直哉のお姉ちゃんになっちゃった…。   作:ザボン漬け

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玉…⑧

校庭を吹き抜ける風が、夏油の手元に集束する黒い呪力に煽られて渦を巻く。

夏油は、霧散しかけた自身の呪霊たちを掌の上で強引に圧縮し、新たな形へと練り上げた。

 

「義手が壊れてしまったようだけど?降参するかい、直哉」

 

夏油は、左肩から白煙を上げる直哉を静かに見据えた。

自らの半身とも言える義手を弾丸として射出するという、直哉のあまりに過激な一撃。

 

「……抜かせ!まだまだこれからや!」

 

直哉は右の拳を固く握り、肩の激痛を呪力で無理やり麻痺させた。

赤い瞳には、退くという選択肢など微塵も存在しない。

 

「そうこなくっちゃね。……では、私も少し禪院家らしい戦い方を真似させてもらおうか」

 

夏油が掌を開くと、そこには脈打つ肉塊のような三節棍が握られていた。

否、それは棍の形を模した呪いそのものだった。

三つの棍を繋ぐ鎖は、引き千切られた腱のように生々しく蠢き、棍の表面には、苦悶に歪む数多の顔が浮かび上がっては消える。

 

「キッショ……!なんやそれ、死ぬほど悪趣味やんけ!」

 

直哉が思わず顔を顰める。

かつて忌庫に収められていた数々の名だたる呪具を見てきた彼にとっても、その物体は生理的な嫌悪感を催させるに十分なほど禍々しかった。

 

「ふふ、酷い言い草だね。これは私の呪霊を武器の形に再構築したもの……呪霊具とでも言おうか。名前はそうだな……『三首(みつくび)』とか、良い感じじゃないか?」

 

夏油は軽やかに三首を振り回した。

真ん中の棍に込められたのは、あらゆる衝突に耐えうる「硬化」。

端の一節には、触れた対象に強制的に浅い切り傷を刻む「千斬」。

そしてもう一方の端には、打撃の瞬間に進行方向へ数百キロの慣性を上乗せする「重圧」。

 

「特級術師がわざわざ得物持ち出して……そんなに僕が怖いんか!」

 

「まさか。君の速さに敬意を表して、私も一歩も動かずに君を仕留める準備をしただけだよ」

 

夏油が静かに構える。

直哉の瞳に、再び二十四分割の理が宿った。

義手はない。

重心は不安定。

だが、今の直哉には、自分の限界を物理的に破壊したことで得た、異様なまでの冴えがあった。

 

「一秒先の僕は……お前の後ろや!!」

 

直哉が爆発的な踏み込みを見せる。

失った左肩を軸にするのではなく、右足の一点に全呪力を集中させた、直線的かつ暴力的な加速。

夏油の視界から、再び直哉が消えた。

だが、夏油は動かない。

彼は三首の鎖を緩め、自身の周囲に巨大な円を描くように一閃させた。

 

ガギィィィィィン!!

 

空間を切り裂いて出現した直哉の右拳が、夏油の首元に届く寸前。

三首の中央、硬化の術式を宿した節が、吸い寄せられるように直哉の打撃を正面から受け止めた。

 

「なっ……!?」

 

直哉の驚愕。

投射呪法による超速。

それを、夏油は目で追うのではなく、自身の周囲に張り巡らせた三節棍の軌道という物理的な壁で迎撃したのだ。

 

「悪いが、私の間合いは君の想像より少し広いんだ」

 

夏油が手首を返すと、重圧の術式を宿した節が、慣性法則を無視して直哉の脇腹へと跳ね上がった。

 

「――ッ!!」

 

直哉は空中で無理やり身体を捻り、術式を再起動させてフリーズを回避。

だが、もう一方の「千斬」を宿した節が、蛇のように直哉の頬をかすめ、一瞬で皮膚を裂く。

 

「……っ、この、ちょこまかと……!」

 

「直哉くん、君の速さは直線だ。ならば、私は円で対応すればいい。……シンプルな理屈だろう?」

 

夏油の立ち居振る舞いは、もはや呪霊操者のそれではない。

呪霊を武器として振るい、自身の呪力と一体化させる。

それは、五条悟が無下限という神の領域に達したように、夏油傑が呪霊という個を術師の四肢へと昇華させた、特級の新たな境地だった。

 

「……おもろい。円で受ける言うんやったら、その円ごと、ぶち抜いたるわ!」

 

