直哉のお姉ちゃんになっちゃった…。   作:ザボン漬け

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閑話・日常

禪院家の屋敷があった場所には、今や真新しい木の香りが漂っている。

瓦礫の撤去と整地が完了し、本格的な主屋の建設が始まった。

外観は古都の景観を損なわない重厚な和風建築だが、七直と直哉の意向で、内装は徹底的に住みやすさを追求した和洋折衷となっている。

特にこだわったのは水回りだ。

薪でお湯を沸かす時代やないんやという直哉の冷めた一言と、長年苦労してきた女中たちの切実な希望を汲み取り、最新式のシステムキッチンやユニットバスが導入されることになった。

一方、不満を漏らしていた長老衆は、新築の設計図から物理的に切り離された「離れ」へと完全に隔離された。

 

そんな改革の喧騒を少しだけ離れ、都内のとあるカフェ。

窓際の席では、呪術界でも指折りの華たちが顔を揃えていた。

かぐわしい顔ぶれは、冥冥、禪院七直、家入硝子、天内理子、庵歌姫。

 

「ねえナナ、髪切ったでしょ?あと香水も変えた?前の甘い香りも好きだったけど、今のも大人っぽくて素敵!」

 

理子が身を乗り出して、七直の毛先に触れる。

かつての刺々しさが消え、黒井の死をゆっくりとだが受け止めつつある。

年相応の明るさを取り戻した理子の姿に、七直は目を細めて笑った。

 

「ええ、気分転換にちょっとね。バッサリいこうかと思ったけど、これくらいにしておいたわ」

 

「ふーん。ようやく吹っ切れたんだ。分かりやすいね」

 

隣で気だるげにアイスコーヒーをストローで啜っていた硝子が、ジト目で七直を観察する。

 

「……なによ」

 

「いいや別に~。前は死人みたいに顔色悪かったし、いつ呪霊になるかと思ってヒヤヒヤしたけど。戻ってよかったよ」

 

「硝子の言う通りよ!私もあの時は任務が立て込んでて、なかなか声をかけられなかったけど、本当に心配したんだからね」

 

歌姫が身を乗り出して、七直の手を握った。

先輩としての責任感と、純粋な優しさがその瞳に溢れている。

 

「歌姫さんまで……。すみません、あの時は本当にお騒がせしました」

 

「いいのよ。こうして笑って会えてるんだから、ねえ冥さん?」

 

振られた冥冥は、優雅にカップを置き、七直を見つめる。

 

「そうだね。七直が元気そうでなによりだ。君が禪院家の実権を握ってくれた方が、私としてもビジネス的に良い関係を築けると思うしね」

 

「もう、ここまできて仕事の話なんて……。冥さん、それなら一級推薦の話、正式に受けてくれます?」

 

七直が苦笑混じりに返すと、硝子がニヤリと笑った。

 

「なんだよ、七直も結局仕事の話してんじゃん」

 

「う……。これは、生存戦略よ。あの家を維持するには、私が早く昇級して、発言力を固めなきゃいけないんだから」

 

「相変わらず真面目だねぇ。ま、今の君ならサービス価格で動いてもいいよ。将来の当主、あるいはその補佐官への投資だと思えば安いものだ」

 

冥冥はクスクスと肩を揺らし、面白そうに目を細めた。

 

「助かります。今は家の立て直しでお金が飛ぶように消えていくから、少しでも出費を抑えたいんです」

 

七直の切実な言葉に、歌姫が勢いよく立ち上がってテーブルを叩いた。

 

「あ!そうよ、それ聞いたわ!あの五条のクズが派手に屋敷を吹き飛ばしたんですって!?本当に可哀想に……。今度私からもキツく言っておいてあげるから!あんな奴、一回ぶっ飛ばされないと分からないのよ!」

 

歌姫の鼻息の荒さに、七直は少し申し訳なさそうに視線を泳がせる。

けれど、その隣でストローを弄んでいた硝子が、逃がさないというように口を開いた。

 

「いや、先輩。あのクズがやったのは確かですけど、残りの半分を派手に更地にしたのは七直ですよ」

 

「えっ……?」

 

歌姫の動きがピタリと止まる。

七直は勢いよく硝子の方を振り向いた。

 

「硝子!なんでそれを知って……!」

 

「クズ共から聞いた。七直がキレ散らかして領域展開したせいで、屋敷どころか家財まで粉々になったって。『俺は半分しか壊してねーのに、あいつが全部俺のせいにしようとしてる』って悟がボヤいてたよ」

