ブラック・ブレット 星の後継者(完結)   作:ファルメール

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第37話 未来の為に(前編)

 

「里見くん……よく無事で……」

 

 目に涙を溜めて、木更が駆け寄ってくる。蓮太郎は彼女とはもう二度と会えない事も覚悟していただけに、思わず二の句に詰まった。

 

「もう、遅いわよ!!」

 

 祈るように胸に当てた手は、震えていた。罪悪感に駆られた蓮太郎は何とか話題を切り替えようと周囲を見回して、そして辺りに転がっている無数のガストレアの死体と、巨大台風が過ぎ去った後のように抉れた地面や、根こそぎ引っこ抜かれたりへし折れたりした木々が目に入った。

 

「と、ところで……これは一体、何があったんだ? 凄い有様だが……」

 

「ついさっきまで、戦闘の真っ直中だったんですよ」

 

 と、夏世。

 

「戦闘……って……」

 

「みんな、私を助ける為に来てくれたんです。私が、この人を助ける為に列を離れてしまって……そこで待ち伏せしていたガストレアに襲われてしまったんです」

 

 背中に両足を失ったイニシエーターを担いだ翠は、申し訳なさそうだった。

 

「だが、間一髪で間に合った。俺達全員で二人を助け、集まってきたガストレアも何とか全て殲滅できたんだ」

 

 彰麿が、パートナーの言葉を継ぐ。

 

「み、皆さんが、これをやったんですか」

 

 乗り物酔いの吐き気を堪えつつのろのろとジープから出て来た綾耶が、怪訝な表情で尋ねる。

 

「ああ、そうだぜ? 激戦だった」

 

 顔の血と汗を拭いながら玉樹が答えるが……綾耶はおかしな顔をしている。

 

 何か……気に入らない。何かが、おかしい。

 

 周りに散らばっているガストレアの死体は、黒コゲになったり物凄い熱量で融かされたり、ズタズタに引き裂かれたりしている。焼夷弾でも使わない限りガストレアの全身を焼いたりは出来ないだろうし、融かすともなれば更なる熱量が必要となるだろう。引き裂かれた死体にしてもそうだ。木更の刀や翠の爪での斬撃なら、傷口はもっと綺麗にすっぱり切れているだろう。逆に玉樹がバラニウムチェーンソーでやったのなら、もっとグチャグチャになって原形を留めていない筈だ。一体誰が、どんな武器を使ってこれをやったのだ?

 

 大体して、この一円の惨状。ここは森の中だが、自分達の周囲だけは木が無くなってしまっていて見晴らしが良くなっている。

 

 木更の剣術や彰麿の戦闘術がどれほど強力であっても、それはあくまで人の力。確かに森の中でガストレアの群れと序列1000番台以上の腕利きペアが猛戦すれば余波で木の5本や6本はへし折れるだろうが、これは地形そのものが変わってしまっている。それも、恐らくは極短い時間で。そんな事が有り得るのだろうか。

 

 違和感を覚えて木更や夏世に視線を送るが、二人はその意図を汲み取れないようで戸惑ったような顔で返すだけだ。

 

 彼女達は、嘘を吐いてはいない。大体、木更達が自分達を騙す理由が存在しない。

 

 だが、それではこの破壊状況の説明が付かない。

 

 このちぐはぐさに綾耶はどうにも胸に何かがつっかえたような気分になって、居心地の悪さに体を揺すった。

 

 どういう事だ? 本当の事を言っているのに、事実が証言と合致しない。しかも木更も彰麿も夏世も翠も玉樹も翠も、誰もそれに違和感を覚えていないようだし……

 

『まるで、実際にはこの破壊を行ったのもガストレアを倒したのも別の”誰か”で……その”誰か”が自分の存在を隠す為にみんなの記憶を書き換えていったとでも……?』

 

 などと考えたが、前者は兎も角後者の記憶操作など、そんな事が出来る者が居る訳がない。故に、その可能性は却下する。

 

 それに、この状況は気になるが今はまだアルデバラン率いるガストレア群との戦闘中だ。もっと重要な事は他にいくらでもある。取り敢えずはみんな無事だったんだし、それでいいじゃないかと思考を切り替える。

 

 まず、最も重要な事は……

 

「さて、そろそろ良いかしら?」

 

 屈強の民警達を前にしても全く怯えた様子を見せず、影胤・小比奈・小町・3人の群星を供回りとして従えて、王のように。ルイン・フェクダが現れた。

 

