……行こか。傑くん、悟くん」

 

直哉は一度も後ろを振り返ることなく、歩き出した。

その背中で、七直は静かな寝息を立てている。

かつては重苦しかった禪院家の空気は、建物と共に吹き飛び、今はただ、新しく吹き抜ける風の匂いだけがしていた。

 

 

夕闇が迫る頃、七直は重い瞼を持ち上げた。

視界に飛び込んできたのは、見慣れた天井ではなく、消毒液の匂いが微かに漂う静かな病室だった。

領域展開による呪力の完全枯渇と、五条の茈との激突による精神的摩耗。体中の節々が、まるで一度バラバラに壊されたのを無理やり繋ぎ合わせたかのように軋んでいる。

 

「……っ」

 

小さく呻き、首を横に向ける。

そこには、自分と同じように静かな呼吸を繰り返す母・京子の姿があった。

あの一件以来、京子は眠り続けている。扇に盛られた毒は、七直の反転術式をもってしても、彼女の意識を現実へと引き戻すには至らなかった。

 

「……お母様」

 

掠れた声で呟く。

かつて甚爾がこの家を去った時、幼かった自分の悲しみを受け止めてくれたのは、この母の温もりだった。

どんなに家が冷たくても、母という逃げ場があったから、七直は自分を保てていたのだ。

だが、今はその母がいない。

独りで抱え込むにはあまりに巨大すぎた喪失感。

誰にも見せられなかった醜い澱みが、あの最悪な八つ当たりを招いてしまった。

 

(これじゃ……お母様に叱られてしまうわね)

 

あんなに未熟なことはするなと自分を律してきたのに。

最強の男に、みっともなく謝れと縋ってしまった。

自分が守るべきだった真希や真依、そして直哉にまで、あんなにも情けない姿を見せてしまった。

情けなさと自己嫌悪が、熱い塊となって胸にせり上がってくる。

七直は震える手で、母の、自分よりもずっと細くなってしまった手を握りしめた。

その時、静かだった病室の引き戸が、遠慮がちに、けれど確かな意志を持って開いた。

 

「「お姉様!!」」

 

沈黙していた病室に、幼い二人の声が重なって響いた。

真希と真依が、転がるようにして七直のベッド脇へ駆け寄ってくる。

二人の小さな手が、七直の掛け布団をぎゅっと握りしめた。

 

「よかった……っ。お姉様、死んじゃったかと思った……!」

 

「よかった、本当によかった…お姉様……っ」

 

真依はボロボロと大粒の涙をこぼし、真希もまた、強がってはいるもののその瞳を潤ませ、七直が無事であることを確かめるようにじっと見つめている。

 

「……起きたんか」

 

双子の背後から、低く、どこか安堵を含んだ声が聞こえた。直哉だ。彼は煤だらけの着物で、ただ右腕一本でドアを支えて立っていた。

 

「真希、真依、直哉……」

 

七直は掠れた声で、一人一人の名を呼んだ。

母の手を握っていた自分の手が、微かに震える。

 

「……ごめんなさい。私、ひどい姿を見せたわね」

 

七直は自嘲気味に目を伏せた。最強への八つ当たり。

領域まで広げて喚き散らしたあのみっともない独白。

それを一番見られたくなかった、自分を慕う子供たちの前で晒してしまった。

 

「何言っとんねん」

 

直哉が、ガツガツと足音を立ててベッドのそばまで歩み寄る。

彼は、双子の頭をぶっきらぼうに避けると、七直の顔を覗き込んだ。

 

「あんな派手な喧嘩売っといて、今更しおらしいこと言うなや。……理由はダサいけど、格好よかったで、姉貴」

 

「……え?」

 

「悟くんにあそこまで爪立てたんや、誇ってええやろ。……それにな。あんたが壊したあの腐れジジイの中庭、見てきたか?全部更地や。おかげで風通しようなったわ」

 

直哉は鼻を鳴らし、少しだけ目を逸らした。

 

「……姉貴が溜め込んどったもん、全部あそこに置いてきたんやろ。……やったら、もうええやん。次からは、僕が半分持ったる。……姉貴一人で背負うんは、もう終わりや」

 

