傲慢、嫉妬、憤怒がカンストで、
暴食、色欲、怠惰が皆無です。
強欲?
相手によるとしか…
真夜中。
ミレニアム自治区の郊外を歩く一人の影。
「…モモイの無頓着さに助けられるとはな」
竜胆カイカは独り、呟く。
誰かに聞かせる意味も無いままに。
カイカはこの数週間、ミレニアムの裏側で暗躍していた。
その事を知る者は殆どいない。
そして先日、漸く計画を始めるための準備が完了した。
事実、彼女達はカイカが思い描いた通りに動いている。
「…態々、私が首を突っ込む必要は無いのかもしれない」
そう、これは
何なら、事を収めるだけならもっと手っ取り早い方法は幾らでもあった。
それでも、
その、最後の仕事を果たすため、
「…さて」
竜胆カイカは、此処に居る。
「御機嫌よう、C&Cの皆様。今宵は月が見えませんね」
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「…気付いてたのか」
「…?あんな杜撰な尾行で気付かれないとでも思っていたのですか?」
初手から煽るカイカ。
「フーッ。…あたしらの依頼主からの命令だ。付いて来い」
「嫌ですが?」
舐められている。
ネルはそう思った。
「あたしらが誰だか、分かって言ってんのか?」
ネルとて前回の小競り合いで身に染みて理解している。目の前の相手は差しで戦って確実に勝てるとは口が裂けても言えない程度には強いと言う事ぐらい。
だが今回は彼女一人では無く、C&Cのフルメンバーで此処に居る。正確に言えば、狙撃手であるカリンは離れた場所で既に準備しているのでこの場に居るのは三人だが、まあそれは然程重要な話では無い。
兎も角ネルは、この四人であれば勝てない相手はいないと思い込んでいた。事実、今まではその通りだったのだろう。
C&Cの四人と同時に敵対する。一般人であればそれだけで震え上がるような状況。
「ええ、知っていますよ。破壊する事しか能の無い、ミレニアム屈指の金食い虫集団でしょう?」
だがカイカは、この程度で萎縮するような柔な精神性をしていない。
「んだと、てめえ!」
「真面に依頼も熟せない三流共に対する評価なぞ、この程度で十分だろ」
そして追撃も止まらない。
色々と思う所もあったので、カイカはこの際に全部ぶちまけてやる事にした。
「知っていますよ、私は。物は壊さず建物も壊さず、そう言い含めた依頼でその通りに帰って来た事など、一度も無いと言う事を」
「で?それに対する言い訳が何でしたっけ?『任務自体は達成している』、『後始末はセミナーの仕事』…毎回そんな事を言っているそうですね」
フゥ、と溜め息一つ。
「違うよな?それも含めての仕事だよな?
「任務成功率100%の触れ込みでありながら、実際には失敗しているのを屁理屈で成功していると言い張っているだけでは無いか。それでプロを名乗るとは、烏滸がましいにも程がある」
ちらり、とネルの顔を見る。
(これだけ言われて尚、反省一つしないのか…)
そこに浮かぶのは怒りだけ。
「と言うか、貴女方のやっている事って、こう言う事だよな?
目的のためであれば如何なる破壊行為も厭わず、それにより出た被害を省みる事も無く、全ての責任を
…なあ」
「
はぁ。
(恥を知れ)
最早、呆れしか無かった。
「これ以上無様を晒す前に、帰った方が良いと愚考致します」
「言いたいことは、それだけか?」
額に青筋を浮かべながらも、ネルは平静を装ってそう返す。
「では、もう一つだけ」
だが、カイカからすればその怒りは逆恨みも同然である。
故に、
「足手纏いを
嘲るように、嗤った。
「てめえ!」
怒りのままに
それとほぼ同時、
カイカもまた
直後、
「ひっ、いやあぁァアアアアアアッ!?!!」
「なっ?!アス
ーードゴォォッーー
ギィァアアアアアアッ!!!」
カイカは即座に狙いをアスナからネルへと変える。
間を置かず吐き出された50BMG弾に、ネルは躱せず被弾。
まるで
被弾箇所には、
「ッ!リーd「遅い」…なぁっ?!」
ネルの明らかに異常な様子を見て反射的に爆弾を取り出したアカネ。
だが、彼女が動き出した時には既にカイカが目の前に迫っていた。
アカネは抵抗する間も無く、傍らに置いていた爆弾が収められたケースに体を捻じ込まれる。
その手に、着火済みの爆弾を持ったまま…
ーードッガァァンーー
そんな事をされれば当然、爆弾は盛大に暴発し、アカネは爆風に飲み込まれる。
「おっと」
カイカが振り返った時、ネルは脂汗を浮かべながらも銃を構えていた。
真面に狙いも付けられないまま銃弾がばら撒かれる。それをカイカは、
ネルからすれば恐怖でしか無い。
そもそもの話、銃弾を銃弾で撃ち落とすと言う時点で意味不明なのだ。更に言えば此方は二挺持ちなのに対してカイカは一挺。それも見るからに重く、取り回しが悪い代物だ。
にも関わらず、ネルの放った弾の全てが地面に転がっていく。
それを為すカイカの顔には何の感慨も浮かんでいない。
文字通り、片手間。
(…ヤバい)
追い詰めるかのように一歩ずつ近付いてくるカイカを前にして、ネルは恐れを振り払うように後ろに大きく飛び下がる。
「ZONE」
「がっ」
背中に強い衝撃。
咄嗟に後ろに目を向けるとそこには、
拳を振り抜いた姿のカイカが居た。
(なっ、はっ!?いやっ、さっきまで目の前にいただろ??!)
