ミレニアムプライスへの提出締め切りの当日。
先日までの余裕は何処へやら、ゲーム開発部の部室は文字通りの修羅場と化していた。
「お姉ちゃん!まだ!?」
「ま、待って、急かさないで!あとこれだけ入力すれば終わりだから…!」
「あと2分だよ!?急かさずにはいられないって!」
「正確には96秒です、そう言ってる間に残り92秒…」
「わ、分かった分かった!もうできたから!」
「こっちは簡単なテストだけやって……うんっ、エラーは出てない」
「ハッチャ、私の勘も大丈夫って言ってます」
「ならば良し。ファイルのアップロードを開始する。…後何秒だ」
「残り19秒です…!」
「此方は残り13秒。…間に合うか?」
「お、お願い…!」
皆が固唾を呑んで見守る中、遂にその瞬間が訪れる。
ーーピロンーー
『ミレニアムプライスへの参加受付が完了しました。』
拳を天高く突き上げる!
「「「「「やったああぁぁあ!!!」」」」」
狭い部室内に、歓喜の声が響き渡った。
「間に合った!間に合ったよ!」
「ギリギリ……心臓止まるかと思った…」
「あとは…3日後の発表を待つだけ、だね」
「ハッチャ…ハッチャ……」
「言語野に支障を来したか?…っと」
そこで立ち上がろうとしたカイカが、足を縺れさせて転びかける。
「すまない、限界だ。暫く
そう言い残すと、ヘイローが
うつ伏せに床へと倒れ、ピクリとも動かなくなった。
…
……
………
「え、死んだ?!」
「不謹慎!!」
「…そういえばこの2週間、カイカさんが寝てるとこ一度も見てない気がする」
「まさか、一睡もしてないの!?そりゃあ倒れるよ!」
「まあ、そうゆう私たちも、もう限界なんですけどね…」
「…ありがとうございます。カイカ」
そうして、残された少女達は床に突っ伏したカイカをソファーに運び、諸々の片付けは明日の自分達が何とかするだろう、と考えながら、同じく睡魔に身を委ねるのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
意識を取り戻す。
「…流石に、無茶が過ぎたか」
当然の結果ではあった。
否、寧ろ良く持った方だろう。
本来であれば、美甘ネルとの戦闘が終わって直ぐに倒れていた筈だ。だが、それだけは避けねばならなかった。彼女達のゲーム制作のノイズとなる訳にはいかなかったからだ。
故にカイカは耐え続けた。失いそうになる意識を必死に保ち、日に日に供給が減っていく神秘を何とか誤魔化し、それでも表向きは平常を装い続けていた。その甲斐あって、カイカが今にも倒れそうな状態である事に気付いた者は誰一人として居なかった。
とは言え流石に限界はあったらしく、張っていた気が一瞬緩んだのもあって、先程までばったり逝ってた訳だが。
「おや」
周囲に目を向けると、そこにはカイカに抱き付くようにして眠る少女達の姿があった。
「御疲れ様」
そう呟き、モモイ達の頭を優しく撫でる。
「…珈琲でも淹れるか」
カイカは、今も眠っている彼女達を起こさぬよう無音で立ち上がると、徐に懐からポットを取り出して湯を沸かし始めた。
「…ん」
鼻を擽る良い香りに目を覚ますとそこには、
「お早う」
結構本格的にコーヒーを入れているカイカの姿があった。
「モモイも飲むか?」
「あ、じゃあ遠慮なく」
そう言うと、カイカはサーバーからカップにコーヒーを注いでくれる。どうやら、既に全員分用意してくれていたらしい。
カップを受け取り、口に運ぶ。
「…苦っ」
「砂糖とミルク、使うか?」
懐からシュガーポットとコーヒーミルクを取り出しながら言ってくる。
「…どうなってんのその中?」
「今更では?」
「そっかぁ…」
寝惚け頭にはそれ以上の追及は難しかったようだ。
「あの、カイカさん」
「どうしたコユキ?」
「このコーヒーの原料って…」
「
「その異常なまでの雑草へのこだわり、なんなんですか?」
言われなきゃ気付かないレベルだったそうです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「とりあえず締め切りには間に合ったけど、まだ結果が出たわけじゃない」
皆の頭が目覚めたのを見計らってモモイが語り始める。
「3日後、いや2日後かな?まあともかく。結果が出て初めて、このままこの部室にいられるのか、そうじゃないかが決まる」
ゴクッ、と誰かが唾を飲む音がした。分かりきった事とは言え、いざ言葉にされるとより実感が湧いてきたからだろう。
「…でも3日って結構長いじゃん?そう思ってさ…」
