「…それで逃げ出して来た、と?」
「うん…」
学校を飛び出した足でアルバイト先に来た私だったが、
『何かあったのか』
顔を合わせた瞬間にカイカからそう尋ねられた。表情は取り繕えていたつもりだったけど、お見通しだったみたいだ。
私はカイカに事情を話した。先生がアビドスに来たこと、カタカタヘルメット団と交戦してアジトを潰したこと、そして、先生にアビドスが抱えている借金の存在を知られてしまったこと。
幸い店にはそれほどお客さんがおらず、接客しながらでも会話する余裕があった。
カイカはその間ずっと聞き役に徹してくれた。が、一通り話し終えた後、カイカは溜息と共にこう言った。
「頑固だな」
「はあ!?!」
この言い草は、いくらなんでもあんまりでは?
「いや、決して馬鹿にしている訳では無い」
「え?」
「…変化を恐れる気持ちは私にも理解できる」
だが、と続ける。
「このまま現状維持を続けるだけでは未来が無い、という事も既に気付いているのだろう?」
そうだ、そもそも仮に借金を完済できたとしても、それで廃校問題が解決するわけじゃないのだ。
「そもそも先生、借金の事すら知らずにアビドスに来たのか?」
「?、なにか言った?」
「セリカは物事を難しく考えすぎだ、という話だ。始めから『利用出来る物は利用する』というスタンスでいれば良かった。違うか?」
「いや、うん…。そうね、その通りよね」
カイカは厳しい。こういうときに安易な慰めの言葉なんてかけてくれない。でもこの歯に衣着せない物言いも、私のことを真剣に考えてくれてるからだって知っている。
「…あー、今日はガトーショコラを作って来た。冷蔵庫を貸して貰ってるから後で食べな」
「…ふふっ、ありがとう」
それでも言い過ぎた自覚はあったのか、そんなことを言ってきた。慰めるにしても不器用すぎる。話の流れだってムチャクチャだ。思わず少し笑ってしまった。
…でもカイカの作ってくるお菓子って凄く美味しいのよね。この前のシュークリームとかプロ並だったし。
「それと、何も告げずに学校から飛び出して来た事に罪悪感を覚えているならば、考えるだけ無駄だ」
「少なくともあの
「ですよね、先生?」
そう言って、カイカは店の入り口に目を向けた。
扉が開く。そこに居たのは、
”えっ?”
驚いた顔をした先生と、対策委員会のみんなだった。
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対策委員会のみんなに連れられてやってきた「柴関ラーメン」というラーメン店。その店内に足を踏み入れた私の目に、思わぬ光景が飛び込んできた。
「み、みんな?!それに先生も、どうしてここに…?まさか、カイカ!」
酷く驚いた様子のセリカと、
「いや。私は何も。足音で気付いただけだ」
…竜胆カイカがいた。
”なんでカイカがこんなところに?君ゲヘナの学生だったよね?”
「時折、手伝いに来ているだけです。それよりご注文は?」
”あっ、えっと…”
「柴関ラーメン、人数分お願いね~」
横からホシノが口を挟む。随分親しげな様子だ。席に着きラーメンを待つ間、ホシノに尋ねる。
”ホシノは2人がここで働いてることを知ってたの?”
「セリカちゃんの方は人づてに聞いただけだけどね~。でもカイカちゃんはもう長いことここで働いてるから顔を合わせる機会が多くてね」
とはいえ、と続ける。
「まさかゲヘナに入学してたとは思わなかったけどね~」
「縁が生まれた。それだけの事です」
私たちの前にラーメンを置きながら、カイカがそう告げた。セリカは裏に引っ込んでしまったようだ。本当はセリカとも話したいけど、これじゃ落ち着くまでは無理そうだね。カイカがフォローしに行ってくれたみたいなので、その間に私たちは食事を済ませることにした。
”…!おいしい!”
