直哉のお姉ちゃんになっちゃった…。   作:ザボン漬け

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玉…⑬

禪院家の正門をくぐれば、真新しい木材と畳の香りが鼻をくゆらす。

一年前のあの惨劇で更地となった場所には、今や以前よりも開放的で、それでいて力強い威厳を放つ邸宅が建っていた。

七直は隣を歩く夏油の様子を盗み見る。黒の詰襟を正し、少しだけ緊張が綻ぶその横顔。

かつての危うさは消え、今は一人の男として、大切な女性のルーツと向き合おうとする静かな覚悟が宿っていた。

 

「……そんなに硬くならなくていいわよ。お父様、ああ見えてお酒が入ればただの酔っ払いなんだから」

 

「そうもいかないさ。君を、この家ごと背負う覚悟で来ているんだ。……それに、君の父親は『最速』の術師だろう?隙を見せれば一瞬で首を飛ばされそうだ」

 

夏油が苦笑して答えると、奥の広間から豪快な笑い声が響いてきた。

 

「カカッ!誰が酔っ払いだ。全部聞こえているぞ、七直!」

 

襖が開かれると、そこには広大な広間の中心で、胡坐をかいて酒を煽る直毘人の姿があった。

相変わらず、その周囲には数本の酒瓶が転がっているが、眼光だけは野獣のように鋭く、爛々と輝いている。

七直と夏油が畳に膝をつくと、直毘人は手にしていた猪口を置き、夏油をじろりと眺めた。

 

「久しいな。呪霊操術の。たしか夏油とか言ったか。最近、うちの愚息が世話になったようだな」

 

「お久しぶりです、直毘人殿。夏油傑です。今回は七直さんとのお付き合いについて、正式にご挨拶に伺いました」

 

夏油が深く頭を下げると、直毘人はフンと鼻を鳴らした。

 

「挨拶、か。堅苦しいのは性分に合わん。だが、娘が連れてきた男の面構えとしては合格点だ。……一年前、ただ指を咥えて見ていた小僧が、随分と特級らしい面構えになったものだ」

 

直毘人の言葉には、皮肉と、それ以上の期待が混じっている。

七直はこの家を「力」で従わせた。

ならば、その隣に立つ男にも、相応の価値を求めるのが禪院の理。

直毘人は再び酒を注ぎ、今度は夏油の瞳を正面から射抜くように問いかけた。

 

「夏油傑。お前は、この禪院に何をもたらす?」

 

広間の空気が、一瞬で張り詰める。

これは単なる親心ではない。

禪院家当主として、外部の特級術師を身内に引き入れることの利を問う、呪術的な契約にも似た問いだった。

七直が口を開こうとしたが、夏油はそれを手で制した。彼は真っ直ぐに直毘人を見据え、淀みのない声で答えた。

 

「安寧です。そして、それを守るための終わりのない力を」

 

「ほう。安寧だと?闘争を是とするこの家に、そんな退屈なものを持ち込むというのか」

 

「闘争は、守るべき場所があってこそ輝くものです。今の七直さんが作ろうとしている禪院家は、ただ強いだけではない、帰るべき場所としての形を持ち始めている。私は、彼女がその理想を完遂するまで、外敵のすべてを呪霊で塗りつぶし、彼女に一歩も退かせない壁となる」

 

夏油の影が、広間の畳を侵食するように黒く揺らめく。

その内側に秘められた数千の呪霊の気配が、一瞬だけ牙を剥いた。

 

「私がいる限り、七直さんは孤独にはならない。禪院の血に呪われることも、一人の術師として使い潰されることもない。私が、この家ごと彼女を肯定し、守り抜く。……それが、私の提供できる利です」

 

直毘人はしばらく無言で夏油を見つめていたが、やがて腹の底から響くような声で笑い出した。

 

「ハハハ!豪気なことだ!呪霊操術を守りに使うとは。五条の影に隠れていた優等生が、とんだ独占欲を隠し持っていたものだ」

 

直毘人は酒瓶を掴み、夏油の前に放り投げた。

 

「面白い。七直、この男の言葉がハッタリでないことは、お前が一番よく知っているのだろう」

 

「ええ。……だから、隣にいてもらっているの」

 

七直が誇らしげに応じると、直毘人は満足げに頷き、今度は廊下の方へ視線を向けた。

 

「おい、直哉。いつまで盗み聞きしている。入ってこい」

 

襖が僅かに開き、直哉が、不機嫌そうな顔で姿を現した。

 

「……チッ。親父、気づいとったんか。湿気た挨拶が長すぎるんや。……おい、傑くん」

 