直哉の闘志が、さらに一段、熱を帯びる。

右腕一本、足場は不安定。

けれど、その瞳に映る夏油傑という壁が、今はこれ以上なく輝かしく、超え甲斐のある山に見えていた。

 

「姉貴が見とる前で、無様な格好はできんからな……!」

 

「奇遇だね。私も、彼女の前で不格好に負けるわけにはいかないんだ」

 

二人の男が、互いの絶対に譲れない理由をその瞳に燃やし、再び交錯する。

砂塵の舞う校庭に、肉を裂く音と、石の如き硬度がぶつかり合う轟音が、鳴り止むことなく響き渡った。

三首が空気を切り裂くたび、校庭の地面には巨大な爪で抉られたような溝が刻まれていく。夏油を中心とした半径数メートルは、もはや不可侵の領域と化していた。

千斬の刃が風を裂き、硬化の節が盾となり、重圧を乗せた一撃が着弾するたびに爆風を巻き起こす。

 

「……っ、ハ、ハァッ!」

 

直哉は肩を上下させ、夏油の円の外縁を旋回し続けていた。

義手を失い、重心が右に傾く中で投射呪法を維持するのは、想像を絶する脳の酷使を強いる。

直哉の右目からは、過負荷による血が涙のように一筋、頬を伝っていた。

 

(あの前髪……!呪霊を呼び出すだけやのうて、自分から当てに来おる!)

 

夏油の戦法は、極めて合理的かつ冷徹だった。

一つ一つの術式――「硬化」「千斬」「重圧」は、一級レベルの直哉からすれば決して対処不可能なものではない。

だが、それが三節棍という、予測不能な軌道を描く関節武器に乗せられた瞬間、最悪のパズルへと変貌する。

直哉が踏み込もうとすれば千斬が牽制し、強引に拳をねじ込もうとすれば硬化が弾き、さらにその反動を突いて重圧のカウンターが飛んでくる。

 

「どうしたんだい、直哉くん。自慢の速さが止まっているよ」

 

夏油は一歩も動かない。

だ、三節棍を軽やかに扱い、全方位からの加速に対応し続ける。

その姿は、荒れ狂う嵐の中心で静かに佇む岩礁のようだった。

 

「……黙れや……!まだ、止まってへんわ!!」

 

直哉は、自身の術式を極限まで加速させた。

一秒間を二十四分割する理。そのフレームの中に、夏油が描く円の軌道を全て叩き込み、定義し直す。

 

(あの棍の動き、一秒間に三回……いや、四回の連動。鎖の長さ、節の重さ……全部計算に入れろ!癖を覚えるんや!)

 

直哉は右足の筋肉が爆ぜるほどの力を込め、地面を蹴った。

投射呪法。一秒後の目的地は――夏油の懐、最短距離。

 

「無駄だと言ったはずだよ」

 

夏油が三首を翻す。

硬化の節が直哉の正面を塞ぐように配置される。

通常なら、ここで直哉は攻撃を阻まれ、反撃を食らう。

 

だが。

 

「……定義し直したで、その『円』ごと!」

 

パキィィィィン!!

 

空間を凍りつかせるような静止音が響く。

直哉は硬化の節に触れる直前、自らの動きを一瞬だけフリーズさせた。

術式のペナルティを、自らの意志で、最小限の時間で引き受けたのだ。

呪力を瞬時に右足へ集中。

フリーズが解けるコンマ数秒、地盤がさらに沈み込むほどの反動を利用し、直哉は硬化の節を軸にして、自らの身体を強引に跳ね上げた。

 

「……跳んだ!?」

 

夏油の視界から、再び直哉が消える。

今度は後ろでも、左右でもない。

 

真上。

 

夏油が描く水平の円の死角である、垂直方向からの奇襲。

 

「これで、終わりやぁぁぁ!!」

 

直哉は残った右腕に、全呪力と、自身の体重、そして落下の加速を全て乗せた。

投射呪法 、一秒後の着地点は、夏油のその涼しげな顔面のど真ん中。

重力に従い、隕石のような速度で直哉が降ってくる。

夏油は咄嗟に三首を上空へ向け、硬化の節を中心に残りの節を交差させ盾とした。

落下する直哉の右拳と、それを迎え撃つ夏油の三節棍。

その接点が、世界の中心であるかのように歪み、凝縮された。

激突の瞬間、陽光さえも塗りつぶすような黒い火花が爆ぜた。

 

「な……っ、空間が……!?」

 

夏油の視界が、不自然な黒と赤に染まる。

呪力の衝突による歪みではない。それは、空間そのものを打撃でへし折る、呪術の極致。

 

――黒閃

 

直哉の執念、傲慢、そして姉への情愛。

そのすべてが、一秒間を24分割する理の隙間に、針を通すような精度で0.000001秒以内の呪力衝突を引き起こした。

直哉自身さえも予期せぬ、過去最高威力の打撃。

 

バキィィィィィィン!!