その言葉は、かつて甚爾の影を追いかけていた幼い弟のものではなかった。

七直は、思わず目元を覆った。

 

「……生意気ね。直哉のくせに」

 

七直の掠れた声に、直哉は鼻で笑ってパイプ椅子を引き寄せた。

 

「フン、生意気なんは昔からやろ。……それから、あんたが寝てる間に色々と片付けといたで」

 

直哉は、中庭の方角を示しながら続けた。

 

「例の縁談、正式にご破算や。屋敷を半分吹き飛ばすようなジャジャ馬、うちの家格では手に負えん言うて、あっちの連中、腰抜かして逃げてったわ。親父も親父で『あんな傑物を余所にやるんは勿体ない』とか言うて、ノリノリで破談の書面書いとったで」

 

「……そう。迷惑をかけたわね」

 

「迷惑なんてもんやない。けど、これでせいせいしたわ。あんたを縛るもんは、もうあの中庭の瓦礫と一緒に埋まってしもたんや」

 

直哉の言葉に、真希と真依が力強く頷く。

二人の屈託のない笑顔を見て、七直の胸の奥で燻っていた重苦しさが、少しずつ解けていくのを感じた。

 

「そういえば……傑と悟は?」

 

「あの二人なら、高専の補助監督を呼んで近くの宿に泊まっとる。屋敷はあのザマやし、客間も全滅やからな。……明日、姉貴の顔色がようなったら、また朝から見舞いに来るやて」

 

直哉はそこで言葉を切り、少しだけ気まずそうに、しかし真っ直ぐに七直を見た。

 

「傑くんは『ゆっくり休ませてあげて』って心配しとったけど、悟くんの方は……『あんなに泣いたんだから、明日は目がパンパンに腫れてるだろうな』って、ニヤニヤしながらアイス選んどったわ。……ほんま、デリカシーの欠片もない男やで」

 

七直は思わず吹き出した。目元を覆った指の隙間から、温かい涙がひと筋だけ零れ落ちる。

 

「……泣いてないわよ失礼ね。最悪だわ、あの男。……でも、アイスは楽しみにしておくわね」

 

「ハッ、現金なもんやな」

 

直哉の憎まれ口に、真希と真依が顔を見合わせて、ようやく心底楽しそうに声を上げて笑った。

 

「「おかえり!お姉様!」」

 

「…えぇ、ただいま」

 

京子はまだ眠ったままだ。

けれど、この病室に流れる空気は、あの中庭の更地と同じように、不純なものがすべて焼き払われた後の、ひどく清々しいものだった。

 

 

翌朝、禪院家の広大な敷地を照らしたのは、容赦のない夏の太陽だった。

かつての威厳ある屋敷は見る影もない。だが、更地となった中庭を中心に、そこには今までのこの家にはなかった奇妙な熱気が渦巻いていた。

 

「おい、そこ!ぼさっとすな!撤去した瓦礫は西門の方に纏めろ言うたやろ!」

 

直哉の怒声が響く。

右腕一本で指示を飛ばす彼は、まさに現場監督そのものだ。

 

その視線の先では、屈強な炳や躯倶留隊の男たちが汗を流して巨石を運び、その後ろでは、かつては奥の間にふんぞり返っていたはずの長老たちが、埃まみれになりながら忌庫から運び出された家財の目録を作らされていた。

 

「ひ、ひぃ……直哉、もう腰が……」

 

「黙れ老害。口動かす暇あったら手ぇ動かせ。嫌やったらそこらへんの瓦礫の下にでも埋まっとけ」

 

情け容赦ない直哉の顎に、老人たちは泣き言を漏らしながらも、結ばれた縛りの重圧に逆らえず、必死に埃を払っている。

一方、炊き出しの現場では、七直が真希と真依を連れて、大きな鍋を囲んでいた。

まだ本調子ではないが、体を動かしている方が余計なことを考えずに済む。

 

「お姉様、おにぎりこれでいい?」

 

「ええ、上手よ真依。真希、そっちの汁物もそろそろ火が通るわね」

 

「おう。……なんかさ、こっちの方が家って感じがするな」

 