 一斉に、木更達が臨戦態勢に入る。殺気を向けられ、銃口を突き付けられてもルインは少しも慌てない。この余裕も当然と言えば当然である。影胤が作り出す斥力フィールドは工事用の鉄球ですら跳ね返す。個人で携行可能な武器の破壊力など恐るるに足りない。

 

 それに、何よりも。

 

「綾耶ちゃん?」

 

 木更達とルインの間に、綾耶が両手を広げて立ちはだかったのだ。しかもルイン達へ背を向けて、彼女達を庇うように。

 

「皆さん、少し待って下さい。言いたい事が色々あるのは分かりますけど……でも、ルインさん達はもう敵じゃないんです。これからは東京エリアの為に力を貸してくれるって、約束してくれました!!」

 

 玉樹と彰麿が、戸惑ったように顔を見合わせる。

 

「……里見くん、これはどういう事なの?」

 

「俺も、まだ信用した訳じゃないが……でも確かにそいつらは綾耶と話して、「東京エリアに協力する」とは言ったんだ。それは、確かだ」

 

「綾耶、お主の判断を妾は尊重したいが……今回ばかりは止めておいた方がいいと思うぞ?」

 

 蓮太郎と延珠のペアが、それぞれ発言する。聖天子のイニシエーターは、困った顔になった。綾耶とて、自分の方が無理を言っている事は十分に承知の上であるからだ。

 

 しかし蓮太郎率いるアジュバントの面々は、綾耶の行動と態度もあっていきなりルイン達に攻撃を仕掛ける事はせず、警戒こそ解かないものの待機状態となっている。同じようにルイン達も、すぐさま動く気配は見せていない。互いに動きが取れず、膠着状態となっていたが……この空気を破ったのは、蓮太郎が携帯していた通信機だった。蓮太郎はボタンを操作してスピーカーモードに切り替え、この場の全員に通信内容が聞こえるようにする。

 

<生存している全民警に告げる。本日1500までに、回帰の炎へ集結しろ。繰り返す、回帰の炎へ集結しろ。そこを最終防衛ラインに設定する!! 現時点を以て、指令本部は放棄する!!>

 

 雑音混じりに団長・枢の野太い声が、場に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 指定された時刻の5分前に蓮太郎達が回帰の炎へ辿り着くと、そこには民警軍団の残存戦力が殆ど集結を終えていた。蓮太郎はそれを見て、思わず「マジかよ」と呟く。

 

 負傷者が多いのは当然だが、数があまりにも少ない。第二戦が始まる前には戦力になるならないは兎も角、700人は居た民警達は今は100名強といった所だ。その100名強とて、果たして何割が戦力となるか。ただでさえ開いていたガストレア軍団との戦力差は、今や絶望的なまでに広がってしまっている。

 

 勝てるのか?

 

 恐らくはこの中の誰もが抱いているであろう疑問を、同じように蓮太郎も胸中に浮かべた。

 

 団長の使いの者に案内されて中央の広場へと通された蓮太郎達、当然のようにルイン達もそれに付いてきたが、やはりと言うべきか騒ぎが起きた。

 

「なんであのテロリストがここに居るんだ!!」「里見リーダーと一緒に来たぞ!!」「まさか、グルだったのか!!」などと口々に叫ぶ民警達を黙らせたのは、何かが爆発したのかと錯覚するような鈍い轟音だった。場に集った全員が視線を向けると、団長・枢が蜘蛛の巣のようにヒビの走った壁から拳を離す所だった。

 

 ごくりと、唾を呑む音が一瞬で静まり返った空間に響く。

 

 この回帰の炎は、第二次関東会戦の勝利を記念するモニュメントとして二千挺の銃を融かして造られたもの。当然、材質は金属である。枢はそれに拳を叩き付けたのだ。常人がそんな事をすれば間違いなく拳の方が砕けるだろうが、枢は逆に金属に亀裂を走らせたのである。流石は序列30位のプロモーターと言うべきか。

 

「お前等、少し黙れ」

 

 気さくな普段の彼とは打って変わり有無を言わせぬ強い口調で凄まれて、まだ何か言えるような勇者は命知らずの民警達の中にも居なかった。そうして雑音を排除した所で、枢は一つ頷くとルイン・フェクダと対面する。

 