 

絶大な硬度を誇っていた三首の硬化の節が、まるで安物の硝子細工のように粉々に打ち砕かれた。

 

「ぐ、うあぁ……ッ!!」

 

衝撃波が夏油の全身を突き抜けた。

硬化の節が盾となって威力を減衰させたはずだったが、黒閃のエネルギーは、三節棍を伝い、夏油の両腕を、そして肺腑を直接揺さぶる。

夏油の足元の地面が同心円状に爆ぜ、彼は数十メートル後方まで、土煙を上げながら弾き飛ばされた。

 

「……ハッ、……ハァッ、……見たか……!!」

 

着地した直哉は、右腕の感覚を失い、膝をつきながらも、顔を上げて笑った。

その瞳の奥には、黒閃という高みに到達した者だけが味わう、全能感に満ちた熱い輝きが宿っている。

夏油は砂塵の中から、よろめきながらも立ち上がった。

制服の袖は破れ、口角からは一筋の血が流れている。

 

「……驚いたよ。まさか、あの土壇場で黒閃を引くなんて」

 

夏油は胸を押さえ、深く息を吐き出す。

もし、三首の硬化がなければ、今の一撃で自分の頭蓋は砕かれていただろう。

特級という座にありながら、死の一歩手前まで追い詰められた。

だが、その表情に不快感はない。

あるのは、一人の男として、そして術師として、直哉を対等の相手と認めた晴れやかさだった。

 

「傑!直哉!もうそこまでにしなさい!!」

 

その時、静寂を切り裂くように、ベンチから立ち上がった七直の鋭い声が飛んだ。

彼女は砂塵を割り、二人の間に割って入る。

その後ろでは、五条が「あーあ、派手にやったねぇ」と楽しそうに拍手をしている。

校庭に立ち込めた砂塵が、夏の終わりの風に吹かれてゆっくりと薄れていく。

その中心で、直哉は膝を突き、肩で荒い息をつきながらも、満足げに口角を上げていた。

 

「……見たか、前髪……。黒閃や……。これが、禪院直哉の実力や……」

 

そこまで言うのが精一杯だった。

灰原を救うために術式を酷使した脳の疲労、そして今の死闘。

限界を超えて回し続けた直哉の呪力は、黒閃という最高出力の一撃を放った直後、ついに完全に底を尽いた。

直哉の身体から力が抜け、そのまま前のめりに乾いた土の上へと倒れ込む。

 

「直哉!」

 

七直が駆け寄り、砂にまみれた弟の身体を抱き起した。

直哉の意識は辛うじて繋がっていたが、焦点の定まらない瞳で

 

「姉貴……お茶、淹れて……」と小さく零すのがやっとだった。

 

「……全く。こんなになるまで戦って。バカじゃないの、本当に」

 

七直は呆れたように吐き捨てたが、その瞳には慈愛が満ちていた。

弟が自分のために、腕一本、骨の髄まで使い果たして最強の片割れに挑んだ。

その不器用で真っ直ぐな執念が、彼女の胸を温かく満たしていた。

一方、数十メートル後方で立ち上がった夏油は、破れた制服の袖を払い、口元の血を指で拭った。

彼の右腕は黒閃の余波でまだ痺れ、肺には焼け付くような熱い痛みが残っている。

だが、その瞳は、未だかつてないほど高揚し、黒閃という究極の集中状態に充てられてギラついている。

特級としての矜持、そして一人の男としての競争心が、彼の中で激しく渦巻いていた。

だが、七直の凛とした視線と、その足元で倒れている少年の姿を見て、夏油はゆっくりと、深く息を吐き出した。

 

(……一瞬、本当に死ぬかと思ったよ。あの子は、どこまで強くなるんだろうね)

 

夏油は残った三節棍の両端を、手元で静かに黒い霧へと還した。

これ以上は蛇足だ。

夏油は深く息を吸い込み、自己補完の反転術式を回す。

右腕の痺れと胸の痛みが、冷たい感覚と共に急速に癒えていく。

特級術師としての余裕を取り戻した彼は、七直に抱えられた直哉の元へと、穏やかな歩取りで歩み寄った。

 

