直哉のお姉ちゃんになっちゃった…。   作:ザボン漬け

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玉…①

真夏の陽光が、新築された禪院家主屋の白木を眩しく照らし出している。

かつて伏魔殿と揶揄された陰鬱な空気は、一年前のあの中庭の爆散と共に霧散していた。

現在、呪術総監部の記録には、前代未聞の連名が記された一通の申請書が保管されている。禪院直毘人、七直、直哉、そして現代の双璧たる五条悟、夏油傑。呪術界の勢力図を塗り替えるこの五人の署名は、禪院家を閉鎖的な血族から開かれた呪術機関へと変貌させる宣戦布告に他ならなかった。

いまや禪院家は、御三家という硬直した枠組みから脱しようとしている。

家系に縛られないフリーの術師を受け入れ、技術を研鑽し、任務を斡旋する――それは一種のギルドのようなものであり、高専とも家系とも異なる第三の呪術的機関としての歩みであった。

かつての武力集団「炳」は、その実態を大きく変えた。

「禪院で非ずんば術師に非ず、術師に非ずんば人間に非ず」と傲慢に振る舞う強者はもはや存在しない。

今の炳は厳格な定員制を敷かれ、一種の聖域、あるいは称号的な存在へと昇華されている。昇格の条件は、単純な呪術的実力だけではない。

後進への指導能力、そして何より門徒生たちからの厚い信頼と推薦が不可欠とされた。

旧態依然とした血統主義を廃したことで、炳は呪術界でも屈指の、清廉にして苛烈な実力派エリート集団へとその性質を転換させている。

対照的に、落伍者の吹き溜まりであった躯倶留隊は完全に解体された。

術式を持たぬ者は、もはや出来損ないではない。

彼らは術師の戦いを支える高度なバックアップチームへと再編された。

戦況の分析、情報の共有、そして何より呪具の支給とメンテナンス。

実力差を埋めるための徹底した装備支援の仕組みが整えられたことで、術式を持たない門徒であっても、自らの価値を誇り、戦場に貢献できる土壌が形成されたのだ。

新緑の庭を抜ける風は、かつての腐臭を微塵も感じさせない。

古き呪いを自らの手で焼き払った姉弟が目指した形が、ようやくこの一年で確かな輪郭を持ち始めている。

一年前、瓦礫の山でアイスを頬張りながら見上げたあの空は、今も変わらず高く、そしてどこまでも開かれていた。

 

 

2007年、夏。蝉の鳴き声がアスファルトを焼くように響く。

禪院家が劇的な変貌を遂げつつあるその裏側で、呪術界の勢力図もまた、決定的な転換点を迎えていた。

五条悟と夏油傑は、名実ともに特級としての位を不動のものにし、七直もまた、禪院家の実権と並行して一級術師へと昇級。

かつての問題児たちは、いまや高専の、そして呪術界の屋台骨となっていた。

だが、この一年の最大の変化は、目の前の男の在り方そのものだった。

 

「いっくよー」

 

家入硝子の気だるげな号令と共に、三つの物体が同時に五条へと放たれた。

硝子は愛用のペンを投げ、夏油は手近にあった消しゴムを弾き、そして七直は術式を指先に宿し、小さな、しかし凝縮された熱量を持つ火の玉を飛ばす。

五条は動かない。

避ける仕草も、防ぐ構えも見せない。

ペンは五条の眼前数センチで、見えない壁に阻まれたように止まり、重力に従って落ちた。七直の火の玉も、衝突する寸前で空間の歪みに呑まれるようにして霧散した。

だが、夏油が投げた消しゴムだけが、何事もなかったかのように五条の額にポスリと当たって、地面に転がった。

 

「うん、良い感じだね。……あと七直、ちょっと殺意高くない?俺の前髪がチリチリになるところだったんだけど」

 

五条がサングラスの奥の六眼を細め、ニヤリと笑う。

 

「気のせいよ。あなたの脳に少しでも刺激を与えてあげようと思っただけ」

 

七直が平然と返すと、硝子が感心したように、落ちたペンを拾い上げた。

 

「うわ、何今の」

 

