直哉のお姉ちゃんになっちゃった…。   作:ザボン漬け

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2017年秋 禪院道場合宿①

京都の山々は燃えるような紅葉に彩られ、乾いた空気が肌を心地よく撫でる。

だが、その風流な景色を楽しむ余裕など、乙骨憂太には微塵もなかった。

 

「こ、ここが真希さんの実家……」

 

目の前にそびえ立つのは、時代劇のセットを何倍も重厚にしたような、威圧感の塊のような巨大な門だ。

黒塗りの木材には幾重もの防護結界の呪力が染み込み、歴史の重みというよりは、物理的な質量となって乙骨の肩にのしかかってくる。

乙骨の目には、それが立派な武家屋敷というよりは、現代社会の裏側に潜む抗争の拠点か、あるいは近寄る者すべてを拒絶する要塞のように映っていた。

 

「ツナツナ」

 

隣で狗巻棘が、首元のファスナーを弄りながら同意するように頷く。

彼もまた、この敷地全体から漂う洗練された呪いの気配に、無意識のうちに警戒を強めているようだった。

 

「何ビビってんだよ。ただの家だろ」

 

荷物を無造作に肩に担ぎ、真希が呆れたように鼻で笑う。

その足取りには迷いがない。半年前にここを飛び出した時よりも、その背中は一回り大きく、逞しくなっているように見えた。

 

「いや……真希、これただの家ってレベルじゃないぞ。正道の家よりデカいじゃないか。お前、本当に箱入りのお嬢様だったんだな」

 

パンダが巨体を揺らしながら周囲を見渡し、素直な感嘆を漏らす。

その言葉を聞いた瞬間、真希の額にピキリと青筋が浮かんだ。

 

「その『お嬢様』っての止めろ。次言ったら、ぶっ飛ばすぞ」

 

「お、落ち着いてよ真希さん!パンダくんも、あんまり煽っちゃダメだよ……!」

 

乙骨が慌てて割って入る。

入学して半年、彼はこの個性豊かな同級生たちの扱いにようやく慣れてきたところだった。

死刑宣告、里香の暴走、そして呪術師としての過酷な実習。

嵐のような日々を共に乗り越えてきた彼らにとって、この禪院道場合宿は、姉妹校交流会という大きな節目を終えた後の、一種の強化訓練であり、親睦の場でもあった。

重厚な門をくぐり、一歩足を踏み入れると、そこには外の世界とは隔絶された静謐とも呼べる空気が満ちていた。

手入れの行き届いた枯山水の庭、等間隔に配置された歴史を感じさせる灯籠。

しかし、乙骨の視線はそれらよりも、柱の陰や屋根瓦の隙間に潜む、訓練された門下生たちの鋭い視線に釘付けになっていた。

 

「うわぁ……中も本当に広いや。迷子になりそう」

 

乙骨が左右を見渡し、あまりの奥行きに圧倒されて声を漏らす。

廊下はどこまでも真っ直ぐに伸び、磨き上げられた床板が鏡のように彼らの姿を映し出していた。

 

「はぐれんなよ。後で探すの面倒だからな」

 

真希が振り返りもせずに言い捨てる。

彼女はこの屋敷の構造を身体が覚えているのか、迷いのない足取りで複雑な角を曲がっていく。

 

「しゃけ」

 

狗巻が短く応じ、乙骨の制服の袖を軽く引いた。

離れるな、という彼なりの気遣いだろう。

 

「りょうかーい。んで、今どこ向かってんの?」

 

パンダが巨体を揺らし、窮屈そうに鴨居を避けながら尋ねる。

その問いに、真希はふん、と鼻を鳴らした。

 

「禪院の統括している人のところだ。失礼のないようにしろよ」

 

一行が長い回廊を抜け、ひときわ大きく、開放的な造りの大広間へと差し掛かったその時だった。

真希が迷いのない所作で重厚な襖を左右に引き開けると、そこには外の厳しい静寂とは一線を画す、柔らかな陽光と茶の香りが満ちていた。

広間の上座には、藍色の着物を凛と着こなした七直が座し、その隣では夏油傑が穏やかな微笑を浮かべながら、手際よく茶を入れている。

 

「おかえりなさい、真希。半年前とは随分顔つきが変わったわね。そしていらっしゃい。ようこそ禪院道場へ」

 

七直の声は、鈴を転がすような清涼感と、有無を言わせぬ当主代理としての威厳を兼ね備えていた。

 

