足運びを隠せるという利点があるらしい。
”あれっ、あそこにいるのは…”
その日、風紀委員会に用事があってゲヘナ自治区を訪れていた私は、見覚えのある後ろ姿に足を止めた。
”カイカだよね?おーい”
「…先生」
私の声にその人物が振り向く。思った通り、そこにいたのは竜胆カイカだった。
「ゲヘナに御用事ですか。万魔殿…ではありませんね。風紀委員会でしょうか」
”すごいねカイカ。その通りだよ”
一瞬で言い当てられちゃった。前から思ってたけどカイカって本当に頭の回転が速いよね。
”そう言うカイカはどうしてここに?”
「日課の見回りですよ。…ああ、御安心を。午前の分の仕事は既に終わらせてありますから」
…いや本当に早すぎじゃない?まだ10時前だよ?
「それよりも先生…。まさか一人で来られたのですか?」
”え?うん、そうだけど…”
「…はぁ」
露骨に溜め息を吐かれた。
「せめて護衛の一人位は連れて来て下さいよ。若しくは予め到着する時間を連絡しておいて迎えに来て貰うとか。幾らでも方法はあるでしょう」
”う…。いや、でも、私のためだけに動いてもらうのもなんか悪いし…”
「…はぁ~」
また溜め息を吐かれた。しかもさっきよりも大きい。
「あのですねぇ、先生。もっと危機感を持って下さい」
「…確かに、先生が銃弾一発で致命傷に成り得ると言う事は既に周知の事実なので、余程の事が無い限り直接銃を向けられる事は無いでしょう。ですが、」
「
「…それ程までに、この世界では引き金は軽いものなのです。御自愛下さい」
”…うん。ごめんね”
たしかに少し軽率だったかもしれない。大抵の攻撃はシッテムの箱が守ってくれるとはいえ、無限に防げるわけじゃない。それにここはゲヘナ自治区、お世辞にも治安が良いとは言えない場所だ。そんな所を1人でうろつくなんて、普通に考えたら自殺行為だもんね…
「行きますよ、先生」
”…え?”
「ですから、私が護衛を務めると言っているのです」
”え、いいの?”
「ここで放っておいた結果先生の身に何かあったとなれば、確実に後悔するので」
”じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおっかな?”
そうしてカイカと2人、連れ立って歩く。
こうしていると、キヴォトスに来た日のことを思い出す。あの時もカイカは、私を守るために横にいてくれた。
最初は冷たい印象だったけど、今では友達思いの優しい子だって知っている。
歩きながら、私達はとりとめの無い会話を交わした。最近あった出来事や今後の予定など。言葉数は決して多くはなかったけど、楽しい時間だった。
だけど楽しい時間というのは、往々にして崩れやすいものらしい。
「見つけたぞ!竜胆カイカ!」
「この前はよくもやってくれたな!」
その声がした方を見ると、ヘルメットを被った集団、ヘルメット団がこちらに銃を向けていた。
「先日、摘発した連中ですね。態々報復に来るとは」
カイカが刀に手をかける。カイカの強さはよく知ってるけど、それでもやっぱり心配になる。
カイカの横顔を盗み見る。
”えっ…”
(”焦ってる?”)
「撃てェ!!」
敵が引き金を引いた。私達を目掛けて飛んでくる銃弾は、しかし、その全てがカイカの手によって切り落とされて届かない。
それでもカイカは芳しくないとでも言いたげな表情をしていて、
「お前等ァ!先生を狙え!!」
「チッ!」
カイカが舌打ちをする。
そうか、これを恐れてたんだ。
たぶん、カイカ1人であれば大して苦労せずに勝てる相手なんだと思う。でも私がいるせいで自由に動けなくなってしまっている。
”カイカ…!”
「…まあ、これが一番確実か」
そう言うとカイカは、銃弾を捌きながら尻尾を伸ばし、スマホを取り出した。
「先生、これ持ってて下さい」
”え?、うん”
そして私の手にスマホを置くと、尻尾で画面を操作し始めた。
すると、
ーーパァンパァン!!ーー
「ぎゃっ!」「うわぁ!」「な、なんだ!?」
何者かによる攻撃がヘルメット団を襲い、戦列が浮き足立つ。
直後、飛び込んで来たのはスケバンの格好をした子たちで、ヘルメット団はあっと言う間に制圧された。
カイカが手を振る。すると彼女たちも同じく手を振り返した。
”カイカ、あの子たちは?”
「昔の仲間です。今でも友達ですよ」
その後、スケバンのみんなは縛り上げたヘルメット団を運んでいった。一足先に風紀委員会の元まで送り届けてくれるそうだ。
「なんか困ったことがあったら、声かけてくれていいぞ!」
そう言い残して彼女たちは去って行った。
再び、2人きりになる。
先程とは違い、気まずい空気が流れていた。
「…先生が責任を感じる必要はありません」
先に沈黙を破ったのはカイカだった。
「奴等の恨みを買っていたのは私であり、また先生の護衛を引き受けたのも私です」
「故に、これは私の責任です」
”それは違うよ”
”本来、責任なんて子どもが負うべきものじゃない”
”大人である私たちが負うべきものなんだ”
ずっと言いたかったこと。
カイカはいつだって自分で全ての責任を背負おうとする。
それは立派なことだけど、そんな生き方をしていたら、いつかそれに潰されてしまう。
そう伝えたかった。でも、
「子供だからという理由で責任を負わなくて良い?」
「そんな訳無いでしょう」
あっさりと否定された。
お互い無言で歩き続ける。何か言わなきゃ、と思いつつも、どう声を掛けるのが正解なのかと悩んでしまい、結局何一つ言葉として出力することができない。
「子供の責任を取る事が大人の役目、ですか」
独り言のように、カイカが呟く。
「目の前で大切な人が殺されたとしても、貴方は同じ事が言えますか?」
”えっ…”
思わずカイカの方を見る。そこには、
闇があった。
光すらも飲み込むほど黒い瞳が、私を見詰めていた。
「…今のは、忘れて下さい」
すぐに顔を背けられる。次にこちらを振り向いた時、そこにはいつもと同じ紅い瞳があった。
カイカはそれっきり口を閉ざしてしまい、何も聞けなかった。
踏み込んだ質問は、信頼の証。
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アビドスとゲヘナ自治区に住んでいるスケバンはほとんどがカイカの知り合いです。
立ち位置で言えば自警団が近いですね。あそこまで積極的に動いてはいませんが。
セリカが誘拐されたときや風紀委員会が出払ってたときに裏で協力してくれてたのも彼女達です。
ちなみに、戦闘能力は5人がかりならイオリにも勝てるくらいなので、まあまあ強い。