直哉のお姉ちゃんになっちゃった…。   作:ザボン漬け

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卒業

季節は廻る。

高専の桜が、別れの予感など微塵も感じさせないほど傲慢に咲き誇っている。

卒業式を数日後に控えた教室。

かつては血と呪詛と、ほんの少しの青い春を共有したこの空間も、今は段ボール箱と、それぞれの未来という名の荷物で溢れていた。

 

「はい、傑。これ、引っ越しのお祝い。禪院家の蔵に眠ってた、由緒正しい枕よ。傑、寝つき悪そうだから」

 

七直が、ずっしりと重い箱を夏油の机に置いた。

卒業と同時に、夏油傑は禪院家へと婿入りする。

かつては外部の人間を徹底的に排除した呪いの名家が、特級術師という最大級の利益と、七直の愛情に屈し、黒い螺旋を宿した男を正式な身内として迎えることになったのだ。

 

「……枕かい?嬉しいけれど、君の隣で眠れるなら、もはや枕の質なんて関係ない気がするよ、七直」

 

夏油が穏やかに笑い、七直の手を自然に握る。

その薬指には、術式を共有し合ったあの日以来、目に見えない魂の指輪が刻まれている。

呪霊を呑み込む苦みを、分かち合う伴侶。

夏油の瞳に宿っていた薄暗い憂いは、今や愛する女性と、預けられた二人の娘を養うという、健全な世俗の熱に塗り替えられていた。

 

「はいはい、当てられちゃって。……傑、それよりこれ。私の新しい名刺」

 

家入硝子が、気怠げに一枚のカードを差し出した。

そこには、呪術師としての階級ではなく、厚生労働省認定の医師の文字。

彼女は多少のズルはしたが、驚異的なスピードで資格を奪い取り、卒業後は高専の専属医として残ることが決まっている。

 

「おめでとう、硝子。……これで、私たちがボロボロになって帰ってきても安心だね」

 

「ボロボロになる前に帰りなよ、当主候補様と婿養子。……で、そっちの白いのはどうすんの?ずっと窓の外見て黄昏れてるけど」

 

硝子が顎で示した先。

窓枠に腰掛け、サングラスを指先で弄りながら、校庭で騒ぐ後輩たち、灰原や七海、そして直哉を眺めていた五条悟が、ゆっくりと振り返った。

 

「……決めたわ」

 

「何をさ。またどこのコンビニの限定スイーツが一番か、とかいう話?」

 

夏油が苦笑しながら尋ねると、五条は不敵な笑みを浮かべ、これ以上なく真剣な、しかしどこか愉快でたまらないといった表情で言い放った。

 

「俺。教師になるわ」

 

「「「は?」」」

 

三人の声が、完璧に重なった。一瞬の静寂の後、硝子が耳を疑うように聞き返す。

 

「……聞き間違いかな。今、この歩く天災が、次世代を育成する教育者になるとか抜かした?」

 

「悟が……先生?冗談はやめて。生徒が一人残らず不登校になるか、性格が歪むかの二択じゃない」

 

七直が、真顔で絶望的な未来を予言する。

だが、五条は窓枠から軽やかに飛び降り、三人の中心へと歩み寄った。

 

「いや、マジだって!九十九に弟子入りした理子の手紙、読んだろ?あいつ、海外でめちゃくちゃ楽しそうに術式磨いてんじゃん。『いつか私が、あんたたちを助けてあげるんだから!』なんてさ。……それ見て思ったんだよ。強い奴を一人作るより、強くて『賢い』仲間をたくさん作った方が、世界はもっと面白くなる」

 

五条は、夏油の肩に腕を回した。

 

「傑が禪院を内側から変えて、七直が呪術界の古い根っこを引っこ抜く。……だったら俺は、真っ当な『次代』を育てる箱を作る。一人ぼっちの最強なんて、もう飽きたんだよ」

 

一年前の更地。そこから始まった彼らの変革は、ついに教育という、最も呪術界が軽視してきた領域にまで手を伸ばそうとしていた。

 

「……本気なんだね、悟」

 

夏油が、かつての親友の瞳の奥にある、澄み渡った決意を読み取る。

 