「……ただいまもどりました。七直姉様。傑さん。」

 

真希の背後で、三人が一斉に居住まいを正した。

いつもは反骨精神の塊のような真希が、あからさまに毒気を抜かれ、腰を低くしている。

その異様な光景だけで、目の前の二人がただ者ではないことが嫌というほど伝わってきた。

 

「し、失礼します……!東京校一年、乙骨憂太です!こ、この度は合宿を受け入れてくださり、ありがとうございます!」

 

乙骨は心臓の鼓動が耳元まで跳ね上がるのを感じながら、深く頭を下げた。

その視線の先、畳の目に落ちる自身の影が、背後に控える特級過呪怨霊の重圧でわずかに歪んでいる。

祈本里香という巨大な呪いの塊を背負いながら、この静謐な空間に踏み入ることへの根源的な恐怖。

だが、正面から注がれる視線に、拒絶や嫌悪の色は微塵もなかった。

 

「しゃけ、しゃけ」

 

「パンダです。よろしくお願いしまーす」

 

狗巻が襟を立て直して短く律儀に、パンダが巨体を精一杯縮めて愛想よく続く。

乙骨の横で、真希がわずかに肩の力を抜いたのが分かった。

 

「……ふふ、そう固くならないで。あなた達が真希の言っていた同級生ね。話は悟から聞いているわ」

 

七直は柔和に目を細め、乙骨の背後に揺らめく気配を、まるで春の霞を見るような自然さで受け流した。

その底知れぬ包容力に、乙骨は一瞬、呼吸を忘れる。

 

「さあ、まずは茶でも飲んで。長旅で疲れただろう?」

 

夏油が手際よく入れた茶を、盆に載せて差し出した。

その所作一つに無駄がなく、立ち上る湯気さえも計算された芸術のように美しい。

乙骨が震える手で茶碗を受け取ると、夏油は彼の瞳を真っ直ぐに見つめ、悪戯っぽく笑った。

 

「乙骨くん、と言ったかな。里香ちゃんにもよろしく伝えておいてくれ。彼女も、この道場の空気を気に入ってくれるといいんだが」

 

「えっ……あ、はい!ありがとうございます!」

 

茶碗から立ち上る芳醇な香りが、乙骨の強張った肺をゆっくりと解きほぐしていく。

夏油が入れた茶は、驚くほど澄んだ味がした。

 

「……美味しいです。なんだか、肩の荷が少し軽くなった気がします」

 

乙骨が素直な感想を漏らすと、パンダが「これ、笹の葉の菓子とかないのか?」と図々しく聞き、狗巻が「おかか!」と即座にツッコミを入れる。そのやり取りを見て、七直がクスクスと上品に笑った。

 

「賑やかでいいわね。真希、あなた本当に良い仲間に恵まれたのね」

 

「……まーな。うるさすぎて耳にタコができるけどな。それはそうと、直哉は?道場とか、見かけないけど」

 

真希はそっぽを向いたが、その耳の端が少しだけ赤い。

そしてはぐらかすように、真希が周囲を見渡して口を開いた。

 

「彼は任務に行ってるよ。入れ違いになってしまったようだね」

 

夏油が茶を啜りながら答える。

七直も頷き、どこか楽しげに目を細めた。

 

「無愛想に見えるけど、真希の帰りを心待ちにしてたわ。今朝も『アイツ、東京のぬるい飯で鈍ってへんやろな』なんて言いながら、道場の木人を念入りに手入れしてたし」

 

「……ふん、相変わらず一言多いんだよ、あの野郎」

 

真希は毒づいたが、どこか懐かしそうな響きがあった。

 

「そうだ、パンダくん。夜蛾先生はお元気かしら?」

 

「ん?おお、正道なら元気だぞ。相変わらずぬいぐるみ作りに精を出してる。ただ最近は、悟の遅刻癖がいまいち治ってないのをずっと愚痴ってるけどな」

 

「ふふ、目に浮かぶようだわ。夜蛾先生も苦労が絶えないわね。昔から悟の面倒を見るのは大変だったもの」

 

「全く、あいつは教師になっても進歩がないね」

 

夏油が苦笑しつつも、温かな眼差しを乙骨に向けた。

 

「さて、乙骨くん。少し、立ち入ったことを聞いてもいいかな」

 