直哉は夏油の隣にどさりと座り込み、鋭い視線を向けた。

 

「守るやなんて、えらい殊勝なこと言いよるな。けど、姉貴を泣かせるようなことがあったら、僕がお前のその仏面に何発も黒閃ぶち込んだるからな。覚悟しとけよ」

 

「手厳しいね、直哉くん。だが、君にその機会は一生訪れないよ」

 

夏油が涼しい顔で受け流すと、直哉は、けっ!と毒づきながら、机にあった茶菓子を勝手に貪る。

 

「甘すぎるんじゃ」

 

「カカッ!賑やかでいい。七直、お前が連れてきた風は、この古臭い家の煤を払うには十分なようだ」

 

直毘人が上機嫌で酒を勧める中、七直は窓の外の夕暮れを見つめていた。

一年前、死に体だったこの家が、今は夏油や直哉、そして仲間たちの存在によって、新しい命の鼓動を刻んでいる。

すると、この部屋に近づく足音がいくつか聞こえ、外が少し騒がしくなった。

 

「こ、困ります!いくら貴方でも、当主は今取り込み中です!用が済み次第、お呼びしますのでお待ち下さい!」

 

「あーいいっていいって。俺たちマブだから。気を遣わなくても大丈夫だから」

 

彼らに取って聞き馴染みのあり過ぎる軽薄な声が聞こえて来る。

 

「おい、マブとか抜かしとんのはどこのどいつや!」

 

直哉が反射的に顔を上げ、鋭い声を上げる。

だが、その剣幕を涼しい顔で受け流し、ひょいと長い脚で敷居を跨いだのは、もはや呪術界の秩序などどこ吹く風と言わんばかりの男だった。

 

「よっ。傑、七直…と直哉。あ、直毘人のおっさんも飲んでる? 混ぜてよ、俺もさ」

 

五条悟は、高級な手土産らしき紙袋を指先でくるくると回しながら、まるで自分の部屋にでも戻ってきたかのような自然体で広間の中央に居座った。

 

「悟! あんたね、ここは禪院家の本邸よ。一応は他門なんだから、手順くらい踏みなさいよ!」

 

「別にいいじゃねーか七直。俺と屋敷吹き飛ばした仲じゃん」

 

七直がこめかみを押さえて抗議するが、どこまでもマイペースを崩さない。

 

「……悟。君はどうして、こうも私の大事な瞬間に絶妙なタイミングで泥を塗りに来るんだ」

 

夏油が低い声で呻き、深いため息をつく。

せっかく直毘人と良い空気になりかけていたというのに、この白い怪物が入ってきただけで、場は一気に放課後の高専の教室のような空気に塗り替えられてしまった。

 

「泥とは失礼な! 傑の晴れ舞台だろ? 親友として見届けなきゃと思ってさ。ほら、これ銀座で並んで買ってきた限定の羊羹。直毘人のおっさん、酒の肴にいいだろ?」

 

「カカッ! 五条の小僧か。相変わらず図々しい奴だ。だが、その羊羹は悪くない」

 

直毘人は機嫌を損ねるどころか、むしろこのカオスな状況を楽しんでいるようだ。

五条から紙袋をひったくると、自ら包みを解き始める。

 

「おい、親父! 何勝手に貰っとんねん。……五条悟、お前、用がないならさっさと失せろ。ここは今、姉貴とこの前髪の家族会議の最中なんや」

 

「そうそれ。俺もその家族会議に混ぜてよ」

 

五条は事もなげに言い放ち、手近な座布団を勝手に引き寄せてどっかりと腰を下ろした。

 

「何言ってんの、あんた……。これは私と傑、それに禪院家の内々の話よ」

 

「悟、今日ばかりは冗談では済まされないぞ」

 

七直が呆れ果てたように言い、夏油も眉間に皺を寄せ、と静かな威圧感を放つ。

だが、五条は不敵に笑うだけだった。

 

「いや、マジだって。これから分かるさ。――おーい、入っておいで。怖くないからさー」

 

五条が廊下に向かってひらひらと手を振ると、パタパタという小さな足音が近づいてくる。 襖の影から姿を現したのは、二人の子供だった。

一人は、可愛らしく整った顔立ちに、どこか凛とした、しっかり者を感じさせる雰囲気を持つ少女、伏黒津美紀。

そしてもう一人は、五条の影に隠れるようにしながらも、周囲を射抜くような鋭い視線で警戒を露わにする少年。

その少年の顔が、広間の灯りに照らし出された瞬間。

 

「…………なっ!?」

 

