パヴァーヌにコユキが参戦するってことは、そういうことだからね。
黒崎コユキという少女は自身の能力を余りにも過小評価している。
どんな暗号だろうと直感レベルで解読してしまう異能と呼んで差し支え無い才能。それを彼女は誰にでも出来る事だと認識している。
…否、この言い方では少し違う。
『自分
と言った所であろう。
ならば、先ず教え込むべき事は『何故普通の人間は出来たとしてもそれをしないのか』だと私は判断した。
「例えば、ゴリムキのマッチョが居るとする」
「は?」
「まあ聞け」
そのためには理解し易いように伝える必要がある。
「そいつはマッチョだから当然の如く力が強い。どれ程かと言えば、ドアノブを捻るだけで鍵を壊してしまう程度には」
コユキは黙って話を聞いている。と言うよりも、話の意図を掴み損ねているだけのようだが。
「ある日、そいつは他人の家に勝手に入って現金を盗んで出て行った。当然玄関には鍵が掛かっていたが、ドアノブを捻るだけで簡単に壊れてしまった。直ぐにそいつは捕まったが、悪びれもせずにこう言った。『鍵が掛かっていなかったのだから好きに持って行っていいと思った』とな」
さて、此処からが本題だ。
「コユキ、この言い訳は通用すると思うか?」
「そんなわけないじゃないですか。そもそも鍵が掛かってなかったって言ってますけど、それはその人が壊したから、で…」
気付いたか。やはり、彼女は決して馬鹿では無い。
「ひょっとして、私がしたことって…」
「そうだ。これと同じだ」
鍵が掛かっているのなら、勝手に開けてはいけない。
はっきり言って当たり前の事である。だが、
コユキは正にその状態だった。
自分のした悪事、何故叱られたのか、その理由を今、漸く理解したのだ。
そして、この例え話にはもう一つ意味がある。
「コユキ。ドアノブを捻っただけで鍵を壊す事は出来るか?」
「へ?できませんよそんなこと」
「そう。
その言葉にコユキは再び考え込む様子を見せる。
「普通の人間は、暗号や電子ロックの類を見た瞬間に答えを導き出すなどという芸当は出来無い」
「…誰にも、ですか?」
「ああ。キヴォトス中を探しても他には存在しないだろう」
「ノア先輩も、ユウカ先輩も、リオ会長も…?」
「出来無い。少なくとも、機械の補助も無く瞬時に、となれば絶対に不可能だ」
それ程までの才能。
未だ矯正局送りになっていない理由も、情報漏洩を防ぐためと言うのが一番であろうが、やはり手放すのが惜しいと言う感情も少なからず存在しているのでは無いだろうか。
だが、
「その能力を利用したいと考える者は幾らでも湧いて出るだろうな」
「今でこそ、学生と言う身分によって守られているが、それが消えた暁には…」
そこで一度、言葉を切る。
「生きるマスターキーとして、永遠に使い潰される未来も有り得るかもしれないな」
それを『死なないだけマシ』と捉えるか、『死ねない故に地獄』だと感じるか。
まあ、そこは個人差だろうな。
コユキは顔を青ざめさせていた。無理も無い。
そんなコユキの顔を、私は、
両手で頬を潰すように挟んでやった。
「ふぎゅっ」
「だがな、コユキ。その能力を手放そう等とは、絶対に考えるなよ」
「ふぇっ?」
「才能とは力であり、力とは手段だ」
嘗て、私が持ち得なかった物。
「その多寡によって、選択肢は変化する」
手を離す。
俄に、手元にあったカードを引き抜く。
二枚のカード。その絵柄は♠Jと♥Q。
「その才能を生かすも殺すも、自分次第だ」
「…よく、わかんないです」
「今はそうだろうな。だから、」
しっかりと、コユキの目を見据えて、伝える。
「考え続けろ。何の為にその力を使うのか、誰が為にその力を振うのか」
きっと今の彼女にとっては、然程難しい話でも無い筈だ。
「時間は沢山ある。望みさえすればきっと、どのような存在にだろうと成れる筈だ」
カードを差し出す。コユキはその中から無造作に一枚引いた。
その絵柄は、JOKER。
「こんな私でも、成れますかね」
「ああ、必ず。この私、竜胆カイカが保証してやろう」
誰かさんを思い浮かべながら、尊大に、大袈裟に、そう言い放ってやる。
「にはは…。なーんですか、それ?」
「キヴォトス最強の御墨付きだ。有り難く受け取っておけ」
そう言ってコユキの頭を撫でると、彼女は満面の笑顔を浮かべてくれた。
その目からは、もう自罰的な色はすっかりと消え去っていた。
その様子に、私も自然と笑みを浮かべるのだった。
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「思っていたよりも、長居してしまったようだな」
あれから暫くの間、コユキと二人で遊んでいたのだが、立ち去る頃にはあと少しで日が沈みそうな時間となっていた。
「まあでも、丁度良いか」
また新しくやる事も増えたが、何もする事が無いと言う状況よりはずっと良い。
元々は、暇潰しのためだけに訪れたミレニアム。
だがどうやら、思っていた以上に色々な事が起きる予感がしていた。
「どうやら、退屈だけはせずに済みそうだな」
帰路を辿る。その足取りは軽かった。
勇者と守護龍の邂逅まで、もう少し…