「単刀直入に聞くぜ、ルイン・フェクダ。あんたは俺達の敵か、味方か?」

 

「味方よ」

 

 しれっと、ルインが答える。あまりにも気安い回答を受けて民警達の中にはすぐさま彼女に飛び掛かろうとした者が居たが、枢にジロリと睨まれて思い留まった。

 

「じゃあ次の質問、あんたは味方として俺達に何をしてくれる?」

 

「戦力の提供を。私と私のイニシエーターである小町、影胤と小比奈ちゃん、それとこの3名……」

 

 ルインはそう言いつつ、小町と蛭子親子、そしてガスマスクで顔を隠しローブを纏った3名のイニシエーター(分裂した数多群星)へと順番に視線を動かしていく。

 

「そして……」

 

 白い女の目があらぬ方向へと向くのを受けて、釣られるように全員の視線が同じ方向へと動き、そして「あっ」と声が上がった。

 

 目を向けたそこには、いつの間に現れたのか100名にはなるであろう一団が整列していた。軍団の最前列に立つ2名以外は全員が黒いローブにガスマスクで装いを統一しており、これはあるいはルインが率いる兵隊の制服のようなものなのだろうかという思考が蓮太郎の頭に浮かぶ。

 

「このイニシエーター100名と、リーダー格である二人も同じく戦列に加わらせてもらうわ。二人とも、挨拶して」

 

 その言葉を受け、前に出たのは光のような金髪と雪のような白い肌を持ったロシア系白人の少女と、灰銀の髪をぼさぼさにしているどこか陰のある少女だった。

 

「アナスタシア・ラスプーチン、モデル・スネイル。巻き貝の因子を持ったイニシエーター……デス…………ハラショー」

 

「……ステラ・グリームシャイン……モデルは……マッシュルーム……キノコ……」

 

「この二人と小町は、三人とも小比奈ちゃんと同等かそれ以上の実力者。それとイニシエーターの軍勢100名。これを丸ごと民警軍団に組み込ませてもらおうと思っているわ。いかがかしら?」

 

「……いいだろ。あんた達の、軍団への参加を認めよう」

 

 枢の決定を伝えられ、やはりと言うべきか場に詰め掛けた民警達からどよめきや抗議の声が上がった。それを代表して前に出たのは、禿頭の偉丈夫。民警軍団副団長である我堂長正だった。傍らに控える壬生朝霞が腰に差した刀は鯉口が切ってあり、状況次第では相手がルインであろうが枢であろうが斬り掛かりかねない剣呑な気を全身に纏っている。

 

「団長、私は反対です。こやつらは東京エリアに大絶滅を引き起こしかけたテロリスト……この申し出とて、何かの企みがあるに決まっています!!」

 

「ンな事ぁ俺だって百も承知だよ、長正。だが現実問題、今の俺達にルイン・フェクダに序列元134位のペアと、それに匹敵するイニシエーターが3名、更にイニシエーターの兵隊100名の参加を断れる余裕があンのか? 猫の手も借りたい、掴めるなら藁でも芦でも掴みたいこの戦力不足の現状で?」

 

 むう、と長正が唸り声を上げて腕組みする。

 

「ついでに言うなら申し出を断った瞬間、こいつらは丸ごと俺達の敵になる可能性だってあるんだ。そしたらアルデバランの軍勢と戦う前に、今この場で人間同士で殺し合う事になる。そしたら終わりだぞ? 俺達も、東京エリアも。何もかもが」

 

 噛み含めるようにそう言われて、長正や他の民警達も納得した訳ではなかろうが同時に選択肢が既に存在していない事も理解したらしい。今度は反対意見も出なかった。

 

「……では、私達の参加を認めてもらえるという事でよろしいかしら?」

 

「まぁ……そうだが。だが一つだけ言っておく」

 

 枢は抜く手が見えないほどのクイックドロウで懐から取り出したデザートイーグルを、ぴったりとルイン・フェクダの額に照準する。眼前に銃を突き付けられてもルインは落ち着いていて少しも動じた様子を見せない。彼女のイニシエーターである小町が動こうとするが、他ならぬルインが手で制した。

 

「妙な動きはしない事だ。もし裏切るような素振りを見せたら……俺があんたを殺す。覚えておけ」

 

「……心に留めておくわ」

 