直哉の声が、喉の奥でひっくり返った。

酒を口に運ぼうとしていた直毘人の手が、ピタリと止まる。

七直は息を飲み、夏油は隣に座る少年の横顔と、その背後に透けて見える亡霊の面影に、戦慄にも似た衝撃を受けた。

ツンと跳ねた黒髪。

切れ長の、意志の強そうな瞳。

そして、その顔立ちは、一年前、七直の心に消えない傷を刻み、最強の五条悟を一度殺し、夏油に辛酸を舐めさせ、直哉の左腕を奪った、あの男――禪院甚爾に、驚くほど酷似していた。

直毘人の手から、酒器が畳の上へと静かに置かれた。 広間の温度が、数度下がったような錯覚。五条はそれを楽しむように、伏黒恵の肩にポンと手を置いた。

 

「五条の小僧……。どういう風の吹き回しだ?」

 

直毘人の声は、先ほどまでの快活さが嘘のように低く、地を這うような重みを帯びている。その眼光は、五条ではなく、その背後に隠れようとする少年の資質を、皮肉にも瞬時に見抜いていた。

 

「どうもこうも、こいつは伏黒恵。アイツが外で作った子供だ。で、こっちが姉の津美紀」

 

五条はサングラスを少しだけ下げ、六眼の蒼い輝きで直毘人を射抜く。

 

「おっさんさぁ、アイツと子供の取引してたでしょ? いくらか知らないけど、才能があるかどうかわかるのがこの時期だから丁度いいよね。しかも、恵に関しては見える側だし、持ってる側だ。約束、覚えてるだろ?」

 

「……相変わらず、人の嫌がる情報を握るのが早い小僧だ」

 

直毘人は忌々しげに鼻を鳴らした。

甚爾が遺した呪いのような契約。

禪院の血を引きながら、術式を持たぬまま出奔した男が、最後に自分の息子をこの家に売り渡そうとしたという事実。

 

「ちょっと待って、お父様! どういうことです。いつの間に甚爾さんと、そんな……」

 

七直は立ち上がり、直毘人に詰め寄った。

自分の慕っていた男が、己の息子を金や地位の道具として、この地獄のような禪院家に売り渡そうとしていた。

その事実は、ようやく癒えかけていた彼女の心に、冷たい氷の楔を打ち込む。

 

「五、六年前だ。年齢を考えるに、生まれてすぐ話をつけたようだな。……しかし小僧、一体いつその事を知った? あの契約は甚爾と儂、二人しか知らんはずだが」

 

直毘人が鋭い視線を五条に向ける。五条は、恵のツンと跳ねた頭を無造作に撫でながら、事もなげに言い放った。

 

「そんなの、アイツから直接遺言を聞いたからに決まってんでしょ」

 

五条は子供たちの前で殺したという言葉は使わない。

だが、その場にいる大人たちには十分すぎるほど伝わっていた。

恵は、五条の手を煩わしそうに振り払いながらも、広間の中心に座る直毘人、そして自分を食い入るように見つめる七直を、まるで野良犬のような鋭い目で見返している。

 

「おい、悟……。正気か。このタイミングで、その爆弾をこの家に持ち込むなんて」

 

夏油が額を押さえて呻く。せっかく七直と夏油、そして直毘人との間で「新しい禪院家」の形を合意しようとしていた矢先だ。甚爾の忘れ形見という、最も「旧態依然とした禪院」が執着しそうな才能を目の前に差し出せば、話がこじれるのは目に見えている。

 

「どういう事よ悟!?遺言は…っ!」

 

七直はようやく甚爾の想いを振り払ったと思いきやその忘れ形見が、あの頃の想いを想起させる。

一年前、禪院の屋敷を半壊させ、その復興作業しているとき。

あの時、五条が話そうとしていたのはこの事だった。

それを、彼への想いを断つため、意地を張り内容を聞かずに突っぱねたのは他ならぬ自分だった。

甚爾の遺言がまさか自分の子供に関することなど露にも思わなかったのだ。

 

「そういうことはもっと早く言いなさいよ! バカなの!? あんた、これとそれとは話が違うじゃない!!」

 

七直の怒号が、真新しい広間の天井を震わせた。

彼女は五条の胸ぐらに掴みかからんばかりの勢いで詰め寄る。

その瞳には、困惑と、怒りと、そして押し殺していたはずの激しい動揺が渦巻いていた。

 

「一年前よ! 屋敷の瓦礫に座ってアイス食べてたあの時、あんた言おうとしたわよね!? 甚爾さんの最期の言葉を! それを私が、意地を張って聞かないって突っぱねたからって……! まさか、こんな、こんな子供のことだったなんて思わないじゃない!!」