そんな和やかな空気の中、声のトーンがわずかに変わる。

夏油が茶碗を置き、その穏やかな細目を乙骨へと向けた。

敵意は全くない。

が、術師としての格を問うような、静かな重みが広間に満ちる。

 

「君は、どうして術師を目指しているんだい?悟から聞いたよ。君が背負っている彼女の呪いは、あまりにも巨大だ。……正直に言えば、私なら呪霊操術を用いて、君の負担を肩代わりすることも、あるいはその呪いを取り込むことで君を解放することもできるかもしれない」

 

広間が、一瞬にして静まり返った。

パンダのふざけた仕草が止まり、狗巻の視線が鋭くなる。

真希は茶碗を握る手に力を込め、夏油の横顔をじっと見つめた。

乙骨は、自分の背後に蠢く里香の気配が、夏油の言葉に反応して波打つのを感じた。

里香を取り込む。

それは、乙骨から彼女を奪い去るという提案にも聞こえる。

乙骨は、自分の震える両手を見つめた。

入学したばかりの自分なら、その提案に飛びついていたかもしれない。

この化け物から逃げられるなら、この呪いから解放されるなら、どんなに楽だろうと考えたはずだ。

 

「……ありがとうございます。傑さんの力が凄まじいことは、今ここに来ただけで分かります。僕一人じゃ抱えきれないものを、簡単に解決してくれるのかもしれません」

 

乙骨は一度言葉を切り、ゆっくりと顔を上げた。

その瞳には、入校当時の怯えはなく、暗い底から這い上がってきた者特有の、静かな光が宿っていた。

 

「でも……僕は、自分がここに居て良いっていう居場所を見つけたいんです。自分に、生きてて良いって……誰かの助けになるんだって、胸を張って言えるようになりたくて。それが、僕が術師を目指す理由です」

 

隣で真希が、ふいっと視線を逸らした。

 

「里香ちゃんのことは……彼女が僕にかけた呪いなのか、僕が彼女にかけた呪いなのか、まだ僕には分かりません。でも、共に生きるにしても、いつか解呪するにしても……それは、他の誰でもない、僕自身の手でやり遂げなきゃいけないんだって思うんです」

 

乙骨は、隣に座る真希の横顔を盗み見るようにして、少しだけ照れくさそうに微笑んだ。

 

「……それに、そのことに気づかせてくれたのは、真希さんなんです。僕が一人で勝手に絶望して、諦めかけた時……『呪いを祓って祓って祓いまくれ』って、僕をこの道に引っ張り出してくれたのは、真希さんだったから」

 

「……おい。急に私をダシに使うんじゃねーよ、バカ憂太」

 

真希が乱暴に頭を掻き、そっぽを向いたまま毒づく。

だが、その声はどこか誇らしげで、温かい。

夏油は、乙骨の答えを噛み締めるように何度も頷くと、満足げに目を細めた。

 

「……素晴らしい答えだ。君を試すような言い方をして悪かったね。でも、今の言葉を聞いて安心したよ。君はもう、ただ流されている訳じゃない。自分の意志で運命を動かそうとする、立派な一人の術師だ」

 

「傑、いじわるが過ぎるわよ」

 

七直が夏油を軽く窘めながらも、乙骨に向けて優しく微笑んだ。

 

「乙骨くん。この道場は、かつて呪いの檻と呼ばれていた場所だったわ。でも今は、自分自身の形を見つけるための修練の場。あなたがここで何を見つけるか、楽しみにしているわね」

 

夏油は苦笑しつつも、温かな眼差しを乙骨に向けた。

 

「実は私も、乙骨くんと同じ一般の家庭出身なんだ。君と同じくらいの年齢の時にスカウトされてね。高専に入って、右も左も分からないまま呪術の世界に放り込まれた。勝手が分からない時や、自分の力の扱いに迷った時は、いつでも頼りにしてくれて構わないよ」

 

乙骨の目が見開かれた。

目の前で泰然と微笑む、特級の風格を纏ったこの男が、自分と同じ外の世界から来た人間だという事実は、何よりも強い安堵感を彼に与えた。

 

「えっ……傑さんも、そうだったんですか?」

 

「ああ。当時は悟と二人で、随分と無茶もしたし、失敗もした。……でも、その迷いがあるからこそ、見える景色もある。君が里香ちゃんと向き合うその苦悩は、決して無駄にはならないはずだ」

 

夏油が静かに、けれど確信を持って告げると、パンダがひょいと手を挙げた。

 