 妖艶な笑みと共に返され、枢は銃を仕舞った。これは勿論実際にそうなった時は有言実行するという警告であるが、同時に民警達の不満を抑える為の”けじめ”でもあった。全面的に信用しているのではなく、あくまで戦力的に必要だから仕方の無い措置であると、アピールする為だ。

 

 ……だが、実際にはここまでのやり取りは全てが予定調和、マッチポンプ、出来レースである。

 

 何を隠そう、”七星の三”ルイン・フェクダの参加を認めた民警軍団団長の枢こそが、”七星の一”ルイン・ドゥベなのだから。全ては、あらかじめ決められていた台本通りの展開だった。ルイン達が保有する戦力を、この戦場に集結させる為の。

 

 序列30位、民警軍団団長、一色枢こと”七星の一”ルイン・ドゥベとそのイニシエーターであるモデル・ウルヴァリンのエックス。

 

 ”七星の三”ルイン・フェクダとそのイニシエーターであるモデル・ライスの小町。

 

 序列444位、フィーア・クワトロこと”七星の四”ルイン・メグレズとそのイニシエーターであるモデル・オルカのティコ。

 

 ”七星の五”ルイン・アリオトのイニシエーターであるモデル・スネイルのアナスタシア。

 

 序列666位、六車陽斗こと”七星の六”ルイン・ミザールとそのイニシエーターであるモデル・コーラルの数多群星が百余名。

 

 ”七星の番外”ルイン・アルコルのイニシエーターであるモデル・マッシュルームのステラ。

 

 そして蛭子親子のペアと、現在では第39区第三小学校の子供たちの引率として後方にて医療活動を行っているが”七星の七”ルイン・ベネトナーシュとそのイニシエーターであり『地上で最も神に近い生物』モデル・シースラグのアンナマリーもここに来ている。

 

 五翔会に潜入している”七星の二”ルイン・メラクとそのイニシエーターであるモデル・パラサイトのアリエッタ・ディープダウン、本拠地の守りと訓練中のイニシエーターを統括しているルイン・アリオト、そして研究作業の仕上げに掛かっていて動けないルイン・アルコルを除いて、”ルイン”達が保有する戦力は殆どこの戦場に投入されている。彼女達にとっても東京エリアは滅んでもらっては困る場所であり、だからこそ投入できるだけの戦力を送り込んできていた。

 

「よし、主だった者は司令部に集まってくれ。そこで作戦会議を行う」

 

 そうして枢の一声を受け、一同は後方に設置された粗末なテントへと移る。ここが今の民警軍団の本陣であった。

 

 その中には勿論団長である枢、副団長の長正、蓮太郎アジュバントの面々、綾耶、菫、ルイン、そしてヘリコプターでやってきた未織の姿もあった。彼女はアドバイザーとして、蓮太郎の推薦もあって枢に招聘されていた。アルデバランを倒す為には、やはり兵器関連のスペシャリストが必要である。

 

「で……だ。司馬のお嬢。単刀直入に聞くがアルデバランを倒す方法はあるのか? 奴の再生レベルはⅣ。殺しきるのは難しいぜ」

 

「……私の爪でバラバラに斬っても、破片がくっついて元通りになった……」

 

 エックスが握り拳を作ると、指の付け根の間から3つの黒爪が飛び出してきた。クズリのガストレアに変身してガストレアの群れに紛れ、アルデバランに肉迫した彼女は初戦以上の猛攻を加えたが、倒すには至らなかったのだ。とは言え、それでもアルデバランを後退させて第二次攻撃を中止させる事には成功していた。

 

「……私が本調子なら、ステージⅣ如き……チリも残さずこの世から消滅させてやるのだけどね……」

 

 ティナに寄り添われてテントの一角に座るソニアが、どこか自嘲気味に言った。

 

 開戦前に行われた菫の診断で、彼女の侵食率は既に限界近く戦闘、正確には強度の能力使用に耐えられるのは3回が限度とされている。1回目は将城教会が襲撃に遭った時に、2回目は倒壊しようとするモノリスを支える際に既に使ってしまっている。ソニアが力を振るえるのは、次が最後。だが今の彼女は24時間休み無く力を全開で使い続けた疲労から回復しきっていない。ステージⅣとは言え、アルデバランはその中では突出した個体である。圧倒する事は出来ても、完全抹殺は難しいだろう。

 

 そんな義姉の肩にそっと手を置くと、ティナは枢へと向き直った。

 

「団長さん、お姉さんは……」

 

 みなまで言うなと、枢が手を差し出して彼女を制した。

 