 

七直の脳裏に、あの日、崩落した禪院家の瓦礫の中で五条が浮かべていた、何とも言えない複雑な表情がフラッシュバックする。

あの時、もし内容を聞いていれば。

いや、聞かなかったからこそ、自分は甚爾への愛憎に区切りをつけ、今の穏やかな日々を夏油と共に築けたはずだった。

しかし、目の前に立つ少年の姿は、あまりに強烈にあの男の生きた証を突きつけてくる。

 

「悪かったって! でもさ、七直、あの時のお前、勝手にしたらって言ってじゃん!」

 

「だからって…!」

 

「それに、考えてもみろよ。アイツが死に際に残したのが、息子が禪院に売られるから、好きにしろ、だぜ? お前に言ったら、その場で泣き崩れるか、無理して全財産叩いて買い取ろうとするか、どっちかだったろ。それにあの時は屋敷の立て直しでそんな余裕なかっただろ」

 

「……っ」

 

図星だった。

当時の、甚爾への愛憎でボロボロだった七直にその事実を突きつければ、彼女は間違いなく自らを犠牲にしてでもこの子を守ろうとしただろう。

 

「だからさ、俺が身元引き受けて、ほとぼりが冷めるまで待ってたわけ。で、ちょうどいいじゃん。傑が新しい禪院家を作るって宣言したこのタイミング。これ以上ないご祝儀だろ?」

 

「ご祝儀なわけないでしょ! この子は……甚爾さんの……」

 

七直は、恐る恐る恵の方へ視線を向けた。

恵は自分に向けられる禪院という名の重圧と、目の前の女性が流す複雑な感情の奔流に戸惑い、津美紀の手をより強く握りしめている。

 

「……姉貴、落ち着け。悟君、そのガキをどうするつもりや」

 

直哉が低い声で割り込む。

彼の右腕……義手が、甚爾という名に反応するようにギチリと鳴った。

直哉にとっても甚爾は憧憬の対象であり、同時に今の自分を形作った元凶でもある。

その息子が、しかも禪院の相伝の術式を継いでいる可能性を秘めて目の前にいる。

 

「どうするもこうするもないよ。この子たちは俺が育てる。でも、直毘人のおっさんとの契約があるからね。それを正式にチャラにしてもらいに来たんだ。……恵を、この薄暗い禪院の伝統から解放してやるためにさ」

 

五条の言葉に、直毘人がゆっくりと腰を上げた。

一年前、七直という力に屈し、家柄よりも実利を重んじるようになったとはいえ、直毘人はまだ禪院の当主だ。

相伝の術式を持つかもしれない甚爾の息子。

それをみすみす五条にくれてやるほど、彼は甘い男ではない。

 

「……小僧。相伝を継いでおるかもしれん宝を、ただで手放せと言うのか。それでは当主として示しがつかん。契約は契約だ」

 

「お父様!」

 

七直が叫ぶが、直毘人はそれを片手で制し、夏油をじろりと見た。

 

「夏油傑。お前は先ほど『安寧』をもたらすと言ったな。ならば見せてみろ。この『呪いの遺産』を、どう料理する? 甚爾の息子を巡って五条と禪院が争えば、お前の言う安寧など一瞬で霧散するぞ」

 

広間の空気が、一気に重くなる。

七直への愛を誓った直後に突きつけられた、最悪の踏み絵。

五条悟という最強の親友を敵に回すか、禪院家当主としての義理を立てるか。

夏油は、恵の震える肩と、七直の悲痛な表情を交互に見つめ、それからゆっくりと立ち上がった。

 

「……悟。君は、最初からこれを狙っていたんだろう?」

 

夏油の影が、広間の隅々まで音もなく広がっていく。

それは威嚇ではなく、この場にいる子供たちを優しく包み込むような、静かな結界のようだった。

 

「私が禪院家を背負うと言った。それは、この家が抱える過去の汚泥も、甚爾という男が遺した歪な執念も、すべて含めて引き受けるということだ」

 

夏油は恵の前に歩み寄り、その目線に合わせて膝をついた。

 

「恵くん、と言ったね。……君の父親は、ひどい男だったよ。ここにいる大人たちの人生を、めちゃくちゃにかき回していった」

 

恵は夏油を睨みつけたが、夏油の瞳にあるのは憎しみではなく、どこか同病相憐れむような慈しみだった。

 

「でもね、彼は最後に君を、この家の呪いから救うために、五条悟という男に君を託した。……それは、彼が人生で唯一見せた、親としての愛だったのかもしれない」

 