瞬間移動でもしたとしか思えない事象を前に、ネルはそれでも銃を向けようとして、
「ごっ」
今度は後頭部に強い衝撃。
再び背後に回ったカイカが蹴り飛ばしたのだ。
目を逸らした訳じゃない。
瞬きすらもしていない。
だと言うのに、
(残像すら見えねぇ…!)
速過ぎて目で追えない?
否、最早そう言う次元では無い。
明らかに異常。このままでは一方的に嬲られるだけで終わる。
「認められっかよ!」
それでも、と彼女のプライドが敗北を許さず、振り向きながら銃を突き付けようとする。
既にカイカは十メートル程離れた場所にいて、
銃を、真上に放り投げた。
「…は?」
理解出来無い行動を前にして、思わず呆けてしまう。
無理も無い、が、竜胆カイカを前にしてそれは、余りにも、余りにも致命的な隙であった。
「ぐはっ!」
腹に大砲の如き一撃を食らい、
跳ね返ったそれを見て、ネルは攻撃の正体を理解させられる。
(空薬莢…だと?!)
地面に転がっている空薬莢を拾い、指で弾いた。
言葉にすればたったそれだけ。それだけなのだが、
(あん時あたしの顎を撃ち抜いたのもこれか!いや、だとしても威力がおかしいだろ?!)
彼女の仕事柄、戦車を相手にする事だってあるし、躱しきれずに主砲が直撃した事だって一度や二度では無い。だが、明らかにその時の方がマシ、と思えるようなダメージを受けているのだ。
どれ程の勢いで飛ばせばそうなるのか、考えたくも無かった。
「くっそ、せめて!」
隙を突くために投げた銃だけでも撃ち抜いてやろうと引き金を引く。が、
ーードゴォォッーー
独りでに弾が吐き出され、その反作用によってネルの放った銃弾は虚しく空を切る。そして、落ちてきた銃をカイカは当然のように片手で受け止めた。
戦闘開始して僅か2分程度。
かく言う
そして、
『ごめん、リーダー。…やられた』
…
(そんなバカな…)
事実上の全滅。
インカム越しに伝えられたその言葉に、ネルは動揺を隠せない。
いつの間に?スナイパーの存在に気付いていたのは
「まさか…!」
先程カイカが銃を投げた時、空中で弾が発砲されていた。
そうだ、あの時、
その銃口の先には、誰が居た?
「嘘…だろ…」
無意識に
ネルは、今日まで生きてきて一度も感じた事が無い程の戦慄を覚えていた。
(そんなこと、普通に考えてできる訳がねぇ…。だがっ、事実として、…狙ってやったとしか思えない…)
「ば、化け物…」
思わず、といった様子で零れ出た言葉。
「ふざけるなよ…、なんなんだよ、お前…」
震え声で語るその姿に、勝利の象徴としての威厳は失われていた。
「巫山戯るな?」
ピシリ、と空間に罅が入る音がした。
「それは私の台詞だ」
気を失う事すら許されない濃密な怒気が、ネル一人に向けられる。
「貴様こそ何だ?その
「…始めから、強い癖に…、才能に恵まれた癖に!」
(ぁ…、が…)
真面に呼吸すらも出来無い。
それだけで人を殺せるのではないかと思える程の気迫を前に、ネルは蹲る事しか出来無い。
だが、その重みが僅かに緩む。
何とか顔を上げる。
「碌な努力もせずに、私を語るか。能無しが」
どす黒い瞳が、ネルを貫いていた。
「努力、だと…。そんなの、あたしだって…「貴様は!」
「…足が千切れるまで、走った事は有るか」
…は?」
「指が無くなるまで、素振りをした事は有るか」
「何を…言って…」
理解出来無い。理解出来る筈が無い。
何故なら
「弱かったから!…全て失った。だから!強くなるしか無かった!でも、私に与えられたのは、強くなる
それは、己自身への慟哭だった。
「手足が無くなるのは日常茶飯事。心臓や肺が破裂した事も数知れず。頭蓋骨の内側は何時だって血塗れ…。幾度と無く死を繰り返そうとも、その苦しみが和らぐ事は無かった!」
「それでも、私には力が必要だった!だから!努力して、努力して、努力して、努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力してッ!!」
スンッ、と。
カイカの表情が消える。
「
そう。
カイカは、
質も、量も、過剰な努力を繰り返しているにも関わらず。