「ああ、分かってる。確かにソニアの嬢ちゃんには、最後の力を使ってもらうつもりではいるが……同時に、矢面に立ってアルデバランと戦ってもらうつもりはねぇよ。それは不確定要素が多すぎるからな」

 

「でも、ソニアちゃんの力を使わずにアルデバランを倒すのは、難しいわよ」

 

 ルインのコメントを捕捉するように、エックスが進み出る。

 

「……恐らく、跡形も無くぶっ飛ばさない限りダメ……それは、可能?」

 

「ウチを誰やと思うとるの? 当然、考えてきとるよ」

 

 そう言って未織は、水筒ぐらいの大きさの円筒形をした物体を取り出した。

 

「これはウチの技術開発陣が作った特殊爆弾で開発コードは『エキピロティック・ボム』。長いからEP爆弾って呼んどる。これ一つで、500ポンド爆弾の20倍の威力があるって代物や」

 

 物騒な説明を受けて、何人かが思わず数十センチほど後退った。

 

「ただし、これでもただ爆発させただけやったらアルデバランを倒す事は出来へん。密閉状態で起爆させない限りは……」

 

「密閉状態……それをどうやって作るつもりですか? まさかアルデバランの口の中に放り込むとでも?」

 

「良い線行ってるで、綾耶ちゃん。その通り、これをアルデバランの体内で爆発させて初めて、撃滅まで持って行けるとウチの分析班は結論しとる」

 

「……つまり、こういう事ですか? 何らかの攻撃でアルデバランの外殻を破壊し、その体内に爆弾を放り込み、そしてガストレア特有の再生能力によって密閉状態を生じさせる事で最大の破壊力を生み出そう、と」

 

 夏世の分析に、未織は「満点やね」と笑う。しかし他の面々の表情は複雑だ。

 

 アルデバランを爆弾の近くにまで誘導するだけなら、まだ可能かも知れない。しかしたった今夏世が挙げたようなプロセスを踏むとなると、成功率はどれほどになるか……あまり考えたくはなくなってくる。

 

「だがどうやって、アルデバランに風穴を開ける? 司馬未織、あなたには釈迦に説法だろうが、ガストレアは自重を支える為に巨大な個体であればあるほど外殻は強固なものになる。アルデバランほどの巨体ともなれば、移動要塞と言っても過言ではない。今の俺達には、それほどの破壊力を持った武器、いや兵器は……」

 

 彰麿がそう言い掛けて、彼の視線がぴたりと止まる。この動きにシンクロするように、テント内の全ての視線がある二人へと集まっていく。それを見て取った未織は、我が意を得たりと会心の笑みを見せた。

 

「確かに、アルデバランはさながら動く城塞や。けど、ウチらも持ってるやろ? 攻城兵器……破城鎚(バタリング・ラム)を!!」

 

「僕?」

 

「お、俺か?」

 

 集まった視線の先に居たのは、綾耶と蓮太郎。より正確には綾耶の両腕と、蓮太郎の手足だ。

 

 菫が蓮太郎へと施術した『新人類創造計画』セクション22の戦術思想は『ガストレアステージⅣを確実に倒しきる攻撃力』。そして綾耶の専用装備・バラニウム製手甲『バタリング・ラム』も同じコンセプトの元に設計されている。アルデバランの堅牢な外殻を破壊できる者が居るとすれば、この二人を置いて他にはないだろう。

 

「そうやね。義肢と装備の違いはあれ、攻撃力を増加させる分が同じとすれば、イニシエーターで地力に勝る綾耶ちゃんのが成功率は高い。よって綾耶ちゃんがEP爆弾を持ち、里見ちゃんは延珠ちゃんとそのサポートに……今のウチ等に打てる手は、これしかないんよ」

 

 やってくれるか? と暗に尋ねられる形になっているが、二人には要らぬ問答だった。

 

 後方で、負傷者の治療に当たっている将城教会の子供たちの顔が思い出される。

 

 自分達が失敗したら、あの子達はどんな目に遭うと言うのか。

 

 成功するかどうかなど、最早思考の枠外だ。必ず、成功させる。させねばならない。

 

「やります。やらせてください」

 

「ああ、俺もやらせてもらうさ」

 

「話が纏まった所で、次の報告や。アルデバランは既に第三次攻撃の為に動き出した事を衛星が確認した」

 

