それは間違いでは無い。
ただしそれは全ての生徒が
(ッテェな、クソ。なんでただの蹴りがレールガンより威力あんだよ)
内心で毒づきながらも表向きは気丈に振る舞いながら、ネルは立ち上がった。
見据えるは、まるで壁となるように大きく翼を広げた目の前の存在。
「確か、竜胆カイカ…だったか?」
依頼主から、アリスと同様に警戒及び調査対象として挙げられていた人物だ。
(まぁ…確かに強いな。少なくとも1年だとはとても思えねぇ…)
竜胆カイカ、ゲヘナ学園から突然訪れてミレニアムに長期滞在を申請した生徒。警戒されるのも当然とも言える来歴ではあるが、それだけでは態々調査を依頼される程では無かっただろう。
だが事実として、近い内にC&Cの誰かがカイカと接触する手筈となっていた。
それは何故か。
簡単な話だ。
何も無かったからだ。
竜胆カイカには、
ネルの依頼主にとって、ただの一生徒の情報を探る事など何も難しい事では無い。寧ろ彼女の影響力を思えば、キヴォトスに於いて知る事が出来無い情報の方が少ないと言っても過言では無い。
だが、今回はその数少ない例外だった。
万魔殿に所属し、たった数ヶ月で「ゲヘナの守護龍」等と言う仰々しい二つ名で呼ばれるような活躍をしているにも関わらず、その下地となる情報が一切見付からない。最早無から生えたと言われても納得するレベルであり、いっそ不気味さすら覚える程であった。
結局、竜胆カイカについて得られた情報は、ゲヘナ学園に入学してからの与太話としか思えないような経歴。そして、シャーレ奪還戦の際に偶然その場に居合わせた早瀬ユウカの主観の混ざった情報だけであった。
…或いは、エンジニア部に話を聞いていれば、もう少し違った情報を得られたかも知れないが。
さて、話を戻そう。
現在、ネルはカイカと対峙している。本来であれば今回の調査はアリスの戦闘能力を測る事が目的であり、程々の所で切り上げる予定だった。
しかしそこにカイカが乱入した。
その結果、調査対象であるアリスは逃がされ、後を追うにしてもカイカが道を塞いでいるせいで追いかける事も出来無い。
(…仕方ねぇ)
ネルは予定を変更し、竜胆カイカの戦闘データを回収するのを優先する事にした。
彼女の目から見て、カイカは強いがそれでも自分が負ける程とは思わなかった。なので一先ずカイカを無力化し、その後で余裕があればアリスを追跡しようと考えたのだ。
全ては、竜胆カイカの思惑通りに。
カイカがこの状況で最も避けたかった展開は、自分を無視してアリスを追いかけられる事。正面からカイカとネルが戦えば、ほぼ確実にカイカが勝利する。だがネルが最初から逃げに徹していた場合、遠距離攻撃手段に乏しいカイカでは捉えきれない可能性が高かった。
弱いと思われればスルーされる。油断させると言う意味では有効かもしれないが、結局逃げられる事には変わりないだろう。
強過ぎると思われれば避けられる。それに
故にカイカは、『強いは強いが、まあ勝てるだろう』と思われる程度に
ネルはそれに気付かない。気付ける筈も無い。
ミレニアムの勝利の象徴たる彼女相手に強さを調整するような酔狂な輩がいるだなんて、そんな事夢にも思う訳が無いのだから。
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「一応聞いておくが、道を譲ってくれねぇか?今なら痛い目見なくて済むぜ?」
「断る」
「だろうな」
様式美的に交わされた問答。そして、これが開戦の合図となった。
「後で文句言うんじゃねぇぞ!」
ーーダダダッ!!ーー 「…っづぅ」
ネルのツイン・ドラゴンが銃弾を吐き出す。狙いは大きく広げられた翼だ。
竜胆カイカについて事前に得られた情報の中に『非常に優れた身体能力及び再生能力を有するが、肉体強度は外の世界の人間と大差無い』という物があり、それ故に直接胴体を撃つ事が躊躇われたのだ。
果たしてその結果は、
「無傷…だと?!」
ネルが放った銃弾は、間違い無く命中していた。にも拘わらず、その全てを受け止めた筈の白き翼には一切の陰りすら無く、変わらずそこに鎮座していた。
「…っ!面白ぇ!」
更に勢いを増して撃ち込まれ続ける銃弾。
確かに驚いたが、このまま撃ち続ければ何れ倒せるだろう。
倒せる筈だ。
そうだ。そうに違いない。
(あたしの弾丸をこれだけ受けて、立っていられる筈がねぇ)
──勝利の象徴、なのだから。
だが、
現実は、非情である。
(嘘だろ…。4マガジン撃ち込んだんだぞ!?)