 

「あいつら……!!」

 

七直は顔を真っ赤にして、額に手を当てた。

あの「星雲瞻天宮」の中での出来事は、その場の当事者だけの秘密にしておきたかった。

ましてやヒスって暴れたなどという不名誉な要約を周囲に触れ回られているとは。

 

「おや、そうだったのかい。……いいじゃないか、七直。自分の家を自分の手で壊す。再生には破壊が必要だ。それもまた一つの投資だよ」

 

冥冥が優雅にフォローを入れるが、理子までもが興味津々で身を乗り出してきた。

 

「ねえナナ、どんな風に怒ったの?五条相手にそこまでやるなんて、スカッとしたでしょ!」

 

「理子まで……。違うの、あれは、その、色々と限界だっただけで……」

 

「ヒスったんだって?って聞かれた時は笑ったけどさ。ま、元気になって何よりだよ」

 

硝子の追い打ちに、七直はがっくりと肩を落とした。

術師として、常に冷静沈着であろうとしてきたプライドが音を立てて崩れていく。

 

「……もう、明日からどんな顔して高専に行けばいいのよ。あのクズ、絶対に許さないんだから……」

 

「いいじゃない、怒りなさいよ七直!そのエネルギーを呪力に変えるのよ!」

 

歌姫がずれた方向から応援し始め、女子会のテーブルはさらに賑やかさを増していく。

窓の外には、かつての重苦しい伝統に縛られていた彼女が想像もできなかったような、眩しい午後の光が広がっていた。

 

 

一方、女子会が華やかな香りに包まれていた頃。

男子学生組は、湿った夏の熱気を切り裂くような、むさ苦しくも騒がしい放課後を過ごしていた。

場所は高専からほど近いボウリング場。

カコォーン!というピンの弾ける音が響く中、五条悟がコーラを片手に声を張り上げた。

そんなむさ苦しい面子は、五条悟、夏油傑、禪院直哉、七海健人、灰原雄。

 

「いよっしゃあ!寮でゲーム三昧もいいけど、たまにはこうやって汗流すのも悪くないよな!」

 

「悟、汗を流すというよりは、君がただ暴れたいだけに見えるけれど」

 

夏油が苦笑しながら、手首のサポーターを締め直す。

その後ろでは、どこか場違いな高級シャツの袖を捲り上げた直哉が、不機嫌そうにレーンを見つめていた。

 

「……アホか。なんで僕が、わざわざこんな玉転がしに付き合わなあかんねん。時間の無駄や」

 

「まぁそう言わないでさ!直哉もやり始めるときっと楽しいよ!」

 

灰原がキラキラとした笑顔でフォローを入れるが、隣に立つ七海は、すでにスコアボードの

異常な数字を見て溜息をついていた。

 

「……灰原。楽しい以前に、この競技の前提が崩壊しています」

 

「おらっ!」

 

直哉が放った一投。

その瞬間、ボウリング場の空気が1秒間24フレームの理に支配された。

直哉のフォームは、投射呪法によって最適化された最短・最強の軌道。

さらに、手放されたボールには術式拡張が付与され、空中を凍りついた残像のように滑り落ちる。

直球のまま一切のブレなくセンターピンを粉砕し、全ピンが爆発したかのように吹き飛んだ。

 

「っしゃあ!ストライクや!」

 

「お前、それアリかよ!?術式乗っけてんじゃねーよ!」

 

五条の抗議に、直哉は欠損した左肩をわざとらしく動かして見せた。

 

「あァ!?僕は左腕が無いんやで!これくらいのハンデ、神様かて許してくれるわ!文句あるならあんたも無限でもなんでも使えばええやろがい!」

 

「言ったな?なら俺も本気出すわ」

 

五条は六眼をフル稼働させ、レーンの摩擦係数、ピンの重心、さらには空調の風向きまでを瞬時に計算。

呪力こそ最小限に抑えているが、その才能という名の暴力で、吸い込まれるようにストライクを連発し始める。

 

「負けてられないね」

 

夏油は二人の技術戦を尻目に、指に呪力を集中させてボールを固定。

日頃の格闘技術で鍛え上げた広背筋をしならせ、凄まじい豪速球を叩き込んだ。

もはやピンが倒れる音ではなく、ドォン!という重低音が響く。

 

「……凄いね、先輩達!迫力が違いすぎるよ!」

 

「……果たしてルール的に大丈夫なのでしょうか、これ。器物損壊で出入り禁止にならないことを祈ります」

 