「へぇー、アンタも苦労人なんだな。じゃあ、俺らみたいなはみ出し者の気持ちも分かってくれるってわけだ。笹の葉菓子、期待しちゃおうかな」

 

「パンダ、お前は空気読めよ……」

 

真希が額を押さえて溜息をつくが、その表情は先ほどまでの強張りが嘘のように柔らかくなっていた。

 

「ツナマヨ」

 

狗巻も、夏油の言葉にどこか親しみを感じたのか、穏やかな目で頷いている。

 

「ふふ、傑は教え上手よ。悟の天才肌みたいな説明はしないから安心なさい」

 

七直が茶目っ気たっぷりに付け加えると、広間には自然と笑いがこぼれた。

 

 

和やかな茶の席が終わり、外では夕刻の鐘が山々に溶け込んでいく。

一息ついた一年生たちは、門下生の案内で寄宿舎へと向かうことになった。

 

「じゃあな。部屋割りは分かれてるけど、夜更かしして明日動けねーなんて醜態さらすなよ」

 

真希はぶっきらぼうに言い残すと、慣れ親しんだ足取りで女子棟の方へと消えていった。

残された乙骨、狗巻、パンダの三人は、広すぎる畳の廊下を歩きながら、改めてこの屋敷のスケールに溜息をつく。

 

「……真希さん、やっぱりかっこいいな。あの当主代理の人や傑さんの前でも、ちゃんと自分を持ってて」

 

乙骨がポツリと漏らすと、パンダがその大きな肩をポンと叩いた。

 

「憂太、お前も負けてなかったぞ。あの二人の前で『居場所が欲しい』なんて、なかなか言えることじゃない」

 

「おかか」

 

「そう、かな……にしても、七直さんと傑さんか…何か、凄い人達だったな……」

 

乙骨が天井を見つめながら、ぽつりと零した。

昼間に出会った七直と夏油。

その圧倒的な存在感は、数々の死線を潜り抜けてきた乙骨の肌に、心地よい痺れとして残っていた。

 

「だな。あの傑って奴、相当ヤベーぞ」

 

パンダが巨体を器用に丸め、枕に頭を沈めながら応じる。

その声には、いつもの軽妙さの中に、同格以上の強者に対する純粋な畏怖が混じっていた。

 

「悟が届かない頂きなら、傑は底知れない深淵って感じがする。悟の力は眩すぎて目が眩むけど、あの人の呪力は静かに、でも確実にこっちの足元を絡め取ってくるような……そんな不気味な底深さがあった。親友って聞いたが正反対な印象だ」

 

「しゃけ……」

 

狗巻が短く、けれど深く同意するように頷いた。

言葉に呪いを乗せる彼にとって、夏油傑が発していた言葉以上の説得力と呪力の制御は、驚異的なものに映ったのだろう。

 

「でも、怖くはなかったんだ」

 

乙骨が上半身を起こし、暗がりの中で自分の手を見つめた。

 

「里香ちゃんが、あんなに静かだったのは初めてかもしれない。……傑さんの言葉に、怒るんじゃなくて、なんだか納得してるみたいだった。僕と同じ外の世界から来たって聞いて、少し……救われた気がするんだ。あんなに強い人が、僕らと同じ目線で話してくれるなんて」

 

「あはは、確かに。悟にそんな芸当は無理だもんな。アイツがやると、どうしても『上から目線のご指導』になっちまう」

 

パンダの冗談に、乙骨も小さく笑った。

 

「真希さんも、ここに来ると全然違うよね。あんなに素直に『ただいま』なんて言うの、高専じゃ絶対見られないし」

 

「……おかか」

 

狗巻が少し寂しげに、あるいは納得したように目を細めた。

真希が誇りに思っている場所。

その一端に触れたことで、彼らは自分たちの仲間が背負っているものの正体を、おぼろげながら理解し始めていた。

 

「……明日からの訓練、厳しいんだろうな」

 

乙骨が再び横になり、布団を被った。

不安はある。

けれどそれ以上に、ここで何かを掴みたいという前向きな熱が、胸の奥で静かに燃えていた。

 

「ま、特級と当主代理がバックにいる道場だ。並大抵のシゴキじゃ済まないだろうけど……やるしかないだろ?憂太、トゲ」

 

「うん、頑張るよ。おやすみ、みんな」

 

「明太子!」

 

寄宿舎の灯りが消え、三人の寝息が重なり始める。

だが、そんな彼らの静かな眠りを見守るように、屋敷の廊下には、まだかすかに茶の香りが漂っていた。

 