しかしモモイ、そんな彼女達の緊張を知ってか知らでか、
とんでもない爆弾をぶち込む。
「実は昨日のうちに、こっそりweb版の『テイルズ・サガ・クロニクル2』をアップロードしておいたんだよね!」
「「「「!?」」」」
「…へえ?」
現場は、阿鼻叫喚の嵐に包まれた。
ミドリが姉の胸倉を掴む勢いで詰め寄る。
「ど、どうして!?」
「3日間も待てないよ!それに、審査員の評価より先に、ユーザーの反応を見たくない!?」
「いやっ、でも、…せめて一言先に伝えるとかさぁ!」
「大丈夫だって!私たちはベストを尽くしたんだから!」
「そ、それはそうだけど…」
正しい事を言っている筈なのに何故だか旗色が悪くなってきた気がするミドリ。
「カイカさんも何か言って…」
助太刀を求めて振り返るも、
「あー、ムダですよ?この人
めっちゃニヤニヤしてた。
「何を攻める必要がある?元より、ミレニアムプライスに出品するため
「でも、低評価コメントとか…」
「ならば見なければ良い。それも選択肢の一つだ」
「え?」
「極端な話、ネット上での評価が散々であったとしてもミレニアムプライスで受賞さえ出来ればそれで良いのだから。それに、…前作が
「だからこそ、
「さて、どうする?」
その問に答えを返したのは、
「…うん、見よう」
「え?」
「作品っていうのは…見てくれる人、遊んでくれる人がいてこそ、完成されるものだと思うから」
「わたしは……わたしたちのゲームが
そこに居たのは、嘗てのような俯くだけの少女では無かった。
「ユズちゃん…」
「大丈夫。もし前みたいに、低評価コメントのオンパレードになってたとしても…。全力で頑張ったから。それに…」
顔を上げた彼女に視界には、何時だって、頼もしい仲間達の姿が映っていた。
「みんなが一緒だから、きっと受け止められる」
そんな彼女が自然と浮かべた表情は、
「わたしはもう、大丈夫」
誰よりも、素敵な笑顔だった。
「…」
「それじゃあさっそく見てみよー!」
「ああっ!ま、待って!心の準備が…!」
「何を今更。腹括りな」
「……はあ、そうだね」
「さて、最初のコメントは…」
<わお、これ前回クソゲーランキング1位を取った、あれの続編?もうゲーム作りはやめたと思ってたけど、懲りないねえ>
「「…」」
「あ、アリス、コユキ、こういうのはあんまり気にせず…」
「「…」」
「最大出力のビーム砲を食らわせてきます」
「住所特定して直接乗り込んでやりますよ!」
「止めぬか、莫迦共」
初手からこれである。
「…大丈夫」
対して、ユズは落ち着いていた。
「ゲームをやってもいない人の発言だから…気にしないで、ね?」
「強いな」
「ううん。みんなのおかげだから」
「…そうか」
頭を撫でる。
<前回の『TSC』は確かに、手放しで賞賛できる作品ではなかったかもしれません。ですが新鮮味があり、少なくともありふれた作品ではありませんでした。今回の2ではどんな目新しさを見せてくれるのか、楽しみです>
「おっ、徐々にちゃんとした反応が…」
「いや、全体的になんか、『時限爆弾を楽しそうに解除しようとしてる』感じじゃない?」
「怖いもの見たさ、みたいな…」
それからも順番にコメントを見ていく。
「ふむ、どうやらこの辺りで有名なポータルサイトに記事が載ったらしいな。道理で…」
「え、なにが?」
「…気付いて無かったのか?」
そう言ってカイカは、画面上のある一点を指差す。
「?……、!!だ、ダウンロード数が10000を超えてる!?」
「何ならコメント数も四千件超えだ。…案外、期待されていたのでは無いか?」
「うわあぁぁ…!無関心じゃなければ良いな、くらいに思ってたのに!ここまで数が増えてたって知ったら急に怖くなってきた!」
「やれやれ…」
「…ドキドキします」
「うぅっ!期待と不安で、心臓が爆発しそう!」
「…続き見るぞ」
やはり全体的に見れば否定的なコメントが目立つ。
然れど、既プレイ勢の書き込みが増えていくにつれ、少しずつではあるが肯定的なコメントの比率が増していく。
<これ本当にシナリオ書いたの前回と同じ人?普通に感動しちゃったじゃん!>
<やっぱこれ作った奴は正気じゃないよ。今回は良い意味で、だけどね>
そして…
▷新着の感想
<私、普段はあんまりゲームとかしなくて、でもなんか話題になってたから試しに買ってみたんです。それで気付いたら、夜が明けてたんです。このゲームで味わった感動をなんとか伝えたくても私の貧弱な語彙ではとても表現しきれません…
それでも、これだけは断言できます。これは、
「ほらな、届いただろ?」