灰原が純粋な憧れの眼差しでスペアを取り、七海は事務的にきっちりとストライクを重ねていくが、上位三人の人間離れした戦いには到底追いつけない。

 

「おい悟くん、次で決着や。僕が勝ったら、あのラーメン屋のトッピング、全部乗せ三杯分奢りぃや」

 

「いいぜ。その代わり俺が勝ったら、お前の家の新築祝いに『五条悟等身大ゴールド像』を玄関に置かせるからな」

 

「死んでも嫌やわ!!」

 

直哉の怒号が響く中、三人のスコアはほぼ横一線。

直哉は、残された右腕に全神経を集中させる。

左腕がない分、体の軸を保つのは至難の業だ。だが、そのアンバランスささえも投射呪法の加速に変換する。

 

(姉貴にダサい言われんようにな……ここで負けるわけにいかんのや!)

 

直哉が再び24フレームの世界へ。

弾け飛ぶピンの音。

男子組の夏休みは、女子会とはまた違うベクトルで、全力でそしてかなりルール無用な熱狂に包まれていた。

 

「結局、全員オールストライクかよ。……つまんねーの」

 

五条がスコアボードを仰ぎ見ながら、飲み干したコーラの空き缶をゴミ箱へシュートした。24フレームの加速、重力無視の豪速球、そして六眼による精密射撃。

化け物三人が本気で玉を転がした結果、スコアは理論上の上限で横並びという、実に可愛げのない結末に終わった。

 

「まぁ、勝負がつかないのも平和でいいじゃないか。次はどうする?」

 

夏油が首の凝りを回しながら周囲を見渡す。

ボウリング場の隅にあるゲームコーナーには、数台の格闘ゲームの筐体が並んでいた。

 

「あ、格ゲーあるじゃん!先輩、格ゲーやりましょうよ!」

 

灰原が指差した先には、派手なエフェクトが画面を踊る最新の対戦格闘ゲーム。

五条と夏油が「お、いいな」と乗りかかろうとした瞬間、ふと二人の視線が直哉の空いた左袖に落ちた。

格ゲーは、左手でレバーを、右手でボタンを操作するのが基本だ。

 

「……あー、いや。格ゲーは指が疲れるしな。やめとくか、直哉。あっちのエアホッケーとかにしようぜ」

 

五条が珍しく、あからさまな配慮を見せて言葉を濁す。

 

「そうだね、エアホッケーなら片手でも十分楽しめる」

 

夏油もそれに合わせるように頷いた。

その瞬間、直哉の額に青筋が浮かんだ。

 

「……あ?お前ら、今何言うた?」

 

直哉の瞳に、ボウリングの時以上の殺気が宿る。

 

「なめんなや。僕が片腕やから、格ゲーは無理やって?可哀想やから手加減して種目変えてやるわって……そう言いたいんか?」

 

「いや、そういうわけじゃ——」

 

「見ときぃや。僕が本気出したら、レバーもボタンも、一本指で十分なんや」

 

直哉はそう吐き捨てると、乱暴に筐体の椅子に座り込んだ。

ちょうど、対戦待ちをしていた一般客の青年が「お願いします」と座ってくる。

相手は格ゲーに自信がありそうな出で立ちだったが、直哉は鼻で笑った。

 

「……一秒間に24回、確定演出見せたるわ」

 

対戦開始の合図と共に、直哉の右手が残像になった。

彼はレバーを操作しない。

正確には、レバーを叩く振動と、その直後にボタンを押す速度を、投射呪法で極限まで加速・圧縮させていた。

画面上のキャラクターは、ありえない挙動でワープを繰り返し、相手のガードが間に合うはずのないコンボを叩き込む。

 

KO!KO!!KO!!!

 

わずか一分も経たずにこの結果。

直哉は片手一本で、相手の体力ゲージを溶かし尽くした。

呆然とする対戦相手を尻目に、直哉はレバーを弾いて五条たちを振り返る。

 

「次、誰や。……かかってこいや。左腕がない分、僕の右手の加速は以前よりキレが増しとる。まとめて24フレームの間に沈めたるわ」

 

「……ははっ。こりゃ一本取られたね」

 

夏油が楽しそうに目を細め、コインを投入する。

 

「いい度胸じゃん。直哉、後でボタンが壊れてたなんて言い訳すんなよ!」

 

五条も不敵に笑い、隣の筐体に滑り込んだ。

 