「当たり前だろ!俺が教えれば、みんな俺みたいにマブい術師になれるぜ?恵だって、いつか俺の教え子としてこき使ってやるんだ」

 

「……恵君が不憫でならないわね。でも、確かに」

 

七直は、手元の禪院家の資料を閉じた。

彼女が作ろうとしている帰る場所としての禪院家。

夏油が守ろうとする安寧。

そこに、五条が育てる自由な次世代が加われば。

 

「……案外、悪くないかもしれないわね。五条先生」

 

「だろ!?呼びなよ、今から五条先生って!ほら傑!」

 

「断る。……だが、君が教師になるなら、私も時々特別講師として顔を出そう。呪霊との付き合い方くらいなら、教えてあげられる」

 

「お、婿養子も協力してくれるわけ?最高じゃん」

 

硝子が、火の付いてない煙草を指で弄る。

 

「……はぁ。地獄の職員室になりそう。私は絶対、生徒の心のケアを最優先にするからね。教師陣によるパワハラから守るために」

 

卒業証書はまだ手元にはない。

けれど、四人の間には、卒業の寂しさなど吹き飛ばすほどの、眩しい未来の設計図が広がっていた。

 

「よーし、決まり!祝杯だ!傑、七直、お前らの婚約祝いも兼ねて、今日は俺の奢りで高いもん食いに行くぞ!」

 

「奢り?珍しいね。明日、雪でも降るんじゃないかな」

 

「傑、余計なこと言わないの。……行きましょう。五条先生の財布、空っぽにしてあげるわ」

 

賑やかな声と共に、四人は教室を飛び出していく。

校庭では、灰原たちが手を振り、直哉が不機嫌そうに「遅いんじゃ!」と叫んでいる。

春の嵐のような彼らの青春は、終わらない。

形を変え、立場を変え、それでも魂を繋ぎ合わせたまま。

呪術界の長い歴史において、最も美しく、最も傲慢な変革が、ここから加速していく。

 

「あ、待って。傑。婿入りしたら名前どうなんの?禪院傑?語呂悪くね?」

 

「……悟。それを言うなら、五条先生の教え子第一号が、甚爾の息子だっていう皮肉を先に考えたらどうだい?」

 

「はは!全くだ!楽しくなりそうじゃん!」

 

夕暮れの廊下に、彼らの笑い声がいつまでも、いつまでも響いていた。

 

 

禪院家の広大な庭園。

かつて呪いと因習が淀んでいたその場所は、今や見渡す限りの桜色に染まっていた。

今日は禪院七直と、夏油傑の婚礼の儀。

呪術界の歴史を塗り替える最強の夫婦の誕生を祝うべく、格式高い白幕が張られ、賓客の顔ぶれは、保守的な老人から若き術師まで、新旧が入り混じる奇妙な活気に満ちていた。

 

「……似合っているわよ、七直。あんた、本当に綺麗だわ」

 

控室で、家入硝子が手元の白無垢を整えながら、珍しく感嘆の吐息をもらした。

鏡の中に映るのは、禪院家の当主としての凛とした強さと、愛する男を待つ一人の女性としての柔らかな光を湛えた七直の姿。

その着物には星の運行を模した細やかな刺繍が、光の加減で銀色に瞬いている。

 

「ありがとう、硝子。……少し、夢を見ているみたい。もう二年も前なのね。ここで死を覚悟した時には、こんな日が来るなんて思いもしなかった」

 

「死なせなかった奴らがいたからね。……さあ、行きなよ。新郎が待ちくたびれて、呪霊で門番を脅してるかもしれないし」

 

硝子の冗談に七直が微笑み、ゆっくりと立ち上がった。

石舞台へと続く長い回廊。そこには、今の禪院家を支える新しい家族たちが並んでいた。「姉貴!綺麗や、世界で一番や!」と、義手を誇らしげに掲げて叫ぶ直哉。

その隣で、真希と真依が、そして夏油に救われた美々子と菜々子が、憧憬の眼差しで七直を見つめている。

さらにその奥には、五条に連れられた恵と津美紀。

そして、二人の婚姻を見届けるため一時的に日本へ帰ってきた九十九由基と天内理子の姿もあった。

そして、舞台の端。

黒の紋付羽織袴を纏い、背筋を伸ばして立つ夏油傑がいた。

かつての危うい細さは消え、その肩幅は愛する女と、救った命すべてを背負う男の厚みを備えている。

七直が彼の隣に並んだ瞬間、夏油は一瞬だけ息を呑み、それからこれ以上なく慈愛に満ちた眼差しで彼女を迎え入れた。

 