 携帯電話からの報告を受けた未織が、全員に告げる。

 

「到着予想時刻は?」

 

「午前4時30分。およそ、半日後やね」

 

「聞いての通りだ。お前等、モタモタしてる暇はないぞ!! 残された時間で、可能な限りこの『回帰の炎』の要塞化を進めるんだ!!」

 

 ぱんぱんと手を叩いた枢の檄を受けて、民警達は慌ただしくテントから駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

「……と、いうのが次の作戦です。恐らくはこれが、最後の戦いになるかと」

 

 作戦会議を行っていたのよりもずっと小さなテントの中で、綾耶は机上に置かれたノートパソコンに話し掛けていた。PCのモニターには、敬愛する主の美貌がある。彼女は戦いの前に、プロモーターへの報告を行っていた。

 

<本当は私もそちらへ行きたかったのですが、避難民の誘導など諸々の仕事を最後まで行いたいので……画像越しでしか話せないのは、許して下さいね>

 

 予想された事態ではあったが、綾耶は困った顔になる。

 

「……聖天子様は、シェルターに入られないのですか?」

 

<私がシェルターに入るのは、東京エリア市民の最後の一人の安心が確認されてからです>

 

 菊之丞を初めとして聖居の側近達が青い顔をしているのが頭に浮かんで、綾耶は吹き出しそうになった。この分では何人かの胃には穴が空いているのではあるまいか。

 

<それに、必要無いでしょう? あなたや里見さんの力は、良く知っています。私はあなた達を、信じていますから>

 

 画面の中の聖天子は、そう言って綾耶に笑いかける。国家元首のイニシエーターはぱちくりと目を大きくして、そして言葉の意味を理解してそっと胸に手を当てた。主からここまでの信頼を受け、従者としてはこれに勝る喜びは無い。

 

「ご期待に応えられるよう……力の限りを尽くします。では、これで……」

 

<綾耶、少し待って下さい>

 

「は……」

 

 聖天子は、何かを言い淀むようにして少しの間瞑目する。そして、意を決したように目を見開いてじっと綾耶を見据えた。

 

<綾耶>

 

「はい、聖天子様」

 

<あなたを戦わせている私にはこんな事を言う資格は無いのでしょうが……私はあなたを、妹だと思っています。だからどうか……生きて……生きて、帰ってきなさい。私の元へ。この闇に閉ざされた世界で、あなたという光を喪っては……私はもう、歩けませんから>

 

「……」

 

 しばらく呆然としていた綾耶は、その言葉の意味を理解して……モニターに映る主の顔が、急に歪んで見えた。彼女は慌てて眼鏡を外すと、目許を抑える。十数秒もそうしていただろうか。やっと胸中の感情の波を抑える事に成功すると、眼鏡を掛け直して聖天子へと向き直る。

 

 今し方、聖天子からの信頼を受ける以上の喜びは無いと思っていたが……ほんの一分ほどで、それが違っていた事を思い知った。

 

「……僕は、聖天子様にお仕えする従者でしかありません。ですが……妹と、そう思っていただける事は……何よりも幸せです」

 

 普段は、例え二人きりであろうと君臣のけじめは疎かに出来ないと気を遣っている一人称の使い分けが出来ないほどに、今の綾耶は強く喜び、そして感動していた。

 

<東京エリアの為、延珠ちゃんや蓮太郎さん……僕の友達の為、そして何よりも聖天子様、あなたの為に。良き知らせを持ち帰る事を、お約束いたします>

 

 

 

 

 

 

 

 残存する火器を至る所に設置し、柵やバリケードとして使える物はコンクリートであろうが材木であろうが何でも積み上げ、イニシエーター達にはなけなしの休息を取らせ、防御に適切な位置に人員を配置して……と、やる事は山積みであり何とか全ての作業が完了したのは、アルデバランの予想到着時刻の15分前であった。何らかの誤差を考えれば、作業終了前に襲われるかも知れない際どいタイミングだった。

 

 だが、やり遂げた。これは運がまだ民警軍団を、東京エリアを見捨てていない証明だろうか。

 

 地面が揺れているのが、伝わってくる。遠くから、地鳴りのような音が響いてくる。

 

 アルデバラン率いるガストレア群が、近付いてきている。

 

「アルデバランの姿を確認しました。三角形をした陣形の、底辺中央に陣取って侵攻してきています」

 

