他の術師たちが一斉にざわめく。
彼らにとって、女が禪院家で「権限」を要求するなど、家訓と伝統への冒涜に等しかった。
直毘人は面白そうに七直を見た。
「ふん。よかろう。お前は勝った。当主であるこの儂の前で、お前の口から望みを言え」
七直はゆっくりと立ち上がり、直哉の拘束を解いた。
金と呪力の重さから解放された直哉は、すぐに立ち上がろうとするが、激突と拘束の痛みで体が動かず、再び畳に手をついた。
七直は直哉を見下ろすこともなく、静かに、しかし道場全体に響く声で宣言した。
「一つ。私の母、京子を、禪院家からの手出しが一切できない、特別の使用人として扱うこと。彼女の地位を上げるのではなく、私という術師の存在証明を以て、誰も手をつけさせない不可侵の領域とします」
直毘人は顎髭を撫で、「ふむ。よかろう」と即答した。
七直が自分自身の地位ではなく、母の安全を優先したことに、直毘人は逆に「私情」のない道具としての価値を見出していた。
七直は続けた。
「そして二つ目。禪院家にいる非術師の者たちに対する、不当な扱いや、理不尽な懲罰を下す際、私に異議を唱える権利を与えてください」
道場全体が、一瞬の静寂の後に怒号に包まれた。
「馬鹿な!」
「女の分際で何を言う!」
「家の伝統を愚弄するか!」
七直は、その怒号の嵐を真っ向から受け止め、一切動じなかった。
彼女の眼には、幼い頃から見てきた不当な抑圧に対する、静かな怒りが宿っていた。
直毘人は、扇子で音を立てて、その場の怒号を鎮めた。
「静まれ。当主の儂が決めることだ」
直毘人は愉快そうに笑い、七直へ言い渡した。
「よかろう。だが、その権限はお前の実力と、今後の成長に紐づく。もしお前が呪霊に殺されるか、その力を失えば、その権利も泡と消える。それだけは肝に銘じろ」
「はい。心得ました」
七直は再び深々と頭を下げた。
「うむ、これからも励め。以上をもって、試合は終わりだ。今日の解散とする!」
二人に背を向け、直毘人は続ける。
「直哉、今日の事を糧にしろ。儂と同じ術式なら分かるだろう?」
直毘人は直哉を一瞥することもなく、悠然と道場から去っていった。
他の観衆も直毘人に続き、まばらにいなくなっていく。
残るは、姉弟の二人だけだった。
直哉は、七直への憎悪と、当主である父の前で恥をかかされた屈辱に、全身を震わせながら、地面に拳を叩きつけていた。
七直は、直哉の頭に手を置き、優しくなでつつ、静かに告げた。
「さて、直哉。勝ったんだから、年上で姉である私を敬ってもらうわよ?」
七直の口調は穏やかだが、その眼差しには確かな勝利者の余裕があった。
「誰が……誰が年上や!オマエなんか、ただのクソ女やろが!触んなや!」
直哉は七直の手を振り払おうと無様に藻掻くが、呪力が乱れた体ではそれも叶わず、顔を歪めて罵倒の言葉を吐き出す。
敗北の屈辱と、術式を発現したにも関わらず負けた事実が、彼のプライドを粉々に砕いていた。
七直はため息を一つ。
「そうね、口の利き方を直すのは、時間がかかりそうだわ。じゃあ、まずは呼び方からね」
七直は少し顔を近づけ、直哉の耳元で囁くような声で言った。
「私のことを、『お姉ちゃん』と呼んでちょうだい」
直哉の顔が、怒りと羞恥で真っ赤に染まった。
「……ッ、ふ、ふざけんな!そんな女々しい呼び方、誰がするか!二度と口にすんな!殺すぞ!」
「あら。でも私はあなたより一つ年上よ。事実でしょう?」
「事実でも嫌や!絶対呼ばへん!一生呼ばへんぞ!」
七直は彼の猛烈な拒絶に、意地を張っているのが子供らしいと感じつつも、ここは引くわけにはいかないと思った。
「勝負に負けた以上、あなたは私の下にいる。敬意を払うのは当然よ。じゃあ、『七直様』か、それとも家訓通りに『姉上』とか、それとも『お姉様』で呼ぶ?」
七直の提案は、直哉にとってさらに屈辱的なものだった。
七直様など、他の術師と同じ扱いであり、姉上など、堅苦しい呼び方は彼の性に合わないし、お姉様など、そんな気色悪い呼び方は悪寒がする。
直哉は全身の呪力を再び無理やり集中させようとするが、術式発現直後の制御不能な状態が邪魔をした。
彼は歯を食いしばり、七直から視線を逸らして、喉の奥から絞り出すように言った。
「……ッ、姉貴」
「え?」
「姉貴!これでどうや!これならええやろ!」
直哉は、女々しくもなく、かといって古臭くもない、喧嘩仲間に使うような、わずかに尊敬を含む荒っぽい呼び方で妥協点を示した。
それは彼の最低限のプライドを守るための、精一杯の譲歩だった。
七直は一瞬目を丸くしたが、すぐに表情を緩め、微笑んだ。
「そう。姉貴ね。ふふ、いいわ。それで許可してあげる」
七直は満足げに言い、直哉の頭から手を離した。
「じゃあ、姉貴として、一つ忠告しておくわ。さっきの呪力の暴走は、一歩間違えれば自壊につながるわ。しばらくは術式に振り回されないように、制御に専念しなさい」
そう言い残し、七直は道場を後にした。
直哉は、姉貴という言葉を吐き出した口元を手の甲で拭いながら、七直の背中へ向け、悔しさと憎悪の滲んだ声を吐き出した。
「二度と、負けへん……姉貴!」
彼の新たなプライドは、この屈辱的な敗北と、姉貴という呼び方とともに、深く刻み込まれたのだった。
質問コーナー
Q.七直がかなり大人びてませんか?
A.これまでの環境のせいで大人にならざるを得なかったのです。本当に6歳?と私も思います。
12/8 誤字修正しました。報告ありがとうございます!