「……あまりに綺麗で、言葉を失うよ。私の伴侶が、君でよかった」

 

「……あなたの隣が、私でよかった。傑」

 

二人は静かに向き合い、直毘人が見守る中、三三九度の盃を交わす。

酒を飲み干した夏油の喉が動き、七直はその仕草に、あの日魂に刻み込んだ呪霊操術の熱が、今も自分の中で脈打っているのを再確認した。

 

「……これより、誓いの儀を行う」

 

直毘人の重厚な声が響く。

二人は向き合い、参列者の前で互いの右手を重ねた。

それは単なる儀式ではない。

かつて病室で交わした、魂の共有。

その誓いを、今、公の場で不磨の契約へと昇華させる瞬間。

 

「私は夏油傑。禪院七直を妻とし、その苦しみも、喜びも、宿る呪いも、すべてを分かち合う。彼女が作る安寧のために、私のすべてを捧げよう」

 

「私は禪院七直。夏油傑を夫とし、その孤独も、誇りも、呑み込む闇も、すべてを愛し抜く。彼が歩む道の隣に、永遠に立ち続けることを誓おう」

 

それは最強の二人が、一つの個から、最強の番へと変わった証明であり宣誓だった。

 

「ヒュ~!おめでとう!傑、七直!」

 

静寂を切り裂いたのは、やはり五条悟の、デリカシーなど微塵もない、けれど心からの祝福の叫びだった。

サングラスをずらし、六眼をキラキラと輝かせながら、五条は特製のクラッカーをぶっ放した。

 

「おい、悟くん!厳かな儀式中やぞ!」

 

直哉が怒鳴るが、五条は意に介さず、舞台へ駆け寄る。

 

「いいじゃねーか!これから地獄の共働きが始まるんだ、今日くらい騒がないとな!ほら理子も!硝子も!」

 

「もう、相変わらずなんだから……。でも、おめでとう、ナナ!傑!」

 

理子が駆け寄り、七直の胸に飛び込む。

九十九の元で修行した彼女の瞳には、かつての弱さはなく、自らの術式で二人を祝福するような清冽な光が宿っていた。

宴は夜更けまで続いた。

直毘人が夏油と酒を汲み交わして「婿養子、期待しておるぞ」と笑い、五条が恵を追い回し、美々子と菜々子が直哉からお菓子を奪い取っている。

騒がしく、混沌としていて、けれどどこまでも温かい。

七直と夏油は、少しだけ喧騒を離れ、縁側に腰を下ろした。

 

「……更地だったのにね、傑」

 

七直が、夏油の肩に頭を預ける。

 

「ああ。……あの日、君が私を引き止めてくれたから、この景色がある。君の『わがまま』が、私を人間に戻してくれたんだ」

 

夏油は七直の細い指に、自分の指を絡めた。

魂の半分を預け合い、術式を分かち合った二人。

呪術界という暗い海の底で、彼らはたった一つの、絶対に沈まない舟を手に入れた。

 

「愛しているよ、七直」

 

「私も。……愛しているわ、傑」

 

夜風が桜の花びらを巻き上げ、新しい家族の門出を祝うように舞い踊る。

夏の嵐が過ぎ去り、秋の収穫を経て、今、彼らの前には、どこまでも続く輝かしい春が広がっていた。

 




高専編!完!

どーも作者です。ここまで読んで下さりありがとうございました。まさか幼少編より長くなるとは思いませんでしたが何とか出来ました。七直がいたからこそ、あったかもしれない呪術回戦を多くの人に見てもらい私は感無量です。

最近失速気味で申し訳ありません。以前にも言った通り、今後の展望の練り直しで遅れます。ご了承ください。

ではまた。
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