「術式対象の自動選択かな?」

 

夏油の問いに、五条は誇らしげに親指を立てた。

 

「そそ。今までマニュアルでやってたのをオートマにした。呪力の強弱だけじゃなく、質量、速度、形状からも物体の危険度を選別できる。七直みたいに毒物なんかも選別できたらいいんだけど、それはまだ難しいかな。……でも、これなら最小限のリソースで無下限をほぼ出しっぱなしにできる」

 

「出しっぱなしなんて……脳が焼き切れるよ」

 

五条は人差し指で自分のこめかみをトントンと叩いた。

 

「自己補完の範疇で反転術式を回し続けるのさ。いつでも新鮮な脳をお届けだ。前からやってた掌印の省略も完璧。赫と蒼のそれぞれの複数同時発動もボチボチ……あとの課題は、領域と長距離の瞬間移動かな」

 

五条は、一年前のあの禪院家の中庭で、死に物狂いの七直が自分に刻んだ傷の感触を、今でも忘れていない。

あの時、彼女が見せた執念が、彼をさらなる高みへと突き動かした。五条はサングラスを少しだけ下げ、真っ直ぐに七直を見据えた。

 

「見てろよ、七直。次、お前が星を降らせようとしても、俺の服の埃一つ揺らせないようにしてやるから」

 

「……ふん。楽しみにしておくわよ。傲慢な最強さん」

 

七直は鼻を鳴らしたが、その口角は僅かに上がっていた。

一年前、互いに血を流し、屋敷を更地にした二人の間に、もはやあの日のような刺々しい壁はない。

夏油はそのやり取りを、どこか眩しそうに、そして深い信頼を込めて眺めて、そしてふわりと立ち上がる。

その仕草には、一年分の上積みをされた余裕と、どこか隠しきれない熱が混じっている。

 

「じゃあ、悟の実験も終わったみたいだし。……この後、任務があるんだ。行こう、七直」

 

その呼びかけに、七直は迷いなく腰を上げた。

この一年、それは二人の間の暗黙のルーチンとなっていた。

五条が最強としての術式を自動化し、神の領域へと近づいていく一方で、夏油と七直は泥臭く現場を這い、無数の呪霊を狩り続けてきた。

かつての約束。

七直が夏油の呪霊狩りを手伝うこと。

 

「ええ、いいわよ。今日はどこなの?」

 

「割と近いところだから、すぐ終わるよ」

 

夏油が穏やかに微笑む。かつて一人で呪霊を喰うという孤独な業に耐えていた彼は、もういない。今の彼には、その行為の意味と苦痛を分かち合い、背中を預けられる理解者が隣にいる。

 

「いいなー!俺も行きたい!三人で行こうぜ、三人で!」

 

五条は子供のように抗議する。

特級術師の地位も、神に近い六眼の知覚も、彼からこの置いてけぼり感を拭い去ることはできないらしい。

 

「悟は別の任務があるだろ。昨年の災害のせいで今年は特に呪霊が多いんだから。君が行けば一瞬で終わるような案件だ、さっさと片付けておいで」

 

「ちぇっ……傑も七直も、最近二人きりばっかじゃん。ずるいんだよなー」

 

五条の不満げな声を背中で聞き流しながら、二人は歩き出した。

夏油の視線が自然と七直の横顔に落ちる。

彼は、一年前のあの中庭を今でも鮮明に思い出していた。

星々が降り注ぐような美しい領域の中で、命を削りながら五条に爪を立てた彼女の姿。あの凄絶な執念と、その後で見せた更地からやり直すというしなやかな強さ。

夏油にとって、七直はもはや単なる同級生ではなかった。

自分の喉を焼く、あの反吐をぶちまけたような呪霊の味。

それをただ一人が共有し知っている。

隣で黙って手を貸してくれる彼女の存在は、夏油が術師としての誇りを失わずに済んでいる最大の理由だった。

 

「……どうかしたの?私の顔に何かついてる?」

 

七直が不審そうに覗き込んでくる。

夏油はハッとしたように視線を前方に向け、苦笑した。

 