真希が汗を拭いながら、更地を見渡して小さく笑う。

分厚い壁が消え、風が吹き抜けるようになったこの場所は、確かに以前よりずっと息がしやすかった。

そこへ、門の向こうから場にそぐわないほど明るい声が届いた。

 

「よっ!復興作業ご苦労さま!陣中見舞いに来たぜー!」

 

サングラスをずらし、両手に抱えきれないほどの箱を抱えた五条悟と、その隣で苦笑しながら大きなクーラーボックスを呪霊に持たせている夏油傑が現れた。

 

「……何よ、その大荷物」

 

七直が呆れたように腰に手を当てる。

五条が誇らしげに広げたのは、都内でも有名な老舗の氷菓、そして色とりどりの生菓子。

夏真っ盛りというのに、明らかに保存が利かないものばかりだ。

 

「これ、全部悟が食べたいだけでしょうが」

 

「失礼だな。これでも選ぶの苦労したんだぜ?ほら、生もんだからさ、今すぐ食わねーと溶けるし腐るだろ。遠慮してる暇ねーから、全員でさっさと食えよ!」

 

それは、彼なりの不器用な方便だった。

皆のためにと言えば、上下関係に厳しいこの家の連中は遠慮して口にしないだろう。

だが腐るから今食えと言われれば、動かざるを得ない。

 

「……本当、デリカシーはないけど、要領はいいわね」

 

七直がふっと微笑むと、五条はニヤリと笑って、一番高いアイスの包みを七直の頬に押し当てた。

 

「冷たっ!」

 

「昨日のお礼。……ほら、腫れてんじゃん、目。冷やしとけよ」

 

「これは、頭に血が上り過ぎたからよ。泣いてないわ!」

 

「悟、あまり彼女をからかうなよ。……直哉、君たちもこっちに来て休憩にしよう。重労働の後には糖分が必要だ」

 

夏油が手際よく冷たい飲み物を配り始めると、殺気立っていた現場の空気が、ふわりと緩んだ。

瓦礫の山の上で、術師も女中も、そして顎で使われていた老人たちまでもが、等しく冷たい菓子を口にする。

直哉は五条から放り投げられたアイスを片手で器用に受け止めると、隣に座った七直を横目で見た。

 

「……姉貴。これ、美味いわ」

 

「そうね。……本当に、美味しいわね」

 

半分以上が更地になった禪院家。

まだ建物は何もない。

けれど、空はどこまでも高く、差し入れのアイスは驚くほど冷たく、甘かった。

七直は、溶け始めたアイスの包みを握りしめ、改めて二人の方を向いた。

その瞳には、昨日のような刺々しさは微塵もなく、澄み渡った青空のような穏やかさが宿っている。

 

「悟、傑。本当に……ごめんなさい。今回の件は、後で改めて正式に高専へ謝罪しに行くわ。私の勝手な感情で、二人を巻き込んで怪我までさせて……」

 

七直が深々と頭を下げようとするのを、五条が片手でひらひらと制した。

 

 

 

「いーって。謝罪なんて堅苦しいのナシ。そんな暇あるなら、俺は夏休みを満喫したいぜ。理子もあいつ、ようやく少しずつ落ち着いてきたみたいだしさ。……なぁ、どっか行こうぜ、みんなで。海とか山とかさ!」

 

五条はサングラスを指で上げ、屈託のない笑みを浮かべる。

天内理子は生き残った。けれど、彼女にとって唯一の家族同然だった黒井の死は、あまりに重い傷跡を残している。

五条の言葉は、理子のためでもあり、そして共犯者として地獄を潜り抜けた七直への、彼なりの救済でもあった。

 

「私も、そんなに気にしなくて大丈夫だよ、七直。今回の件は私にとっても、いい勉強になった」

 

夏油が穏やかに微笑み、クーラーボックスから取り出した冷たいお茶を七直に手渡した。呪霊操術という取り込む苦痛を唯一知っている七直が昨日見せたあの「魂の剥き出し」は、どこか羨ましく、そして脆い美しさとして刻まれていた。

 

「……でも、いいの?私は屋敷をこんなにして、お父様だって……」

 