 

京都の夜は更け、広大な屋敷を包む竹林のざわめきが、寄宿舎の喧騒を遠くへ追いやっていく。

当主代理の居室である奥御殿の一角。

月明かりが差し込む縁側に面した部屋で、七直と夏油は二人きり、静かに夜の茶を愉しんでいた。

 

「はい、傑。熱いから気をつけて」

 

「ありがとう。……ふぅ、やっぱり君が淹れるお茶が一番美味しいよ。道場の緊張感が、すっと溶けていく気がする」

 

夏油は差し出された湯呑みを両手で包み込み、立ち上る湯気を吸い込んだ。

その表情は、先ほど乙骨たちに見せていた特級術師の厳格な面影はなく、一人の男としての安らぎに満ちている。

七直は自分の茶を一口啜ると、ふと視線を落とし、先ほどのやり取りを反芻するように切り出した。

 

「……ねぇ、傑。昼間のアレ、乙骨くんの呪いを引き受ける話。どこまで本気だったの?」

 

七直の問いは、責めるような響きではなく、純粋な好奇心と、長年連れ添ったパートナーへの深い理解に基づいたものだった。

夏油は茶碗を口に運ぶ手を止め、視線を中空に漂わせた。

数秒の沈黙の後、彼は小さく苦笑して答えた。

 

「……半分は、本気だったよ。彼があの場で助けてほしいと望めば、私は呪霊操術の極致を用いて、祈本里香という呪いを彼から切り離し、私の中に封じ込める算段を本気で組んださ。彼をあの重圧から解放してあげよう、とね」

 

「やっぱり。あなたの悪い癖ね。一人で全部背負おうとするのは」

 

七直が呆れたように溜息をつくと、夏油は視線を和らげた。

 

「否定はしないよ。だが、残りの半分は……彼がそれを拒むことを確信していた。そして、拒んでほしいと願っていた自分もいたんだ。彼は、かつての私や悟とは違う道を歩もうとしている」

 

夏油は窓の外、竹林を揺らす夜風に目を向けた。

 

「彼は『居場所が欲しい』と言った。呪いと共に生き、呪いを祓い続けることで、自分の存在を肯定したいと。……弱者生存を掲げて、自分を削っていた頃の私には、到底辿り着けなかった答えだ」

 

「……そうね。あの子の瞳、とても綺麗だった。里香ちゃんという巨大な影を背負いながらも、光を求めている」

 

七直は夏油の隣に座り直し、その肩にそっと自分の肩を寄せた。

 

「そうだね、七直。……今の私には守るべき日常がある。彼のような若者が、絶望せずに前を向ける場所を作ること。それが今の私の、本当の意味での呪い……いや、救いなのかもしれないね」

 

夏油は七直の手をそっと握り返した。

その手は、かつて呪霊の味に震えていた頃の冷たさはなく、温かな血の通った、確かな熱を帯びている。

 

「明日は、彼らにとっても、そして教える側の私たちにとっても、忙しい一日になりそうだ」

 

「ええ。真希が張り切って、朝から竹林をなぎ倒しそうだけど」

 

二人は顔を見合わせ、小さく笑い合った。

かつて呪いの檻と呼ばれたこの場所で、今は特級術師と当主代理が、次代を担う雛鳥たちの成長を慈しむように、静かな夜を共有している。

 

「……もう一杯だけ、お代わりを貰おうかな。君のお茶を飲むと、明日もまた頑張れそうな気がするんだ」

 

「ふふ、お安い御用よ」

 

月明かりが畳を白く照らし、二人の影を一つに重ねる。

禪院家の夜は、かつてないほど穏やかに、そして深く更けていった。

 




エタっちゃだめだ、エタっちゃだめだ、エタっちゃだめだ、エタっちゃだめだ、エタっちゃだめだ

質問コーナー

Q.この合宿を計画したのは?

A.五条先生です。メインは呪術界に入ったばかりで疎い乙骨のため、あと真希の帰省と、狗巻、パンダ、諸々の強化訓練も兼ねています。教育機関の高専と違い、禪院道場は現役術師のための組合のようなものです。より危険な任務に赴く格上術師達の現場の空気感と、それを支える、旧体制を脱却した禪院家を体験してもらうためです。


誤字脱字報告いつもありがとうございます!皆さまのおかげでこの作品がまた一歩良くなりました!
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