「いや……今日も手伝ってもらえるのが、少し贅沢だと思ってね」

 

夏油は言葉を継ぎながら、数日前の単独任務の記憶を脳裏に霞ませた。

あの日、彼は七直が多忙であることを案じ、珍しく彼女を誘わずに一人で現場へ向かった。一級程度の呪霊。取り込み自体は造作もないことだった。

だが、その黒い球体を飲み下した瞬間。

 

(……っ)

 

肺の奥まで侵食するような、吐瀉物を拭った雑巾のような泥の味。

慣れているはずのそれが、その日は異常なほどに重く、不快で、喉を灼いた。

反射的に制服のポケットを探った。

いつもそこにあるはずの、彼女から渡される小洒落た缶入りの飴。

苦痛を上書きし、自分を現世に繋ぎ止めてくれるあの甘い香り。

だが、指先が触れたのは、空になった冷たい金属の底だけだった。

 

「……あ」

 

その瞬間、夏油は呆然と立ち尽くした。

喉にこびりつく呪霊の不快感よりも、手元に飴がないこと、そして何より今、隣に彼女がいないという事実が、激痛のような衝撃となって胸を突いたのだ。

飴がないから苦しいのではない。

彼女が隣にいない世界で、この苦行を繰り返すことに、自分はもう耐えられない。

 

(……ああ。そうか。私は)

 

自分が思っている以上に、禪院七直という女性に生殺与奪の権を握られている。

彼女の不在が、これほどまでに世界を色褪せさせ、自分の最強としての矜持を脆く崩してしまうのかと、背筋が凍るような、それでいて熱い自覚。

それは単なる友情や信頼の範疇を、とうの昔に踏み越えていた。

 

「傑?どうかしたの。さっきから変よ」

 

七直の怪訝そうな声に、夏油は我に返った。

隣を歩く彼女は、一年前よりもずっと大人びた香りを纏わせ、少しだけ短くなった髪を夏風に遊ばせている。

 

「いや……なんでもないよ」

 

夏油は努めて穏やかに、けれど隠しきれない執着を瞳の奥に沈めて微笑んだ。

 

「ただ……今日は絶対に飴を切らさないようにしようと思ってね。君がいないと、私の喉は驚くほどわがままになってしまったみたいだ」

 

「……?変なこと言うのね。予備ならいくらでもあるから、心配しなくていいわよ」

 

七直は不思議そうに笑いながら、カバンから例の飴缶を取り出して見せた。

その何気ない仕草に、夏油は喉の奥が微かに熱くなるのを感じる。

 

(……困ったな。これは、もう戻れない)

 

甚爾という巨大な影を振り払い、更地から立ち上がった彼女。

その隣に並び立つために、自分もまた最強であり続けなければならない。

だが今の自分を突き動かしているのは、世界を救う大義などではなく、目の前で飴缶を振る彼女に、狂おしいほどに焦がれているという、あまりに私的な情愛だった。

 




???「どんな女が好みかな?」

質問コーナー

Q.七直の一級推薦は誰がしてくれたのか?

A.冥冥と夜蛾先生です。冥冥の方はお金で、夜蛾先生は実力と実績を考慮しても問題ないと判断し、推薦しました。直哉はまだですがおいおいやります。
禪院家を改修した際に「特別術師」の称号を廃止したため、総監部へ届け出しましたが、新しい禪院家の在り方が気に入られず、最近まで嫌がらせとして昇格出来てませんでした。その後、特級二人の圧力に屈し、晴れて一級になりました。




書く、投稿する、この繰り返し

書く

投稿する

皆は知らない(知ってる)エナドリの味

添加物と糖分とカフェインを丸飲みしているような

書く

投稿する

誰のために?

初投稿日から自分に言い聞かせている

私が見たものは何も珍しくない

周囲のエタ作品

知ったうえで私は二次創作をする選択をしてきたはずだ

ブレるな

投稿者としての責任を果たせ

「読者め…」

自分が折れそう。


いつも感想、高評価、お気に入り登録ありがとうございます!
ほんとうに励みになっています。誤字脱字も多いですが今後ともよろしくお願いいたします!
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