 ティナが持ち前の優れた視力と、シェンフィールドの偵察機能を活かして報告してくる。彼女にその知識は無かったが、ガストレアが組んでいる陣形は日本古来の兵法で言う魚鱗の陣に近いものがあった。消耗戦の強さと同時に、前後左右のどの一角が破られても大将が居る本陣には近付く事の出来ない防御力に優れた陣形でもある。

 

 ガストレアが高い知能を持っている事は様々な状況証拠から最早疑う余地は無いが、しかしここまで高度な集団戦のノウハウを持っているとは。”高い知能”の一言で片付けるには、あまりにも秀で過ぎている。これがかつてゾディアックの一角たる金牛宮(タウラス)の右腕としてガストレア群を指揮して、世界を蹂躙して回ったアルデバランの実力だと言うのだろうか。

 

 前方の闇に、土煙が上がった。空気が、ビリビリと痺れる。

 

「ガストレア群が、森を抜けました!! 接触まで、後5分!!」

 

「始まるな……」

 

 大将らしく、腕組みしつつ泰然と構える枢。と、そんな彼に蓮太郎が近付いてきた。すぐ傍らには延珠と綾耶の姿がある。この3名は先のブリーフィングで決まった通り、アルデバランに接近してEP爆弾を奴の体内に放り込む役割を担う、作戦の要だ。

 

「なぁ、団長……」

 

「どした、兄ちゃん」

 

 こんな時でも、相変わらず気さくな調子で話し掛けてくる軍団長を見て、蓮太郎は少しだけ肩の力が抜けたようだった。

 

「いや……俺達は、必ずアルデバランを仕留めてみせるからよ。何とかそれまでの間、この防衛線を持たせてくれ」

 

 アルデバランを倒す事は重要だが、ガストレアを内地に行かせない事も同じぐらい大切だ。たとえ敵の親玉を倒せても、その時東京エリアがパンデミックで絶滅していたのでは意味が無い。この作戦はアルデバランに突貫する「攻」の蓮太郎チームと、回帰の炎で籠城戦を行う「守」の枢チームの二つの呼吸が一つとなって、初めて成功するものと言える。

 

 そう、蓮太郎は思っていた。延珠も綾耶も、同じだった。

 

 しかしこの決意の言葉を受けても、枢は首を傾げて怪訝な顔だ。そうして数秒が過ぎて、やっと「ああ」と納得が行った顔になった。

 

「兄ちゃん、残念だが俺は守りの戦は苦手でな。やはり戦いは、こちらから攻めなきゃ勝てねぇよ」

 

「……確かにその通りだが、攻撃は俺達の役目だろ? 第一あんたは、限られた時間で要塞化を進めて立て籠もる準備を進めてたじゃあ……」

 

「立て籠もる? 残念だが兄ちゃん、それは前提が間違ってるな。俺が回帰の炎にありったけの武器・兵器を集めたのは、守る為じゃない。”こっちから攻め込む為”だ」

 

「……?」

 

 言っている意味が分からない。民警達を回帰の炎の各所に配置させているのだから、枢が籠城して戦うつもりなのは間違いない。だが当然、要塞の防御力を活かそうとすれば配置された兵士を出撃させる事は出来なくなる。それなのにどうやって、こちらから攻め込むというのだろうか。

 

 そんな事、この回帰の炎が動かない限りは絶対に不可能な筈……

 

 そこまで考えて、蓮太郎ははっとする。

 

 バカな考えだと思っていたが、ある。この、ドーム球場ほどの大きさもある巨大モニュメントを動かす方法が、たった一つだけ。

 

 そして彼の到達した結論が間違っていなかった事は、にやっと笑う枢の表情が証明していた。

 

「ソニアの嬢ちゃん!! 始めてくれ!!」

 

 声を張り上げた軍団長の視線を追う。そこにはソニアが、磁力によって空中に静止していた。

 

 合図を受けたソニアは頷き、両手を翼のように大きく広げると、自らの手足の伸張とも言える磁力を最大にまで強く、長く伸ばし、見えない意思の蔓を建造物の至る所に”接続”する。この回帰の炎は二千挺の銃を融かして造られた物。当然、大量の金属を含んでいる。ならばそれは、磁界を統べるソニアの僕である事に他ならない。

 

 ソニアは手首を捻って、下を向いていた掌を空へ向ける。

 

 途端、ズンという轟音と共に蓮太郎達を揺れが襲った。

 