この世界には、今のカイカに勝ち得る人物が
それが、何よりの証拠だった。
「それに対して貴様はどうだ?」
だからこそ。
カイカは、目の前の愚物を許す事が出来無かった。
「接近戦最強?ホシノ先輩の方が何十倍も強い。暴徒鎮圧の手際も、ヒナ委員長の方が遙かに迅速な上にスマート…。御得意の破壊ですら、姐さんの足下にも及ばない」
カイカは知っている。
ホシノの悲嘆を、ヒナの苦悩を。アケミの慈悲を。
そして、それに伴う努力も。
故にその才能を妬む事は無く、最大限の敬意を払う。
「何もかもが中途半端」
しかし、ネルは違う。
己が才能に溺れ、無責任に力を振う。
それが齎す影響など考えもしない。
「それが、何だ?約束された勝利の象徴?…ハッ、笑わせるな。確実に勝てる相手としか戦った事が無いだけだろう?」
そんな相手に向ける敬意なぞ、
「錆びた
カイカは、持ち合わせていない。
「ッ!…黙れェ!」
空元気でしか無かった。
それでも、認める訳にはいかなかった。
震える身体を無理矢理動かし、カイカに向かって襲い掛かり…
「は?」
気付いた時には、ネルは宙を舞っていた。
遅れて、額、膝裏、背中に鈍い痛みを覚える。
何の事は無い。
額と膝裏を同時に叩く事でネルの身体を仰向けに浮かばせ、地面に落ちる前に背中を蹴り上げた。
文字に起こせば、たったこれだけの事である。
だが、ネルはその一切を知覚出来無かった。
カイカの背に翼が生える。その形が崩れ、靄のように変貌する。
それは雷雲だった。雷を孕む
カイカが目線を上に向ける。そこには未だ現実を飲み込めていないネルの姿が。
「穿て」
唯一言、呟くだけ。
それだけで、白き雷がネルの身体を貫き、その意識を闇へと誘った。
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(あんなに…あっさりと…)
アカネは爆風に飲み込まれた後、気絶したフリをして潜伏していた。
勝利するため、では無い。
何も出来ずにやられたとは思われたくない。せめて一矢報いたい。そう考えたからだ。
幸いな事に、誘爆に巻き込まれずに無事だった爆弾が
どうせ防がれると分かっている。
それでも、と。
狙ったのは、ネルに止めを刺した直後。
その、一見無防備に見える背中に向けて爆弾を投げつけ…
瞬間。
明らかに、目が合った。
(そん、な)
アカネは失敗を悟る。
だがその時には既に爆弾は彼女の手を離れていて。
カイカは、それを当然のように、
躱さなかった。
ーードオォン!ーー
「ギィィァアアアアアッ!!!」
投げられた爆弾は、カイカの背に浮かぶ雲の中へと吸い込まれていった。
剥き出しになった神秘の塊と言っても過言では無い、その中へ。
カイカは、己が存在そのものを抉られるような苦しみに襲われ、
背中から膨大な量の血を溢れさせながら、
斃れた。
「…え?」
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翌朝。
『戦闘音と共に複数名の悲鳴が聞こえた』と言う近隣住民からの通報があり、捜査が行われた。
だが、戦闘があったにも関わらず現場には
不自然に
拭い去られて尚、その存在を主張する、
死の痛み
ネルが感じた謎の痛みの正体。
カイカは対ヒト相手に限り、攻撃の威力と殺意が反比例する。殺傷武器が非殺傷武器に転じると言う特異性の正体だが、カイカが完全な殺意を以て殺傷武器を扱った場合、その攻撃に依る外的なダメージは0でありながら、痛みだけは
カイカはこれを『死の痛み』と呼んでいる。
また、ダメージが0と言う特性故か、明確な殺意を届ける事さえ出来れば物理的制約を受けないと言う特徴がある。(例:ホログラム越しに斬る)
アスナが気絶したのもこれが原因。勘の鋭さが災いして、銃を向けられただけで自分が死ぬ瞬間を幻視してしまったのである。
まあ、カイカにとってアスナだけは初手で気絶させる必要があったので、余計な怪我を負う必要が無くなったと思えば、ある意味彼女の「無意識に最適解を選ぶ能力」が働いた結果とも言える。