それだけの暴威に晒されて尚、カイカは微動だにしなかった。
白き翼は今も健在。
少なくとも、その瞳に宿る戦意には欠片も陰りは見当たらなかった。
「ハッ、守護龍の名は伊達じゃねぇってか?」
内心の動揺をおくびにも出さず、そう嘯く。その姿は普段の態度と何ら変わり無く見える。
だが、カイカはそれが強がりである事を即座に見抜いていた。その時点で、彼我の格付けが済んだも同義であった。
(ホシノ先輩やヒナ委員長と比べれば、遙かに弱い)
これが、カイカがネルに対して下した評価だ。
要するに、
だからと言って、カイカは何もしない。動かない。唯只管に耐え続ける。そもそもカイカの目的は時間稼ぎであり、ネルを倒す必要すら無い。アリスが部室に辿り着くまでネルをこの場に引き留める、若しくは弾切れになるまで耐久する。どちらかを達成できればそれで良い。
そんな態度のカイカに対して、ネルの心には焦りが生じていた。
勝てる相手だと思っていたのに全く手応えが無い。攻め手を維持しているのに何故か追い詰められている気がする。そんな疑念に襲われていた。
…言うまでも無い事だが、それらの疑念は紛れもない事実であり、決して目を逸らすべきでは無かった。
しかしネルは、その全てを気のせいだと一蹴した。何故ならそれを認める事は敗北を受け入れる事と同義であり、彼女のプライドがそれを許さなかった。
…或いは、不気味とさえ言えるその在り方に、敵対を解く事を無意識に拒絶していたのかもしれないが。
「オラオラオラァ!!」
撃つ、撃つ、撃ち続ける。
まるで迷いを無理矢理振り払おうとするように。
彼女の頭からは最早任務の事すら抜け落ちている。
意味があるのかも分からぬまま、引き金を引き続ける。
そして、
そう。カイカが肌身離さず首に巻いている、あの真っ赤なマフラーだ。
その端っこ。ほんの僅かに穴を開けた。
「は?」
瞬間。
「ッ!!?????!!!??」
時が止まった。
否。
そう説明せざるを得ないような、圧倒的な威圧感。
ネルは銃を振り上げた。
防御しよう、と考えた訳では無い。本能に基づく、完全に無意識の反射行動。
果たして、それは正解だった。
右手側のツイン・ドラゴン。その先端から三分の一程が、消失していた。
「!?!?!?!?」
首を狙って突き出された手。それを払い除けた代償。
力任せに叩き割ったのでは無く、体重を掛けてへし折った訳でも無い。
まるで、ゼリーをスプーンで掬うかのように
(いやっ、そもそもいつの間に目の前にっ!)
ネルは使い物にならなくなった銃でカイカの頭を全力で殴りつける。
距離を取るとか、そんな事を考えている暇すら無い。少しでも目の前の脅威を遠ざけようと、そんな咄嗟の防衛行動。
ーーグシャッーー
潰れたのは、銃の方だった。
(肉体強度は低いんじゃなかったのかよ?!)
ネルの愛銃「ツイン・ドラゴン」は、彼女が得意とする近距離戦闘にも耐えられるよう、特別頑丈に作られている。
それを、
一方的に打ち負かした。
(なんなんだ…、こいつは…!)
理解出来無い。否、理解を拒んでいる。
それは、キヴォトスに於いて最も縁遠い概念。
濃密な、死の気配。
再び突き出される手。
その伸ばされる様が、妙にゆっくりと目に焼き付き──
「避けてください、カイカ!」
その声と共に、
「光よ!」
一筋の光条が貫いた。
カイカからすればCQCなんぞ児戯も同然。
人間相手にはどんな銃も豆鉄砲同然。現在の主武装である刀も、元々は万魔殿経由でエンジニア部に依頼して手に入れた物。
じゃあそれ以前はどうやって戦ってたの?って言う話なんですわ。