七直が言いかけると、隣でアイスを齧っていた直哉が鼻を鳴らした。

 

「親父なら、さっきからあっちで瓦礫を的にして、炳の連中と投射呪法の練習台にして遊んどるわ。……あの親父が壊れたくらいでガタガタ言うわけないやろ。それに好きにやれって言っとったやろ。親父は派手な稽古やったくらいにしか思とらん」

 

直哉の指した先では、直毘人が酒を片手に、若手たちの動きを笑いながら捌いている。

この家において破壊は敗北ではない。強さの証明こそがすべて。

七直が五条と渡り合ったという事実は、もはや誰にも文句を言わせない絶対の免罪符となっていた。

 

「……そう。本当、めちゃくちゃな家ね」

 

七直はふっと肩の力を抜き、ようやく心からの笑みを漏らした。

 

「理子を誘って、どこか行きましょうか。……黒井さんのこと、私もまだ胸が痛むけれど。……あの子を一人にしちゃいけないわね」

 

「決まりだな!!どっか予定空けとけよ!傑の呪霊で一っ飛びだ」

 

「悟、呪霊を乗り物扱いするのはやめてくれないか。……まぁ、いいけどね」

 

瓦礫の山に座り、アイスを頬張る束の間の休息。

五条はふと、アイスの棒を口に咥えたまま、少しだけ真面目なトーンで七直を呼び止めた。

 

「……あ、そうそう。七直。あいつの、甚爾の最後の言葉なんだけどさ」

 

その名前が出た瞬間、夏油の動きが止まり、直哉もわずかに視線を鋭くした。

五条は、死の間際の甚爾が口にした、禪院家に売られるはずの「恵」のこと……自分の命より、たった一つだけ他人に託した未来の話を伝えようとした。

だが、七直はそれを手のひらで制した。

 

「……言わなくていいわ、悟」

 

「え?いや、でもさ、お前にとっちゃ——」

 

「別にいいの。それは、あの人が最期に悟に向けた言葉でしょ。私は私で、あの人から受け取ったものがあるから。それで十分よ」

 

五条に向けられた言葉を横取りして、自分の心を慰めること。

そんなことは、七直のプライドが許さなかった。

彼女はあくまで、禪院七直として、一人の女として、彼との思い出に独りで決着をつけたのだ。

 

「いいのか?本当に。結構……大事なことだと思うぜ?」

 

五条が珍しく食い下がるが、七直は立ち上がり、パンパンと服についた埃を払った。

 

「勝手にしたらいいわ。もうあの人に振り回されるのは辞めたの。……今の私には、守らなきゃいけない現実が山ほどあるのよ」

 

彼女の視線の先には、一生懸命おにぎりを配り歩く真希と真依の姿がある。

そして、左腕を失いながらも、ふてぶてしく次の指示を考え、自分を支えようとしている弟がいる。

甚爾に子供がいることなど、今の彼女は知る由もない。

ただ、かつての初恋を、一つの美しい地獄として、ようやく胸の奥に仕舞い込んだのだ。

 

「……へぇ。ま、お前がそう言うならいいけど。後で教えろっつっても教えねーぞ」

 

五条は悪戯に顔を歪ませる。

 

「結構よ。……さあ、休憩はおしまい!悟、傑、あんたたちも動くのよ。予定空けて欲しかったら手伝いなさい!」

 

「ええっ!?俺ゲストだよ!?最強だよ!?」

 

「最強ならこの瓦礫、一瞬で片付くわよね。ほら、行きなさい!」

 

「人使いが荒いね、全く」

 

七直に背中を突き飛ばされ、五条と夏油が文句を言いながらも瓦礫の山へ向かっていく。

その背中を見送りながら、七直は小さく息を吐いた。胸の奥に、もう澱みはない。

 

「……お母様。私、もう少し頑張ってみるわ」

 

病室で眠る母へ届くように心の中で呟くと、七直はひときわ大きな声で、復興に励む家の者たちへと声を張り上げた。

更地から吹き抜ける風は、昨日よりもずっと、清々しい夏の匂いがした。

 




あーあ。(察し)

失礼コーナー

ごめんなさい!今日はお休み!

またね!
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