「ハハッ、そう言ってもらえると、こっちも作りがいがあるってもんよ!」
ラーメンを食べていると、柴犬顔の店主が話しかけてきた。みんなが気さくに声をかける。どうやら随分と慕われている人みたい。そんな柴大将は私に近づいてくると、私にだけ聞こえる声でこう言った。
「なあ先生。あんたを見込んで頼みがあるんだが…。少しでいいからあの子のことを気にかけてやってくれねぇか?」
”…カイカのことですか?”
「ああ。昔、行き倒れてたのを見かねて、住み込みで働かせてたことがあってな。そのことにえらく恩を感じたみたいで、今でもこうして手伝いに来てくれてんだ。自分も忙しいだろうにな」
”そういうことだったんですね”
「だがな、こうまで尽くされるとむしろ、俺の方こそあの子になにもしてやれてないような気持ちになってきてな」
ああ、なるほど。
「バイト代すら受け取ってくれなくてな。俺にできることと言ったらせいぜい賄いに色をつけるくらいでよ」
この人、本当にいい人なんだ。
”大丈夫ですよ。カイカも、私の生徒ですから”
「…ハハッ。どうやら俺が心配するまでもなかったみたいだな」
柴大将は心から安堵したように笑うと厨房に戻っていった。そして入れ替わるようにカイカがセリカを連れて戻ってきた。
「あの…先生…、さっきはその…、ごめんなさい!」
”大丈夫だよ。気にしてないから”
「だから言っただろう。考えるだけ無駄だと」
どうやらカイカが取りなしてくれたみたいだね。これは感謝しないとなぁ。
「ところで先生」
カイカが私に向き直る。
「アビドスの借金について知らずに此処に来た、というのは本当ですか?」
笑顔なんだけど、何故か目が全く笑ってないよ?
”う、うん”
「はぁ…」
思いっきり溜息を吐かれた。
「支援先の学校の内情を碌に調べもしなかったと?それで適切な支援を行えるとでも思っていたのですか?」
”うぐっ、それは…”
「それに」
尚も言葉を連ねる。
「此処に来る途中、遭難していたと言うではありませんか」
けど、その瞳に浮かんでいたのは怒りではなく、
「いいですか、先生」
ましてや、呆れなんかでもなくて、
「人は、簡単に死ぬんですよ…」
ただ純粋に私のことを思い、心配していた。
”うん…、ごめんね、カイカ”
「…ええ、貴女は先生なんですから。自身の行いには、しっかりと責任を取ってくださいよ」
その言葉は、随分と早口だった。
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一足先に店を後にした私は、先程の己の発言に羞恥を覚えていた。
やけに皆の視線が優しかったのもそれに拍車をかけた。柴大将には頭を撫でられてしまった。
…本当に、何を偉そうに語っていたのか。
私自身、他人に説教ができるほど、善人では無いというのに…
「でも」
彼女たちには、幸せになって貰いたかった。
明日も知れぬ生活の中で、それでも未来を求めて足掻くアビドスの皆も、
見ず知らずの我々のために、大人としての責任を取るという決意をした先生も。
昼過ぎの空を見上げる。
ゲヘナ学園に帰るいつもの道。
その足取りは、どこか軽かった。
その夜、セリカが誘拐された。
便利屋は出せるタイミングが無かった。解せぬ。
次回は出てくる…ハズ。
カイカは基本的に放課後、たまに昼にも柴関ラーメンの手伝いに来ています。行かないときはその時間に給食部のヘルプに入っています。
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カイカの趣味について
元々カイカにとって食事という行為は娯楽以上の価値を有していませんでした。
ある日柴大将と出会ったカイカは、自分の料理で誰かを笑顔にするその姿に憧れました。
その後、周囲に甘い物好きが多かったこともあり、お菓子作りを極めることにしたそうです。
今では、将来パティシエになろうかと本気で考えている程度にはハマっている。
カイカの作るお菓子の中で一番美味しいと噂されているのはエクレア。
食べた人曰く、「全身に稲妻が走ったと錯覚するほどの美味しさ」だそうだ。
当然のように、美食研究会にも目を付けられているが、一度もありつけたことは無いらしい。