 地震かと思ったが、揺れは徐々に激しさを増していき、ある時を境に急に停止した。

 

「み、見ろ!! 蓮太郎……地面が、沈んでいくぞ!!」

 

 延珠が大地を指差して、泡食った顔で叫ぶ。確かに、眼下に見える大地がだんだんと下がっていっている。

 

「違う、延珠ちゃん……これは……!! 僕達が……この回帰の炎そのものが……!!」

 

 普段から空中飛行を多用し、同じような景色を見慣れている綾耶は状況を正確に捉えていた。

 

 浮遊している。

 

 この巨大な建造物が、空中へと浮かび上がっているのだ。

 

 ソニアの力の強大さを示す資料として、彼女が持ち前の磁力を使って金門橋を引き千切り、原子力潜水艦を深海から釣り上げ、スタジアムを丸ごと空中に持ち上げた映像を見た事があったが……実際に目の当たりにするとここまで常識をブッチぎった神業だと、思い知らされた。

 

「なるほど、これなら……!!」

 

 これなら、籠城の利を持ったままで攻勢に撃って出られる。

 

 勝てる!! 蓮太郎の顔に、多少引き攣りながらも笑みが浮かぶ。

 

 縁から体を乗り出して見てみると、これだけ巨大な構造物が空中に浮くというデタラメな状況に、流石のガストレア達も驚いているようだ。赤い光点は、一つ残らず動きを止めていた。アルデバランも例外ではない。どんなに百戦錬磨の将帥も、初めて見る戦術の前では只の新兵でしかない。

 

「それだけじゃねぇぞ……!!」

 

 枢の言葉を合図に、視線を合わせたソニアは頷き……そして背負い投げのように大きく腕を振った。

 

 同時に、回帰の炎は凄まじい推進力を得て急降下。ガストレア群へ向けて真っ直ぐに突き進んでいく。

 

 ここへ来て、アルデバランも枢の狙いに気付いた。フェロモンを使って「散開」の指示を飛ばす。

 

 だが、全ては遅すぎた。

 

 陣形が変わるよりも早くその中心部へと、回帰の炎は大地を削りながら滑り込む。

 

 時速200キロは出ているだろう速度とその大質量の前には、強靱な外殻も何の意味も為さなかった。ガストレア達はただ巻き込まれ、挽き潰され、紅いラインへと変わっていく。

 

 三角形の頂点を成していた前陣が消滅し、中陣も八割を削りきった所で、回帰の炎は漸く静止した。

 

 枢の狙いは、最初からこれだった。

 

 部隊を拠点ごと前線へと移動させ、同時に敵戦力を可能な限り削る。その二つを同時に行う為に、ソニアの最後の力を使わせたのだ。

 

「よし……ここからは、兄ちゃん達の仕事だ。俺は予定通りここの指揮に移る。頼むぜ」

 

「ああ、任せてくれ!!」

 

「吉報を待て!!」

 

「行ってきます!!」

 

 蓮太郎、綾耶、延珠は跳躍すると大地へと降り立ち、今や目の前となった本陣、その中央に位置するアルデバランへと突進していく。

 

 他の民警達も、突撃班を援護するチーム、籠城しつつガストレアに応戦するチームと合わせて慌ただしく動き始めた。

 

 そんな喧噪から少しだけ離れた所に、ソニアは降り立った。

 

 三度目の、最後の力を使った彼女は、もう戦えない。後は待機しつつ皆の健闘と幸運を祈るだけだ。

 

「ソニアちゃん、よく頑張った……すぐに横になって、抑制剤の注射を……」

 

 医療器具を一杯に詰め込んだ鞄を持った菫が後ろから近付いてきて、未だ前方を睨んだままのソニアの肩へそっと手を乗せる。

 

「!?」

 

 そして、びくっと体を震わせて反射的に手を退けた。

 

 菫の掌には液体が付着していて、それは異様な”ぬめり”を帯びていた。

 

 まるで、ウナギの体表のような……!!

 

 その意味する所を悟って、元々蒼白い天才科学者の肌から更に血の気が失せて、白蝋のようになった。

 

「ソ……ソニアちゃん……君は……!!」

 

 菫は震え、上擦る声で何とかそう言うのが精一杯だった。

 

 そこでやっと振り返ったソニアはどこか達観したような、透明な笑みを浮かべていた。

 

「……ちょっと、ムチャし過ぎたみたいですね」

 

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