「参ったな。黒閃を引かれたんじゃ、私の完勝とは言えそうにない」

 

夏油は直哉の前にしゃがみ込み、その赤い瞳を覗き込んだ。

 

「……負け惜しみ、やろ」

 

「ああ、そうだね。負け惜しみだよ。君の勝ちでいい。……お茶、君の分も淹れてもらえるように、彼女に頼んであげるから」

 

「……当たり前や。……傑くん、強かったわ……」

 

直哉はそう呟くと、ようやく重い瞼を閉じて眠りに落ちた。

七直は、膝の上で眠る弟の髪を優しく撫で、それから隣に座る夏油を見上げた。

 

「……傑。あなたも、怪我はない?」

 

「大丈夫だよ。少し、胸が熱いだけだ。……彼のおかげで、私も初心を思い出した気分だよ」

 

夏油は七直の視線を真っ向から受け止めた。

黒閃の熱、直哉の執念、そして隣にいる彼女の体温。

九十九由基が言った毒さえも、今の夏油にとっては、この確かな現在を守るための糧に思えた。

 

「さあ、帰ろうか。灰原も待っている。……その後で、約束のお茶をいただこう」

 

夏油が差し出した手を、七直は少しだけ躊躇ってから、しっかりと握り返した。

 

「……ええ。とびきり熱くて、苦いのを淹れてあげるわ。……お砂糖は、自分たちの勝ち星で十分でしょう?」

 

「ふふ、手厳しいね」

 

夏油が彼女の手を引き寄せて立たせる。

七直は砂を払い、まだ寝息を立てている直哉の顔をハンカチで拭ってから、夏油に向き直った。

 

「さて、そうと決まれば傑。あなたには働いてもらうわよ」

 

「おや、お茶を淹れてもらう前に、まだ試練があるのかい?」

 

夏油が苦笑交じりに首を傾げると、七直は直哉の背中を支えながら、いたずらっぽく唇の端を上げた。

 

「当たり前でしょう。私はこれから医務室で、このボロボロになった弟の治療をしなきゃいけないの。その間に、最高に美味しいお茶菓子を買ってきなさい。あなたの選ぶ甘いものなら、今の私と、この意地っ張りな弟の機嫌を直すのに十分でしょ?」

 

夏油は一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに降参するように両手を挙げた。

 

「わかった。君たちの御眼鏡に適うものを、特級の意地にかけて探してくるとしよう。……リクエストはあるかい?」

 

「そうね、あんまり気取ったものじゃなくていいわ。……傑が、本当に美味しいと思うものを。今の私たちには、それが一番の特効薬になる気がするから」

 

七直の言葉に、夏油は胸の奥が温かな何かで満たされるのを感じた。

 

「わかった。すぐに行ってくるよ」

 

「……あ、待って、傑」

 

七直が呼び止める。

夏油が振り返ると、彼女は西日に目を細めながら、少しだけ声を落として言った。

 

「……私の部屋、鍵は開けておくわ。……勝者の特権、ってことで」

 

それだけ言うと、七直は耳まで赤くして、慌てたように直哉を担ぎ直して校舎へと歩き出した。

夏油はその背中をしばらく呆然と見送っていたが、やがて噴き出すように笑った。

 

「……まいったな。本当に、手厳しい」

 

彼は自嘲気味に首を振りながらも、その足取りは驚くほど軽かった。

夕暮れが校庭を橙色に染め上げていく。

これから買いに行く菓子の甘さと、その後に待っている苦いお茶、そして何より愛おしい彼女との時間。

最強の術師としての矜持よりもずっと切実な喜びを胸に、夏油は夏の風を切って、街へと歩き出した。

 

「えー!俺も行く!俺が一番うまい店知ってるし!」

 

背後では五条が叫びながら追いかけてくる。

 

「悟はコーラで十分だろ」

 

蝉時雨はいつの間にか遠のき、空には一番星が、一年前とは違う穏やかな輝きを放ち始めていた。

 




黒閃!迸る!

質問コーナー

Q.夏油の呪霊具について。

A.呪霊操術の術式反転による再構築で武器にしたもの。呪霊が持つ術式を乗せることも可能であり、もとは呪霊なので術式で収納が楽なのがいいところ。悪いところは見た目が良くないところくらい。呪具としての性能は良いが見た目の悪さから、夏油以外使いたがらない。
武器種は、三節棍、二節棍、トンファーなど打撃武器が多い。夏油曰く作るのが楽だから。

まぁ、夏油といえば三節棍ですよね。


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