「灰原。……一応、店員さんに予備のボタンがあるか聞いておきましょう。あの人たちが本気で叩いたら、この筐体は一分持ちません」

 

七海の冷静な忠告を背景に、ボウリング場の一角は、呪術高専が誇る怪物たちの、意地とプライドを賭けた超次元コンボ合戦の舞台へと変貌した。

 

格闘ゲームの筐体から、もはや音楽とは呼べないほどの爆速の電子音と、ボタンを叩く破滅的な打撃音が響き渡る。

 

「らぁ!!24フレーム内にこのコンボ、全段確定や!!」

 

直哉の右手が文字通り消えた。

投射呪法によって、ボタン入力のプロセスそのものが最短・最適化されたフレームへと圧縮される。

画面の中のキャラクターは、格ゲーのプログラムが想定しているモーションの限界を超え、物理法則を無視した角度から相手の背後を突き、一瞬でコンボを完走させた。

 

KO!!

 

「……っは!?今の、俺ガードしただろ!?」

 

五条が珍しく目を見開いて叫ぶ。

六眼で相手の指の動きは視えている。

しかし、視えていることと、ゲーム側の処理速度が追いつくことは別問題だった。

五条がここだとレバーを倒すコンマ数秒の間に、直哉のキャラクターはすでに三手先の攻撃を確定させているのだ。

 

「ハッ、遅いわ!悟くんの六眼かて、ゲーム機の処理速度までは加速できへんみたいやな!」

 

直哉が勝ち誇ったように鼻で笑う。

 

「クソッ……!呪力で基板の電気信号直接いじれば……」

 

「悟、それはもうゲームじゃない。ただの電子工作だ」

 

夏油が横から窘めるが、彼自身も直哉の24フレーム確定コンボの前に、手も足も出ずパーフェクト負けを喫していた。

 

「ええか、格ゲーいうんはフレームの奪い合いや。1秒間を24等分して生きとる僕にとって、この画面の中は、現実よりもずっとノロくて退屈な世界なんや。片手で十分……いや、片手の方が集中できてええくらいやわ!」

 

直哉は、余った左袖を誇らしげに揺らした。

かつて甚爾という強さの極致に憧れ、そして姉である七直の領域展開という必中をその身で感じた。

その地獄のような経験が、皮肉にも彼の投射呪法をより鋭敏に、より正確なものへと変異させていた。

 

「直哉……凄い!キャラクターが残像になって、分身してるみたい!」

 

灰原が目を輝かせて拍手を送る。

 

「……確かに、投射呪法の特性をこれほど完璧に活かした例を私は他に知りません。ある種の才能の浪費ですが、見事です」

 

七海が顎に手を添えて、感嘆の言葉を述べる。

 

「あーあ、負けた負けた!認めっぞ直哉、お前その一本腕、立派に武器になってんじゃん」

 

五条が負けを認めて筐体から背を伸ばした。

その言葉に、直哉は一瞬だけ、本当に一瞬だけ驚いたような顔をして、すぐにフンと鼻を鳴らした。

 

「……当たり前や。この腕一本で、姉貴を支えていかなあかんのや。ゲームごときで遅れとってられるか」

 

ボウリングのスコア横並びという面白くない結果を、格ゲーという完全な実力差で塗りつぶした直哉は、上機嫌で立ち上がった。

 

「よし!約束通り、トッピング全部乗せのラーメン奢ってもらうで。……傑くん、悟くん、灰原に七海。全員まとめてついてこい。……僕の奢りや」

 

「え?直哉の奢り?負けたの俺らなんだけど」

 

「うるさいわ、勝ったもんの余裕や。……たまには、こういうのも悪くないやろ」

 

直哉は、かつての禪院家では見せることのなかった、どこか誇らしげで、そして少しだけ照れくさそうな背中を見せて歩き出した。

男子学生たちの放課後は、汗と呪力とボタンの破壊音を経て、真夏の夕暮れ時、食欲をそそる醤油の香りの方へと続いていった。

 




こういう話ばっか書いていたい。
あと作者は格ゲー詳しくないので、誰がどのキャラ使っているのかは、ご想像にお任せします。

質問コーナー

Q.理子の立ち位置について。

A.懐玉以降は高専で保護し、現在は五条、夏油、七直の庇護下にあります。術師として目覚めたため、進路は高専で確定してますが、残りの中学生生活は前の学校でもいいのでは、と最強三人と話し合ってます。また黒井が亡くなってしまったため生活費は五条と七直が工面しています。

高評価、お気に入り登録、感想ありがとうございます!
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