夏油は立ち上がり、直毘人と五条を交互に見据えた。

 

「直毘人殿。恵くんの親権は五条悟が持ち、教育は高専が行う。ただし、彼がもし術式を発現させた場合、その技術的な指導や情報の提供においてのみ、禪院家は後見としての権利を持つ……というのはどうでしょう。金での取引ではなく、技術と教育の相互補助の関係として、契約を上書きするんです」

 

「……ほう」

 

「それならば、禪院は相伝の芽を摘まずに済み、悟は子供たちの自由を守れる。そして何より、七直さんがこれ以上、過去の亡霊に苦しめられなくて済む」

 

夏油は七直の震える手を、そっと、しかし力強く握った。

 

「傑……」

 

「終わらせるつもりはないよ、七直。……始まったばかりなんだ。甚爾という嵐が過ぎ去った後の、私たちの新しい日常がね」

 

五条は、夏油の答えに「100点満点だね」と言わんばかりに不敵に笑い、直毘人は再び酒を煽った。

直毘人は夏油の提案を吟味するように、空になった猪口を指先で弄んだ。

沈黙が広間を支配する。

恵は、自分という存在が大人たちの間で権利として語られることに、露骨な不快感を隠そうともせず、五条の着衣をぐいと引っ張った。

 

「カカッ、なるほど。教育の互助会、か。夏油傑、お前は本当に口が回る。禪院のメンツを潰さず、五条の我儘も通す。これ以上ない落とし所だ」

 

直毘人は満足げに頷き、視線を五条へと戻した。

だが、その瞳には老獪な当主としての、譲れない一線が色濃く残っている。

 

「だがな、五条の小僧。お前という絶対が揺らいだ時の保証がなければ、儂は当主として納得せん。……一つ、追加の条件だ」

 

「へぇ、何? おっさんの小言なら、羊羹と一緒に飲み込んじゃうけど?」

 

五条が茶化すが、直毘人の声に冗談の色は微塵もなかった。

 

「お前が、死亡、または意識不明により意志の決定が不可能になった時は、即座に伏黒恵の親権を禪院に譲渡しろ。これが、この契約を成立させる最後の条件だ。……お前が生きているうちは好きにしろ。だが、お前が消えれば、相伝の芽を育てるのは禪院の役目だ」

 

広間にいた者たちの背筋に、冷たいものが走った。 それは、現代最強である五条悟の死を前提とした、呪いにも似た現実的な取り決め。 夏油は隣で七直の手を握る力を強めた。

自分たちが守ろうとしている平和の隣には、常にそのもしもが口を開けて待っている。

 

「……親父、それはあんまりや。そんなん、悟くんが死ぬのを待っとるみたいやないか」

 

直哉が低い声で不満を漏らすが、直毘人は一瞥もくれない。

 

「直哉。これが家の理だ。五条悟という一点の均衡が崩れた時、禪院という組織がその穴を埋めるのは当然の帰結。……どうだ、小僧。自分の死後まで支配を続けたいとは言わんよな?」

 

五条は、少しの間、サングラス越しに天井を見上げていた。

そして、ふっと肩の力を抜くと、これ以上なく軽やかな笑みを浮かべた。

 

「いいよ。おっさんの言う通りだ。俺がくたばった後のことまで、俺が責任持つなんて暑苦しいしな。……傑。お前が俺より先に死ななきゃ、そんな事態にはならないだろ?それに今の禪院ならいつでも大丈夫大丈夫」

 

「……。縁起でもないことを言うな」

 

夏油は苦笑しつつも、その条件がこの場を収めるための唯一の鍵であることを理解していた。

 

「よし、決まりだ! 契約成立! じゃあおっさん、これでもう文句ないな。羊羹、傑と七直の分も残しとけよ」

 

五条は恵の頭を再びガシガシと撫で、立ち上がった。

恵は「痛い」と不機嫌そうに手を払いのけるが、その表情には、張り詰めた交渉が終わったことへの、僅かな安堵が見え隠れしていた。

 




よかったよかった。

質問コーナー

Q.何故、恵と津美紀を連れてきたのか?

A.七直と傑、そして直哉を信用しての行動でした。以前の禪院家のままなら、原作通り最強を盾にして無理矢理引き取ってました。
彼ら二人を、道具ではなく一人の人間として育てられる環境だと判断してます。
とはいっても、顔合わせなので、禪院家に住むわけではないです。生活面は五条が、術師の教育は禪院がみることになります。


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エナドリぐびー

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呪霊「ぢゅう♡」

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